BLACK PSYREN   作:どるき

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Call.21「神算鬼謀/後語り」

 アゲハからの情報を元にJS25ビルを目指す蓮太郎と延珠は、狙撃を警戒して大通りを見つめていた。通りを渡り切ればJS25ビルはすぐ目の前なのだが、屋上から撃ち殺されたらひとたまりもないからだ。

 

「いっせーので行くぞ」

「うむ」

 

 延珠と蓮太郎は突撃の為の打ち合わせの末、通りに飛び出した。

 延珠はイニシエーターとしての力を全開にしたダッシュ、蓮太郎は脚部カートリッジを使用しての超加速にて通りを駆け抜けた。

 

「やりますね」

 

 屋上からその光景を観察していたティナは小言をこぼす。聖天子の狙撃に失敗し、逆に攻められる立場になったにも関わらず、ティナの態度は落ち着いていた。

 単独での序列九十八位という戦績もあり、いかに相手が機械化兵士であろうとも、人間である以上は負けることは無いとティナは思っている。不安なのは戦闘の結果、蓮太郎や延珠を殺してしまわないかと言う点である。

 昨日の戦闘ではショックで取り乱したとはいえ、一夜を開けたティナは蓮太郎を冷静に排除対象としてとらえている。本来のターゲットである聖天子は伊熊将監が足止めしている以上、今は敵の迎撃をするべしと判断していた。

 迎撃の切り札である遠隔狙撃装置三基をすべて、JS25ビルの屋上目掛けて調整し、蓮太郎が上ってくることを待つ。

 出来ることならば階段のトラップにてそのままリタイアしてくれないかと願いながら。

 

「出てきたら終わりです」

 

 ティナは屋上の出入り口を四つの銃口で狙っていた。だが―――

 

「雲嶺毘湖鯉鮒! ぶち抜けぇ!」

 

 屋上の足場が揺れ、ティナは混乱する。アメリカ出身と言うこともあり地震に不慣れとはいえ、これは揺れすぎだろうとティナは思っていた。

 そして鳴り響く轟音は、フクロウの因子を持つがゆえに敏感なティナの耳に響く。

 

「まさか!」

 

 ティナはもしやと思い、階段に配置していたシェンフィールドを移動させる。シェンフィールドのカメラが蓮太郎の姿を捕える。

 

「やってくれましたね」

 

 蓮太郎の行動は常軌を逸していた。JS25ビルは名前の通り25階立てなのだが、ビルに存在している天上25枚をすべてぶち抜こうという行動を蓮太郎たちは取っていた。

 ステージⅣガストレアすら殴り殺す、蓮太郎の義肢の力をもってすれば理屈の上では可能な行動である。だがいくら階段に設置したトラップを回避するためとはいえ、ここまでするのはティナには想定外である。

 

「ラスト!」

 

 ついに蓮太郎と延珠は最後の壁を打ち破り、ティナの前に立った。

 ティナは地面からせり出して来た蓮太郎目掛けて引き金を引くが、蓮太郎の作戦だろうか虚空を空振りするように蹴りを放つ延珠によって、銃弾ははじき返された。

 だが偶然のまぐれあたりにも程がある弾丸回避を目の当たりにしてもティナは動じない。冷静に心を殺し、バラニウムブラックのナイフを両手に構えて二人に飛び掛かる。

 徒手空拳とはいえ格闘戦では延珠の右に出るものは珍しく、たとえ序列九十八位が相手でも例外ではない。機械化兵士としての特性も狙撃に特化しているため、クロスレンジにおける戦闘能力は延珠同様に『優秀なイニシエーター』の域を出ないのだ。

 これならまだ延珠にも勝ち目がある。口元が苦虫をかじるように歪むティナではあったが、蓮太郎のハンドサインを見てさらに顔をこわばらせる。

 

「どうして?」

 

 ティナが驚くのも無理はない。蓮太郎は延珠に後退を指示していた。イニシエーターを相手にプロモーターが近接戦闘を挑むなど教習所でもご法度の行為なのだが、ティナにとってはむしろ痛い。

 

「ファイア!」

 

 試しに蓮太郎を狙ってJS60ビルから狙撃を行うが、延珠によって蹴り落とされてしまったのだ。これによりティナは、理由はどうであれ二人に自分の切り札が見抜かれていることを認識せざるを得ない。

