BLACK PSYREN   作:どるき

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Call.37「双魚と宝瓶」

 伊豆近海に出没したゾディアックガストレア・アクエリアスの動向を監視していたエルモアウッドの面々は、その動きに多少の安堵をしていた。監視を開始してから数日、次第にアクエリアスは東京湾へと移動を始めたからだ。

 だがそれはエルモアウッドの都合に過ぎない。予知により東京への襲撃を想定しているW.I.S.Eからすれば予定通りの流れだからだ。このままピスケスと合流されれば厄介になるかも知れないと、過去のデータからカプリコは推測していた。

 

「ねえジュナス、私たちだけでもそろそろ襲撃をかけたほうがいいんじゃないかと思うの。相手の得意とする海辺で、なおかつピスケスとも合流されたらこちらとしては厄介だよ」

「カプリコの言うことは正解なのだろう……だが水中に隠れている以上はすぐに逃げられる。奴が起き上がってくるまでどうしようも出来ない」

 

 ジュナスは勝負するのは丘に上がってからだと考えていた。何より水中では自慢の神切も威力を削がれてしまう。半端な手傷を与えるだけで逃がしてしまうのは癪だという事である。

 

 そして夜が明けた。東京エリアではモノリスが今にも倒壊しそうになっている頃合いに二体のゾディアックにも動きが見られた。

 

「ついに見つけたぜ」

 

 単独で旧千葉茨城方面の捜索を行っていたグラナはついにピスケスを発見した。かつては夢の国と呼ばれたテーマパークがあった場所にて行水に勤しんでいた巨大な黒い魚が横たわっていた。魚には足がムカデのように複数生えており、陸上ではそれを蠢かせて移動するのであろうことはグラナの眼にも容易に想像できる。

 グラナは事後承諾ながら早々に決着をつけることが先決だと判断し、必殺の一撃の準備を始める。グラナが力を貯め込むと周囲に闇が広がっていく。この動きは事前に知っているものにしか理解できない。圧倒的ともいえるテレキネシストである天修羅グラナの力にて日の光が捻じ曲げられていることなど。

 

「日輪・天墜」

 

 戦略的奇襲が黒い魚を襲う。圧倒的熱量が降り注ぎ、木々は溶け、水は蒸発して煙を上げた。

 

 ゾディアック同士にはテレパスに似た感応能力でもあるのであろうか、ピスケスがグラナによってうたれた直後の時間にアクエリアスも動いた。水中から浮上したアクエリアスはジェット推進にも似た水流の渦を発生させて旧浦安市に向けて舵を取る。

 巨大な亀のような外見でありながら、亀であれば足や尾が収納されるであろう後ろの三点から噴出する水がしぶきをあげる。

 

「動いたか。追うぞ」

 

 アクエリアスの豹変は交代で目を凝らして観察していたジュナスたちもすぐに察し、アタッカーであるジュナスとウラヌスの二人は古びた大橋を使って追いかける。いかにゾディアックガストレアと言えども相手が悪く、最上位のライズ使いが疾走する速度にはかなわない。さきがけによるアドバンテージは瞬く間に消え失せてジュナスとウラヌスの二人はアクエリアスに追いついた。

 

「先に俺が仕掛ける、アンタは足止めをしてくれ」

「やれやれだ」

 

 ジュナスはバースト波動の光剣『神切』を逆手に構えてアクエリアスに飛び掛かった。刃はアクエリアスの頑強な表皮を貫き、出力の上昇によって伸び続ける神切の刃はアクエリアスを内側から食い破る。相手が単なる巨大生物であれば重篤なダメージであるのだが相手もまた普通ではない。盛り上がり再生する肉は神切を圧力で押しつぶして叩き折る。

 一方でジュナスの指示を受けたウラヌスは傍から見れば藪から棒にも見える氷弾の雨を降らせる。ジュナスには当たらないようにしているどころかそのほとんどはアクエリアスではなく海面に反れていく。海面に当たった氷は解けるでも沈むでもなく海面に留まり、急激に海の温度を引き下げていく。

 

「いいね、装甲を厚くすれば俺の神切を防げると思っているところがな」

 

