BLACK PSYREN   作:どるき

61 / 62
Call.60「戦い終えて」

 地下施設のガストレアを殲滅したアゲハが外に出るとすっかり日も落ちていた。携帯電話を確認すると不在着信が入っている。地下なので電波の通りが悪かったのだろう。

 アゲハは早速桜子に電話を折り返した。

 

「もしもし……悪い、電波が届かなかったみたいだ」

「だいぶ時間がかかったみたいだけれど、なにか収穫があったの?」

「地下で変異ガストレアの飼育をやっていやがった。ここにいたガストレアはすべて処理しておいたから当面の心配はないだろうけど。それより桜子の方から電話してきたってことは櫃間の方も上手く尋問できたってことか?」

「そっちは全然ダメね。嬲ろうにも一向に目覚めないし。その代りに緊急のニュースが一つあるわ。里見君が見つかったの」

「なんだって。捕まったのか?」

「いえ……火垂ちゃんって憶えてる? 水原君のパートナーだった。あの子が勾田署に彼を担ぎこんできたのよ。衰弱していたからとりあえずの処置で菫先生の所に搬送されてきたってわけ」

「だったらすぐに戻るぜ。冤罪を証明するメールも見つけたからな」

「わかった。でも焦る必要はないって菫先生が言ってたわ。火垂ちゃんが持ってたICレコーダーに事件の顛末について証言した音声が録音されていたのよ」

「なるほどな。だったら何か弁当でも買って帰るぜ。桜子も見張りで動けなかったから腹が減っただろうし」

「なら私と子供達の分を。天童社長のは要らないわ」

「なんで?」

「あの子も倒れて検査入院だって。心配は要らないとは聞いているけれど、そのかわりティナちゃんも預かることになったからそのぶんを忘れないでね」

「りょーかい」

 

 電話を終えたアゲハは売れ残りの弁当を求めて繁華街を目指した。買い物と移動の時間もあり、皆が集まっているハッピービルディングにたどり着く頃には九時を回っていた。

 ちょうどよく売れ残りの半額品だがステーキ弁当と書いてあり元の値段はそれなりである。貧乏飯をよくぼやいている延珠あたりは喜びそうだなと思いながらアゲハは戸を開けた。

 

「ただいま」

「遅かったではないかアゲハ」

「わりいわりい。その代りに今日はステーキをご馳走してやるぞ」

「おお、これは勾田駅前の弁当屋で売っているステーキ弁当ではないか。千五百円もするやつだぞ、太っ腹だな」

「半額の見切り品だけどな。これくらい屁でもないぜ」

 

 この街に来た頃と違って今のアゲハには金銭的余裕があった。

 流石にエルモアの援助を受けていたドリフト以前ほどではないが、この時代での真っ当な方法で稼いだお金なので後ろめたさはない。

 それにたまには年下に奢るのも大人の務めと思うとまさに屁でもない。むしろ料理屋に連れて行ってあげられなくて少し申し訳なく感じるほどである。

 

「弁当のわりには結構いい肉だな」

「そうなのだ。この店はステーキ弁当にだけは拘っておるからな。半額セールまで残っていること自体がまれなんだぞ」

「そうなのか?」

「私も何度かタイムセールを狙って見に行きましたが、いつもセール前に売り切れていますね」

「そう言われるとなんか薄気味悪いぜ」

「れんたろーなんかは金が無い時に限って出くわすと言っておったから、まったくない訳ではないらしいがな」

 

 延珠とティナの講釈を聞きながらアゲハ達は弁当を食べ終えた。

 食事を終えると既に風呂を済ませていた子供たちは寝巻に着替え、仮眠室できゃっきゃうふふとおしゃべりを始めた。

 アゲハと桜子はお茶を片手に事務室に残り、この日の出来事をトランスを使ってこっそりまとめる。

 

『蓮太郎も帰って来たし、ブラックスワン・プロジェクトはぶっ潰せたし、とりあえずはコレで一件落着か』

『一先ずはそうね。でも今回の事は少し腑に落ちないわ』

『ん?』

『だって考えてみてよ。計画を嗅ぎつけた水原君が襲われるのは理解できるけれど、里見君にわざわざ冤罪を擦り付けたことの意味が解らないのよ』

『そりゃあ……櫃間の差し金じゃねえか? 女を追い込んで手篭めにしようだなんて気に入らねえが』

『それならばもっと別の方法があったんじゃないかと思えてね。そもそも冤罪が無くても木更と櫃間はお見合いをするくらいには仲が悪くないわ。木更にとっても利だけで考えたら櫃間との縁談は悪い話ではないのだし、彼女を精神的に追い込む必要性なんてなかったのよ。それに櫃間は里見君の状況を好機とは思っても、仕込みなしでも自分の求婚に木更が首を縦に振ると思っていたフシがあったし……』

