BLACK PSYREN   作:どるき

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Call.45「祭の後、後の祭」

 幻庵祭のメインステージで行われたコンサートも小一時間が経過し、いよいよ最後の演目が差し掛かった。演奏する曲目は『夕焼け空に浮かぶ月』。祭がまだ現役のサイレンドリフトだったころ、演奏家仲間だったバイオリニストが得意とした演目である。

 このバイオリニストは若くして病に倒れ一線から身を引いたのだが、後年病床が安定した頃に詫び状としてこの曲の楽譜が送られてきたことがあった。祭が演奏しているのはその時にもらった楽譜に書かれたピアノアレンジである。

 生きる勇気と抱く未来を彷彿させる調べに祭が放つトランス波動が音と共に響き渡り、聞く者の心を震わせる。この曲が持つ力でこの日の演奏で積み重ねたものを濁流に変え、祭は最後の扉を開く。

 

「なんで……」

 

 これまで演奏を聴くことで泣くなど思ったこともない延珠でさえもその頬には涙が伝っていた。トランス波動で直接心を揺さぶっているのだからインチキ半分ではあるが、世界でも一握りの領域に居る演奏家と言うのは元よりこのような超能力じみた力を持っている。それはかのバイオリニストも一緒である。

 延珠は溢れた涙をハンカチでぬぐい、感動の余韻に浸った。涙を流すのは自分だけではないようで、特等席に居た民警たちの多くは直に揺さぶられて泣きじゃくる人々で溢れていた。

 

 演奏が終わり、メインステージが解散されると、アゲハら祭ゆかりの人間たちが一か所に集まっていた。サインをねだる人間も多いようでちょっとしたサイン会会場になってしまうがアゲハと桜子は戦友のためとしぶしぶ付き合う。

 そんな様子を蓮太郎と木更は遠くから眺めていた。折角なのでサインを貰おうと思っていたのだが、人込みの山に臆してしまったからだ。アゲハに話を通してもらえば後でももらえるだろうと遠慮した二人は他の友人らの輪から消えていった。

 

「あれ? 蓮太郎と木更は何処だ?」

 

 延珠が気付いたときには時すでに遅かった。当初、鬼八や玉樹らを含めた大所帯だったはずなのだが、一行から二人の姿が消えていたのだ。曲の余韻に浸って呆然としていたのが災いしたようである。

 鬼八だけは二人が良い雰囲気のままどこかに隠れるように抜け出したのに気が付いていたため、内心にやけながら「頑張れよ」とエールを送っていた。

 延珠と玉樹が抜け駆けされたことに吠えているのをしり目に、火垂と手をつなぎながら。

 

――――

 

 一行から抜け出した蓮太郎と木更は出店で買った綿あめを片手に歩いていた。出店が道に沿って続いており、射的や金魚すくい、型抜きにいたるまで様々な縁日ゲームが顔を並べる。

 浴衣に身を包んだ二人は手をつなぐこともなく、ただし今にも肌が触れ合いそうなほど近くに寄って歩いていた。

 誘ったのは木更の方であり、祭の演奏を聞いて無性に「二人きりになりたい」という衝動に駆られていた。

 先の関東開戦にて秘められた戦犯である兄和光との決着をつけるべきと意気込んでいたのだが、祭の演奏はその決意を鈍らせる。いくら自分の方が強いと自信を持っていても、相手も天童流の手練れである。首尾よく決闘に誘い込んだとしても万が一返り討ちに合うという可能性は充分ある。

 生きたいという願いを込めた魂の調べは、木更が抱えていた復讐の為に我があるという歪な精神性に干渉したのだ。

 

「(どういう風の吹き回しだ?)」

 

 黙って木更に付き添う蓮太郎は彼女の真意に気付かない。ただ、たまにはこうして二人きりで羽根を伸ばすのも悪くないと、久しぶりに安らいだ気持ちになっていた。よくよく見れば木更が浴衣姿になるというのも珍しい。恥ずかしながら、ちらちらと目線は彼女の胸元に寄ってしまうほどである。

 腕を組めばその上に乗っかるほどに大きい木更の乳は浴衣の上からでもはっきりわかる。流石にブラジャーをつけているようではあるが、それゆえに整った乳房は不自然な丘を浴衣に作る。

