長正の指示の元、半月状に陣を組んだ民警団は平地にてガストレアとの交戦を開始した。ガストレア側の数が予想より少なかったことから数的優位が働き民警側は容易くガストレアを押し出していく。
「伝令、敵ガストレアの数は推定千二百、予想の半数強しか攻めてきません。罠の可能性もありますが、こちらとしては好機です」
「恐らくこれは味方の手柄だ。なるほど、どうやら伊達に姿を消したわけではないか望月朧」
長正は敵の数が少ないことと望月朧の失踪から、彼らの部隊が敵の数を削いだのだと予想する。証拠は最後の目撃情報が敵陣に向かっていったという話だけに過ぎないが、知勇兼備の英雄と呼ばれる所以なのか英雄の匂いを嗅ぎ分ける力には目ざとい。
当然のように罠の可能性も考慮しているが、数的優位により対トラップ除去に人員を割くことが出来た功績は大きく、ガストレア側の虎の子と言うべき落とし穴の数々を事前に除去できたことで陣形は乱れることなく半月は次第に円へと変わっていった。
残り百匹余りになり民警団に安堵の空気が漂い始める。
「勝った、僕たちの勝利だ」
数匹取り囲んだうちの最後の一匹をマスクマンが切り殺す姿を目の当たりにした一人のプロモーターが呟く。眼前の脅威は取り除かれたのだからそう錯覚するのも仕方がない。ガストレアは敵の気が緩む一瞬を狙いすまして次の一手を決める。
「あ?!」
まさに声も上げることが出来なかった。男の記憶はこの瞬間で幕を閉じたのだから。
「今のは何だ?」
「飛び道具だ。飛び道具を使うガストレアがいるぞ!」
突如銀色の流星が民警たちを襲た。その光に貫かれたが最後、喰らった箇所は削り取られ、生き延びたとしても傷を受けた男たちは激しい吐き気に身悶える。
「気ぃつけろ! 山の方から来る光に当たったらただじゃ済まねえ」
影虎はアジュヴァントを組むしっとマスクコンビと、共闘する蓮太郎の隊に聞こえるように大声で叫ぶ。その声は周囲の他の民警にも届いており、彼らの背筋を凍らせる。
「光……?」
そのうちの一人が声に反応して山間に視線を向けると、確かに暗闇の中に何かが光る様な輝きを確認した。咄嗟に横に動くと元居た場所に光が当たり、その光によって地面がえぐられた。
「お前ら、無事か?」
「俺達は無事だ。だが前方の奴らが何人かやられたみたいだ」
「クソッ! なんなんだこれは」
影虎は次々と命を落としていく民警たちの事を案じ舌打ちをする。
「やばいぞ……おいみんな、撤退だ!」
「逃げる気か? 我らの勝利は目前だぞ」
「そうだ。自分一人で逃げるのなら好きにしろ。後で我堂団長に言いつけてやる」
「手柄は頂きます」
蓮太郎は周囲の民警に撤退を呼びかけた。彼の意見に従う民警は三割ほどしかおらず、元から従うような人間は自己判断でとうに戦場から離脱しており、残っているのは長正の命令を第一と考える人間ばかりである。そういう人間ほど蓮太郎に対しての見下しも強いのか、まるで従う素振りなど無い。
見かねた影虎は蓮太郎に助け舟を出す。
「手柄なんてもんは命あってのものだ。死に急ぐアンタらの方がどうかしているぜ」
「死ぬ? 百戦錬磨の俺達があんなもので死ぬわけないぜ」
「そうとも」
影虎は蓮太郎への助け舟のつもりで反発する二組の民警を呼び止めたが、言葉は彼らには届かない。二組の民警は前方にて銀色の光にて開かれた退路に沿って後ずさりするモデルアントに飛び掛かり、波状攻撃でそのガストレアを一匹仕留める。
「ほらみろ」
「ざまあみたら……」
ガストレアから目の光が失われたのを確認して勝利の余韻に浸り、アドレナリンを吹きだしながら、二組四人の命はここで途絶えた。
――――
一連の破壊光線を、生き残った民警たちは『光の槍』と呼んだ。光の槍騒動により一気に形成が逆転したことで、生き残った民警たちは後方のキャンプまで陣を戻した。突然の状況に仮説本部にて指揮を送っていた長正はわなわなと刀を握る手を震わせる。