 神切を打ち破るアクエリアスを口では褒めつつ、ジュナスは更なる追撃を加える。神切の刃を複数作成する毘沙門・(むら)がアクエリアスを囲み、それはすぐに爆ぜる。広範囲攻撃を得手とする砕かれたバースト波動の粉刃はアクエリアスの表皮を貫くが、今度は蚊に刺された程度にしか効果が無い。なにせ表皮をずたずたに引き裂いたところですぐに再生出来るからだ。神切の性能に対しての過信とゾディアックの生命力への侮りが如実に顔を出した。

 

「なんだと」

「失敗したな、ジュナス……俺の氷を使うのには邪魔だ、下がっていろ」

「ちい!」

 

 ジュナスは先の結果とウラヌスの言葉に一度距離を取ることを選択し、つい舌を打つ。入れ替わって前に出たウラヌスは氷の槍を作り全力をもって投げつける。ジュナスの毘沙門によって開いた孔を拡張するように的確に投げ込まれた槍は深く突き刺さるがそれでもまだ倒すには至らない。

 

「ご自慢の氷でも通用しないようだな」

「慌てるな。大気が凍り始めたところだ」

 

 氷の槍を中心にアクエリアス周囲の温度低下はピークを迎え、ついに空気さえ凍てついた。二人は平然としているがこれは二人の肉体がライズによって強靭になっている故にすぎない。氷点下の温度は海水をも凍り付かせ、アクエリアスの動きを止めた。

 

「火力ではオマエの方が上なんだ、今のうちにトドメを刺せ」

「わかっている」

 

 ジュナスはバースト波動を貯め込み、力を集中する。光剣『神切』最大の威力を誇る必殺の大太刀、阿修羅・(かい)の準備である。バースト粒子の振動により木々を蒸発させるほどの高熱を帯びた不定形かつ巨大な剣はゾディアックを丸ごと断ち切らんばかりの大きさを誇る。

 

「阿修羅・解!」

 

 ドーム状の表皮に突き立てられた刃はさっくりと食い込んだ。まるでスイカを包丁で断ち切るように阿修羅・解が深々と沈み、どす黒い体液が噴き出す。体液は飛び散るがままに阿修羅・解によって蒸発していくため、周囲に残るのは黒い煙だけである。

 本来ならば水面と言う不安定な場所であることとドーム状の表皮の滑らかさにより受け流していたはずであるが、ウラヌスの氷によって動きを封じられたことでアクエリアスにはそれを躱す手段が無かった。

 

「手こずらせやがって、クズが」

 

 振り切られた阿修羅・解は動きを封じていた氷をすべて蒸発させつつアクエリアスを真二つに切断した。海面に浮かぶ遺骸の切断面も焦げ付いており、焼き切ったというほうがただしいのであろうか。

 

「終わったか?」

「ああ、この状態ならクズ虫とて―――」

 

 二人はあっけなく撃退したことに拍子抜けになりつつも、仮にもサイキッカーでもない人間二人に倒せる相手ならばこの結末も当然かと思っていた。だがこの二人はアクエリアスが持つ『化外の心臓』がなくなっていることに気がついてはいなかった。そのことに気が付いたのはシャオと共に後を追っていたカプリコが合流してからの事である。

 

「―――おかしいわ。この死体には心臓と脳に当たる部分がないわ」

「どういうことだ?」

「つまりまだ、アクエリアスは生きているかもしれないってことよ。もしかしたらジュナスの攻撃で心臓と脳がごっそり蒸発してしまったのかもしれないけれど、この大きさの生物が持つ心臓と言うことを加味するとその可能性は低いわ」

「おい、ヤツの気配を追尾できるか?」

「やってみます」

 

 カプリコの分析に思わずジュナスはシャオをにらむ。その視線を見てシャオが風導八卦白蛇(ホワイトフーチ)を発動させると白蛇は浦安方面に向かって飛び去っていった。

 

「クズが! 死んだふりなんかしやがって」

「でもこれはチャンスよ。体の半分以上を失ったわけだから、アクエリアスも相当弱っているはずだし」

「そうだな」

 

 ジュナスは言葉が荒くなるものの、カプリコの言う事には従い再びの追跡を開始した。今度は水中深くを移動しているようで姿が見えないため、先行せずにシャオのナビゲートに従う。

 

