BLACK PSYREN   作:どるき

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Call.9「鉾と盾」

 蓮太郎たちが教会まで駆けつけるまでの数分のうちに、戦闘によって発せられる音は止んでいた。静寂に転じたことで人気のない街並みは不気味な雰囲気を醸し出す。

 その静けさの中を怪しい声が通る。

 

「待っていたよ、里見君」

 

 蓮太郎には聞き覚えがある声である。しかも今まさに声の主と相対するためにこの場に来たのだ。だが昨日の敗北の記憶がフラッシュバックし腕が振るえてしまう。気丈にふるまおうとしても、手を握っていた延珠にはたちまち伝わり隠しきれない。

 

「大丈夫だ、蓮太郎。今回は妾がついている」

 

 延珠の声で手の震えが治まったことに気付き、蓮太郎は我ながら十歳児に度胸負けするのはいかがなものかと心の中で悪態をつく。自己の体調は万全には程遠いが、延珠が万全であるだけで蓮太郎には心強い。

 

「影胤! ケースを何処にやった!」

「知りたければ私を倒せ!」

 

 影胤は両手を広げ、余裕の態度を示す。一方で恐怖を振り払った蓮太郎には恐れなどない。相手の隙をついて一直線に駆け寄り、勢いのまま焔火扇を放つ。脚力を加えた拳打が仮面に当たろうとするも、影胤が張り巡らせたイマジナリー・ギミックの壁はそれを阻む。

 蓮太郎が鍛え上げた人間として放てる渾身の一撃が斥力フィールドと反発した結果、彼の右手を覆う人工表皮がこそぎ落ちた。表皮面の疑似痛覚神経が悲鳴を上げていたが、脳内麻薬が痛みを軽減していたのか、蓮太郎には蚊に刺された程度にしか感じていない。

 蓮太郎は脊椎反射的に痛覚機能を遮断し、一旦距離を取って百載無窮の構えを取る。影胤は攻防一体の構えよりも、その右手に見える漆黒の拳の方に興味を引かれていた。

 

「バラニウム製の義肢だと? まさか、キミも……」

 

 影胤は初対面から蓮太郎に抱いていた親近感の故を見つけ、歓喜する。嬉しさのあまり震える父の様子に、娘の小比奈の顔にも笑みが浮かぶ。

 

「俺も名乗るぞ、影胤!

 元陸上自衛隊東部方面隊第七八七機械化特殊部隊『新人類創造計画』里見蓮太郎!」

 

 蓮太郎が昨日の敗北から身をもって学んだことが一つあった。人間を超えた力を振るう暴徒を相手にするためには、自分がもつ力は何であれ忌諱するべきではないと。自分が持つ力に溺れることを恐れるあまりに、持ち腐れにして死ぬのは本末転倒なのだと。

 延珠もこの機械化兵士としての能力を蓮太郎自身が嫌っていることを知っているため心配そうに見つめるが、いいんだと延珠に呟き言い聞かせる。

 蓮太郎は左眼の義眼の機能を解放しており、黒目の内部が回転する。その瞳には幾何学的な文様が浮かび上がり、蓮太郎の体感時間は著しく遅くなりだす。

 影胤も相手が同じ機械化兵士ならば不足は無いと、愛銃二丁をホルスターから引き抜いて構えを取る。合わせて小比奈も小太刀で十字架を作る。これが彼女にとっての戦闘の構えであることは、滴り落ちる血液が物語っていた。

 

「解っているのかい? 里見君。序列元百三十四位のこの私に挑むということを」

「安心しろ、正しく理解しているよ、影胤!

 味方の援護は期待できないどころか、さっさとお前を倒して合流しなければいけないくらいだ。まったく願ってもない状況だ、クソ野郎!

