沿岸部を目指す三人は、その道中で古いトーチカを発見した。ガストレア戦争の際に設営されたと思しきそれは、異質を放つ密林の中で数少ない文明の残り香を放っていた。たとえそれが戦乱の中で作られたものであっても、森の中にいるよりは気が休まるからだ。
「ちょうどいいわ、ここで休憩していきましょう」
「賛成だ」
密林化の影響なのか、水分を含んだ空気は夜冷えによりアゲハ達には冷たい。携帯燃料と周囲から伐採した枝で暖をとり、三人は桜子が用意した菓子を頬張る。
「雨宮さん……なぜ全部羊羹なのですか?」
「腹持ちもいいし、甘くておいしいし、カロリーも高いからエネルギー食品としても充分よ」
「でも全部羊羹と言うのは。せめて軍用の携帯食料も……」
「この際、バリエーションなんてどうでもいいでしょ? それに塩羊羹もあるわ」
アゲハはいつもの事と、桜子には口出ししない。携帯食料に羊羹というなはサイレン世界を旅していたころから続けていたため、アゲハにとってはむしろ懐かしいとも思えたからだ。
羊羹を半分ほど食べ終えたころ、三人は足音に気付き体を緊張させる。音に反応してピーピング・ラヴァーを発動させた桜子は、拳銃を持った男と思しき姿を見つける。その顔には見覚えがあるが、相手が敵では無いと気付いているかとは別問題である。
「動くんじゃねえ!」
トーチカに飛び込んだ男の目の前には、誰もいないのに燃え盛る焚火のみである。男からすれば最悪の想定が当たってしまったと恐怖せざるを得ない。
「落ち着け!」
アゲハ達が消えたからくりはいとも簡単であった。トーチカの天井に張り付いていたのだ。天井から飛び降りたアゲハは男を羽交い絞めにする。
「誰だ! まさか影胤か?」
「蓮太郎! そのものたちは違う!」
「なん…だって?」
男とは蓮太郎の事だった。蓮太郎は落ち着いて呼吸を整えると、上から降りてきた桜子と目が合う。それを見て蓮太郎は別の民警ペアかと安堵する。
「そのものたちは、昨日蓮太郎を助けてくれた恩人だ」
「なんだって? それじゃあアンタ達が……」
「あまりかしこまれるとこちらが困るぜ」
「それにお前……たしか伊熊将監の相棒だったよな。アイツはどうしたんだ?」
「将監さんは事情により他のペアと行動中です。今の私はこの二人と行動しています」
「いったいどうして」
「それは言えません。口止めされていますので」
互いに状況を確認し合うと、蓮太郎ペアもまた沿岸部の市街地を目指しているとの事であった。改めて互いの自己紹介を終え、蓮太郎が桜子に貰った羊羹を食べ終えたころ、夏世の携帯電話に着信が入る。
「夏世、俺だ」
「将監さん、どうしましたか?」
「いいニュースがある、仮面野郎を見つけたぜ。いまは近くにいる民警たちと奇襲の算段をつけているところだ」
「何処ですか?」
「旧大貫の駅の近くだ。座標データは送る、あのクソガキを連れてさっさと合流しろ」
電話は将監からの一報だった。別働隊として行動していた将監たちは、蛭子親子の居場所を突き止めることに成功したのだ。案の定、蛭子親子はジャングル化していない市街地に潜んでいた。
夏世は将監から転送されてきた座標データを地図アプリに打ち込む。現在位置からの距離は五キロ程度であろうか。
「それじゃあそろそろ行こうぜ」
五人は焚火の火を消して、トーチカを後にした。指定ポイントまで直線距離を進み小一時間、森を抜けて市街地にたどり着いた。
丘の上は野営を行っていたと思しき草むらがあった。将監たちが食べ散らかしたであろう携帯食料の包み紙が散乱しており、その場所からふもとの方を見れば夜の闇の中で明るく光る教会が見て取れる。その教会が影胤の隠れ家であるのは状況から容易に察することができた。
「あそこに―――」
蓮太郎の言葉をかき消すように、周囲に銃声が鳴り響いた。アゲハ達の到着を待つこともなく、将監たち民警チームは蛭子親子へ奇襲をかけたからだ。彼らからすれば前線タイプではないイニシエーターと無名のプロモーター二人など戦力としてハナから期待していない。
五人の中で夏世だけは、将監と行動を共にするイデオチペアが回転式機関銃を愛用していることを知っている。回転式機関銃の銃声は、近所迷惑と比喩できるほどの大音量を奏で、約一キロも離れた丘の上にも轟いた。前線で影胤と戦うイデオチは、この行動が何を引き起こすかなど考えていない。
「シカァ!」
銃声により叩き起こされた森の住民たちは怒り狂い、音源に向かって走り出す。当然、真っ先に迷惑を被るのは中間地点に位置するアゲハ達である。
真っ先に飛び出した二匹のうち、鹿型ガストレアは夏世がその手に持ったショットガンを弾き迎撃する。もう一匹の犬型ガストレアは桜子が心鬼紅骨を抜き放ち、首を切り落とした。