「ここから陸に向かって五キロほどの位置にいるようです。ですが……」

「どうしたの?」

「近くにあと二つ何か大きな生命反応があります」

「もしや、ピスケスか?」

「片方はそうだろうな。だがもう一つは違う、これはアイツのプレッシャーだ」

『流石にウラヌスには解るか』

 

 シャオが捕えた新たな反応の内の一つはジュナスの問いに対して答えた。W.I.S.E星将の中でも最強を誇る元グリゴリ実験体01号、天修羅のグラナがそこにいた。日輪天墜による先制攻撃の後も手ごたえの違和感から東京湾界隈を空から捜索していたグラナは大橋を渡るジュナスたちの存在に気が付いて返事をする。

 

「グラナか、どうして此処に?」

『俺は俺でピスケスを探していたところだ。一度は見つけたんだが、まんまと体の一部だけを切り離して逃げたようだからな』

「俺達と一緒か……あのクズどもが」

『そうカッカすんなよ。要するにここで叩いちまえばいいんだろう?』

「そうだな……よし、どちらが先に仕留められるか勝負だ、グラナ」

『いいぜ、負けても恨むなよウラヌス』

 

 グラナはこれまでカンだけで追っていたため位置がつかめずにいたのだが、シャオがアクエリアスの正確な位置を捕捉したことで手出しを開始した。風導八卦白蛇が指し示す座標の海水をテレキネシスで押しのけて海底を露わにする。

 海底にあったのは直径三メートルほどの黒い球体であり、それ以外には何もいなかった。グラナの元に人面鳥に乗って合流したカプリコがその姿を確認し、球体の正体を暴いた。

 

「これは……まさか、卵?!」

「卵だと? 奴らは卵を産むというのか」

「普通は産まないわ。でもピスケスだけは別よ」

「卵を産もうとも関係ない。倒してしまえばいい」

「だけどあの卵はおそらくジュナスに傷つけられたアクエリアスごと、ピスケスが己を強化するために生み出した普通とは違う卵よ。そうなると訳が違ってくるの」

「どういうことだ?」

「ガストレアウイルスが持つ遺伝子書き換え能力をフルに発揮するための苗床があの卵なのだとしたら……元がステージⅤなのと合わせて大変なことになりそうだわ。一撃で葬ることが出来ればいいけれど、仕留めそこなったらきっとそれに対抗する何かをもって来るはずよ」

 

 ピスケスの卵を警戒するカプリコは冷や汗をかきながら説明した。彼女の理論は推測半分ではあるが、実際の例でもアゲハらが戦った卵が同様に強化型ガストレアを生み出したことがありその強さは並の火器では歯が立たない程であった。

 女の心配性とでも鼻で笑うウラヌスをしり目にジュナスはカプリコの言葉を重く受け止める。

 

「待てウラヌス、それにグラナも」

「なんだ? ジュナス。カプリコの言うように(ケン)だというのか」

「様子見をするわけじゃないが、ここはカプリコの言うように余計な手出しはするな。やるなら一撃必殺で行け」

「ホゥ」

 

 グラナは第一星将である自分を差し置いて話を進めるジュナスに相槌を入れる。

 

「俺達で最も火力がある攻撃は俺の神切だ。お前達は手出しをするな」

「カプリコは論外だしウラヌスも火力比べには確かに心許ないが……俺の日輪天墜だってあるぜ」

「よく天気を見て見ろ。このあたりは雲が濃くてあの技には適していない」

「雲なんてテレキネシスで退かせばいいが……まあお前がそこまで言うなら任せようじゃないか」

 

 ジュナスの意気込みにしぶしぶグラナは出番を譲った。グラナは事態の急変に備えていつでもテレキネシスで援護できるように身構えつつジュナスを見守る。

 

「神切……八星(やつほし)!」

 

 バーストオーラを貯め込んだジュナスはそれにより空に八本の大きな光の剣を作り出す。一見すると毘沙門・叢に似ているが数で攻める毘沙門・叢とは異なりその一つ一つが、人間が相手ならば一突きで体ごと消し飛ばすほどの規模である。

 無論、毘沙門・叢とて上級のサイキッカーでもなければ一太刀浴びれば命の危機に陥るほどの鋭利な攻撃ではあるが、相手が化け物である場合はその限りではないのは先に示した通りである。

 そういった化け物を相手にするための新しい技として密かに構想を練っていたのがこの八星なのだ。その技の名に当然のようにカプリコは反応する。

 