「何がどうなっている? 光の槍とはなんだ」
「敵ガストレアが飛ばして来たものなのは間違いないと思います」
「そんなことは解っておる!」
長正が求めたのは光の槍とは何なのかと言う事なのだが、その答えを知る人間は周囲にはいなかった。ただ当たったら命はないという事のみを認識し、その本質を見極めようという考えがない。ゆえに調べようとしないのだ。
「ええい、誰ぞある! 光の槍について調べて報告をあげろ!」
「恐れながら長正様……下手に前線に戻ればたちまちあの光にやられてしまいます」
「この際、そんなことは気にしてはおれん。適任はおらんのか?」
「それでしたら―――」
側近の一人が長正に耳打ちすると、長正の頬が少し緩む。その手があったかと言わんばかりにニヤリと笑い、パートナーである壬生朝霞に命じて墨と硯を持ち、命令書を二通したためた。
「これを望月朧と里見蓮太郎に渡せ」
「承知しました」
手紙を受け取った側近はそそくさと部屋を出ていった。
無線連絡にて所在を確認すると、蓮太郎を含めた何組かのアジュヴァントが休息を取っている廃ホテルに向かいオフロード用のバイクを走らせる。
十分ほどで廃ホテルに到着すると、側近は蓮太郎の元へと向かい長正の手紙を渡した。また、行方が依然として解らない朧の名代として蓮太郎と行動を共にしていた影虎にも同じく手紙を渡すと「絶対に従うように」と念押しした上で仮説本部へと帰って行った。
「中身を検めさせる前に帰っちまうなんて、怪しいぜこの手紙」
「匂うな」
影虎は手紙に染みついた汗の匂いをかぎ分け、汗染みが渇いた後からかすかに香る悪意の匂いに反応し顔を歪める。その様子を見ながら仕方なしに先に開けた蓮太郎はその文面を見て驚く。
「敵前逃亡の責任を取れだって? なんで俺達が」
「たぶんあんたへのイビリだろう。歳は若いのに序列が高いんだからな、僻まれてもおかしくなねぇ」
「イビリにしてもこれはやり過ぎだ。あの光の槍を俺達だけで何とかしろなんて」
「大方こっちの手紙も……チッ! やっぱりそうだ。俺達にも同じ命令が書いてあるぜ」
「どうして?」
「当然だろう、この手紙は望月朧宛だ。今だって勝手に動いてここにはいないんだし、我堂からしたらちょうどいい存在なんだアイツは」
しっとマスク二号こと将監が横から話に混ざる。将監からすればやはりという気持ちが強いとはいえ、朧が見せびらかしていた御免状も役に立たないのかと失望する気持ちは大きい。
「どうすんだよコレ。流石に犬死は勘弁してほしいぜ」
「とりあえず俺は命令に従う。逆らったら何をされるかわからねえし」
「俺も付き合ってやるよ」
命令に従うことを即決する蓮太郎と影虎の二人に将監は若干ながら及び腰になる。一度捨てた命とはいえ、犬死したくないという人間らしい感情が残っているためである。そんな恐怖心を見抜いた影虎はさりげなく彼をフォローする。
「二号、お前はここに残れ」
「なんでだ?」
「俺と里見がいなくなったらアジュヴァントの連携が乱れちまうからな。若い連中をまとめるのに一号だけじゃ骨が折れる。サポートしてやれ」
「俺からも頼む」
影虎の提案に蓮太郎も将監へ頭を下げる。元より及び腰だったこともあるが、別の大事な仕事を与えられたことで向かわないことへの心苦しさもなく、将監は気持ちよく頼みを引き受ける。
「任せておけ」
深夜零時、蓮太郎はアジュヴァントの皆に事情を説明して廃ホテルを出発した。夜中と言うこともあり延珠は眠っていたのだが起こさずに出発する。昼間の戦闘で疲弊していることはパートナーとして見抜いており、下手に連れ回して命の危険に脅かすべきではないという判断である。
「いいのか?」
