BLACK PSYREN   作:どるき

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Call.32「稲生の差し金」

 アルデバラン確認から一夜を開け、状況を聞きつけたある人物から朧への伝令が走った。曰く、仙台エリアに帰投せよ。差出人は相手が望月朧であろうとも一歩も引かないばかりか人質まで取っていた。

 

「まったく……面白そうなイベントが目の前にあるというのに、どうして老人は水を差そうとするのかな」

「ですが、逆らえば松本社長や梨華お嬢様の安全は保障できません。首相はああ見えてやるときはえげつない人です。命まで奪うことは無いでしょうが、何をしてくるかは想像できませんよ」

「松本さんに危害を加えられるのも癪だし……さて、どうしようかな?」

 

 朧は部下から事の詳細を伝えられた。裏で糸を引いているのは仙台エリア首相の稲生紫麿(むらまろ)、流石にエリア代表の力をもってしても望月朧を御するには不足しているのだが、一か月も仙台を不在にしていたことで彼の手の者に付け入るスキを与えてしまっていた。稲生としては万が一にも望月朧が仙台に戻らなかった場合に被る軍事力の大幅低下を懸念しての指示であり、東京エリアに危害を加えようという意図ではない。それどころか常識で考えて、外遊先の危機など無視して逃げ帰ることが常識的な人間の行動とさえ思っているほどである。

 

「悩むのも時間の無駄か、直接話をしよう」

 

 そういうと、朧は携帯電話を取り出す。電話をした先は稲生のプライベートライン、かつて選挙のおりに一度交換していた番号である。

 

『そろそろかけてくると思っていたよ、望月君』

「その様子なら、要件も察しているようだね」

『キミの事だ、あのアルデバランと戦ってみたいのだろう? だがダメだ。万一キミが死んだら仙台エリアの護りはどうなる?』

「そういわれてもなあ……」

 

 稲生の正論に朧は困る。常識的には稲生の考えに分があるからだ。だが朧個人の考えを言うのであれば、戦いで自分が死ぬとは思っていないうえに万が一死んだとしても松本とその家族が無事であれば仙台と言う土地にはまるでこだわりは無い。ミラージュインダストリィという大企業すら捨てても構わないと思っているほどである。

 朧は稲生を説得するために彼に対案を提示する。

 

「だったらこういうのはどうだろう? 僕はあくまで仙台エリアの代表としてアルデバランとの戦いに参加しよう。僕の活躍で東京エリアに恩を売れば、仙台エリアのアドバンテージになると思うよ」

『それはワシとしては魅力的な提案じゃが……さっきも言った通り、もしもの時はどうするつもりだ?』

「そこは僕のツテがある。万が一の場合は序列千九百三十位の夜科アゲハと序列八百九十三位の八雲影虎の二人に僕の代わりを頼むことにするよ」

 

 朧は本人の承諾もなしにアゲハと影虎を交渉の材料にする。当然朧としては自分が死ぬ可能性などまるで考えていないからこそできる腹芸である。稲生も朧の魂胆は見抜いてこそいるが、朧が二人分の民警を用立てることが可能であるならば万が一の場合でのミラージュインダストリィ乗っ取りによる収入も含めて元が取れるかと暗算した。

 

『夜科某の事は知らぬが、キミが自信をもって進める人間と言うことは、あの元ヤクザと同様に序列以上の強さなのだろう。そこまで言うのなら、キミにはわが仙台エリアの広告塔になってもらおう』

 

 交渉の結果、朧への帰投命令は却下されることになった。しかし仙台エリアの代表として戦うということは、すなわち仙台を代表する小隊として戦いに参加するほかはない。朧はアジュヴァントシステムに則りメンバーを集めることになった。

 一先ずアゲハと影虎の了承を得たことで最低限の頭数こそ揃うのは容易い。だが仙台の代表がたった三組と言うのは見栄えが悪いと、メンバー集めに奔走することになった。メンバー集めの活動のためアゲハと桜子も朧に合流する。

 

