BLACK PSYREN   作:どるき

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Call.4「仮面の怪人」

 アゲハと桜子はIISOへの書類提出のため防衛省を訪れていた。

 その日の庁舎は前回とは違い、殺気立っていた。なにせ幼い子供を連れた一行が何組も庁舎を訪れていたからだ。

 彼らは政府の要請で集められた都内に事務所を構える民間警備会社の代表であり、連れている子供はもれなく看板イニシエーターである。この日、政府は東京エリアにて法人として活動している民警のほぼ全てをこの場に集めていた。

 

「アンタ達は若々しいから覚えていたよ」

「サンキューな、おかげで手続きが楽だったぜ」

「ところで……」

 

 桜子は受付の男性に、訊ねる。

 後ろを闊歩する一団を見れば無理もあるまいと、男性は桜子がみなまで言う前に答える。

 

「今日は政府直々の依頼があるそうで、東京中の民警が呼び出しを受けているそうですよ。流石にフリーまでは呼んでいないようですけれど」

「その話、俺達も混じっちゃダメかな?」

「ダメですよ。アナタたちにはまだイニシエーターがいないんですから」

「大丈夫だって。どうせこれからすぐにドンパチを始めるわけじゃあるまいし」

「ダメったらダメです。それにこんな状況でフリーのアナタ達が紛れ込もうにも門前払いが関の山ですよ」

「そこを……ダメモトでなんとか」

 

 男性は必死に拒否する。これは事務手続きの体裁に固執する役人根性ではなく、無謀な挑戦をしようとしているアゲハ達に対しての老婆心である。

 だが男性の抵抗も虚しく、通りすがりの政府の役人は鶴の一声を上げる。

 

「―――命知らずだが結構じゃないか。人手は多いに越したことは無い。席は用意していないが構わないかね?」

「よし、早速初仕事だ」

 

 役人の後を上機嫌で歩いていくアゲハをしり目に、男性はまた一人、無駄死になると落胆し溜息をついた。

 

――――

 

 会議室に入ると、円卓には各民警の社名が書かれたネームプレートが置かれていた。呼び出された会社毎にその場所に着席して待てという意味である。ほとんどの会社は社長、プロモーター、イニシエーターの三人一組で、プロモーターとイニシエーターは社長の後ろに立って待機していた。

 アゲハと桜子は、飛び入りのフリーランサーであり席がないため、部屋の隅に立っていた。あたりを見渡すとスカーフをつけた男と学ラン風の男が言い争いをしていたが、特に問題が起きる前に争いは終息した。どうやらスカーフ男の上司がその場を宥めたようである。

 しばらくすると軍服、正確には自衛隊の制服を着た男が入室した。禿頭がきらりと光る、いかにも幹部と言った面持ちである。

 自衛官は事前説明として『政府直々の依頼であること』、『説明前の辞退は構わないが、説明後に辞退することは許可しない』と言うことを通告する。その仰々しい態度に、民警たちに緊張が走る。

 そして、満を持して聖女が姿を現す。銀髪の麗人、東京エリアの代表を務める聖天子が、モニターに映し出されたのだ。画面上の聖天子はリアルタイムの映像通信であり、その息遣いまで鮮明に映し出されていた。

 

「楽にしてくださいみなさん。私から説明します。

 と言っても依頼自体はとてもシンプルです。東京エリアに侵入した感染源ガストレアの排除です。もう一つは、このガストレアに取り込まれたケースを無傷で回収してください」

 

 ガストレア退治と言うものの、実態はガストレアに奪われた何かの回収任務である。

 当然、そのケースの中身を気にする者もいたが、聖天子は『プライバシー上の問題』として取り付く島もない。

 只々、その高額な依頼料からケースの中身がヤバいブツであろうと発想し、民警たちは緊張し口を閉ざしてしまう。

 その民警たちの姿をあざ笑うかのように、部屋の中に高笑いが響いた。

 

「フフフ……ハーハハハ!」

「誰です?」

 

 モニター越しの聖天子も、この不謹慎な声には苦言を呈せざるを得ない。

 声の主は先ほどまで欠席で空席となっていた席に座っており、おまけに机の上に足を投げ出している。シルクハットに燕尾服、それに覆面と言う、この場で最も奇抜な服装の男がそこにいた。

 

「私だ!」

 

 男は返答と共に卓上中央に立ち、モニターの聖天子と相対する。

 

「名乗りなさい」

「これは失礼、私は蛭子(ひるこ)……蛭子影胤(ひるこかげたね)という。お初にお目にかかるね、無能な国家元首殿」

 

 アゲハの目から見ても聖天子という女性は若い。おそらく二十歳にも満たないのだろうことは見て取れる。アゲハと桜子は聖天子という一族が現在の東京を統治しているということは知識として知ってこそいたが、詳しい経緯までは知らない。

 それゆえにこの怪人は若輩者の国家元首を毛嫌いし、喧嘩を売ろうとしているのかと推測する。

 

「端的に言うと、私はお前たちの敵だ」

「お、お前!」

 

 影胤の敵対宣言に対し、一人の若い男が拳銃を向ける。この男、里見蓮太郎は影胤と面識があったからだ。

 蓮太郎は先日の捕り物において、民間人を虐殺したことを堂々と白状する影胤と相対したことがある。眼前の相手を危険な殺人犯と知っているからこそ、その眼には緊張が走っていた。

 

「元気だったかい、里見君。わが新しき友よ」

「どっから入ってきやがった」

「正門から、堂々と。もっともうるさいハエは殺させてもらったがね」

 