「いいんだ。今はゆっくり休んでほしいし、無理をさせて『光の槍』の餌食になったらたまったもんじゃない。それに……」
「それに?」
「八雲さんも一緒だからな。下手なガストレアよりも頑丈なアナタが一緒なら奇襲するには充分さ」
「それは否定しねえや」
影虎は若者に頼られていることにこそばゆくなり笑みを浮かべた。
蓮太郎と影虎はガストレアの砲撃を避けるために雑木林を駆けて迂回しながら丘を目指す。先の戦闘の疲れもあり蓮太郎の顔色は優れないものの、気力と栄養剤で場をつないで先を急ぐ。
道中に次第に動物の骨が散見されるようになり、それに気が付いた蓮太郎はジワリと汗をかく。
「気付いているか? さっきから動物の骨や爪痕がちらほらとあるのに」
「確かにこのあたりは臭いな。この獣臭さは犬か?」
「恐らく犬というよりオオカミだ。食い散らかされた骨の数が多いのは群れで行動しているからと考えないとありえない」
個としての力が特出しているためか蓮太郎と違い影虎には焦りはない。
「そうか……そういや知っているか? 昔は日本のオオカミは絶滅危惧種と言われていたんだぜ。それが今ではガストレアとして野生にはびこって居やがる」
「一方でモノリスに囲まれたエリア以外では人間は生きることを許されない。完全に立場が逆転しているな」
「ほら、早速おいでなすった!」
雑談する二人をつけていたガストレアの一匹はついにしびれを切らして襲い掛かった。雑木林の地を生かし、枝の上から上段を取って襲撃する。鋭い爪が影虎の心臓を狙うが、既に見抜いていたため奇襲にはならない。
影虎は後ろを振り向いてオオカミガストレアの顔面を殴り飛ばした。引き締まり強靭さとしなやかさを兼ね備えたオオカミの首は蟻とは異なり千切れることはないが、脳髄が激しくかき回されたことで泡を吹いて横たわる。蓮太郎がXDでトドメを刺すと、発砲音を合図に群れとの戦いが始まる。
「結構多いな」
「確実に行こう。八雲さん、背中は任せた」
「そっちこそ」
二人は背中合わせの陣形を取り、取り囲むオオカミの群れに対峙した。オオカミは二人を四方から襲い蓮太郎は前面の一匹に反応して引き金を弾く。残る三匹は阿修羅の如きフットワークを見せた影虎が三方向に振り向いて殴り飛ばす。
一連の動きを見て影虎を警戒したオオカミたちは標的を蓮太郎に絞り、今度は蓮太郎の正面のみ三匹合計六匹で襲い掛かる。両手に構えたXDの引き金を素早く弾いて二匹を倒すが、ガチン音を立ててとスライドが伸び切ってしまう。
「しまった」
弾切れについ声をあげてしまう蓮太郎だが、眼前のオオカミを前に唇を噛んで気持ちを切り替る。そのままグリップから右手を離し、下した拳を力一杯に振り上げる。頸の籠った拳は淀みなくオオカミの顎を捕え脳漿を散らす。
「大丈夫か?」
「平気だ。そっちこそ気を抜くなよ」
「言ってくれるぜ」
蓮太郎は影虎に軽口を返しながらマガジンを交換してXDに弾を込め、今度は不意の弾切れにも落ち着いて対処できるように予備のマガジンを確認する。残りのマガジンは三本と、群れの数を三十から五十と仮定すれば充分足りる。現時点で十匹を迎撃したので大目に考えて四十匹ほどであろうか。
実際に群れに残るオオカミは二十一匹だったのだが、二度の襲撃に警戒してオオカミたちは機会をうかがって舌なめずりをする。たかが人間二匹など武器が無ければ敵では無いと言ったふうではあるが、素手で既に六匹の仲間を殴り殺している影虎には警戒してあの陣形を崩すにはどうすればいいかと思考を巡らせる。
テレパスにもにた感応で互いの意思を合わせたオオカミたちは全員でチャージをかけた。
「気張っていけ!」
「応!」
眼前のオオカミたちの波を前に蓮太郎は左眼に火をつけた。クロックアップによって底上げされた反応速度でオオカミの波を見切り、自分の体に近い順番に狙いを定めて引き金を弾く。一ケース打ち切ったところで眼前のオオカミは残り五匹となり、蓮太郎はXDを捨てて格闘戦を仕掛ける。
