拘置所を出たアゲハと桜子は防衛省の庁舎に向かった。目的はもちろんIISOに延珠の事を問いただすためである。庁舎に到着すると窓口にいたいつぞやのおじさんに桜子は声をかけた。
「IISOに連絡を取りたいんだけれど」
「おや、いつぞやの。マッチングかな?」
「まあ似たようなものね。IISO預かりになっている藍原延珠って子と連絡を取りたいのよ」
「知り合いか?」
「そう……事情があってペアが解散になった途端にIISOが連れて行ったのよ、私が引き取る予定だったのに」
「行き違いか……だったらむこうにかけてみよう」
桜子の方便を鵜呑みにしたおじさんはIISOに問い合わせる。だがIISOからの回答は既に新しいパートナーが見つかっているため他のプロモーターには会わせられないという事だった。
「どうやら引き取り手が既に決まっていて、会わせられないそうだ」
「それって誰だか判る?」
「土井春樹という男だ。一部では『相棒殺し』なんて言われている悪名高い男だよ」
「なんてこと……その男の住所とか判るかしら」
相棒殺しなどと言う物騒な二つ名に桜子も驚く。
だがアゲハは思い出す。先日の関東開戦の最中で夏世がしていた雑談の中で聞いた名であることを。
「待てよ……おじさん、そいつは本当に『土井春樹』で間違いないんだな?」
「ああ、そうだよ」
「わかった、ありがとうな。行こう、桜子」
「ちょっと、アゲハ」
アゲハは土井春樹の事を確認すると桜子を連れてその場を立ち去った。
困惑する桜子にアゲハは近くのファストフード店に入って席を確保してから答える。
「ラッキーだったぜ」
「どういう事よ、説明してよ」
「さっき言っていた土井春樹ってのはドルキが使っている偽名だ。それに相棒殺しって言うのもアイツの異名らしい」
「本当なの?」
「この間の戦いで参加したW.I.S.Eのイニシエーターはドルキが殺されたと偽ってアジトに集めていた子供たちなんだと。夏世も伊熊と組む前に誘われたって言っていたぜ。ちょっと電話してみよう、このまえ借りたときの番号は控えてあるぜ」
アゲハはそういうと控えていたドルキの電話にコールを入れる。
「もしもし、夜科アゲハだ」
『なんだ……何の用だよ』
「今度お前の所に藍原延珠って子がマッチングされると聞いたんだが、その子を俺達に渡してもらえないか? そいつは知り合いなんだ」
『別に構わねぇが……その前にIISOが押し付けてきたガキの事をなんでテメーが知っているんだ」
「だから知り合いだって言っただろう。無理やりIISOに横取りされたから後を辿ったらオマエに行きついたんだよ」
『チッ! しち面倒な予感がするぜ。IISOとは今日の夕方四時半に引き取りに行くって話になっている。折角だから待ち合わせしようぜ』
「わかった」
こうしてドルキと待ち合わせすることになった。
夕方四時を過ぎてドルキとの待ち合わせ時間となる。
待ち合わせ場所の防衛省庁舎前には三人組が現れた。
関東開戦以来となるドルキとシャイナ、そして赤髪の男がそこにいる。
「久しぶりだな」
「電話では話したが、直接会うのは二十年くらいぶりになるな、天戯弥勒」
今回はW.I.S.Eの首領である弥勒もこの場に来ていた。
モノのついでにアゲハの顔を見ておこうという気まぐれであるが、アラフォーにしては若々しい様相に弥勒も小首を傾げる。
「若いな」
「おかげさまでな」
アゲハはわざわざPSYRENのテレホンカードの事は言わなくてもよいかと彼に告げなかった。
そのまま五人の大所帯でIISOが管理するシェアハウスに向かうと職員を名乗る青年が延珠を連れてきた。
うつむいた表情の延珠だが、アゲハの顔を見てすぐに明るくなる。
「アゲハに桜子じゃないか」
「一週間も会わないうちに大変なことになったな」
「まったくだ」
延珠と談笑するアゲハを青年は見つめる。
まるで青年は予定より早く好機が訪れたと言わんばかりに拳を握りそして不意を突いた。
だが殺気に気が付いたアゲハは後ろに飛び退いてそれを躱す。