 これはティナに苦痛をあびせられた二人の雨宮が掴んだ功績である。特にJS60ビルは発射ポイントがばれている。JS60ビルを攻撃に使ったことは気まぐれに過ぎないが、このことがティナに他の自動狙撃装置についても位置がばれているという錯覚を持たせる。

 これでは位置を狙うために思考を裂いた隙を狙われると、ティナは戦術を変えることとした。

 

「・・・」

 

 ティナは無言のまま回し蹴りを繰り出し、蓮太郎はそれを紙一重で躱す。反撃に出た蓮太郎は両手にXD二丁を構え、ガチャガチャと引き金を弾いて乱撃するが、ティナはそれをワンタッチ展開式のポリカーボネート製シールドで防ぐ。

 ティナはバックステップで距離を置いたのち、返す刀で焼夷手榴弾を投げつける。対して蓮太郎は、炎の壁をカートリッジにて加速された焔火扇で切り裂く。漆黒の拳がティナの眼前に迫ること残り六十センチ、ティナが用意した網に蓮太郎は捕えられた。

 

「トリプル!」

 

 ティナは事前に遠隔操作ユニットの照準位置を絞ったうえで、相手を誘い出したうえで三点から同時に狙撃したのだ。三つの軌道は三叉の鉾のように蓮太郎を襲う。たとえ延珠が蹴りで迎撃するにしても対応できるのは一発、残り二発は喰らわざるを得ない。

 希望的考えで、一発は義眼による見切りにて義手で防御できたとしても、最後の一発はどうしようもない。オーバークロックにより弾丸の軌道を確認した蓮太郎は走馬灯を垣間見るが、愛しい小さな体によりその幻を終わらせた。

 

「延珠!!」

 

 延珠が取った最後の手段、それは自分が身代わりとなって三発の銃弾を浴びることだった。肘に当たった銃弾は延珠のか細い右腕を千切り、腹に当たった銃弾は延珠の小さなおなかを駆け巡り内臓をえぐる。肩に当たった一発が最も軽微と言うほどに、延珠の当たり所は悪かった。

 ティナが使用していた銃弾はすべて普通の鉛玉であるが、もしこれがバラニウム弾なら蘇生する可能性はゼロだったであろう。それでなくてもこの戦場においては、リタイアなのは必須である。

 蓮太郎はうろたえる暇も、延珠の容体を確認する暇も無く後ろに飛び退く。遠隔操作式の狙撃銃と種こそ解っていても、延珠が戦線をリタイアした以上はそれ以外に対応手段がないからだ。

 

「勝つのだ……蓮太郎……」

 

 逃げの手を取る蓮太郎を脇目に、死にかけのか細い声で、延珠は閃光弾の缶をティナの足元に転がす。片手のためピンも抜き取られていないが、ティナの足元に転がる缶は甲高い音を響かせる。

 互いの信頼関係で蓮太郎は延珠の意図を組む。閃光弾の缶を拳銃で撃ちぬき、強引に起爆させるのだと。

 

「うおおおお!」

 

 蓮太郎は心臓を止め、左手に構えたXDで閃光弾の缶を撃ちぬいた。炸裂によりけたたましい轟音と膨大な光がティナを襲い、三半規管をかき乱して動きを止める。

 普通の人間でも至近距離で喰らえば、暫く動けない程の光である。ましてフクロウの因子を持つがゆえに、ティナにとっては弱点にも等しい。

 

「延珠がくれたチャンスだ、逃さねえ」

 

 蓮太郎自身は閃光を避けるために義眼の機能を一時的にカットしていた。そのため左眼は閃光の影響を受けていない。閃光が止むタイミングを見計らい、蓮太郎は義眼の機能を再び作動させる。左眼を見開いた蓮太郎は脚部のカートリッジを炸裂させて接近し、身動きを封じられたティナを襲う。

 

「轆轤鹿伏鬼! 雲嶺毘湖鯉鮒!」

 

 接近して飛び掛かった蓮太郎は轆轤鹿伏鬼でティナのほほを上から打ち下ろし、そのまま追撃のアッパーカット、雲嶺毘湖鯉鮒で顎をかち上げて空に打ち上げる。呪われた子供たちとしての再生能力のたまものか、攻撃を受けながらも視力を回復させたティナであったが空手で空に浮き上がったのでは取れる行動は少ない。この時点で死に体である。

 敗因は延珠が転がした閃光弾にあるのは明白である。『新人類創造計画』里見蓮太郎ではなく、『イニシエーター藍原延珠のプロモーター』里見蓮太郎に敗北したことを噛みしめ、蓮太郎の沙汰を受ける覚悟を決める。