「一の型八番―――
波を切り裂く焔火扇が一匹のオオカミの頭蓋を飛ばし、蓮太郎はそのままオオカミを影虎の背中で挟む。影虎もチラリと後ろを見て状況を把握し、自身に襲い掛かるオオカミを独楽のような回転でさばきながら振り向く。残る四匹を二人は挟み撃ちにしてアイコンタクトをし、いざ襲い掛からんとしたのだが轟音がそれを遮る。
「エンドレススクリーム」
二人はその声を聴かなかったが、木々が引き裂かれる音がそれに気づかせた。音の方に振り向くと白刃が二人の間を貫いていき四匹のオオカミを塵に変えた。
「なんだこれは?」
「まさか?」
蓮太郎は白刃に見覚えを感じて直感する。かつて自分を窮地に追い込んだ最強の盾に似たこの力場に背中が汗ばむ。
「余計なお世話だったかな、里見君?」
「テメー……」
白刃が掻き消えて後に現れた男を蓮太郎にらみつけた。影虎も男から漂う血の匂いに不快な表情を浮かべて共に睨む。
「久しぶりだね里見君。それに初めましてだ、雹藤影虎君」
「誰だ? テメー」
いきなり現れた怪人に君付けで呼ばれたことで影虎の表情はさらに険しくなる。
「私か? 私は……そこの里見君の同類と言えばいいかな」
「どういう意味だ」
「まともに相手してはダメだ、八雲さん。コイツはただの悪党だ」
「つれないじゃないか、同じ新人類創造計画の仲間だろう」
「同じじゃねえ」
「オイオイ……話が良く見えねえが、随分と血生臭い野郎じゃないか。目的はなんだ? 邪魔をする気なら俺にも考えがあるぜ」
「邪魔? いいや、キミ達に協力しに来ただけだよ。私の目的もキミ達同様プレヤデスでね。あれの遺伝子サンプルを欲しいというクライアントがいるんだよ」
「プレヤデス?」
「光の槍を放つあのガストレアの事さ。確認されたばかりだというのに学者たちは早速検体名をつけているのだよ」
プレヤデスの名を聞かされていなかった二人は小首を傾げたが、蓮太郎はその名づけの法則に合点がいってすぐに切り返す。
「二番星だからプレヤデスか」
「黄道十二星座、金牛宮タウルスを構成する第二の星……あれはその名をつけられたわけさ。まるで最強の盾である私と対になる最強の矛を持ったキミのようにね」
「いい加減にしろよ影胤」
再度の同類認定に蓮太郎は声を荒げるが、影胤もこれ以上の挑発は時間の無駄と判断してピタリと止める。
「そうだね。今は里見君と遊んでいる暇はない、夜が明ける前にプレヤデスを倒しに行こうじゃないか」
「命令するな! というか、俺はテメーと一緒に行く気はないからな」
「なら私は私なりに勝手に行動させてもらうとしよう」
蓮太郎が影胤の誘いを振り切った後、二人は休憩を挟んでプレヤデスの待ち構える丘への道を歩き出した。愛用のXDのうち先の戦闘で放ったものは見つからなかったが、予備のもう一丁があるため無理には探さない。空のマガジンに弾丸を込めてホルダーにセットして二人は出発したのだが、仮面の男はすやすやと眠る愛娘を抱えながらそのあとをつけて歩き出した。
「ついてくんな。テメーはテメーの都合があるんだし、先に行けよ」
「たまたま私の進行方向にキミがいるだけなんだがな」
「そうかい、くれぐれも後ろから刺すような真似だけはするなよ」
「それは承知しているよ。そもそもあの雹藤影虎の前でそんなことはできないさ」
「ひとつだけ聞いてもいいか? 何故俺の事を知っている?」
「私のクライアントから聞かされたのでね。なんでも生身の人間でありながら下手な機械化兵士より数段強い文字通りの超人なんだと」
「いけすかねえ野郎だな。そのクライアントの事は明かせないって言うのか」
「済まないね。これ以上は守秘義務違反になるので」
