BLACK PSYREN   作:どるき

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Call.44「鎮魂歌」

 スナイパーチームの援護射撃を契機に戦いは開始する。興奮するガストレアの軍勢の前に立ちはだかる十三人にはアルデバランを守護するステージⅠの雑魚は物の数ではない。

 一つ一つをあげればきりがないが、各々が得意とする必殺の一撃はガストレアを容易く打ち滅ぼす。意外なのは不安材料にも思えた影胤が的確なサポートで皆をガストレアからの攻撃から守っていることで、これにより弱いガストレアから確実に叩くことができ効率化につながっていた。

 影胤が持つイマジナリーギミックは『ガストレアステージⅣの攻撃からの防御』を想定した代物である以上、アルデバラン以外の攻撃など防ぐのも容易い。

 

『そろそろ行きます』

 

 護衛ガストレアの数が減ったところでティナは蓮太郎に連絡を入れたのち、アルデバランの胸を狙い撃った。間髪入れない精密射撃は一点を連続して撃ち貫く。

 

『やはり……』

 

 狙い通りの五連射を見せるがティナの顔色はすぐれない。得意の神業的スナイピングをもってしても傷が浅いからだ。シェンフィールドでまじまじと見たところでも弾丸は心臓の手前で止まっている。硬い表皮が影響しているのか、弾丸による狙撃は斬撃よりも通じにくいようでその力不足にティナは悔しくなる。

 

『失敗しました。私たちは援護に徹します。お兄さん、後は頼みました』

 

 ティナからの連絡を受けて蓮太郎は腹をくくる。一抹の狙撃だけで倒せるという望みが絶たれても蓮太郎に絶望は無い。むしろここからが本番と握る拳に力が入る。

 振り絞るは魂の力、籠めるは魂の煌めき、放つは魂の咆哮―――

 

「突っ込むぞ。影胤、防御は任せる」

「任された」

 

 二人の機械化兵士はツートップでの突貫を駆ける。アゲハたち他のメンツはその行く手を阻む障害を取り除く。

 

暴王の流星(メルゼズ・ランス)!」

雲嶺毘湖流星(うねびこりゅうせい)!」

 

 眼前に迫った二匹をアゲハと木更が遠距離攻撃で打ち倒し、蓮太郎と影胤はアルデバランの懐に入る。間合いに入られたアルデバランは巨体を生かしたプレスを仕掛けるが、影胤はそれを斥力の壁で受け止める。

 あまりの重量は内臓に負担をかけ影胤の血反吐を吐かせるが蓮太郎にとっては願ってもないチャンスである。頸を振り絞り、闇蛍と組み合わせて渾身の一打を放つ。

 

雲嶺毘湖鯉鮒(うねびこうりゅう)全弾炸裂(フルバースト)!」

 

 闇蛍と雲嶺毘湖鯉鮒を組み合わせた拳打は炸裂カートリッジの爆発エネルギーも加わりアルデバランの巨体を空に打ち上げる。巨体に打ち付けた反動で蓮太郎は地面に沈みそうになるが、脚のカートリッジも炸裂させることでそれを辛うじて相殺する。衝撃はアルデバランの巨体を砕き大穴を開け、内部の心臓もズタズタに破る。だがこれでもまだアルデバランは再生を止めない。横たわり身動きを止めてもなお肉は盛り上がり再生しようと蠢いている。

 

「これで終わりだ」

 

 蓮太郎はEP爆弾の時限装置となる目盛りを捻り、傷口に投げ込んだ。アルデバランの傷口が再生していき表皮が塞がってEP爆弾が外に飛び出さないことを確認した蓮太郎はそのまま後ろに飛んで距離を取り、後は爆弾の炸裂を待つだけである。セットした時間は五分後、あとは起爆を待ちつつ目の前の残ったガストレアを倒すのみである。

 

「よくやった。後は俺達に任せてお前は下がっていろ」

「そうさせてもらうぜ」

 

 蓮太郎はアゲハに言われるがままXDを構えながら後退し、陣形を組む片桐兄妹と背中を合わせる。

 

「やったなボゥイ、褒美にあとでディナーに招待してやる」

「それは嬉しいが、木更さんが来るかは知らねえぞ」

「そこはテメーが何としても連れてくるところだろうよ!」

 

 蓮太郎と玉樹は軽口を叩きながら襲い来るガストレアを仕留める。片桐兄妹の戦法は妹が蜘蛛糸で足止めしつつ兄がバラニウム武器で叩くというコンビネーションの為、先ほどの反動で体にかかった負荷で青色吐息の蓮太郎でも支援できる。

 彰磨が放った拳打でガストレアが爆発四散するのに合わせて炸裂五秒前を示すタイマーのアラームが鳴り響く。皆はアルデバランから距離を取り心の中で起爆までの5カウントを数えるが、それを過ぎてもアルデバランは四散しない。起爆が失敗したのだ。

 