「八星……それって」

「そうだ。お前のかつての名だ、カプリコ。この技はお前の未来を切り開くための剣だ」

「ジュナス……」

「おうおう、お熱いことで」

「茶化すなよ」

「いいや、羨ましいんだ。俺達グリゴリ実験体の中でお前ほどそういう人間らしいところを取り戻した仲間はいないからな」

「同感だ」

 

 カプリコが抱き付いて愛情表現をしたことで他の二人は茶々を入れる。彼ら二人は口で言うようにジュナスを羨ましく思っている。仲間内で珍しい彼女もちだからと言う人間らしい理由ではなく、人間らしい一面そのものへの憧れである。

 彼ら自身もW.I.S.Eとして活動して二十年強の時を経て人間らしさをだいぶ取り戻してはいるとはいえ、男女の交わりと言う目に見えた部分があるジュナスと比べれば遅れているのも事実である。遺伝子研究により無から生み出された二人の先輩は人間らしさを生まれた時から知らないがゆえに、そういったものに憧れているのだ。

 

「危ないぞ、離れていろ」

「わかった」

 

 カプリコを後ろに下がらせたジュナスはそのまま攻撃に移った。その手に持つ神切の振るう先をめがけて八星は卵目掛けて飛んでいく。ジュナスのオーラにより伸び続ける神切が百メートル先の卵を二つに叩き割るのに合わせて八星が卵を貫いた。

 まるで砲弾の一斉発射のように順に飛び交う八星の剣は卵を次々と貫いていき、三本までで全体の八割を削り取り複数の破片に変える。残りの五本はそれら破片を順に突き貫いていき、ついに卵は一回の大技でこの世から塵ひとつ残さずに消えていった。

 さすがのジュナスも消耗が激しいようで、八星を出し終えるとその手の神切は雲散霧消して地面に膝をつく。

 

「ジュナス、大丈夫?」

「平気だ。疲れただけだ」

「これで終わったのですかね」

 

 これまで蚊帳の外となっていたシャオはここで口を開く。自分でも今さっき目の当たりにしたジュナスの技で消滅したと信じたいところである。それでも一抹の不安からこのような言葉がつい出てしまう。

 

「さあな。だが当面の危機って奴は去ったはずだぜ」

「確かにアクエリアスの反応は僕の風導八卦白蛇にも、もうありません。ですがグラナさんが追っていたピスケスの方は僕にははっきりとは……」

「そうだな。それでもこれで当面の危機は去ったはずだし、なによりお前達は伊豆に住んでるんだから、生き残ったピスケスのせいで東京エリアがヤバくなっても関係ないんだろう?」

「それはそうかもしれませんが……」

「どちらにしても一旦引いて状況を確認しましょう。何よりジュナスの消耗が激しいわ」

「そういうわけだ。それに慰問島に戻るより、お前達に世話になった方が早い。キュア使いの力を借りさせてもらうぞ」

 

 ジュナスの八星が卵を貫いたその頃、東京ではモノリスの倒壊が始まっていた。事を終えて携帯電話でシャイナに連絡を取ったグラナは、状況を説明したうえでその場を離れて伊豆で休息をとる判断をした。連絡を受けたシャイナは倒壊に合わせてアゲハらと先陣を切って戦おうとするドルキを除く全員にグラナからの連絡を伝えて回帰の炎での待機を続けることにした。

 シャオの一抹の不安はW.I.S.Eの面々には児戯に等しい。なぜならもしピスケスが生きているのであれば東京にて迎え撃てばいい話だからだ。既にそのために雑兵の準備も整っているほどである。

 

 東京湾の階梯にはアクエリアスの反応を持たない大きな卵が残り八個沈んでいた。日輪天墜による傷により深手を負った排卵のゾディアック・双魚宮ピスケスの魂は既にこの世にない。だが件の怪物が残した最後の落とし種は産声を上げる時間を水の中で待ち構えていた。

 




久々の更新ですが、今回は一気にゾディアック二体を倒す話。
割とあっけなく倒してしまいましたが、この二匹の息子が敵として出てくる予定ではあるのでサイキッカー大暴れ劇場はまだまだ続くよと言うことで。
折角れんたろーを強化したのに化け物相手だと披露する場が少なくて妙に困るなあと。

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