天童民間警備の事務所を後にした鬼八は朧に電話を入れて待ち合わせの場所に向かっていた。
都合よく朧も東京エリアに着ていたそうで、彼が指定してきたバー『ロマネスク』まで向かう。
その道中、人気が少ない路地に入ったところで鬼八は見知らぬ少女に声をかけられた。
「ちょっとそこのお兄さん」
「俺?」
後ろから声をかけられた鬼八が振り返ると少女はいきなりナイフで鬼八の腹を刺した。
突然の出来事に何が起きたのかわからないといった表情を浮かべたのち、鬼八は痛みに顔を歪ませる。
「キミは……」
「これから死ぬアナタには知る必要はないわ」
少女はそういうともう一本のナイフ取り出して心臓につきたてた。
呪われた子供たちならまだしもただの人間にこの傷から生還するすべなどない。
まだ辛うじて息がある鬼八を回収するために部下に連絡して少女は立ち去った。
翌日、そんな事件など知らない蓮太郎は木更の見合いに出席していた。
挨拶と食事を済ませると櫃間は木更を連れ出して二人きりになる。
二人が何を話しているのか蓮太郎も気になるが、紫垣に引き離されたことで二人には近づけない。
そうこうしているうちに鬼八と約束した時間が近づいてきたため蓮太郎は紫垣と別れた。
待ち合わせの市役所工事現場に到着するとそこには人だかりができていた。
鬼八が人気が少ないだろうと指定してきた場所なのにこの様子はおかしいと蓮太郎は野次馬をかき分ける。
中に入るとイエローテープで区切られた区画の内側に警察官が集まっていた。
蓮太郎はその中にいた顔見知りの多田島警部に声をかけた。
「いったい何があったんだ?」
「殺しだよ。ホトケは顔も潰れて酷い状態だ。しかも殺されたのは民警ときたもんだ」
「民警? まさか、水原鬼八って男じゃねぇよな」
「なんで知っているんだ?」
多田島の言葉に蓮太郎は驚く。
「水原は俺の友達だ。今日、ここで待ち合わせをしていたんだよ」
「ちょっとまて、それは本当か?」
「ああ」
「だったら暑まで来てくれ。いろいろと話がある」
蓮太郎は多田島に言われるがまま勾田暑に向かう。
最初に見せられたのは水原の死体で、顔と胸がつぶれて酷い有様に吐き気を催す。
それを必死に我慢していると今度は取り調べ室に招き入れられた。
この待遇に蓮太郎は疑問を持たなかったのだが、次第に雲行きが怪しくなりだす。
「お前、昨日の午後は何をしていた?」
「東京タワーでガストレアと戦って、そのあとは検体を届けたり手続きしたりと仕事をしていたぜ。それがどうした?」
「水原の死亡推定時刻は十六時から十八時の間だ。その間のアリバイはあるのか、念のため確認しておきたい」
「まるで俺が水原を殺したみたいな言い方だな」
「仕事柄こういう確認は必要なんだ」
蓮太郎は昨日の出来事を根掘り葉掘り聞きだされた。
場所が取調室だからなのか、次第に「目の前の男は俺を犯人と疑っているのでは?」と蓮太郎も気分が悪くなる。ただでさえ友人が死んだのに、挙句その犯人扱いされて気分が悪くならないわけがない。
そんな中、蓮太郎にとっては最悪と言っていいほどの知らせが舞い込む。
「警部、ちょっと―――」
「どうした」
多田島は後から入ってきた鑑識の人間とゴニョゴニョと秘密の打ち合わせをする。それが終わるとおもむろに懐に手を入れて、多田島は蓮太郎の腕を掴む。
「悪いな……容疑者確保!」
多田島が懐から出したのは手錠だった。急に手錠をはめられた蓮太郎は困惑する。
「容疑者? どういうことだよ」
「ホトケの体内から見つかった銃弾についた線条痕がお前の銃のものと一致したんだ。俺だって信じたくないが、残念だよ」
「待ってくれ!」
「それにな……あんなふうに顔や胸を潰すのは普通の人間には無理だ。だがお前さんならできるだろう? 状況証拠に物的証拠、ここまでそろったら俺もお前を見過ごせない」
蓮太郎は最初から疑われていた。
第一に死体にあった顔や拳の潰れ具合は、常人には不可能でも新人類創造計画によってもたらされた義肢を持つ蓮太郎なら可能な傷である。
第二に「犯人は現場に現れる」という鉄則に当てはめれば蓮太郎の行動は正に死体が発見された後の様子を観察しにきた犯人のようであった。
そして第三、これまでの状況証拠とは違う銃弾という物的証拠は疑いようもない。
一つ否定的な意見をあげるならば顔や胸の傷一つで即死しているであろう被害者になぜ銃弾を撃ち込んだという点が疑問として残るが、銃弾が存在するという事実にあらがうほどではない。
このまま蓮太郎はなされるがまま逮捕されて拘置所に送られてしまった。
翌日から蓮太郎の身近な人間たちに聞き込みが開始された。
誰もが蓮太郎がそんなことをするとは思えないと容疑を否定した。
蓮太郎とは馴染みがある夜科アゲハもその一人なのだが、警察は彼にだけはなぜか警戒していた。
任意同行を求められたアゲハは勾田暑の取調室に連れてこられた。
「多田島だ。初めまして……いや、久しぶりと言った方がいいかな」
「??」
取り調べを行う多田島はアゲハに変わった言い方をする。アゲハは彼と面識がないと思っていたがそうではないらしい。
「俺とアンタは初対面だろ?」
「偶然って言うのも怖いがな……夜科さん、あんたは二十年以上前にあった『望月朧失踪事件』で取り調べを受けたことがあったよな。実は俺もあの時に白滝署にいたんだよ」
「へぇ……じゃあアンタも愛知の出身なんか」
「まあな……そこで世話になった武智って先輩が、妙にキミのことを警戒していたのはおぼえているよ」
「そうなのか……でもいいじゃねえか、朧だって無事に帰って来てるし今では立派な社長サマなんだぜ」
「ところがそうもいかないんだな、これが。実は昨日から望月さんも行方不明になっていてね、手がかりはキミしかいないんだよ」
「仙台エリアに帰ったはずだろ? 向こうのことまでは判らないぜ」
「それが昨日の時点で東京エリアに来ていたらしくてな」
「そんなことを言われても……関東開戦以来しばらく会っていないぜ」
かつての武智とアゲハのやり取りを知っている多田島は異様にアゲハを警戒していた。
武智が「普通じゃない」と評価したことを当時は漠然と鵜呑みにしていたが今なら判る。
確かに直接対面した夜科アゲハという男は普通とは違う雰囲気を醸し出していた。
警戒した多田島は水原の死亡推定時刻以降の事をしつこく訪ね、それがアゲハを関係者であると疑っているのは明らかな態度だった。
アゲハも否定するが刑事としての経験則で普通じゃないと感じている多田島は疑いの目を解かない。
「―――このくらいにしよう。今日のところは帰ってもいいが、首を洗って待っていろよ」
「ケッ! 一昨日来やがれ」
あからさまに疑われたアゲハは悪態をついて勾田暑を後にした。
移り変わる様相は真夏なのに背中が冷たく感じるほどの冷や汗を流させていた。
れんたろー逮捕の話
主に多田島警部を同郷キャラにしてみたかった感じがつよいですが