「さて、まずは斡旋所にでも顔を出してみるか?」

「そうだね。里見君も入ってくれるのなら見栄えもよかったんだが、彼は聖天子直々にアジュバンドリーダーに任命されてしまったからね。むしろ僕たちが彼の小隊に参加できなくて申し訳ない立場だよ」

 

 三人は以前防衛省の役人に聞いた民警斡旋所に足を運ぶことにした。斡旋所はフリーランスの民警であふれており、バーカウンターも備えたちょっとしたバーになっていた。この歌舞伎町斡旋所は腕利きが集まるという話であるが、腕が立つがフリーランスということは即ち人格的に問題があり子飼いにならない社会不適格者が多いということに他ならない。いわゆるアンダーグラウンドの集まりである。

 

「命知らずの腕利きを十組ほど回してほしいんだけど」

「IISOを通さずにここに来るとは、お兄さんいい根性をしているね。ウチに集まるメンツは、腕は立つが扱いにくい人間も多いんよ。上から降りてきた仕事の仲介が多いんだよね。

 それで、何の仕事をするつもりだい?」

「僕のアジュヴァントに加えるメンバーを探している」

「今朝方発令された例のアレか……」

 

 アルデバラン出現の翌日であるこの時点では一般には公表されていないが、聖天子じきじきの命により斡旋所や民警各社にはアジュバンド結成の大号令が敷かれていた。民警たちのフットワークも軽く、既に三十二号モノリス近くには仮設キャンプの設置が始まっており多くの民警が集まりだしていた。

 戦いを前に血気盛んな民警の多くはそちらに向かっているほどである。

 

「でも残念だったな。やる気がある奴はみんなキャンプの方にいっちまったよ。いまここにいるのはヘタレと呑んだくれぐらいのものさ」

「そうか……だったら名義貸しでも構わないよ。半端な人間には僕についていけないだろうしね」

 

 朧と受付係員を兼ねたバーテンが交渉をしている間、手持無沙汰になったアゲハと桜子はソーダ水を片手に中にいる民警たちを物色していた。中には二人にちょっかいをかける人間もいたが、無法には無法というのかアゲハが鼻面を素早く突いて脳震盪させて黙らせながら奥に進む。

 バーカウンターの一番奥に進むと、タンクトップに銀髪と言う忘れられない顔がそこにあった。

 

「……まさか、ドルキか?」

「あん? 俺の事を知っているのか、小僧」

「W.I.S.Eの星将、ドルキさんだろう」

「本当に知っているようだが、俺はお前らの事なんか……いや、ちょっとまてよ。何処かで見たような……」

 

 アゲハに声をかけられたドルキは思考を巡らせる。これがサイレン世界のドルキであれば忘れるなどあり得ないが、この世界のドルキはサイレン世界とは違いアゲハとの面識は薄い。

 

「そうか、ミスラが裏切ったときにいたあの黒いバースト使いか」

「思い出してくれて助かるぜ」

 

 この日のドルキは眠気覚ましのカフェ代わりに斡旋所を利用していた。シャイナの方は昨夜の酒が抜け切れていないため安宿にて眠っており、一人で来ていた。

 

「ここにいるということは、アナタも民警をやっているの?」

「一応表向きはな」

「だったら俺達の仕事を手伝ってはくれないか? アンタの力ならこっちとしても心強いぜ」

 

 ドルキは最初の攻撃を退けた当事者でありながら、アルデバラン襲来による騒ぎをまだ知らなかった。アゲハと桜子から話を聞いたドルキは携帯電話を取り出して電話をかける。

 

「もしもし俺だ」

『ドルキか。なにかわかったことがあるのか?』

「東京のモノリスが一つ破壊された。もうすぐ磁力を失ってガストレアの軍勢が東京に押し寄せるぜ。ゾディアックの仕業ではないがどうする、動くか?」

『ゾディアック以外でモノリスを壊すか……どうやってだ』

「アルデバランとかいう完全体の仕業だ。バラニウム浸食液を流し込まれてじわじわとモノリスが腐る真っ最中だ。あと三日もあれば倒壊して磁場を失うぜ」

 

