BLACK PSYREN   作:どるき

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Call.53「トリの歌」

 荒くれ者の集う歌舞伎町斡旋所の庇を借りて一夜を過ごした蓮太郎はまだ癒えきらない体を起こしてコーヒーを嗜む。

 当たり前だが投獄中の身でありながら誘拐されただけあって無一文である。先の戦いでもやつれたその身一つで準備万端で同じ眼と同種の切り札を持つ敵を相手に殺されなかったのは幸運としか言えない。

 火垂はしぶしぶ彼に食事を奢っており、自分もまたコーヒーと菓子パンで腹ごしらえをしていた。

 

「一応アナタの家から持ってきたけれどこれでいいのかしら」

「サンキュー」

 

 昨夜の蓮太郎は斡旋所に着くなり気を失って眠ってしまっていた。火垂は顔見知りのプロモーターに彼の見張りを頼み、気絶する前に蓮太郎から頼まれた『新人類創造計画の個人兵装の備品』を回収してきた次第である。

 火垂も完全に蓮太郎を信用したわけではないが、悠河のことを考慮すればいまは手駒として利用した方が良いと考えていた。

 

「メシまで奢ってもらってすまないな」

「別にいいわよ、これから私のために働いてくれれば。ねえ、『新世界創造計画』って一体何の話よ」

 

 火垂は目覚めた蓮太郎に問いかけた。

 蓮太郎もハッキリと知っているわけでは無いが、義肢のカートリッジを装填しながら知る限りのことを彼女に伝える。

 曰く、それは『新人類創造計画』のアップデート版であることを。

 曰く、それは死ぬ寸前の鬼八が知った『東京エリアの危機』に関係していることを。

 

「―――それは本当なの? 鬼八さんが新世界創造計画なんてモノに関わってしまったばかりに殺されたって」

「半分は憶測だがおそらく」

「だったら……だったらなんでアナタは鬼八さんを見捨てたのよ!」

「見捨てるわけがないだろう」

「だってアナタが……アナタが鬼八さんに協力していたらこんなことにはならなかった訳じゃない!」

 

 蓮太郎の判断が鬼八の悲劇の遠因なのは否定できないため蓮太郎も顔を下に向けてしまう。

 火垂は一目も気にせずに泣き蓮太郎に八つ当たりをして、彼もまたそれを甘んじて受け入れる。

 友の死と巳継悠河が関係しており自分はその悠河に敗北している。

 だからこそ今は目の前の少女の咎めから逃げてはいけないと思っていた。

 

「―――気が済んだか?」

 

 トントンと叩く火垂の手が止まる。昨夜から蓮太郎を監視するために不眠不休を貫いた彼女の電池が切れたことをその反応は表していた。

 蓮太郎は火垂にタオルを掛けると斡旋所のマスターに頼む。

 

「電話を貸してくれないか?」

「別に構わないが、やめておいた方が良いんじゃねぇかな」

「何故?」

「だってアンタ……お尋ね者だろう? 警察を相手にするんなら電話は辞めておいた方がいいと思うぜ。ヤツらはその気になれば声紋一つで居場所くらい探れるぜ」

「本当かよ」

「まだ試験段階の監視システムとは聞いているがな。ここは斡旋所の中でも荒くれ者の揃いだからアンタみたいなお尋ね者のプロモーターが来ることも多いんだが……そう言う奴は十中八九電話から場所を探られちまうんだ」

 

 マスターが言っているシステムは櫃間の管轄の元、今まさに悠河が使おうとしていたシステムだった。

 東京エリア全ての監視カメラと電話の情報を一カ所に集めて管理下に置くこのシステムは、試験運用で一定の成果をあげていた。

 一つ問題があるとすれば、犯罪者を取り締まることに重きを置いているせいかプライバシー保護の観点が考慮されていないことと、衛星通信電話まではカバーしていないことだろうか。

 

「ちくしょう……先ずは夜科さんたちと合流したかったんだが―――」

 

 今頃脱走の報告を受けて、夜襲をかけると言っていたアゲハらが困っているだろうなと蓮太郎は考えていた。

 手がかりの一つである『巳継悠河』の存在から黒幕を追えば、きっと冤罪を晴らして鬼八の仇を討てると考えながら熱いコーヒーのおかわりを飲んだ。

 

――――

 