 戦闘開始! これよりキサマを排除する!」

 

 蓮太郎の怒号に合わせ、延珠は小比奈に向かって駆け出し、夏世もグレネードランチャーを構える。こうして戦いの火ぶたは切って落とされた。

 開幕で夏世は影胤親子の双方にグレネード弾を放つが、影胤には斥力フィールドにて易々と防がれ、小比奈には避けられる。防がれることが前提の陽動であり、この反応は想定内である。横に躱した小比奈に対し、延珠は自慢の脚力で跳び蹴りを放った。小比奈は十字にした小太刀を盾代わりに受け止めるも、靴に仕込まれたバラニウムの礫による衝撃は、自慢の小太刀を刃毀れさせる。

 影胤もグレネードが噴煙による目晦まし目的であることは想定しており、その隙に蓮太郎か延珠が一直線に踏み込んでくるであろうと読み切ったうえで得意のマキシマムペインを放つ。一方で蓮太郎からすれば目的は力勝負である。相手がどれだけの壁を用意しようとも打ち破る決意を込めて、渾身一擲の轆轤鹿伏鬼で力勝負を仕掛ける。

 

「天童式戦闘術、一の型三番―――轆轤鹿伏鬼(ろくろかぶと)!」

 

 義肢に仕込まれたカートリッジが炸裂し、衝撃が技に連動して蓮太郎の拳打が加速する。爆速ともいえるその拳は、迎撃として放たれたマキシマムペインとの押し合いになる。追撃としてさらにカートリッジを二発消費し、斥力フィールドごと影胤を殴り飛ばす。衝撃波が影胤を襲い臓器に傷を与えた。

 

「フィールドがダメージを殺しきれなかった?

 ―――素晴らしきかな人生、はれるーや!」

 

 その痛みに影胤はフハハと高笑いする。痛みこそ生を実感するスパイスだと言いたいのであろう。父の声に反応して蓮太郎への反撃を試みようと小比奈がチャージを仕掛けるが、夏世のサブマシンガンがそれを阻む。

 左右にフェイントをかけながら二度、三度と突破を試みるも、そのすべてが夏世の射撃により阻まれ徒労に終わった。

 個々の実力でいえば延珠の上位互換と言ってもいいほどに特出した能力をもつ小比奈であり実際に先の民警集団はものの数分で返り討ちにするに至ったのだが、小比奈自信と匹敵しうる逸材との戦いにおいては数の差は優位に働いていた。

 この場では頭一つ劣る弱い存在であるはずの夏世が戦局を支配する状況に、小比奈は苛立つ。

 

「弱いくせに! 弱いくせに! 弱いくせに!」

 

 小比奈からすれば夏世に負けを認めるなど到底できない。父への援護をことごとく邪魔立てする夏世に対してたまり続けるヘイトは、小比奈の低い怒りの上限を易々と突破する。小比奈は延珠の蹴りを、左腕を犠牲にして受け流して脇を通り抜けて夏世の眼前に迫る。

 左腕は蹴りを弾いたときに骨が折れ、しばらく治りそうもない。それでも一対一に持ち込めれば、小比奈にとって夏世は片手で事足りる相手なのだ。

 

「邪魔……死んじゃえ!」

 

 小比奈の持つ小太刀が夏世の胸を貫いた。当然のごとくバラニウムの刀身であり、再生能力による自己治癒は期待できそうにない。万が一の蘇生にそなえ、痛みと失血で痙攣する夏世から小太刀を抜き取らず、おられた左腕に握られた方を右手に持ち代えた。

 

 

 

「哭け、ソドミー! 唄え、ゴスペル!」

 

 轆轤鹿伏鬼の衝撃により後ろに飛ばされた影胤は、距離の空いた蓮太郎に対して愛銃二丁による射撃を行う。フルオート射撃であり、常識で考えるならば狙いなどまともにつけることなど不可能に思えるのだが、影胤の照準能力は一般的な数値を大きく超えていた。

 蓮太郎は義眼の持つ支援能力を活用して弾丸の雨をしのぐものの、数発は体を掠め皮膚をえぐる。蓮太郎も負けじと拳銃で牽制するが、斥力フィールドによって届かない。それゆえ影胤の銃が弾切れとなり、銃弾が止んだタイミングを見計らって蓮太郎は追撃に移る。

 

「うおおおお!」

 

