今回でプロローグは終わります。
また、前回同様に現実側の話はサブタイトルに☆が付きますのでご確認の際にどうぞお願いします。
――雪ノ下雪乃――
「――由比ヶ浜さんっ!」
「ゆきのん! ヒッキーが……ヒッキーがぁ…… 」
なりふり構わず病室を開けて中へ入ると、椅子に座って泣き崩れた由比ヶ浜さんとベッドに寄り添う小町さん。
心ここに在らずといった様子でベッドを見つめる二人の男女――おそらく彼の両親がいた。
そして、ベッドには――
「ひきがや……くん……」
目を閉じていれば美形だ。なんて言っていた通り、眠る彼は確かに整った容姿をしていた。
現実から逃れたくて仕方のない私の思考はそんな場違いなことを脳内に浮かばせた。
眠る彼の……比企谷くんの頭に付けられているヘッドギアのようなそれは、この大規模犯罪の凶器。ナーヴギア。
「……何を、のんきに寝ているの?」
「雪乃ちゃん……」
「雪ノ下、来たか」
先んじて来ていたらしい姉さんと、平塚先生に視線だけ向ける。
比企谷くん、あなたは数時間前に私と話していたでしょう? なんでそんな堂々と睡眠していられるのかしら。ほら、会いに来たのよ。話したいことがあるんでしょう? 話しなさい。早く……はやく……
「姉さん、彼のいるゲームは、いつ終わるのかしら」
「……それは私にも。何をしてゲームクリアなのか、どうすれば終わるのか。彼は、今どこにいるのかもわからないよ」
「……嘘つき、嘘つきよ比企谷くん。あなた、わざわざ私に電話までしてあんなことを言って、由比ヶ浜さんにすら嘘をついたのよ?
ほら、早く目を開けなさい。比企谷くん……お願いだから、目を開けて」
わかっている。彼が今、どんな状況にいるか。
わかっているからこそ、我慢ならない。あの電話から今まで、ずっと彼と由比ヶ浜さんのことを考えていて、比企谷くんと、由比ヶ浜さんと向き合おうなんてやっと決めれたのに、それなのに、こんな――
「……八幡に、こんなに可愛い女の子の知り合いが二人もいたんですね」
「え?」
「彼女達だけではありません。他にも何人も。
比企谷は否定するかもしれませんが、彼の理解者にはなれずとも、彼を理解してみようと、親しくなろうとしている生徒は他にもいます」
「……ずっと、あの子はいつも大人しくて無口で、やることなすこと一人でできてしまってたから、お兄ちゃんの八幡は大人だからって……放任なんかですらない。
私……八幡のこと、何も知らない……」
「お母さん……」
比企谷さんのお母さんが泣き崩れる様を見て、他人事のようにああ、後悔しているのね。と思った。
――違う、他人事のように思わないと、その後悔は今にも私を押し潰してしまうから、ずっと現実から逃げていると言うのが正しかった。
「……比企谷は優秀な生徒です。彼がここにいる人を置いてどうこうなるとは思えない。
きっと、帰って来ます」
平塚先生の言葉は気休めのように聞こえる。けれど、決して気休めではない。
彼は、人の負を肯定できる人間で、人の痛みをわかる人間だ。たまにおそろしく客観的な観点から言葉を発するけれど、そこは変わらない。
そして、彼は場の乱れを嫌う。本人の自覚なしに嫌がる。その解消法があの無茶な悪意の集束。
彼は間違いなく優秀だ。今まで奉仕部の依頼も彼が無理矢理こなしてしまったし、選挙の件だって、上手く終わらせてはいる。認めよう。でも、だからこそ。
「彼は、どうにかできる人間だから、してしまう」
「雪乃ちゃん?」
「感情よりも理性が先に働く人だから、だからこそ、不安なのよ」
「……比企谷くんが、暴走するってこと?」
「そう。そのことの方が怖いわ」
「うーん……比企谷くん、あれで何故か人を惹き付けるからなぁ。むしろ、私は彼がこのゲームで大切なものを得たりしそうだなんて思ってたり。
それこそ、雪乃ちゃんやガハマちゃんに相当するようなね」
「そんなの……」
彼にとって、そもそも私達がそこまで大切か――大切、なのかしら。
あの口ぶりでは、少なくとも比企谷くんにとって奉仕部は大切な場所のようではあった。それに相当するような大切なもの?
そんなものが、彼にできると言うの……?
「理性の化け物は、感情を持つ人に生まれ変わったとしたらどうなるのかしらね。そして、その感情の向かうところもね。
雪乃ちゃん、断言してあげる。比企谷くんは黙ってあなた達の前からいなくなるような子じゃないわ。帰ってくるわよ、絶対に」
「……不思議なものね、姉さんが言うと気休めに聞こえないわ」
得体の知れない焦燥も合わさって、滲む視界の向こうにいる比企谷くんを見つめる。
らしくないと言われても、私は待つことしかできない。
――お願い、比企谷くん。どうか無事でいて。
Fin
重いです。
あねのんにはやはり不敵なままでいてもらいたく、あんな感じになりました。
由比ヶ浜、小町などは先の現実側の話とかでモノローグをしていきたいと思います。
どうも俺ガイル側の話はそこまで明るくなりきれないものがありますが、どうかご容赦くださいませ。