「いきなり何するんだよ」
「失敬……まさかかの相棒殺しとアナタが顔見知りとは思わなくて」
「理由になっていねえぜ?」
「それに相棒殺しの正体がまさかW.I.S.Eとは……偶然とはいえ僕はついている」
「御託を並べる暇があるなら!」
怪しい青年に桜子は先制のWMJを放った。だがトランス線の先端は頭に突き刺さろうとしたところで雲散霧消してダイブに失敗してしまう。かつて経験した射場とのやり取りに似たものを桜子は感じた。
「どうやら対トランス手術を受けているようだな」
「ご名答。キミ達は僕達のモルモットになっていただきますよ」
青年は懐から小型の機械を取り出すとそれのスイッチを入れた。
周囲に電光が迸り目をくらませる。頭をガツンと叩かれたかのような刺激は痛くないが痛みを感じる不思議な不快感をアゲハ達に与えた。
「何をした!」
「僕達が開発した対サイキッカー兵器です。名付けてキャパシティダウンとでも言いましょうか。頭が痺れてうまくPSIが使えないでしょう?」
「ふざけるな!」
アゲハは怒りに任せて青年に殴り掛かるが、彼は易々とアゲハの拳を掴み腕を捻りあげる。ライズによる強化が行われていないにしてもその反応は並の相手ではない。
「キミ達にはこの超合金の手錠をはめて僕についてきてもらいますよ」
「一ついいかしら。アナタは最初から私たちを狙っていたの?」
「W.I.S.Eの皆さんについては偶然ですよ。夜科アゲハさんについては最初から狙っていましたが」
アゲハらを手錠にかけながら青年は桜子の問いに答えた。
PSIを妨害されたアゲハらは青年に手も足も出なかった。
イニシエーターである延珠でさえそうなのだから、アゲハ達PSIを奪われたサイキッカーにはなすすべもない。
「藍原延珠を相棒殺しに引き渡したらキミ達の所に行く予定だったんです。だからこんな小道具も準備していたんですよ」
「随分と運がいいわね。それに私たちを誘拐して何がしたいのかしら」
「折角だから一つだけ教えてあげましょう。キミ達のPSIを研究材料にしたいのです。だから悪いようにはしませんよ」
「欺瞞だな。その手の連中が悪いようにしない訳がない」
「流石は元グリゴリ06号だ」
かつて恐れられた最上位サイキッカーを征服した優越感に浸る青年は異様なテンションになっていた。
この青年、巳継悠河はグリューネワルド教授の懐刀にして教授の信者である。
教授への最高の貢物を手に入れたのだから興奮せずにはいられない。
アゲハ達はトラックに載せてアジトに運ぶ最中、PSIによる反撃を警戒してキャパシティダウンの電光を浴びせ続ける。この装置は視覚から電気的刺激を脳に与え、まるで夢路春彦のショッカーで一時的な麻痺を受けた時のようにPSI出力を著しく低下させる機械である。本来はPSIを覚醒させることを目指した装置だったが、逆に対サイキッカー兵器として産み落とされた偶然の産物を悠河は振りかざす。
だが悠河の愉悦は三十分ほどの短い時間で終わってしまう。
「そろそろ遺言でも残しておけよガキが」
「なんですか相棒殺し……いや、ドルキ第七星将と呼べばいいですかね?」
「テメーはあの機械で俺達を封じた気になっているが、一つ見落としているぜ」
「見落とし? ハッタリは―――」
「この程度でバースト波動の極地を防ごうなんて百年早ぇんだよ!」
悠河はドルキの言葉を挑発に過ぎないと返そうとしたのだがその前に爆発が起きた。
キャパシティダウンが破裂したのだ。
「これでしばらくしたら全員のPSIが回復するぜ」
ドルキは捕まってからずっと目をつぶりキャパシティダウンによる刺激を最小に抑えていた。
これにより完全にPSIを奪われずに済んだドルキは最小の力でキャパシティダウンを爆撃した。
窮地を脱してしたり顔のドルキを弥勒はやれやれと言いたそうな顔をして肩を叩く。
「まったく……折角だからこいつらの根城をぶっ壊そうという俺の作戦を台無しにして」
「え?」
