BLACK PSYREN   作:どるき

41 / 62
Call.41「欠けた器」

 蓮太郎と影虎の帰還を待たずに出発した木更たちは不安を隠しきれないでいた。特に延珠は、蓮太郎が寝ている最中に姿を消したということで彼の判断に憤りを感じていた。

 

「蓮太郎は何故勝手に行ってしまったのだ」

「仕方がないですよ。昨日の延珠さんはとてもお疲れでしたし」

 

 夏世はやんわりとフォローをするが、延珠も内心ではそれを理解しているため自分の不甲斐なさも含めて顔を膨らませていた。そんな延珠のむくれ顔を火垂は一歩先行く大人の態度で眺めつつ鬼八の腕に抱き付いていたが、移動の最中も鬼八は帰らぬ親友の事を考えていた。

 

 丘のふもとの位置まで到着すると、遠目にアルデバランの巨体が見え始める。後はあれを倒せば自分たちの勝利だと士気を高める民警団一行ではあるが、それを阻止せんとアルデバランもまた策を講じた。周囲に土着する野良ガストレア達をフェロモンで使役したアルデバランは統率のとれた集団を操り民警たちを襲いだした。

 横一列に押し寄せるオオカミの群れはまるで肉の津波のように戦闘の民警たちを襲う。ファランクスにも似た迎撃の弾幕も効果は薄く、手傷などお構いなしの攻撃に一人、また一人と戦士たちは倒れていく。

 

「マシンガンじゃダメだ、もっとストッピングパワーの高い銃をつかえ!」

 

 張り裂けた伝令の声に従って民警たちは適切な武器へと持ち変えるたが、この時点で5%近くの男たちが倒れた。オオカミはハーブかなにかを服用しているのか、足が千切れようとも動けさえすれば前を目指して押し寄せる。マシンガンによるバラニウムブラックの雨で追い返しきれなかったのもこの特異性によるものである。

 作戦の切り替えでオオカミを退けた民警団を前に、アルデバランは次の一手を講じる。今度は重さと硬さを兼ね備えた鹿や猪の集団をあてがい、当然これも麻薬による痛みどめは服用済みである。散弾銃の威力をもってしても抑えきれない巨体はまた前線の命を削っていく。

 

「ええい、今度は猪だと? 小癪な」

 

 伝令の報告で状況を把握した長正が吠える。あと一歩のところで押し返されて士気が下がる味方の状況を案じて自らが先陣となって戦場にたつ。

 

「いくぞ朝霞、我ら先駆けとなりて敵を討つ」

「御意」

 

 鎧型強化外骨格に身を包んだ二人の武人はバラニウムの刀を携えて部隊の先頭に向かった。最前線では仲間の死骸を防弾壁代わりに人間の首を狙う獣たちと、銃器を構えて応戦する民警たちがにらみ合っている。隙をついて近接型のイニシエーターが獣の首を刈り取ってはいるが、一匹倒せば一人が深手を負い最悪死に至るこの状況は精神的劣勢に民警たちを追い込んでいた。

 そこに現れた大将の姿が男たちに勇気を与えるのもさもありなん。

 

「長正様が来たぞ!」

「これなら!」

 

 民警たちは長正と朝霞に羨望のまなざしを向け、二人もそれに酔いしれて応えんと目に力を入れる。二人が抜刀する刀は当然バラニウムブラックであり、首を刈り取ればステージⅡ程度が再生できる道理はない。

 

「いやーっ!」

 

 朝霞は掛け声とともに突進し獣の群れに飛び込む。強化服による能力補正も込みとはいえ近接戦闘におけるパラメータ、特にパワーに関しては『優秀なイニシエーター』の標準点である延珠や小比奈をはるかに上回ってる。

 朝霞は自慢の膂力にて太刀を振りぬき、猪の分厚い肉と骨を叩きつぶす。額を砕かれてあとは生体電気が切れれば動きが止まるであろう猪の背にかけ上った朝霞は落下の勢いそのままにオオカミの背に刃を突き立てて腹を裂く。

 飛び散る臓物を素早く払いのけつつオオカミたちの腹を引き裂いていき弱ったオオカミの首は追いかける長正が断つ。朝霞の怪力は並の攻撃では倒しづらい猪に注力してオオカミは手傷に留めて仕上げは長正が狩るこのコンビネーションによりたった二人の突撃がアルデバランの用意した肉の波を切り裂いた。

 小銃を構えて後に続く民警たちの支援も加わり長正を先頭にして男たちは波を切り裂く。槍の穂先が結界を切り裂くように道を切り開くことで民警たちはアルデバランの眼前に迫った。

 

「グルォオオオオ!」

 

 状況の変化にアルデバランは次の作戦を伝えるかのように咆哮をあげた。アルデバランは眼前に迫る長正達を無視して後ろから続く後続部隊を叩くことに決めたのだ。押しのけられたガストレア達を導いて鶴翼の陣を形成すると、後続部隊に対して挟撃を仕掛けた。

 眼前しか見ていない長正達前線はそれに気が付かない。

 

「クソッ! 挟み撃ちだとぉ?」

「うわぁ」

 

 前線を苦しめた麻薬漬けのオオカミは後続の部隊にも当然有効である。長正をはじめとして戦力が前に集まったことが災いし、無痛覚の利を押し当てるオオカミの群れに対応できる人間は後続には少なかった。木更たちが後方にいたことは幸か不幸か。

