BLACK PSYREN   作:どるき

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Call.5「荒くれ者将監」

 騒動がひと段落すると、聖天子は報奨金をつり上げたのち、通信を終えた。

 各民警は追跡作業に移るため、個々に退席していったのだが、ノウハウがまるでないアゲハと桜子は、どうしたものかと動かずにいた。

 そんな彼らに、一人の男が声をかけた。

 

「確か……夜科さんと言いましたか?」

「アンタは?」

「こういうものです」

 

 男はアゲハに名刺を差し出す。

 名刺には『三ヶ島ロイヤルガーター 代表取締役 三ヶ島(みかじま)影似(かげもち)』と書かれている。先ほどの騒動でも先陣を切った伊熊将監が付き添っており、三ヶ島が彼の雇主であることが窺えた。

 

「失礼ながら見かけない顔のようですが、それにしてはお強いですね。他所のエリアから来たのですか?」

「いいや、俺達はライセンスを取り立ての新顔だぜ。偶然この場に居合わせただけで、どこかに所属しているわけじゃねえ」

「それは幸運だ。どうです、キミたちもウチで働いてみませんか?」

 

 三ヶ島の目的はアゲハの勧誘だった。自慢のプロモーターである将監が軽くあしらわれた相手に血反吐を吐かせたのだから無理はない。ただ、彼の後ろに待機する将監はあからさまに不機嫌な顔をしていた。

 

「せっかくだけど止めておくぜ。俺達とそこの兄ちゃんは気が合いそうに無いからな」

「黙っていれば調子に乗るんじゃねえぞこのクソガキが! さっきのはマグレだろうに」

「マグレだっていうのなら、相手になってやるぜ?」

「上等だ!」

 

 アゲハと将監はにらみ合い、その様子に部屋に残っていた民警たちも注目する。

 三ヶ島は将監を宥めるのに必死になるが、影胤にコケにされた件もありフラストレーションがたまっているのか、押さえが効かない。見かねた桜子が三ヶ島に提案する。

 

「それじゃあ、こうしましょう。模擬戦をしてそこの彼が勝ったら、私たちは三ヶ島社長のところで一か月間タダ働きする。代わりにアゲハが勝ったら、社長には依頼解決までの間、いろいろと協力してもらうわ」

「お嬢ちゃん、随分コレの事を買っているんだな。やろうぜ、三ヶ島さん。ガキは血祭り、女は蹂躙決定だ」

「私としては願ったり叶ったりです。ですが、将監はこの通り気性が荒い男でしてね。負けた場合の安全は保障できませんよ」

「大丈夫よ」

「よろしい、契約成立だ。早速弊社まで来てもらいましょう」

 

 こうして話の成り行きに任せ、アゲハと桜子は三ヶ島に連れられて、彼が経営する三ヶ島ロイヤルガーターの本社ビルに足を踏み入れる。地下にある社員用体育館の中央に、アゲハと将監の二人が対面した。

 模擬戦のルールは先に相手を降参させるか、口を効けなくすれば勝利というシンプルなものである。審判役を務める男性社員は一応の確認として銃弾や刀剣類は訓練用のゴム製品のみを使用することを説明する。

 アゲハは徒手空拳、将監は訓練用のゴム製バスタードソードを構える。

 

「死なねえように手加減はしてやるが、殺さない保証は出来ねえぞ? 勢い余って脊椎をコキャッとやっちまうかもしれねえからな。痛い思いをしたくなかったらさっさと降参しろ」

「誰が降参なんかするかよ、バーカ」

 

 勝負を見守る社員たちは、また荒くれ者の将監に若い男が潰されると思っていた。そんな中で、桜子のみがアゲハの勝利を確信していた。

 

「それでは模擬戦……開始!」

「速攻だ、うらぁ!」

 

 男性社員の宣言のもと、模擬戦が開始された。

 まずはやはりと言うべきであろうか、将監は得意の懐に飛び込むチャージからの一閃を放つ。今回は懐にて一瞬力をためたのちに放たれる逆胴である。ブオンという風切り音が周囲に響く。

 その一撃に目を背けるものも少なくはなかったが、技を受ける当人であるアゲハからすれば余裕だった。アゲハにとって近接戦闘の基本は雹藤影虎であり、百戦錬磨のプロモーターである将監であっても影虎のデタラメと言った方が正しいほどの暴力には匹敵しないからだ。

 将監の戦闘能力はアゲハの目から見ても充分に高いのだが、それはあくまでライズを使えない普通の人間を基準とした場合の話である。ライズさえ使ってしまえばアゲハの独壇場となるほど、その有無の差は大きい。

 アゲハはバックステップで一閃を躱した後、剣を振り切ったタイミングに合わせて前進して右のパンチを放つ。アゲハの拳は将監の頬を捕え、将監は衝撃で足元がふらつく。

 

「この……クソガキが!」

「お! 意外とタフだな」

「コケにしやがって!」

 

 アゲハから受けた一撃は将監の頭の血を更に沸騰させた。将監は再び突進する。

 将監は突風を纏う胴薙ぎを放ち、アゲハは身を引いて躱す。そして将監が剣を振り切ったところにアゲハのパンチと、先ほどの焼き直しに見える動きが繰り広げられる。

 だが、今回の将監は違っていた。脳味噌まで筋肉と揶揄される将監だからこそなのであろうか、本能に任せた攻撃の方が傍目には策略的だったのだ。自慢の剛力をもってして斬撃の遠心力で回転しながら間髪を置かない二撃目を放つ。