四人は林を抜けて川沿いに上流を目指した。このまま川の上流にたどり着いてから、再び林を抜けて横からの奇襲を仕掛けるのが今回の作戦である。上流にたどり着いたところで蓮太郎は再度、手荷物の爆弾と予備弾薬を確認して影虎に確認を入れる。
「ここから先はまたさっきみたいなガストレアがいるかもしれねぇ。八雲さん、準備はいいか?」
「いつでもOKだ」
林の中に入っていき出来るだけ音を立てないようにゆっくりと進む。音を立てないのはガストレアの中でも夜間には眠りを取る種がいるためであり、そういった種との余計な戦闘を避けるために慎重に進む。睡眠中の大型ガストレアをやり過ごして短い林を抜けると、その先には三匹の大型ガストレアがいびきをかいていた。
「これが……」
「そのようだな。早速爆弾を仕掛けちまおうじゃないか」
「お先に失礼」
蓮太郎と影虎が倒し方を相談していると、これまで金魚のフンのように随伴していた影胤親子が動いた。ここに来るまでに充分な睡眠をとっており気力充分の小比奈は両手にバラニウムブラックの小太刀を抱えて十字を作り駆け出していく。
「行くぞ小比奈、アローフォーメーションだ」
「了解」
影胤は先行する小比奈に追いつくために足元を斥力フィールドで弾いて加速させる。弾丸のように小比奈にぶつかろうとする影胤に対して小比奈もまた飛び上がり、影胤の追突を足で受ける。激突の寸前にて今度は前面に発露された斥力フィールドが小比奈の小さな足を捕えて再び弾いて前面に飛ばす。都合二回のフィールドの反発は体重の軽い小比奈を時速二百キロ以上に加速させて一筋の矢となった小比奈はプレヤデスのうちの一匹を貫いた。
「まずい、今ので起きだしちまった」
「悔やんでも仕方がねえ。こうなったら一気にぶちのめすぜ」
突然の攻撃に蓮太郎が気付いたときには時すでに遅く、爆弾を仕掛けるよりも先に目覚めたプレヤデス三体は眼前の蓮太郎たちを標的と認識して口を向ける。槍のように細長い口は月明かりが反射して煌めいており、それが光の槍を発射するためのものであることは容易に想像がついた。
「天童流
蓮太郎は持てる力を総動員するべく気合を入れた。全身に駆け巡る頸は命の危機に反応して普段よりも多く、よどみなくみなぎる力は身体能力を向上させる。不完全ながら
「空の型三番―――
剄櫻に炸裂カートリッジの爆速を加算した拳は液体で満たされたプレヤデスの体に衝撃を伝え、伝達した衝撃は背面に大穴を開ける。穴からは血と水銀が滝のようにあふれだし、プレヤデスの気力を滅入らせる。
「トドメだ!」
剄櫻によってグロッキーになった一匹の様子を影虎は見逃さず、十メートルはあろうというプレヤデスの顔面まで飛び上がった影虎はそのまま空中回し蹴りで首を刈り取った。残るは二匹、うち一匹は影胤親子の攻撃により手負いである。
「八雲さん!」
空に飛んだ影虎は蓮太郎の声に反応してプレヤデスの首を蹴って方向を変えると、元居た位置に健常な一匹が放った光の槍が迸った。ガストレアにとっては同種であっても死んだらそれは只の肉塊であり、感傷などないのだろうか。
一方で先に小比奈の攻撃を受けた一匹は、体内から小太刀でかきむしられる痛みにのたうち廻っていた。しばらくして腹の中から体液にまみれて汚れた天使が這い出ると、プレヤデスの息はもう細くなっており後は死を待つばかりである。
「エンドレススクリーム」
影胤はトドメとしてプレヤデスの頭蓋を力場の槍で貫いて脳をひき潰した。
これで残るはあと一匹、無傷のそれは眼前の四人に対してむき出しの敵意を向ける。敵意による状況に適応した変態なのか、光の槍を放つ口が形をかえて木の枝のような形になる。
「マズい!」
蓮太郎はその形からプレヤデスの目的を察したが影虎に伝えるまでの間がない。無慈悲にも放たれた新生光の槍は距離こそ短いが複数の方向を無差別に同時に攻撃することが可能ないわば散弾銃のように蓮太郎たちを襲った。
