ひっそりとまた再開……
一日って二四時間じゃ足りませんね……
「収穫は特になし、か」
レベルがいくつか上がっただけよしとするべきか。あれからアスナと別れた俺は拠点にしている宿がある村へ戻ってフラフラと歩いていた。
──ハチマンくん、"今まで"と"これから"じゃ、意味は大きく変わるんだからね!
別れ際のアスナの言葉はいまいちよくわからないが、気にかけられているのは嫌でもわかる。
おかしいだろ、付き合いだって特別長いわけでもない。パーティ組んだから? ならそれはただのつり橋効果だろう。
「自分の経験則やソースが役に立たないのは厄介だな」
今まで、良かれと思ってした行動ですら全部裏目に出て失敗してきたこの俺が、悪かれと思ってした行動ですら好意的に取られる。なんで今さら。そう、なんで今さら。
ここまで命懸けだから、奴らが全部打算じゃないことくらいわかってる。どこまでかはわからないが、言葉に嘘はないんだらう。でも、だからこそ──
──俺は、あいつらについてはいけない。あの時、自分から言い出しておいて雪ノ下を、由比ヶ浜を待たせてしまっている。何よりも本物が欲しいと思えた二人を置いて、俺がこんな紛い物の中で人との繋がりを得るなんてまちがっている。
リアルに戻り、あの二人へ謝って、そこから比企谷八幡はようやく動き出せる。だから、俺は──
「あれ、ハチマンじゃねぇか!」
「……あっ」
「──ん? クラインと……」
キリト、か。まずったな、同じ村にいたのか。
足早に去ろうとする俺は、風林火山の面々に囲まれてしまった。
なんだよこれ、強制エンカウントかよ。
「お前さんも迷宮攻略の帰りか?」
「……まーな。何もなかったけど」
「俺らもなんだよ。つーわけで、飯食おうぜハチマン」
「ことわ「却下。ほら、行こうぜハチマン」
有無を言わさず連れて行かれる。
……どうしてこう、ここの奴らは強引なのが多いんだ……
─────
「そういやハチマン、ギルドのメンバー全員刀になったぜ」
「そうか、良かったな」
連れてこられた飯屋で、俺とキリトを向かい合わせてそれを囲むように風林火山が座る。
ってかなんなのこれ、キリトもなんでそう気まずそうで嬉しそうなんだよ。
「……で、何の用だよ」
「いやー、攻略はどうだ?」
「特に何も。さっきも言った通りだ」
「だよなぁ。今回、結構深い迷宮なのかもな。敵の強さも上がってきてるし気をつけないとだな。
まだ、中級上がりの新規攻略組の奴で命を落とす奴もいるしな」
「何も最新の場所でレベル上げする必要はないんだがな。ネットゲーマーの習性なんだろうが、死んだら元も子もないし」
「難しいところだよな、そういう意味でお前さんやキリトは凄いと思うよ、俺は」
「別に、俺は勝手にやってるだけだ。言ったろ、クリアの為にお前らを利用して、俺を利用させてやってるって」
「またまたー。ハチマン、めんどくさがりだからそうやって簡単な解決法を使ってるだけなんじゃないのか?」
「どういう意味だよ」
「なんだかんだで、お前さん面倒見いいだろ。俺らも攻略組に入ったときに世話になったしな」
「利用価値があると思ったからに決まってるだろ。損得勘定抜きでやってられるかよ、こんなところ」
「──奉仕部」
「──! なんだよ、それ」
さっきまで黙っていたキリトが出した名前に、俺は一瞬言葉を失って、それから取り繕う。その名前は、俺には威力が高すぎるものだ。よく取り繕えたものだと思う。
「あれ、ハチマンのことだろ? 餌の取り方を教える。ってやつ」
「……知らないな」
なんで知ってるんだよ……あぁ、鼠か。あれが余計なことを言うとも思えないが……少し流されるがままに活動しすぎたか?
──らしくない。何もかもが俺らしくない。もっと外道で、堕落しているのが俺のはずで、ならばこれは誰なんだ。
「ごちそうさま、先に行くぞ」
長居は俺の精神衛生上よろしくない。このまま去ることにしよう。
ままならない、もっといつもみたいに俺なんてスルーしててくれていいのにな。
「ハ、ハチマン!」
「なんだよ」
「俺は、諦めないからな」
「いまいちよくわからんが、勝手に頑張ってくれ。じゃあな」
キリトの言葉を軽く流して、俺は店を後にした。明日も迷宮を攻略しなければならない。だから、余計なことは考えなくて済むように早く休もう。
ああ、リアルに戻ったらもはやニート志望になりそうだ。
──side キリト──
「ハチマン……大丈夫かな」
一層からずっと、ハチマンは一人だった。俺もそうだけど、あいつは俺とは違って、本当に一人だ。ずっと難しそうな顔をして、たまに悲痛な顔をして、笑うときもわざとらしい作ったような嫌な笑顔。
この世界はゲームという都合上、現実よりも感情の表現が過剰に演出される。だから、ポーカーフェイスはよっぽどでもない限りはできない。
あのとき、ハチマンはわざと悪役を演じたと思ってる。俺も同じことを考えていたから。どっちが先にやるか、それがあいつの方が早かっただけなんだって。
だからこそ余計に不安で、心配だ。わかってくれてる奴らはそれとなくハチマンのことを見てるみたいだけど、肝心のあいつがそれを気にした風でもないことが気になる。そのくせ突き放そうとするときはなんとなく嫌そうな顔で。
「悪いやつなもんか」
自分で自分を悪く言うやつは、決まって悪いやつじゃない。どんなものでもそれは一緒だ。
俺は諦めないからな、ハチマン。
────
……調子が狂う。俺はカースト最底辺で、孤高のぼっち。
奉仕部に入ってから少し方向がそれたものの、俺という存在は基本いないのと変わらない。
それは俺から見た向こう側もそうで、だからお互いに触れあうことのない世界のはずだ。
その中でも、奉仕部は……あそこだけはいつの間にか俺の居場所になっていて、自分でもわからない感情に振り回されて得体の知れない本物なんてものを探して──
「……なんなんだよ、これ」
ああいいだろう認めよう。俺は奉仕部に入ってきっと変わった。やり方とか在り方じゃない、正確には変わったと言うよりも素直になった。だからこそ、自分でもわからない本物という答えをきっと求めた。
だから、帰る。何がなんでも帰る。それ以外はどうでもいい、どうだっていいはずなのに。
「……なんで、あいつらは俺に関わろうとするんだよ」
こんなに切羽詰まった状態で、どうしてもっと打算的にならない。俺なんて利用するだけすればいいだろうに、どうして。
……いや、わかってる。そんなのわかっちゃいるんだ。だってそもそも俺が──
「珍しいナ、ハッチ。こんなところで黄昏てどうしタ?」
「……たまにはそういう時もある。なんだよ、アルゴ」
「依頼だゼ、ハッチ。餌の取り方を教えて欲しいそうダ」
「……あいよ。とっとと案内してくれ」
アルゴに中断させられて、俺の思考は途切れた。良かった、これ以上の思考は闇に嵌まる。
──俺が、俺自身があいつらに対して何の打算もなく接していたという事実に気づくだけで止まれたのは本当に良かったとしか言えないだろうから。
蓋をするようにこの事実を隠して、俺は腰の刀の位置を直したのだった。
どんどん八幡が思考に嵌まっていってしまう……
書いてて思うけど、本当に八幡って難しいです。ぽさを出しつつシリアス継続とか、難易度高すぎまする。