 警視庁が所有する東京エリア監視システムの中枢ユニットで、依然として見つからない蓮太郎の姿を探して悠河は苛立っていた。

 逃げ込んだ先が歌舞伎町斡旋だったことが幸運だったようで蓮太郎は監視網に引っかかっていなかった。

 

「私達は独自に里見蓮太郎探しをさせて貰うわ」

「そうしていろ。やれるものならそのまま仕留めたって構わないさ」

「了解。最近のアナタは失敗続きだし、このまま私がアナタの地位を奪っちゃうかも知れないけれどね」

「……二枚羽根風情が調子に乗るなよ?」

「ハイハイ。冗談よ、ダークストーカー。さあ行きましょうか、ソードテール」

「心配するな、見つけ次第お前にも連絡する。お前はここで待機していれば良い」

 

 ハミングバードこと久留米リカとソードテールはそう言って部屋を出て行った。

 彼らは連続して失態を演じるダークストーカーこと巳継悠河に成り代わるチャンスだと口では言っているが本気では無い。

 だがこの二人はグリューネワルド教授から直々の指令を受けていた。

 今回の失敗で教授は悠河を見限り始めていたのだ。それも能力では無く素養を問題にして。

 

「教授の言うことも最もね。ダークストーカーは確かに優秀な兵士だし、熱心な教授の信奉者だわ。でも彼はそれだけの男なのよ」

「そうは言うがな、ハミングバード。俺は教授の言っていることがよくわかっていないんだ。優秀な兵士であることの何処がいけない? そのための機械化兵士だろうに」

「教授の研究テーマの先にあるモノはこんな機械化兵士なんかよりもずっと進んでいるってことよ。例えば私のネクロポリス・ストライダーなんかはわかりやすいわね。今は機械仕掛けだけど最終的には鉄の塊そのものを遠隔操作したいのよ、教授は」

「まるでテレキネシスだな」

「昨日ダークストーカーが取り逃したサンプルのように教授がサイキッカーを欲しがっている事はアナタも知っているでしょう? これくらいすぐ思い付くわよ。むしろアナタの鈍さに私は驚かされたわ」

「言われてみればその通りだが……俺には超能力なんてアニメや漫画の中にしか無いものだ。教授の下でエージェントとして精を出す今になってもな」

 

 教授は機械化兵士として優秀な悠河の限界を感じ始めていた。いくら優秀でも悠河はしょせん一介の機械化兵士に過ぎないからだ。

 確かに悠河は機械化兵士としては最高傑作である。だが人造の異能力者としては失敗作でしかなかった。

 教授もその優秀さからこの欠点には目をつぶっていたが、実際に連続して超能力者を相手に失態を演じる姿には落胆せざるをえない。

 しかも同じ眼を持つ室戸菫の機械化兵士までも力の目覚めを感じさせる謎の掌底を放ったのだから、教授にとっては菫に一歩先を超されたようにしか思えない。

 ハミングバード、ソードテールの両名に命じた司令というのも悠河より先に蓮太郎と交戦し、彼の能力を測れというものである。

 アゲハのように確実なサイキッカーではないし、何よりライバルの技術など真似たくないのでサンプルとして拉致する気はない。だが様々な状況に追い込むことで『二十一式バラニウム義眼装着者に見られる超能力発露』を検査してみたかった。

 コントロールルームでただ発見を待つ悠河と違い、教授には蓮太郎の居場所が想定できていた。

 監視システムの網に掛からないのなら網の最も薄い部分にいるだろうと教授は読んでおり、更におあつらえ向きの場所として歌舞伎町が件のホテルの近くにある。

 歌舞伎町は治安の悪さから独自のネットワークが出来ている地区のため監視システムに繋がらない監視カメラの方が多いのだ。

 

「さすがは教授の読みだ。里見蓮太郎は斡旋所にいたぞ」

「ご苦労さま。私が仕掛けるから、アナタは十五分たったらダークストーカーを呼びなさい」

 

 光学ステルスで身を隠したソードテールは歌舞伎町斡旋所の様子を探っていた。コーヒーを飲み体を休めていた蓮太郎の姿は隙だらけに見えたが、このまま殺しても教授の意向に逆らうとソードテールはこらえる。

 雑居ビルの屋上で殺人機械のエンジンを入れたリカはソードテールからの連絡を受けてげひた笑みを浮かべる。さあ、殺人の宴が始まると。




ハミングバード戦前振りの話
原作におけるするみ教授を訪ねて云々はれんたろーサイドの話からは切り離しています

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