BLACK PSYREN   作:どるき

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Call.7「牙をむく影胤」

 アゲハが夏世と即席ペアを組んでから一週間、ついに件のガストレアが発見された。各社総出の奪い合いになったと聞いて、アゲハ達もヘリコプターで目的地である三十二区を目指した。

 アゲハ達が三十二区に到着した頃、他社を出し抜いて標的に一番乗りを決めた天童民間警備会社の蓮太郎×延珠ペアはガストレアを倒し終えていた。

 戦闘の流れで負傷した二人の前に、仮面の男が現れる。

 

「逃げろ! 延珠」

 

 蓮太郎ペアと蛭子親子の戦力差は歴然であった。

 延珠の戦闘能力は本来なら小比奈相手でもひけを取らないはずであったが、先の戦闘にて負傷し、その力を大きく落としていたからだ。一方で影胤の方は先日の怪我の影響など微塵も感じさせない。これでは互いの優劣は歴然であった。

 蓮太郎は自身が捨て駒になる覚悟で延珠を逃がし、増援を呼ぶように頼んだ。しぶしぶ延珠が撤退するのだが、その後の蓮太郎に待っているのは序列元百三十四位を誇った蛭子親子の暴力である。彼一人に太刀打ちできる相手では当然ない。

 蓮太郎が持つ、人として積み上げた天童式戦闘術だけでは人知を超えた力には届かない。イニシエーターとしての小比奈の戦闘能力にも、機械化兵士としての影胤の斥力フィールドにも。

 それでも多少の防戦は出来るだけに蓮太郎の力量も決して低くは無いのだが、人外の力を二つ同時に相手にするのは無謀であった。小比奈のチャージを廻し受けで振り払ったものの、それを囮として放たれた影胤の必殺技『マキシマム・ペイン』による衝撃波は、蓮太郎を一撃で戦闘不能にする。

 立ってこそいるが足元がおぼつかない蓮太郎に影胤は銃口を向ける。

 

おやすみ(グッドナイト)

 

 影胤は愛銃サイケデリック・ゴスペルを弾く。フルオート射撃によりけたたましいほど硝煙を纏って放たれる黒い銃弾の雨が蓮太郎の体を貫いた。

 

――――

 

 宛もなくローター音を頼りに林の中を駆け抜ける延珠は、今まさに着陸しようとするヘリコプターを一機発見した。アゲハ達三人が乗ってきた機体である。

 ロープを使ってホバリング中の機体から降りてきたアゲハに、延珠は飛びついた。

 

「お主達も民警であろう。蓮太郎が大変だ、ついてきてくれ!」

 

 状況が飲み込めないまでも、少女の逼迫した表情から一大事であることは察しが付く。アゲハ達三人は、自己紹介もなしに、延珠に連れられるがまま彼女が指す方向へ急行した。

 

「れ、蓮太郎!」

 

 延珠が連れてきた場所には血塗れの蓮太郎と、ガストレアの死骸が転がっていた。周囲には血と硝煙の匂いが立ち込めており、ここで戦闘が繰り広げられたであろうことは想像がつく。だがこの少年は何と戦ったのかとアゲハの頭をよぎる。

 

「お嬢ちゃん……ここでいったい何があった?」

「仮面の男に襲われた。妾は足を怪我して満足に戦えなくて……それで蓮太郎が妾を……」

「仮面の男? 蛭子って奴か」

 

 アゲハは口惜しさで唇を噛む。危惧していた通り、影胤の脅威が牙をむいたからだ。

 これ以上この場に留まる理由はないと、アゲハ達はヘリコプターに乗り込み、撤退する。大怪我をしていた蓮太郎はその足で集中治療室に運ばれた。

 関わってしまった以上バツが悪いと、先に夏世だけを三ヶ島ロイヤルガーターに戻し、アゲハと桜子は蓮太郎の手術に付き添っていた。無言で手術室の前で座して待つ三人だったが、桜子はふと忘れていたことを思い出した。

 

「―――そういえば、アナタの名前を聞いていなかったわね。私は雨宮桜子、こっちは夜科アゲハよ」

「妾は藍原延珠……」

「延珠ちゃんか。元気を出しなさい、あの子はきっと助かるわ」

「妾とて蓮太郎が死ぬわけはないと信じておるが、それでも不安で仕方がないのだ」

 