「なんでだよ」

「爆弾が不発弾ってことはねえよな?」

「それは事前に確認済さ。おそらく圧力が強すぎて起爆装置が誤作動したんだ。強い衝撃さえ与えればきっと起爆する」

「だけどそれじゃあ、衝撃を与えた人間が巻き込まれて死ぬってことじゃ……」

『私に任せてください』

「ティナ?」

『残ったアンチマテリアル弾をすべて使って……』

 

 ティナのアイデアはライフルでアルデバランを撃つことで体内の爆弾を刺激することである。だがそれで通用するのなら最初の狙撃も成功しているはずだと彰磨は反発する。

 

「いや、それでは無理だ。ここは俺の外道の技を使う」

「外道? どういう事だよ彰磨兄ぃ」

「蓮太郎、俺はな……天童流を辞めたんじゃなくて破門されたんだ。俺が身に着けた内部から敵を破壊する打撃の極意、それが邪道だと助喜与師範に言われてな」

「なんだよ……それ……」

「人体破壊だけを目的にしたこの技は確かに邪道だよ。人間どころかガストレアですら容易く殺すほどなんだから。正直俺もこの技を初めて恐ろしいと思ったとき、助喜与師範が言おうとしたことに気が付いたよ」

「だからって……だからって死ぬ気かよ、彰磨兄ぃ」

「死ぬ気などない、逃げる時間が取れるように衝撃が時間差で伝わるように調整して放つつもりさ。だが……万が一の場合は翠を頼む」

 

 彰磨は自分が身に着けた技の恐ろしさを悔いていた。外道の技なら人外を相手に振るえばいいと言っても、バラニウム無しの素手での破壊力としては過ぎた力に恐れを持っていた。民警になり翠と出会ったのもこの技の恐ろしさがきっかけである。

 翠もまた猫耳などのガストレア因子の影響から受けた身体的特徴に悩んでおり、二人は互いに傷をなめ合う関係であった。だからこそ死を覚悟する彰磨を翠は放っておけずに行くのなら自分も一緒だと彰磨の袖をつかむ。

 だが彰磨と蓮太郎のやり取りをつまらないとばかりに朧は横槍を入れる。

 

「翠……お前は……」

「里見君、コントはそこまでさ。あとは僕が決める」

 

 朧はこれまで隠していた力を披露する。かつては禁人種を取りこみ己が力とする能力だったハーモニウスを改良し、今の朧はガストレアウイルスに浸食されるギリギリのラインでその血肉を一時的に取り込むことに成功していた。

 その力を使ってこれまで倒したガストレアの死肉を集めた朧の右腕はカートゥーンのように巨大になる。その巨大右腕が朧のバーストオーラに包み込まれ、そして無言のままその拳は天から振り下ろされた。

 EP爆弾が炸裂する音が周囲に轟き、蓮太郎たちは朧に文句の言葉をかける間もなく戦いに決着はついた。朧の右腕はEP爆弾の炸裂で消し飛んだが、それはあくまで死肉でできた仮の右腕であり生身は無事である。

 あっけなく爆発四散するアルデバランの残骸たる血煙を眺めつつ、蓮太郎はフェロモンによる統率を失ったことで恐れをなして逃げるガストレア達を見ていた。

 

――――

 

 EP爆弾によるアルデバランの爆発四散は事実上の第三次関東開戦の勝利を意味していた。残ったガストレアもフェロモンの支配を失った以上は生存本能を優先して苗床たる東京を目指すことよりも東京を守護する人間たちから逃げることを選択したからだ。

 アルデバラン撃破から数日の後に三十二号モノリスは復旧し、東京壊滅の危機は去った。事後処理のため朧は仙台に帰り、ドルキもまた用がなくなったとシャイナの迎えのもと慰問島へと帰っていく。

 あれだけの危機があったにも関わらず緊急事態が解除されると都内の混乱は自然と静まり、予定されていた幻庵祭(げんあんさい)も滞りなく行われることになった。今年は状況が状況だけに今回の死者の慰霊も兼ねて盛大な催しとなる。

 

「それでは世界的ピアニスト、八雲祭さんの演奏をお楽しみください」

 

 コンサート会場には蓮太郎をはじめとして今回の戦いで功績をあげた民警たちが最前列で陣取っていた。出来るだけ多くの人に聞いてもらいたいという祭の要望から野外コンサートへと変更されたため、生の音声が聞こえる前列は特等席である。

 

「ほら、起きなさいアゲハ」

「おっと、すまねえ」

 

 つい待っている間に居眠りをしていたアゲハは桜子に起こされる。祭が選んだ最初の曲はレクイエム、関東開戦で死んだ英霊たちを慰う魂の調べである。

 必死に生き延びた者、死に場所を求めて生き残ってしまった者、何もできずに震えていた者、各々の事情は異なるが八雲祭の音楽は等しく生き延びた人々の心を癒した。




関東開戦終了の話
原作では長政や翠の死、しょうまの爆発四散などがありましたが展開をだいぶ変えています
とりあえずここまでで一区切り予定です

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