 影胤の自白に、蓮太郎以外のプロモーター達も彼に拳銃を向ける。

 影胤は自分に向けられた拳銃などまるで気にしない様子で、娘の紹介をし始める。怪人の娘である小比奈ははにかむ様子で回りに自己紹介をするのだが、その手に持つバラニウムブラックの小太刀からは鮮血が滴っていた。

 蓮太郎は小比奈の小太刀に警戒しつつ距離を取り、影胤を怒鳴る。

 

「何の用だ!」

「なあに、私もこのレースにエントリーすることを伝えたくてね」

「エントリー?」

「七星の遺産は我らが頂くと言っているのだ」

 

 『七星の遺産』とは、まさに聖天子が回収依頼を出したケースの中身である。影胤の目的はその遺産であり、蓮太郎が目撃した猟奇殺人も遺産を得ようとした過程で起こした事件であった。

 影胤は今回の争奪戦をゲームに見立て、『キミたちの命を賭け金にどちらが先に遺産を手に入れるか競争しよう』などと言いだす。声からすればそれなりの年齢なのであろうが、その子供じみた提案に、アゲハは虫唾が走る。

 それは他のプロモーター達も同様のようであり、漆黒の大剣を抱えたスカーフ男、伊熊将監がその先陣を切った。

 

「ぶった切れろや!」

「さーんねん!」

 

 将監は影胤の懐に飛び込み、大剣による唐竹を放つ。突風を纏う竜巻の如き一閃は、空手では到底防ぎようがない攻撃であるが、影胤は虚空に壁を作り易々とはじき返す。

 反動で怯む将監が誰かの声に応じて身を引くと、他のプロモーター達は銃による一斉照射を敢行する。だがこれも影胤の生み出した壁に阻まれ、弾丸はあらぬ方向に飛び散る。

 着弾と共に青白い燐光を放つドーム状のバリアの存在は、プロモーター達の度胆をぬく。目の前で繰り広げられる超常現象に、序列千番台の高位序列者たちも固まってしまったのだ。

 その鳩が豆鉄砲を食ったような顔にご満悦と言った様子で、影胤は鷹揚に両手を広げる。

 

「斥力フィールドだ。私はイマジナリー・ギミックと呼んでいる」

「アンタ、サイキッカーか?」

 

 ここで、アゲハは口を開く。ただの人間にはこのようなバリアなど作ることは出来ないが、サイキッカーなら別だからだ。ガストレア退治では新米だが、サイキッカー相手のトラブルバスターなら約十年の経歴がある。

 影胤とはここで決着をつけなければいずれ脅威になると、アゲハは直感する。影胤をアゲハがかつて戦った相手に例えるのならば遊坂葵が近いであろうか。

 

「私のは種も仕掛けもない超能力ではなく、れっきとした手品だ。もっとも、これを発生させるために内蔵のほとんどを摘出して、バラニウム製の機械に置き換えているがね」

「機械?」

 

 アゲハにはこのような機械が存在することなど信じられなかった。世界各国を行脚した経験から言わせてもらうのならば、非合法的にサイキッカー研究をしていた研究所において、機械仕掛けでPSIを再現した研究など見たことが無かったからだ。

 だが影胤のPSIが機械仕掛けであろうとも今は問題ではない。アゲハは弓を引くようなポーズを取り、影胤に狙いを定める。アゲハの手元には漆黒の球体が出現していたのだが、角度の問題からか、それが見えるのは影胤と小比奈のみである。

 

「そちらの里見君なんかはまるで人の皮を被った化け物を見るような目をしているというのに、そんな言葉(サイキッカー)が即時に出てくるなんてなんと愉快な青年だ。

 キミの名を教えてもらってもいいかな?」

「夜科アゲハだ。アンタは危険だ、さっさと投降しろ」

「夜科か……では私もキミたちに名乗ろう!

 私は元陸上自衛隊東部方面隊第七八七機械化特殊部隊『新人類創造計画』蛭子影胤だ」

 

 影胤が名乗る『新人類創造計画』とは、都市伝説として闇に葬られた特殊部隊の事である。

 ガストレアと生身で戦うために、全身の何処かにバラニウム製の最先端技術を埋め込まれた殺戮機械(キリングマシーン)であると、影胤は言う。

 その態度はますます遊坂葵に似ていると、アゲハは感じていた。

 

「警告はした!」

 

 アゲハはこれ以上の対話は無意味であろうと、張り詰めた弦にかかった矢を射た。

 ホーミング機能を削除することで直射砲としての性能に特化させた対物用カスタマイズ版暴王の流星(メルゼズ・ランス)がライフル弾並の速度で射出される。

 影胤も即座に斥力フィールドを展開するが、黒い流星はそれを突き破り、影胤の腹に風穴を開けた。あらゆる物質、エネルギーを削り取る暴王の特性の前には、ステージⅣガストレアの攻撃すら防ぐ斥力フィールドも紙束同然なのだ。

 

「くはあ……ま、まさか……キミも……」

「一緒にするんじゃねえ!」

 

 流石に内臓を機械に置き換えたと豪語する影胤とて、この一撃は重症である。血反吐を吐いて悶絶したところを、アゲハと桜子は逃さない。

 だが二人は影胤に気を取られて小比奈の存在を失念していた。

 

「パパ、あの二人ヤバい」

「小比奈……アレを使ってくれ、撤退だ」

「わかった、パパ」

 

 小比奈は煙幕を張り、影胤を抱えて走り去る。ビルの窓ガラスをけり破る音から外に出たことは容易に想像がついたが、充満する煙はその後の足取りをうまく隠匿したのだ。

 まんまと一杯喰わされたことに、アゲハは拳をついて悔しがった。




警告はしたを言わせたい過ぎたかもしれないけどそれでいいのだで
弓の構えは命中補正用で

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