 延珠は押し殺してきた不安を爆発させたせいか、涙が堪え切れずに泣き出してしまう。その鳴き声に足音がかき消された中で、手術中の蓮太郎を案じるもう一人の少女が現れる。

 

「里見君……うそ……いやあ!」

 

 駆けつけた手術室の前で泣き出す延珠をみて、後から現れた天童木更に誤解をするなと言うほうが無理であった。その様子に蓮太郎が死んだと早とちりした木更は、その場で泣き崩れる。その姿に気付いた延珠は、無下に自分の涙は止まってしまった。

 

「木更、まだ泣くには早いぞ」

「嘘よ! だったらなんで延珠ちゃんは泣いているのよ」

「妾も心配しすぎてつい……」

「紛らわしいことをしないでよ!」

 

 涙目の延珠と木更がじゃれあっているうちに、手術室のランプが消える。扉が開くと、ストレッチャーに乗った蓮太郎と共に、お前達煩いぞついでにモテモテの里見蓮太郎が生き延びたのは実に残念だという顔をした室戸菫が立っていた。

 

「お二人方、残念ながら手術は成功だよ。まったくゴキブリなみにしぶとくて困る。これではミイラに出来ないじゃないか」

「せいこう?」

「やった! 蓮太郎は助かったぞ」

 

 手術成功の言葉を聞き、不安から解放された延珠と木更は喜びの抱擁をする。リア充爆発しろとでも言いたそうに、菫はアゲハと桜子の方に歩み寄る。

 

「キミたちのおかげで大事な患者が無事に帰ってきた、礼を言うよ」

「俺達は礼を言われるほどの事は何もしていないぜ」

「それにしても……キミは実に素晴らしい体つきだ。ミイラとして飾りたくなるほどだ」

 

 菫は桜子の胸元をみて言い放つ。

 

「それってどういう意味ですか?」

「女性の死体をミイラにする場合は、貧乳に限るのでね」

「え? え? え?」

 

 菫の言動に、初対面である桜子は動揺せざるを得ない。これが長年の付き合いである蓮太郎なら嫌味の一つでも返していたであろうが、桜子にそれを求めるのは酷である。

 

「気にしないでください。先生にはいつものことですから。ええと……」

「こっちが桜子で、むこうがアゲハだ」

「では改めて……気にしないでください、桜子さん」

「そう……」

 

 桜子は菫の行動を頭の片隅に追いやった。こういう時にもう一人の自分が心の中に住んでいるのは便利であるなと思いつつ。

 部屋で休むとその場を菫が離れると、蓮太郎生還の喜びから一息ついた木更が改まり、自身が天童民間警備会社の社長であることを二人に告げた。

 

「天童民間警備会社か……何処かで聞いた気がするな」

「何処だったかしら」

「この間のヤクザの事務所よ」

「そうだ! あのビルにあった会社だ。なんでも高校生で社長とプロモーターをやっているっていう」

 

 木更と延珠は気が付かなかったのだが、一瞬だけ桜子の後ろに褐色肌の少女が立っていた。短時間ながら桜子のもう一つの人格(アビス)が顔を出して正解を教える。桜子以外は誰もアビスが一瞬だけ口を出したことに気が付いた様子ではなかったため、桜子はあえてアビスの事を公言しなかった。

 

「ご存知でしたら光栄です」

「と言うことは、さっきのが高校生プロモーターか」

「彼……里見蓮太郎はうちの自慢のエースにして唯一の戦力です。

 ところでお二人はどちらの所属ですか? 申し訳ありませんが存じていませんので教えて頂ければ」

「俺達は先週ライセンスをとったばかりだ。今は暫定で千寿夏世って子とチームを組んでいるが、何処かに所属しているわけじゃねえ」

「千寿夏世? その子は確か伊熊将監のイニシエーターじゃ……」

「伊熊はちょっと入院中で、その代理だ。理由は他言無用なので言えないが」

「あの伊熊将監が入院したなんて」

 

 木更は先日会った際の印象から、プライドの高い将監も影胤に返り討ちにあったのかと邪推する。先日の俺様な態度から、そういった弱みは恥と考えるのも無理はないと。

 何故無所属であるアゲハ達がそんな有名ペアと接点を持っているかは、単なるめぐりあわせであろうと木更は気に留めなかった。

 