 アゲハは二撃目を目視するも差し出した拳を止めることは出来ない。将監の剣はアゲハの脇腹を捕え、バシンという大きな音を立てて弾き飛ばす。カウンターパンチへのカウンターがアゲハを襲った。

 その衝撃により、アゲハは横に三メートルほど吹き飛ばされる。

 

「そのまま死んでろ! クソガキが!」

「……ぺっ! これくらい屁でもねえぜ」

 

 それでもアゲハは立ち上がった。訓練用のゴム剣というのが幸いし、青痣がつくまでに留まったのだ。それでも並の人間であれば内臓破裂を起こしかねない衝撃力ではある。関東随一のライズ使いに鍛えられたアゲハの身体強化能力(ライズ)は伊達ではない。

 

「正直アンタの事を侮ってたぜ。だからコレで終わらせてやる」

「終わるのはテメー―――」

 

 アゲハの心には相手がサイキッカーではないという点から手加減の心が生まれていた。だがそれは、甘い考えだった。冷静に考えれば、上位序列者というのはガストレアという化け物を相手に戦って生き残ってきた連中である。サイキッカーでなくとも潜り抜けた死線は数知れないのだ。

 アゲハは脚力限界点突破(ライズ)にて将監に駆け寄り、アリゾナのケビン仕込みのラリア―トを将監の胸板をかち上げるように叩きつける。その衝撃により、将監は逆上がりのように空で三回転して背中から地面に叩きつけられた。

 

「―――だ……」

「よし! スカーフ男撃破だ」

 

 将監の気絶と言う結果で勝負に決着がつく。さながら全身を洗濯機のなかで掻き混ぜられたのに等しいのだ。将監が脳震盪を起こして失神するのも無理はない。

 勝負を見届けた三ヶ島は、冷や汗をかいていた。いかにアゲハを買っていたとはいえ、この結末は想定外だったからだ。いかにイニシエーター抜きの戦いとはいえ、見ず知らずのルーキーが序列千五百八十四位を圧倒したのだ。三ヶ島からすればやりすぎである。

 

「お、おめでとう……」

「どういたしまして」

「約束よ。今回の依頼では私たちにいろいろ手を貸してもらうわよ」

「そ、その前に一ついいかな?」

「約束を反故にするのでなければ」

「今回の事は他言無用でお願いするよ。漏らしたら損害賠償を請求しますよ」

「なんだ、そんなこと。安心しなさい、言いふらす気なんてないわ」

 

 アゲハ桜子コンビと三ヶ島の間での約定が交わされたのだが、その代償は主力プロモーターの戦線離脱と言う手痛い結果となった。

 

――――

 

 模擬戦の結果、将監は全治一週間の怪我を負った。

 三ヶ島は将監が復帰するまでの間の穴埋めと対蛭子影胤を想定した連携の事前準備を兼ねて、将監の相棒である千寿夏世と組んで活動することを提案した。

 

「―――と言うわけで、キミたちには彼女と組んで目的のガストレアを追ってもらいたいのだが、よろしいかな?」

「構わないわ。ちょうどいい機会だから、イニシエーターの力も見せてもらいたいし」

「よろしくお願いします」

 

 夏世は二人に頭を下げる。その時、偶然に彼女の腹の音が鳴る。時計を見れば三時を過ぎたころであり、小腹がすいても不思議はないと桜子は察した。

 

「ところで三ヶ島さん、実は私たちはこちらに来たばかりでお金も住むところもないのだけれど……」

「それならわが社の社員寮がある。夏世、後で案内してあげなさい」

「わかりました」

「それと雑費用はこのカードを使っていただければ」

 

 三ヶ島はアゲハと桜子に一枚のカードを手渡す。三ヶ島ロイヤルガーターの社名入りクレジットカードである。三ヶ島ロイヤルガーターでは諸経費の支払い用にカードを配っているのだ。

 

「これって何処でも使えるのか?」

「ユニバーサルタイプですからね。使えない場所なんて小さな駄菓子屋と屋台くらいなものですよ」

「ありがたく使わせてもらうわ。それじゃあ、これから腹ごしらえとしましょうか」

「ちょっと……仕事は?」

「仲間と親交を深めるのも仕事のうちさ。なあに、夜には戻るぜ」

 

 アゲハと桜子は夏世を連れて街に繰り出した。思えば飛び入りで会議に参加して以降、食事をとっていなかったからだ。それは夏世も同様であり、腹ペコ三人組の意見はまずは食事と一致していた。

 夏世は二人に訊ねる。

 

「お二人はガッツリとリッチだとどちらがお好みですか?」

「別にどちらでもいいけれど……あまり飾った店は性に合わないかな」

「私はアゲハに合わせるわ」

「でしたら」

 

 二人の意見を参考にして導き出した夏世のおすすめの店はラーメン屋だった。もやし、キャベツ、小麦粉は工場ビルによる人工光源水耕栽培が確立したことで食材供給が安定しており、庶民の台所事情を支えている。その三つを主原料とするタンメンは安い早い旨いの三拍子として人気である。

 

「へい、五楽タンメンお待ち!」

「ラーメンなんて久々だけど、これはうまそうだ」

「この店は私のお気に入りなんです。食べてみてください」

 

 三人は黙々とタンメンに箸をつける。

 桜子は空き腹にがっつくアゲハと夏世をほほえましく見つめていた。




今回は将監さんに出番が来る話
実際のところどれくらいの強さなんだろうか
片桐兄には相性勝ちしそうだけど

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