 ドルキからの報告により弥勒の中での疑問が晴れる。これまでジンが言っていた東京エリアの危機とはこのモノリス倒壊が引き金に相違ないと。それならジンの言うように東京エリアに多数のガストレアがなだれ込むことも容易に想像でき、予知の内容と合点がいくからだ。

 問題はW.I.S.Eが東京エリアを護る理由があるかという点である。

 電話の先で弥勒が判断をどう下すか考えていると、電話口から思いがけない声を聴いた。

 

「久しぶりだな、天戯弥勒。夜科アゲハだ」

『ドルキ、冗談は止せ』

「冗談ではないぜ。俺はドルキのケータイを借りてお前に話しかけている。

 俺達はいま、アルデバラン襲撃に備えて俺達は戦力を探している。W.I.S.Eの連中なら心強い、手を貸してくれねぇか?

 俺達は望月朧の配下として戦いに挑む予定だ。W.I.S.Eの名が表に出てしまう心配もねぇぜ」

 

 アゲハから舞い込んできた話に弥勒は運命めいたものを感じた。ジンが見た未来につながるように訪れた東京エリアの危機と、ゾディアック迎撃の為に戦力を整えている最中にあったW.I.S.Eにとっては渡りに船ともいえる存在を秘匿できる隠れ蓑に弥勒は乗ってみることにした。

 

『いいだろう。俺達の戦力をお前達に貸してやる。都合よく隠れ蓑として利用させてもらうぞ』

「望むところだ」

 

 協力を約束した弥勒はアゲハに雑兵三十三組と、指揮官としてドルキとシャイナをアジュヴァントに加えることを伝えて電話を切った。W.I.S.Eで正規の民警ライセンスを持っているのはドルキ一人ではあるが、朧を頭とした愚連隊にはそのような規則による縛りはない。そういう意味では朧の配下という地位を得たことはW.I.S.Eメンバーにとってのメリットは大きい。

 W.I.S.Eの了承が取れた後、ドルキはアゲハ達を連れてシャイナが待つホテルの部屋に戻った。シャイナに弥勒とアゲハの取引について伝え終わると、ドルキはアゲハに質問を切り出す。

 

「俺とシャイナは弥勒の指示に従うが、一つ訊ねてもいいか? 聖居と司馬重工が何かを隠しているという噂があるんだが、何か聞いたことは無いか」

「……」

 

 ドルキの言葉にアゲハは言葉が詰まる。ドルキはその一瞬の態度を見破りカマをかける。

 

「その様子だと何か知っているみてえじゃねえか。黙っているつもりならさっきの話はナシにさせてもらうぜ」

「いいんですか? 勝手にやって」

 

 ドルキの態度にシャイナは困った顔をするが、シャイナ個人の考えとしては東京エリアがゾディアックに蹂躙されて根城にされた方が探す手間やその他諸々の面倒が無くて都合がいいと思っているほどである。リーダーの意見に逆らう行動はしたくないという意味意外にない。

 アゲハは桜子と朧にアイコンタクトをして、確認の上で口を割る。

 

「実は……東京エリアの近くにゾディアックが一匹隠れているんだ。俺達も司馬重工とのツテで捜索に参加もしているが、まだ見つかってはいないぜ」

「見つけてはいないのにいるのは間違いがない……それって矛盾していませんか?」

「見つかったのはピスケスが産んだ卵だけだ。だから居るのは解っていても、その姿までは解らねえってことだ」

「なるほど」

 

 アゲハの話にシャイナは頷き、くすくすと小声で笑う。ドルキが連れてきた客人が思いがけずにピスケスの情報を提供したことが、まるで棚かぼた餅とも言うべき幸運に思えたからだ。

 ドルキとシャイナはこの情報をもって、一度慰問島に帰還することにした。

 

「俺達は明後日までにはこちらに戻ってくる。その時は仲間も連れてくるから、人数分の食事や弾薬も用意しておけよ」

「それは僕が引き受けた」

 

 ドルキとシャイナを見送った後、三十組超えの大所帯アジュヴァントとなったことを朧は電話で稲生に知らせる。その大人数に安心した稲生も電話の先で上機嫌になっていた。




アゲハとドルキさんが合流する話
ここからは仲間集めになるからしばらくコンパクトに行けそう

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