――――

 

 翌日、里見蓮太郎の敗北により七星の遺産が蛭子影胤に奪われたことを知った政府は、影胤討伐のために緊急招集を行った。集められたのは先日の回収任務と同じ面々である。

 政府は民警たちに七星の遺産がゾディアックを引き寄せる力を持つこと、そして影胤の目的が東京エリアをゾディアック召喚にて壊滅させることであろうと告げる。

 影胤討伐隊が編成されることとなり、民警たちは影胤が最後に目撃された未踏査領域千葉方面に派遣されることが決まる。アゲハ達も三ヶ島ロイヤルガーターの所属として参加することとなった。

 

「社長さん、本当に俺達だけでいいのか? 伊熊の奴もそろそろ退院じゃないのか?」

「将監さんはわが社の別のペアと、あとから合流する予定です。どうやらよほど夜科さんと同じチームを組みたくは無いようですので」

「それは俺からしても同意見だけど、我儘で相棒を放置するのは頂けないぜ」

「イデオチさんと海月(ミヅキ)のペアとはよくチームを組んでいますし、彼らは重火器を得意とするコンビですから……将監さんの戦闘スタイルを考えたらむしろ安心です」

「ふうん、まあ夏世がそこまで言うのなら心配は無用なんだろうな。だけどあの蛭子って奴は普通の人間が相手にするには強すぎる、伊熊のあの性格が災いしそうに思うぜ」

 

 アゲハの不安はぬぐいきれなかったが、討伐作戦はそれを待たない。作戦本部の指示により、アゲハ達は密林地帯に送り込まれた。

 アゲハと桜子はサイレン世界の経験にて荒野を進むことには慣れていたのだが、密林を進む経験は浅かった。慣れないジャングルを進むよりも得策であろうと、桜子も隠していた手札を切る。

 

「ピーピング・ラヴァー!」

 

 桜子は口紅型のトランス線を周囲に張り巡らせる。口紅がカメラの役割を果たし、周囲を観測することが可能となる覗き見用の能力である。

 

「雨宮さん、いったい何を?」

「夏世には言いそびれていたけれど、私もテレパス能力を持つサイキッカーなのよ。その力を使って、周囲の様子を探っているわ」

「さっきの小さなカメラみたいなものが、超能力だというのですか?」

「アナタ……見えていたの?」

「それってどういう意味ですか?」

 

 桜子と夏世は互いに質問に質問で返す。桜子からすればサイキッカーではない夏世に、ピーピング・ラヴァーを視認で来ていたとは思っていなかったし、夏世からすれば桜子が飛ばしたピーピング・ラヴァーの正体が何か解らないからだ。

 

「呪われた子供たちと言うのは体の構造が普通とは異なるから、無自覚的にPSIに目覚めていても不思議はないのかしら。

 でもそうね……小型カメラを飛ばして、このモニターで確認できる能力と言えばいいかしら」

 

 PSIの事を『新人類創造計画』の亜種によって生まれた機械仕掛けと勘違いしている節のある夏世は、桜子の説明に納得した様子であった。むろん桜子もまた機械化兵士だったのかと言う認識でだが。

 探索は一定範囲を移動したらピーピング・ラヴァーを使って周辺観測という流れで行われ、アゲハ達の担当区域はものの一時間ほどで見て回り終えた。観測した結果、周囲には休眠中のガストレアが多数潜んでこそいるが、蛭子親子の姿は無かった。

 それにしても千葉の南端がさながらアマゾンの奥地へと変質している様子には、アゲハ達も閉口せざるを得ない。今は眠っているとはいえ密林の中に眠るガストレアの数は計り知れない。この異様な光景とガストレアの巣となっているという客観的事実は、誰もが精神的消耗は避けられないのではないかという共通意識が芽生える。

 

「俺達の持ち場は探し終えた。とりあえず市街地に向かおう」

「そうですね。まともな人間が、ましてや深夜にこの森の中で活動するなんて思えません」

「それじゃあ、星を頼りに西を目指しましょうか。地図通りなら沿岸部は密林化していないはずだわ」

 

 三人は持ち場を離れ、街を目指して歩き出した。




副題は一部で有名な煽り文から
この回から原作一巻終盤の話に合流していきます。

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