『つまり桜子はこう言いたいわけか……蓮太郎たちの周囲に『木更をモノにするなら蓮太郎を排除する必要がある』と教えた裏切者がいると』

 

 アゲハの推理に桜子は頷いた。

 

『それにブラックスワン・プロジェクトと昨日の男との関係がまだわからないからね。もしかしたら取りこし苦労かもしれないけれど』

『どっちにしても火の粉は振り払えても火元はまだ燃えているんだったな。俺達の目的……ゾディアックガストレアの秘密を暴くのには回り道だけれど、すこし調べてみるか』

 

 二人の間で今後の方針が決まった。ガストレア退治にはあまり関係が無さそうだが、ブラックスワン・プロジェクト及びアゲハを狙った集団について今後も追うことにしたのだ。

 IP序列を上げるためには無駄な行為だろうが、特にブラックスワン・プロジェクトの方は変異ガストレアを培養するくらいである。聖居とは別に彼らが隠すガストレアの秘密を知っているかもしれない。

 アゲハと桜子はそんな打算も込みで彼らとは敵対することに決める。アゲハが回収したメールを洗えば気付くであろうが、この二つが実は同じものだという事もまだ知らぬうちに。

 

――――

 

 死んだはずの友がいた。

 彼は死んだと聞いていたはずなのに傍らに居るという事は、ここはあの世なのだろうか。

 蓮太郎は目覚めたばかりの頭でそう捕えていた。

 

「起きたのか蓮太郎、ちょうどよかった」

「水……原?」

「おうよ。迷惑かけちまったな」

「別にいいぜ。もう済んだことだ」

「そういってくれると俺も気が楽だぜ。金欠のお前にいくらたかられるか気が気でなかったんだよ」

「冗談きついぜ。あの世で金勘定なんて。それにたかる気なんてねえぜ」

「いや……そりゃあ俺のせいで冤罪逮捕までされたと聞いたらな」

「それもそうか。そういや水原、あの世でも眠気はあるんだな。死んでいるのに眠いなんて不思議だぜ」

「キミは何を寝ぼけているんだ? 蓮太郎君」

「先生も来たのか……って、なんでアンタまでここに? ついに変なものでも食って死んでしまったのか」

「そんなわけねーだろう」

 

 水原は蓮太郎の頭を軽く叩いた。その痛みで蓮太郎の目もハッキリとしてくる。

 部屋の隅にはテレビがあり、ニュースでは夏のレジャー特集をやっていてみんなでいったら楽しそうだと思えて来る。

 よく見ればこの部屋は勾田大学病院の個室病棟で蓮太郎も見慣れた天上である。

 まさかと自分の勘違いに気が付いた蓮太郎はつい赤面してしまう。

 

「……」

「気付いたか? この寝坊助。まあここだけの秘密にしておいてやるよ。そのかわり今回の依頼料はナシだ」

「ふざけるなよ水原! 俺がどれだけ苦労したと……」

「あら、やっと起きたのね」

 

 蓮太郎が抗議する脇で売店の袋を持った火垂が部屋に入ってくる。中にはジュースが三本、おそらく菫らが飲むためのモノだろう。

 

「おうよ。コイツったら寝ぼけてココがあの世だと思ったらしいぜ」

「仕方が無いわよ。私も急に倒れて死んだと思ったし」

「そういえば火垂……あれからどうなったんだ? なんで俺はベッドの上で寝ていたんだよ」

「そんなのアナタがぶっ倒れたからに決まっているじゃない。まあ憶えていないのなら仕方が無いわね」

 

 火垂は蓮太郎の要求する空白期間のことを簡単に説明した。悠河との戦いを決着に導いた一撃、それを放って蓮太郎が気絶してからの事である。

 曰く、火垂は気絶した悠河を柱にロープで縛り付けるとそのまま蓮太郎を担いで勾田署に駆け込んだ。指名手配犯の登場とその冤罪を証明する自白の音声データに警察は大慌てになり蓮太郎はこの勾田大学病院に運ばれたとの事である。

 警察が市役所工事現場に踏み込んだ時点で既に悠河の姿は無く、警察の方も櫃間警視の違法捜査スキャンダルへのマスコミや警視庁内での対応もあって彼の捜索は進んでいないらしい。

 櫃間の件は水原らが掴んだことで、彼もまた『ブラックスワン・プロジェクト』に関わっていて蓮太郎の逮捕を主導したのも彼だという。蓮太郎が見た水原の死体を手配したのもこの男、しかもその口で自分達を騙してあげく木更を嫁にすると言っていたとわかると蓮太郎の怒りは収まらない。

 

「ちくしょう! アイツが敵だったなんて」

「警察のお偉いさんだし気付かなくても仕方がねえよ。だが今後は警察だからと行っても信用出来ないのは頭の片隅に残しておかねえとな」

「それに……木更さんは無事なのか? まさか既に……」

「おや、キミはもしかして木更の貞操の心配でもしているのか? スケベだな」

「なんでわか! いや、でも」

「冗談だったが図星か。でもまあ安心したまえ蓮太郎君、木更ならまだ清い体のママだ。櫃間は既成事実を作ろうと急かしていたようだがヤツの裏を我々が掴んだ方が先だったのでな。今回はあとで彼らに礼を言っておくと良い」