蓮太郎はクロックアップを駆使して無軌道ともいえる弾道を見切って攻撃を躱し、影虎もまたストレングスを全開にして硬さで光の散弾を受け止める。辛うじて光の槍による雨を防いだが、蓮太郎と影虎はこの一撃で疲弊してしまう。
「はあ……もうちっとだ、気合入れろ」
「わかってる」
肉体的消耗を精神力で補おうにも一呼吸足りず、このまま再度同じ攻撃を受けたら今度こそ危ない。その危機感に汗を流す二人を仮面の怪人は涼しい顔で見つめていた。
「どうだね。キミが頼めば助けてあげてもいい」
「だれがテメーの助けなんか……」
蓮太郎や影虎とは違い、斥力フィールドという防御を持つため影胤にとっては光の槍も恐れることは無い。むしろ範囲を重視した散弾の方が防ぎやすい程である。申し出を突っぱねる蓮太郎だが理性では手を借りるべきなのは承知している。背に腹は代えられないと頭を下げようかと思っていたところで、それを影虎が遮る。
「仮面野郎……調子に乗るのは勝手だが、娘から目を離すんじゃねえ」
「???……!!!」
影胤は当初、影虎の言葉を理解できずに小首を傾げるが、数秒の後に気が付いた。先ほどの攻撃時には散弾の範囲外にいたはずの小比奈が、いつの間にか射線上に入っていることに。せめて自分の傍らに居るのなら容易く助けられるのだが、前に出られては斥力フィールドが届かない。
「小比奈! 危ないから下がるんだ」
「このくらいヘーキ」
小比奈は運悪く目についたガストレアの体液をぬぐっていたため光の槍が散弾のように枝分かれすることを見ていない。小比奈の自信もこれまでの攻撃を前提にしているため、彼女の見立ても見当違いなのである。それを知っているからこそ影胤は余計に焦る。
こうなったら斥力フィールドを応用した加速で前に出て小比奈を回収するしかないと影胤は考え、タイミング次第では防御を張るよりも早く攻撃されるかもしれない綱渡りに挑む。
「アンタも人の親なんだな。安心したぜ」
影虎もまた一人娘を持つ一人の父親である。娘の危機に態度を豹変させる影胤の様子に一種の共通項を見つけて、彼の娘を救わんと脳を加速させる。活性化したPSIは肉体の回復を促進させ、先ほどまでの痛みは嘘のように引いていく。本来なら軽い水銀中毒もあり絶対安静ではあるのだが、自己再生が発揮された状態の影虎には不要である。水銀の毒素は体内で中和されて、青ざめた顔色も気力と怒りで紅潮して赤くなる。獣の如き咆哮を伴った影虎は小比奈を追い抜いて左脇に抱え、プレヤデスの反撃も許さぬ速さで右の拳を突き立てた。
蓮太郎のお株を奪う人間弾丸は単純な腕力だけでステージⅣガストレアを撃破した。
「すげえ……あの人は本当に人間かよ」
蓮太郎もアゲハとトレーニングを積んでいたためサイキッカーと呼ばれる人種の身体能力が人並み外れていることは知っていたつもりであった。だが彼とは方向が異なるライズ特化型サイキッカーである八雲影虎の能力は図り切れていなかった。言うなれば両手両足に回数無制限の炸裂カートリッジを内臓しているが如きその攻撃力は、自分の義肢すら過小評価してしまいそうになるほどである。
「大丈夫だったか、お嬢ちゃん」
「だいじょうぶ」
小比奈も何が起こったのか頭の理解が追い付かずにただ片言で返事を返すだけであった。
三体のプレヤデスを撃破した四人は道中に合った川を下り、他のガストレアによる追撃を逃れて陣へと戻った。寝ずの行軍の末、蓮太郎が本陣へと帰還したのは午前十一時、防衛線二日目への参戦はほぼ不可能である。
vsプレヤデスの話
前回の約三倍、普段の約二倍とちょっと長めになりました。
とりあえずここまでを一区切りにして次回から関東開戦二日目にしようと思います。
原作的には小比奈出生の秘密とかがここで語られるわけですが、その辺は原作呼んで察してくれで。