BLACK PSYREN   作:どるき

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Ex.Call.2「天童流バトル」

 短い期間ではあるが感覚としては長く感じた一連の『ブラックスワン・プロジェクト』絡み騒動から数日が経過し、蓮太郎もすっかり元の生活に戻っていた。

 日曜の朝、いつものように朝稽古に勤しんでいるとそこに彼女が現れた。

 

「おはよう、里見君」

「おはようございます」

 

 蓮太郎はつい丁寧にあいさつしてしまった。

 現れたのは袴姿の木更で長い髪をリボンで結んで束ねていた。

 

「木更さんが木刀も持ってくるなんて珍しいな。いつもは雪影しか持ってこないのに」

「素振りと試斬にはそれで充分だからね。でも今日は使わないと流石に危ないし」

「危ないって何をするんだ? まさか新しい技を考えるのに万が一の事故を考えてとか?」

 

 蓮太郎は免許皆伝を受けている木更が新技の開発を許されているのを知っているため、そのように茶化す。

 

「お馬鹿、そんなんじゃないわ」

「だったら……例えば誰かと組み手するとか? でも俺以外には誰もいないから剣の練習ならむしろ俺が教わる立場だし……」

「あのね里見君……」

 

 木更は少し言いにくそうにもじもじしてから蓮太郎にお願いする。

 

「私と勝負してもらえないかしら」

「勝負?!」

 

 蓮太郎は急に勝負と言われて困惑した。

 

「なんでまた?」

「私も今回の件で気を引き締めないといけないと実感したわ。それに……今の里見君の本気も気になるし」

 

 木更は先日のソードテールとの戦いを悔いていた。単純な戦闘としては自分が圧勝したとはいえ、もしティナの保険が無ければあのまま拉致されていたであろう事実に。

 それに蓮太郎が逮捕されて以降のしどろもどろな自分の行動も悔しい。当座の目標である天童家を打倒するためにはこの程度の陰謀に根を上げているようではとても及ばないことなどわかっていたはずなのにと。

 顔には出さないまでも思いつめる木更の様子に蓮太郎は気付いていないが謙遜して答える。

 

「俺の本気なんて木更さんの足元にも及ばねえよ。持ち上げ過ぎだぜ」

「それは過小評価よ。里見君がどう思っているかは別として、事実アナタは蛭子影胤やティナちゃんという機械化兵士を相手に勝利しているわ。私はあなたと戦うことでその心の強さを学びたいのよ」

「そんな必要ないと思うけどな。俺からすれば木更さんは充分……いや、俺なんかよりもずっと強いぜ」

「……お馬鹿。とにかく、やると言ったらやるんだから!」

「ハイハイ、わかりましたよ」

 

 木更の態度に根負けした蓮太郎は彼女の挑戦を受けることにした。

 道場の中央で互いに向かい合い、木更は木刀、蓮太郎は徒手空拳で構えを取る。

 向かい合うだけで気を抜いたら体が二つになりそうなプレッシャー。その張り詰めた空気に蓮太郎は脂汗を滲ませる。

 

「こっちから行くわ!」

 

 開始の宣言をした木更はそのまま前に出た。

 木刀は左腰に構えていて居合の体制である。滴水成氷のことを考えれば最初の一太刀に間合いなどというモノはない。故に蓮太郎はあえて先手を取らせる。

 

「天童流抜刀術一の型一番───滴水成氷!」

 

 木更の飛ぶ斬撃を誘った蓮太郎はそれを飛び越える。

 どうせ後ろに引けない技なら上に躱せば良いという判断である。

 そのまま勢いをつけて蓮太郎はがら空きの上体を狙った。

 

「陰禅・上下花迷子!」

 

 肩を蹴飛ばして後の先を取り、そのまま側頭を狙う。

 組み手とはいえ彼女を蹴り飛ばすのは少し気が引けるとはいえ、狙ったとおりのカウンターに蓮太郎も顔が緩む。

 しかしそれくらいの反撃を考えていないようでは免許皆伝など到底先の話になる。つまりこれくらい、木更にとっては予想通りであった。

 

「!?」

 

 蓮太郎は蹴りの手応えのなさに驚く。

 当然であろう、木更の右肩は体重移動で沈み込み、上下花迷子の狙いを外したからだ。

 空振って着地した蓮太郎の背中を木更はそのまま切り捨てた。

 

「里見君、私に手加減していない? そんなんじゃ練習にならないわ」

「そんなつもりは」

「滴水成氷を飛び越えての蹴りなんて、天童流抜刀術を知っていればすぐに思いつく動きよ。私がそんな反撃も想像できていないわけないじゃない」

「それはそうだが……」

「次は私も里見君を本気で切るわ。だからアナタも本気で向かってきて」

 