「彼ら?」

「夜科アゲハと雨宮桜子、それに望月朧の三人だよ。他にいないだろう」

 

 菫はこの場にいない三人の事を話題に出した。菫の言うように今回の事件で木更の暴走した自己犠牲を止めたのはアゲハと桜子だし、水原が生存したのは朧のおかげである。

 それに生き別れになるはずだった延珠を引き留めたのもアゲハのお手柄と聞いて蓮太郎はどう埋め合わせようかと不安になるほどだった。

 おそらく彼らはこの程度のことなど謝礼は要らないと言いそうだろう。だがそれでは自分が納得できない。蓮太郎はそう思った。

 

 更に一週間が経過し、退院した蓮太郎の体はすっかり調子を取り戻した。合計十日も寝ていただけあって体のキレが悪いが背に腹はかえられない。

 この日の蓮太郎は延珠を木更に預けて聖居に向かっていた。聖天使の呼び出しで、おそらくライセンスの返還が行われるだろう事はすぐに察しがつく。

 

「よく来ましたね。それに今回はアナタを守護れず申し訳ない」

「聖天使様は何も悪くない。だからアンタが頭を下げる必要なんてねえよ」

「当たり前のことを言うな蓮太郎。これは聖天使様の慈悲、有難く受け取れ」

「口が過ぎますよ菊之丞さん」

「これは失礼」

「菊之丞の失礼ついでに一つ頼みたい事があるんだが、いいか?」

「図に乗るな!」

「許可します」

 

 威圧を諫しめられて一度は下がった菊之丞だったがそれをダシに要求を申し出る蓮太郎にはさすがに怒った。聖天使は菊之丞を再び下げて蓮太郎の要求を聞く。

 

「今回の事件で世話になった人たちがいる。彼らの序列を上げてやってはもらえないか」

「それはもしかして夜科さんたちの事では? 彼らは表沙汰に出来ない情報をもたらしてくれましたから、それなりの見返りを渡していますよ」

「そうなのか」

「この場で何を与えたかは言えませんがね。言えることは『ブラックスワン・プロジェクト』を未然に防いだことくらいですね」

「なるほど。ところでその……『ブラックスワン・プロジェクト』とは結局どんな計画だったんだ?」

「一言で言えば変異ガストレアを使った東京エリア襲撃計画です。夜科さんたちのおかげでガストレアを飼育していた巣は壊滅できましたし敵の研究データも得られました」

 

 それから蓮太郎は『ブラックスワン・プロジェクト』に関係する変異ガストレア、バラニウム磁場への耐性を持った個体について話をきいた。彼にとっては信じたくないその能力に「マジかよ」と呟くことしかできなかった。

 

 結果オーライとはいえ最終的に元のさやに戻ったことを蓮太郎は幸せとして噛みしめた。

 入院中に聞いた話では木更も戦闘に巻きこまれて傷ついていたという。自分の前では平静を装っていたがきっと心に傷を負ったのだろう。蓮太郎はそう思い、なけなしの自腹を切って土産を買い事務所に向かう。

 

「木更さんはいるか」

「戻って来たか蓮太郎、何事もないか?」

「予想の通りライセンスの返却だけでなにもねえよ。だがこれで晴れて俺達も仕事に復帰できるぞ」

「やったではないか。ガシガシ稼いで美味しいものを食べに行くのだ」

「そうしたいところだ」

「ところで、その小包は……もしかしてケーキじゃない!」

「一応木更さんには今度の事で心配かけたしそのお詫びだぜ」

「妾にはないのか?」

「勘弁してくれよ、俺だってこれを買うだけで精いっぱいだったんだ。これで我慢してくれ」

 

 蓮太郎はビニール袋から焼き菓子を取り出した。

 ケーキ屋で売っている余り素材を使ったクッキーで小ぶりだが味はいい。

 ケーキは高くて買えなくてもこれなら他のみんなの分を用意できると蓮太郎苦肉の策である。

 

「ちゃんとあるではないか。妾としてはケーキのほうが好みだが、今日の所は我慢しておいてやるぞ」

「聞き訳が良くて助かる。一応それでティナと夏世の分も込みだから全部食うなよ」

「わかっておる」

 

 延珠は蓮太郎からもらったクッキーを大事そうにゆっくりと頬張った。

 事務所に集まる延珠たちの無邪気な笑顔に、蓮太郎は取り戻した日常の尊さを感じていた。




一応は逃亡者編の〆になります
単発で何本かこの後の話を考えて、それが終わったらまた充電期間です
原作そろそろ再開しないと完全オリジナルで〆に向かわないといけませんね

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。