 

「天童流抜刀術一の型一番―――滴水成氷!」

「天童流戦闘術一の型八番―――焔火扇!」

 

 二人の天童は無痛覚などお構いなしに一撃でガストレアを倒す。周囲の人間たちはこれまで若い男女と侮っていた木更と彰磨を見直して羨望のまなざしを向ける。

 

「フン!」

「フン!」

 

 強いのはこの二人だけではなく、いかつい武器を構えた二人のマスクマンもまた自慢の武器を振りぬいてオオカミを倒した。流石にしっとマスク一号だけは棍棒の一撃だけでは威力が足りないのだが棍棒と言う武器の利点もあり脳を揺らして怯ませるには充分である。パートナー不在のフラストレーションを晴らすかのように一号が撃ち漏らしたオオカミは延珠が飛び蹴りでひき潰し、残るティナ、夏世、弓月、翠、火垂、鬼八、玉樹の七人もツーマンセルにて撃退に当たって敵を倒す。

 五十人強の民警たちを震わせたオオカミのうち七匹を軽々と倒した若い男女は最後尾集団にとっての最後の砦なのは言うまでもない。

 

「今まで静かだった後方がこうも騒がしくなるとは。もしや前線で何かあったか?」

「いいえ、最前線はむしろこちらが優位です」

 

 状況の変化に前方での劣勢を予想した彰磨の疑問にティナが答える。予め前方に展開していたシェンフィールドの一機から得た情報により長正ペアの快進撃をティナは知っているからだ。

 

「ということは、奴らはアルデバランを囮に俺達を叩くつもりか?」

「たぶんそうだろう」

「つまり、ある意味こっちが最前線に早変わりってことだな」

 

 一号が言うこっちとは当然部隊の最後尾の事である。鶴翼の陣から挟撃を駆けるガストレアの群れは依然として多い。前線が楽に進軍する半面で敵側は戦力を後ろに回したのだからさもありなん。

 

 先ほどの挟撃に震え上がった男たちは木更の胆力に平伏し指示を待つばかりである。木更は進軍の脚を緩め、日差しの中にうっすらと見える赤い瞳たちの対応をすることを提案し、それに反論するものはいない。すでに反論するような人間は長正と共に最前線にいるか、あるいは死んでいるからである。

 

「みんな、武器の用意はいい?」

「そういう木更も気を抜くなよ」

 

 軽口をたたく彰磨は無手の使い手である。彰磨にとっては武器とは鍛えぬいた己の体だけでありその精神にも甘えは無い。

 

「来たぞ」

 

 誰かの声が周囲に響く。木更たちを含めて生存者は五十人強の一行をガストレアの群れが襲う。そのすべてがオオカミではあるが、中には親オオカミとも言うべき一回り大きい個体も混じる。

 先ほどは軽々とオオカミを倒した木更たちでもこの大型個体の相手は簡単にはいかない。攻撃を躱しつつ致命の一撃を当てんと奔走するが、その隙に一人、また一人と男たちは倒れていく。数分のうちに十人の命が奪われるが木更には彼らまで助ける余裕はない。

 大型個体をやっとのことで一匹倒すまでの間にこの状況なのだから、このままではじり貧になるのは目に見えていた。目に見える範囲にいるのはあと三匹とはいえ、これ以上増える可能性は高く、その見誤りは木更たちの死につながる。

 

「マズいぞ、デカい奴は見かけ以上に強い。このままじゃ押し切られる」

「どうする木更、後退するか?」

 

 周囲の期待を受けた木更は思考が割れる。死にゆく人々の姿に冷静な計算が出来なくなる。普段の木更なら後退を指示していたであろうが、冷静さの欠如はそれを口の中に留めさせる。こんなときに蓮太郎がいればと折れかける木更の心を、彼と同じ漆黒の腕が支える。

 

「ホラ、この場の大将はアンタだ。みんな頭ではわかっていても、アンタが言わなきゃ行動に移せねえよ」

「二号さん……」

「アンタ一人だけ戦う気なら俺も付き合うがそうじゃねえんだろう? そろそろ里見のヤツも帰ってくる時間だ、一足先にアンタも戻って待っててやりな。殿は俺が務める」

 

 肩を掴む黒い腕の温度に蓮太郎の右腕を思い出した木更は冷静さを取り戻す。このままでは全滅するかもしれない、ならば今は引くべきだと。

 

「わかったわ……みんな、後退よ!」

 

 木更の命令に生き残った男たちは後退を開始する。逃げるにしても一度身を引いてから挟み撃ちにするにしても今の状況は厳しい。先ずは逃げて距離をとり、追ってくるようなら囮になるし、先を行く民警を襲うのなら挟撃が出来る。只々挟み撃ちから弄られるのだけは不味い。

 本陣へと逃げていく木更たちを前にガストレア達は追いかけもせずにらみ合う。実はアルデバランによるフェロモン操作の限界範囲からあまり深くまで追うことが出来ないのが正解なのだが、数の暴力で攻めようとしないことは木更たちには都合がよかった




関東開戦二日目アルデバランサイドの話
眼前に迫る長政様と挟撃の過激さに善戦するも撤退やむなしな木更さんの話です
アゲハサイドと視点があっちこっちしますが11時にれんたろー帰還に合わせて朝十時台同一時刻の話になります

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。