「これは参ったな」
アゲハはつい呟いてしまう。周囲に光る赤い瞳は優に二十匹分は超えていたであろうか。一匹でも通してしまえば影胤との戦いに影響を与えてしまう。こうなったら誰かが足止めをしなければならない。
「夏世は蓮太郎たちと一緒に伊熊と合流してくれ。ここは俺と桜子が引き受ける」
「無茶だ! イニシエーター抜きでこれだけの数、勝てるわけがない」
「一気にカタをつける。巻き添えになるからお前たちは先を急げ!」
アゲハの狙いは完全版
「爆弾でも用意してあるのか? だったら全員で手分けして仕掛けたほうが……」
「コイツを使う。でも加減なんてできないからお前は先を急げ!」
アゲハの右手には直径一メートルほどの巨大な球体が出現していた。新手として飛び出した鳥型ガストレアに向かってアゲハが右手を指し示すと、それに連動して球体が動きガストレアに触れる。
球体に衝突したガストレアは、まるでグライダーに押し当てられたかのように削れ、慣性のまま前進するそれは瞬く間に消滅した。
「なんだよそれは」
「今はそんなのどうでもいいでしょ? 早くいきなさい」
「行くぞ、蓮太郎。あのものたちの邪魔をした方が危険だ」
蓮太郎はうしろめたさを残しつつ、延珠に手を引かれるがままその場を立ち去った。
「そろそろいいかしら」
蓮太郎たちの姿が小さくなったことを確認して、アビスが顔を出す。知らない人間を相手に自己紹介をするのはややこしいことになると今までは隠れていたが、今はその必要はない。
アビスは桜子のもう一つの人格であるが、その能力の一つに実体化がある。妖刀心鬼紅骨と桜子の成長がきっかけとなって得たこの能力は、雨宮桜子と言う存在にとっての大きな切り札である。
「シャアアアアアア!」
森から飛び出した野犬ガストレアの群れは十匹程、槍の穂先のように一直線に突き進む犬ガストレアに対し、アゲハは
先頭のガストレアに命中し、その身が削られていくのを確認すると、ガストレアもその危険性を察して左右に飛び退く。そうして逃げた獲物を狙う役目なのが二人の雨宮である。桜子は心鬼紅骨、アビスはバーストで生成した思念の大鎌で犬ガストレアの首をはねる。
犬のガストレアはガストレアとしては小型のためか、一撃一殺で命を刈り取る。流石のガストレアも知恵があるようで、犬十匹の犠牲の末にアゲハ達三人への警戒を強めた。桜子がピーピング・ラヴァーで探りを入れる限りでは、残りのステージⅠガストレア二十匹に加えてステージⅡ以上の個体が二匹ほど潜んでいる。
「アイツら……俺達の隙を誘ってやがるな」
「私が支援するから、そこを狙って!」
桜子はピーピング・ラヴァーを使って林の様子を把握している。桜子は有線トランスでアゲハの五感とピーピング・ラヴァーの視界を連結する。これにより、アゲハもその様子を鮮明に把握した。
「
アゲハはピーピング・ラヴァーの視界によって導き出した狙撃ポイントへ、通常より二回りほど大きな暴王の流星を打ち込む。木々の合間を縫って進む漆黒は林の中で静止する。
「半径十メートルでPSIホーミング開始!」
静止後、流星は事前に組み込まれたプログラムに従って行動を開始する。今回アゲハが組み込んだプログラムは、半径十メートルを上限としたPSIホーミングである。本来の暴王の月は無秩序にPSIエネルギーを追尾し貪り食う特性であり、元々の流星もそのアンコントローラブルな性質を逆手にとって狙撃弾として昇華した技である。
この場でアゲハ以外のサイキッカーは桜子しかいない。当然、ホーミング対象となるのは桜子のピーピング・ラヴァーである。流星から生える枝は事前に打ち込んであったピーピング・ラヴァーの端末めがけて伸びていく。この動作により、端末と流星との間に位置取りするガストレアのうち半数に流星の枝が突き刺さった。
「もう一発大きいのを打ち込む。そうしたら突撃だ」
「リョーカイ!」
アゲハは自身のPSIエネルギーを体の周囲に張り巡らせる。エルモアウッドから教わったこのバーストストリームはいわばPSIを扱うための巨大なハンドルである。これにより、普段のバーストストリームなしと比べて大きな力を振るうことができるのだ。
「直進だ、
バーストストリーム状態で通常より一回り大きな暴王の月を作り、ホーミング特性を取り払って射出する。林に向かって突き進むそれは、限界を迎えるまで木々もガストレアも分け隔てなく削り取る。先の流星で動きを封じられたステージⅠガストレア六匹ほどはこの攻撃で消滅する。残りは手負いのステージⅠ十四匹にステージⅡ以上が二匹。