 脚部のカートリッジを炸裂させ、推進力による大きな一歩が蓮太郎を影胤の懐に誘う。影胤も咄嗟に斥力フィールドを展開して押し出そうと試みるが、今一歩遅い。

 

「一の型十五番―――雲嶺毘湖鯉鮒(うねびこうりゅう)!」

 

 カートリッジによる加速を加えられた拳が影胤を打ち上げる。直撃こそ避けられたものの、影胤は体の内側に響く衝撃と空に打ち上げられたことによる浮遊感を感じていた。

 空に舞う影胤を追い、蓮太郎も脚のカートリッジを使用して飛び上がる。

 空中にて再度カートリッジを炸裂させることでさながら空を地面にして踏ん張るように、天童式戦闘術の蹴り技を放つ。

 

陰禅(いんぜん)玄明窩(げんめいか)三点撃(バースト)!」

 

 空中からのカートリッジ加速頼みの回転蹴撃は、斥力フィールドに阻まれつつも命中し影胤を海中に押し飛ばした。いかに斥力フィールドによる防御力があろうともこれだけの攻撃を受けて無事では済まないだろうと、蓮太郎は一息をつく。

 念のため埠頭にたってマガジン一セットの銃弾を海中に打ち込む。撃ち尽くした後に延珠たちの状況を確認するために視線を移した蓮太郎の瞳に、小比奈の小太刀で夏世の胸が刺し貫かれる瞬間の光景が映っていた。

 

「夏世!」

 

 驚いた蓮太郎も駆け寄ろうとするが、足がもつれてへたり込む。流石に急激に力を使いすぎたからだ。一発使うだけでも相当の負担を強いる炸裂カートリッジを連続使用すること合計十発、元より蓮太郎の体は満身創痍である。

 

「まだだ、まだ終わっていないよ」

 

 膝に手をつき、立ち上がろうとする蓮太郎の足首を何かが掴む。

 その手の主は影胤である。ダメージで吐いた血で口元は染まっていたが、依然として戦意は失っていないのだ。

 突然の行動に蓮太郎は腰を抜かしてしまう。ただでさえカートリッジの反動で足元がおぼつかないのだ。全身の力が抜けていき、立つことさえままならない。

 

「この闘争は私の勝ちだ。今回も、そしてこれからも」

 

 実のところ影胤も這いつくばるのがやっとなのだが、たぐいまれなる闘争本能により肉体を精神で稼働させていた。へたり込む蓮太郎からマウントポジションを取り、蓮太郎の頭蓋に手を当てる。

 

「私の奥義でキミを葬ってあげよう。エンドレス……」

「蓮太郎!」

 

 蓮太郎の様子に延珠も気づき、うろたえる。延珠の脚力をもってすればあるいは影胤の攻撃を阻止しうるかもしれないが、それを小比奈が許さないのは百も承知である。前門の小比奈、後門の影胤により、延珠の精神が追い込まれる。

 影胤が使おうとしていた技はエンドレススクリームと言い、斥力フィールドの応用で力場の槍を形成する、影胤にとって最も殺傷能力が高い技である。

 

「―――ヒーローは、遅れてやってくるってなあ!」

 

 力場の槍が蓮太郎の頭蓋を貫こうとする寸前のところで、遠方より飛来した黒い流星が影胤を貫く。この一撃がトドメとなり、影胤のバラニウム製人工臓器へのダメージは限界を超える。斥力フィールド発生能力を使用することができなくなり、発生しかけた力場の槍は雲散霧消する。

 影胤は仰向けになって蓮太郎の腹の上で果てる。

 

「パパ……パパ!」

 

 この姿は小比奈にとってはショックである。延珠にまるで目もくれずに脇を駆け抜けた小比奈は、父影胤の体を回収してどこかへと立ち去って行った。




れんたろーvs影胤の話
今回の参考に原作とアニメ版を見比べてみると細かいところが違うなと
原作は影胤への恐れ描写、アニメは賭けに勝ったが印象深かったですね

そういえば玄明窩の三点撃って原作でありましたかね?

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