「あんな機械など俺には通じん。まあアジトに着くまでコイツの調子にのった顔を眺めるのも不愉快だったからこれでも構わないがな」
「いいんですか? 弥勒さん」
「いいさ」
「流石にリーダーは懐が深いぜ」
実のところ己の体を一種の思念体に変質させていた弥勒にはキャパシティダウンなど通じていなかった。
自らを囮にして悠河の親玉を叩くために効いたふりをしていただけだった。
だがドルキの反撃でこれ以上の潜伏は無理と判断した弥勒は生命の樹の力で生命力を他の四人に分け与えて急速に回復させる。
「サンキュー、弥勒」
「報酬はこいつ等に命で払ってもらうさ」
「同感だぜ……よくもやってくれたな」
全員が手錠を引きちぎり、ついでに延珠の手錠もドルキが爆塵者で爆ぜ切って開放する。
桜子も愛刀心鬼紅骨を取り返して準備は万全となる。
トラックのコンテナと言う密集空間で六対一という状況は悠河には不利でしかない。
「テメーの事、洗いざらい吐いてもらうぜ」
アゲハは弓を引く構えで悠河を警告した。
その手には握り拳大の暴王があり、回答次第で放つ準備は万端である。
「くっ!」
悠河は悔しいのか床を叩く。すると轟音と共に荷台が砕けてアゲハらが乗る後部がトラックから引き離されておいていかれる。直ぐに脱出したが、大惨事の混乱に乗じて悠河を乗せたトラックは逃げてしまった。
事故現場から離れてビルの裏路地に入ったところでアゲハは壁を思わず殴った。
「ちくしょう! ムカつくぜ」
「既に種は植えてある」
「種?」
「トラックの運転手の方にな。奴らの行先は手に取る様に判る」
「よし、追おうぜ」
弥勒が仕掛けた生命の樹の種に従ってアゲハらは悠河の後を追う。
だがその先に会ったのは壊れたトラックと運転手と思しき男の死体だけであった。
行きついた場所は第十三モノリスの近くであり、一人ガストレアの因子を持つ延珠は気分を悪くしたのか口元にタオルを当てている。
その様子を見て桜子も気遣いをかけるが延珠は気丈に振る舞っていた。
「あの男は逃げちまったみたいだな」
「半端に反撃したのがまずかったみたいですよ、ドルキさん」
「なんだよシャイナ、俺が悪いっていうのか?」
「だってそうでしょう」
「それくらいにしろ。今でもグリゴリ機関みたいな連中が生き残っていることが確認できただけで充分としよう」
「そうですか」
弥勒はドルキに軽口をたたくシャイナをあやした。その経歴から悠河のような『サイキッカーを実験動物扱いする人間』の事を毛嫌いする弥勒であるが、ここは一度身を引くことに決める。
闇雲に探しても手がかりが無いのなら無理に攻めることも無いという判断である。
「そろそろ俺達は島に帰らせてもらう。さっきの連中についてわかったことがあれば連絡しろ」
「わかったぜ」
弥勒はそういうとシャイナのテレポートを使って根城である慰問島へと帰って行った。
時刻は夜の七時を回る。
「そろそろ一旦家に帰るか」
「そうしましょう。延珠ちゃんも行くわよ」
一度アゲハ達は家に帰ることにした。
昼間に蓮太郎に「助けに行く」とは伝えたが、延珠を連れていくわけにもいかないし七時では深夜には遠い。
まずは夕食を取って延珠を寝かせることが第一と桜子も考えていた。
「今日は久しぶりに手料理を振る舞ってあげるわ」
「味噌汁なら裸エプロンで―――」
「夏世ちゃんに延珠ちゃんもいるんだからそんなことするわけないでしょう!」
「……ゴメン」
手料理を振る舞うと言う桜子にふとサイレンドリフト時代に見た夢の内容を口走ってしまったアゲハは桜子に怒られてビンタされた。頬が赤くはれるが桜子も特に怒っているわけでもなくアゲハ自身もむしろその痛みが心地よかった。
自分を誘拐してモルモットにしようとした青年の存在は気がかりだが、一服の清涼剤は二人の心の疲れを癒した。
相棒殺しが転じてえんじゅを保護する話
装置の名前は余所から取ってきましたが効果はだいぶ変えました
とりあえずここまでで1/3って感覚で一区切りです