 演奏中も玉樹がちらちら見ていたのに気が付いて少しイライラしていたのだが、二人っきりになればもうこれを見るのは自分だけである。そう思うと蓮太郎の鼻の舌はつい伸びていた。

 普段は張り詰めてなかなかこういう色恋に没頭できないとはいえ、本来の彼はまだ十六歳の童貞少年なのだから。

 

「(やだ、里見君……)」

 

 木更も彼の視線に気が付いたようで、顔を赤らめた。復讐に捕らわれたことで何処か彼とは一線を引いていた面があるが、本来彼女は彼に心を奪われている。祭の演奏は思春期の乙女が内に秘めていた気持ちも表に炙り出す。

 黙って歩いているだけでも二人は緊張し、胸が高鳴る。

 宛もなく、何処までも、気が向くままに二人は歩く。

 気が付くと二人は、人気が少ない一本松が生えた広場にたどり着いていた。ちょうどよく誰も座っていないベンチと自動販売機があり、喉が渇いたとお茶を買って二人は腰かける。

 

「良い風が吹いているわね」

「そうだな」

 

 さわやかな風は歩き疲れて火照った体を冷やす。

 

「木更さん!」

「里見君!」

 

 二人は同時に声を掛け合ってしまい、口ごもる。傍目にはその初々しさにヤジが飛びかねない程ではあるが、ドキドキと興奮する二人にはそんなヤジは耳に入らないだろう。

 

「里見君からどうぞ」

「それじゃあ……大した話じゃないが、俺もっと頑張るよ」

「頑張る?」

「不謹慎ながら今回の関東開戦で成果をあげたし、きっと俺の序列も上がる。だからこの調子で、木更さんが楽できるまで昇格を目指そうと思ってさ」

「そっちの事か」

 

 木更は帰って来た答えが期待外れと言った様子で少しだけ肩を落とす。本当はキミが好きだとサカリ出して抱き付いてくれてもいいのにと思いながら、彼なりの決意表明はそれは別でうれしいので落としたのはほんの少しだけである。

 

「そっち?」

「いいえ、何でもないわ」

 

 邪推されないように突き放すように呟きを誤魔化す。そしてこの一瞬で木更の思考は高速で蠢き気付いてしまう。自分はさて何を言おうとしたのかと。

 本心によるならば愛の告白をしてラブロマンスに発展したいという気持ちはあるが、そんなことは恥ずかしくて出来ない。先ほど先行していたら勢いに任せて告白していたかもしれないが、この間が勇気をかき消してしまっていた。

 少し考えて、木更は別の事を切り出す。先ほどまで祭の調べで心の奥に押し込められていた黒い感情を噴出しながら。不器用であるがゆえに、恋のチャンスを自ら棒に振っていることなど気が付かないまま。

 

「この間の資料の事、おぼえているわよね」

「それって、三十二号モノリスの事か?」

「そう……和光お兄様がモノリスに混ぜものをしていた件」

 

 先の関東開戦には隠された一つのゴシップがある。いくらアルデバランが完全体とはいえ、モノリスに突貫を仕掛ける要因に三十二号モノリスの欠陥工事が存在していた。木更の兄である和光が金儲けを優先して粗悪な材料を混ぜ込んだ偽装工事を行っており、その結果微弱ながら磁場が弱くなっていたことが、アルデバランが三十二号モノリスを狙う原因になっていた。

 このことを知る人間は一握りではあるが、和光は叩けば埃がでるのか探偵を使って調べれば数日で洗い出された事だった。むしろこの件が大事になる火種となったのは今回が最初だからこそ、よくある汚職事件としてだれも気に留めるものがいなかったのだろうか。

 

「あの件で和光お兄様を問いただして、今度決闘することになったのよ。だからそれの立会人をお願いしたいの」

「決闘? なんだってそんな」

「復讐よ」

「まさか、決闘に乗じて和光義兄さんを殺す気なのか」

「当然よ」

 

 先ほどまでのストロベリーな雰囲気は露に消えていた。

 後日、木更は有言実行のまま蓮太郎の立会いの下に決闘を行い、そして兄をその手にかけた。狂った笑みを浮かべる木更の表情が蓮太郎に、いつか助喜与師範が言っていた『木更の剣が腐っている』という言葉の意味を気が付かせながら。




幻庵祭でいい雰囲気になったけど奥手が災いして天誅モードで棒に振る話。
もう少しストロベリーさを出せればいいんだが難しいですね。

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