三人は暴王の月の射線に沿って、林の中に突貫する。アゲハもその両の手に
「残るはこいつらか」
残る二匹は、『角のついた大蛇』と『鱗のついた怪鳥』である。この二匹は三下同然に扱っていたステージⅠ三十匹の死など気にも留めない。ただ目の前に久しぶりの人間がいることに生唾を飲むだけである。
最初に大蛇が動く。自慢の角を突き立てて、桜子めがけて突進したのだ。その大きさもありさながらダンプカーの暴走のようであるが、桜子はそれを躱しつつ、すれ違い様に紅骨の刃を突き立てる。
だがその首をはねるには至らない。大きな刀傷こそついたものの、巨大ガストレアの再生能力をもってすればその程度は大した怪我には入らないのだ。すぐさま傷口から肉が盛り上がり、傷がふさがる。再生の象徴ともいわれる蛇の因子を持つだけあり、高い再生能力を誇る。
「狙うのならアタマよ」
今度は再生途中で動きを止めた隙をついてアビスが攻撃する。自慢のバーストの刃を大蛇の脳天に突き刺したのだ。渾身の力で突き立てた刃につながるバーストの縄を引き、大蛇の口を裂く。だがそれでもこの大蛇に死を与えるには至らない。縦に二つに割れた頭も、胴体の傷と同様に再生を始める。
「桜子! 鳥が来るぞ!」
この様子に、怪鳥も動く。並び立つ二人の雨宮にめがけて嘴を開く。
「避けろ!」
アゲハは咄嗟に直射型の暴王の流星を抜き打ちで放つ。牽制が目的のため怪鳥の事しか頭になかったのだが、狙撃のコースと大蛇が偶然重なりその過程で角に穴をあける。
怪鳥は流星を難なく躱したが、大蛇の反応は予想外のモノであった。流星により開いた穴はふさがらず、大蛇自身も悶えだしたのだ。
「この蛇、角が感じるみたいね」
「私は右からいくから、アビスは左から!」
「言われなくてもわかってるわよ」
桜子はアビスに指示を出すが、元よりアビスとは二人で一人の関係のため、口に出すより先に通じている。左右からの交叉攻撃が大蛇の角を二つに切り裂く。角の正体は異形化した鱗に包まれた大蛇の脳髄である。角を切り裂かれたことで大蛇の脳漿が飛び散り、残った胴体は腹を空かせた怪鳥が足で掴む。
怪鳥は離れた位置に着地するとアゲハ達には思いもよらぬ行動をとる。
「こいつ……」
「共食い……」
「ワオ! スプラッターね」
三人の感想としては見たくもないというのが共通意見だった。人間からすれば同じガストレアであっても、ガストレア同士からすれば別種の生き物である。当然、共食いというのも起こりうるのだ。空腹を満たした怪鳥は、食事で力をつけたと言わんばかりにアゲハ達に襲い掛かる。
「もう一度狙撃する。桜子は囮を作ってくれ!」
アゲハは再びバーストストリームを展開し、イメージを集中する。巨大な怪鳥を一撃で仕留めうる巨大な暴王を作るために。
桜子もまた、アゲハの為に集中する。桜子の得意とするトランスは物理的障害にとらわれない反面、動作速度には難がある。それを解消して暴王の為の囮を作る最適な方法が桜子には一つある。
「手伝って」
「トーゼン」
アビスはバーストで長い縄を作り、その端を桜子に受け渡す。二人の桜子が怪鳥に迫るが、怪鳥も攻撃前の予備動作として上空に飛び立とうとする。桜子もアビスのリフトアップと自身のジャンプを組み合わせた大飛翔にて上昇中の怪鳥の上を取り、バーストの縄を首にかけた。
バーストの縄はひっかけることを目的としているためアビスのイメージ次第で何処までも伸ばすことができる。アビスと着地した桜子は、攻撃に転じて怪鳥が落下することで縄が緩み、外れてしまわぬように互いに縄を引く。
「行けえ!」
アゲハもバーストの縄が付いたことを確認して、暴王を発射する。怪鳥も攻撃のための落下を始めており、どのような攻撃であろうとその身を翻して攻撃を凌いだうえで嘴を突き立てれば、容易にアゲハを捕食できると思っていたであろう。
だが射出後百メートル、怪鳥との距離が約二十メートルとなったところでPSIホーミングが発動した。事前に掛けたバーストの縄にめがけて暴王の軌道が修正され、怪鳥の考えを失敗に終わらせたのだ。胸元と首がごそりと削り取られ、脳と心臓から切り離された胴体は、空中でのバランスを崩し錐揉み状に落下する。
ずどんと大きな音を立てて、怪鳥の遺体が地面に突き刺さった。どす黒い血液が飛び散り、木々の葉に当たってざざあと音を立てる。この音に反応して飛び出す新手のガストレアはいない。
こうして、アゲハと二人の雨宮は三十匹強のガストレアを殲滅した。
サイキッカー大暴れの回
巨大鳥と大蛇はステージⅢくらいを想定してますね
語呂がなんだか遠近の野望みたいだ
あと今日はジャンの方も更新する予定です