 ビュンと振るう木刀は空気を切り裂いていた。

 例え木刀であろうとも斬撃を飛ばすことが出来る天童流抜刀術ならば人を切ることも可能だろう。

 頭を冷やしてよくよく木更を視てみれば漂う剄はどす黒く濁っていく。その様子に以前助喜代に言われた言葉を蓮太郎は思い出した。

 木更の剣は腐っている。

 その剄の濁りは和光との決闘を思い出してくる程である。まさか本気で自分を斬るとは蓮太郎も思っていないが、このまま濁り続ければいずれは誰であろうと斬り捨てる狂気の剣になってしまうのではと心配になる。

 この勝負を言いだしたのが木更である以上、彼女の言葉通り何かを自分と戦うことで見出したいのは想像に易い。ならば自分は木更に光を見せるべきであると、自分の全てを彼女にぶつける事に決めた。

 

「わかったぜ。木更さんも何を焦っているのかは知らないが、その迷いを晴らせるのなら俺も全力で行かせてもらう。二本目、お願いするぜ」

 

 再び二人は向かい合い、二本目の勝負が始まった。

 今度の先攻は蓮太郎が取ったが彼は動かない。その場に足を止めて剄を練り上げ始めたのだ。

 剄を感覚だけで操っている木更にも知覚できるほどに蓮太郎は煌びやかな光の剄を貯め込んでいく。そのプレッシャーに木更も迂闊に攻め入れない。

 一分ほど二人は向かい合うがこのままでは千日手である。膠着を破ったのは最初に膠着を産んだ蓮太郎だった。

 

「空の型四番───」

 

 事前に溜めておいたため呼吸の必要はない。

 そう言わんばかりの全力の飛で蓮太郎は間合いを詰めた。

 

「ん!」

 

 居合に構えていた木更は木刀を抜くと拳打を放つ直前の小手を狙う。

 蓮太郎それを左に飛んで躱し、木更の右脇腹まで飛び込んだ。木更も負けじと左足を大きく踏み出して反転して攻守を逆転させ、そのまま肩を狙う。

 

「剄楓!」

 

 蓮太郎が手刀で斬撃を受け止めたことでギンという鈍い音が道場に響いた。

 蓮太郎の右腕が鋼鉄の義肢であるから出来る受け方……というほど都合が良いものでもこれはない。

 例え義肢に匹敵する丈夫な拵えの籠手をつけていたとしても骨が折れていたからだ。中国武術における浸透剄似た骨切りの秘剣に単純な防御では機械化兵士の義肢であっても動作不良は免れないモノだった。

 それを免れたのは宣言通り全力を出して剄楓で受けた蓮太郎の選択によるものだった。

 

「剄櫻・閃空斂艶!」

 

 そして密着した状態ならば木更は手出しできなくても徒手空拳の自分にはその限りではない。貯め込んでいた剄の全てを左手に籠めて蓮太郎決めに行った。

 

「(まさか? でも、負けたくない!)」

 

 先の骨切りで詰めたと思っていた木更は木刀を打ち返して閃空斂艶を放つ蓮太郎に驚いていた。

 これはこのままではやられてしまう。

 木更の脳裏に敗北の文字が浮かぶ。

 だが木更も負けたくない。単純な勝ち負け以上に彼に敗北すると言うことは彼に弱い姿を見せることに他ならないからだ。

 純粋な乙女の願いには復讐に燃えるどす黒い色はない。自然と漂う剄は清らかになる。

 その清らかな剄の影響か、一時的に止まっていたはずの臓器の動きが一気にうごめく。血潮が駆け巡って体が熱くなり、前進にいのちの力が駆けめぐる。

 

「せいや!」

 

 木更は夢中で木刀を投げ捨てて、蓮太郎の肩を掴んで押し倒していた。そのままアームロックで組み伏せて、一瞬のうちに決着が付く。

 

「いたた、そんなのアリかよ」

「剣を捨てて素手で倒すなんて私もまだまだ未熟ね。それに今の感覚……」

「なにか掴めたのか? 確かに今の一瞬はいつも以上の動きだったが」

「私にもわからないわよ。でも、今のを狙って出せれば心強いわね。

 少し休んだら次に行くわよ」

「望むところだ」

 

 疲労の蓄積で先程より蓮太郎の剄が少ないせいか、それとも木更が先ほどの境地に到れなかったからか。

 その双方の理由でこの日先程の力を木更が発揮することはなかった。

 だが二人は互いに全力を出してぶつかることで、自分の殻を破るヒントを相手から獲ていた。




ひとまず書きかけになっていた木更とれんたろーの組み手を書き上げました。
今後の動きは原作次第です

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