 

陰禅(いんぜん)上下花迷子(しょうかはなめいし)三点撃(バースト)!」

 

 三発のカートリッジをつぎ込んだかかと落としは文字通り、暗殺者ティナ・スプラウトを断罪する鉄槌となった。

 ステージⅣガストレアすら殴り殺す連続打撃をうけたのだ。いかにティナがイニシエーターと機械化兵士のハイブリッドとはいえ虫の息である。

 

「蓮太郎さん……トドメを……」

 

 ティナは蓮太郎に介錯を頼んだ。もとより失敗したら死あるのみというのがエインとの取り決めである。ティナは今が死ぬ時だと思っていた。

 だが蓮太郎はそれを受け入れない。XDをホルスターに収納すると、ティナを抱きかかえて延珠の隣に寝かせる。

 

「どう、して……?」

「俺はお前を殺したくて戦ったわけじゃない。街で出会った友人として、暗殺者だなんて馬鹿げた行いを止めさせたかったからだ。

 それに延珠の事を知っていながらお前は鉛の銃弾を使ってきたし、木更さんも殺すつもりでは襲わなかった。ありがとうな。

 お前の処遇が悪くならないように掛け合ってやるよ」

「でも……私は負けたことですべてを失った。私自身が死を望まなくても、この状態じゃ『コピーキャット』に……」

「その心配はねぇぜ」

 

 ティナの言葉を遮ったのはアゲハであった。将監との決着の後、蓮太郎たちの援護のためにJS25ビルにやってきていたのだ。

 

「伊熊は俺達が倒した。それにランドの野郎は、今はアメリカに居るんだろう? 俺達で匿えば心配はねぇよ」

「でも……いずれ私以外の強化イニシエーターが……」

「その時は、俺と延珠で守ってやる。木更さんや夜科さん、雨宮さんもいるんだ……それくらい屁でもないぜ」

 

 蓮太郎は満面の笑みで見栄を切る。ティナはそれが強がりだろうと冷めた目で見る心と、羨望のまなざしで見る心とで葛藤するが、その笑顔に心を溶かされた。

 

「私を倒した責任、とってくださいね」

 

――――

 

 ティナ・スプラウト、伊熊将監の両名撃破によって終結した聖天子狙撃事件から、いくらかの時が過ぎた。

 重症で病院に運ばれた延珠とティナ、ついでにかねてより肺の傷で入院していた夏世はそろって勾田大学病院を退院した。

 退院するまでの期間、蓮太郎は無茶な戦い方をしたと菫にこっぴどく叱られたのだが、蓮太郎はそれが愛情の証であると内心ほっとしていた。

 

「トカゲのしっぽ切りか……」

 

 事件当初から依頼主を斉武大統領だと決めつけていた蓮太郎であったが、イニシエーターを欠いた期間に調べ上げた結果ではついにその足を突き止めることができなかった。

 ハッカーがよく使う踏み台に似た多重の依頼システムが、その足取りを消してしまったからだ。

 三人そろっての退院とはいえ、本来ならティナはそこに交わることは無い。聖天子を狙撃した重罪人だからだ。この状況の説明には事件の一週間後に遡る。

 

「非公式ながら序列九十八位ティナ・スプラウトの撃破、並びに護衛任務での功績を協議し、貴方にIP序列三百位を通達します」

 

 蓮太郎の元に、IISOからの通達書と一本のビデオレターが届いた。それは、今回の功績から蓮太郎×延珠ペアの序列を大幅に引き上げるという内容である。

 IISOの物とは別に書かれた聖天子の信書には、こう記されていた。

 

『ティナ・スプラウトに対し、先の事件はパートナー、エイン・ランドに強制されたモノとみなし、序列剥奪以外の処分を与えず』

 

 事実上、ティナに恩赦特例を与えることを信書は証明していた。この御免状のおかげで、ティナは東京エリアにおいては自由の身となった。

 幸いにもプロモーター資格を持ちながらパートナーがいなかった木更が、そのままティナを社員として雇うことで自分のイニシエーターとすることに決めた。

 恩赦そのものが特例のため正式な序列通達は行わるのはまだ先だが、こうしてティナは天童民間警備の一員に迎えられた。年齢が近いこともあり、今後は延珠と同様に蓮太郎が一緒に暮らして世話をすることになった。

 

 一方で、もう一人の襲撃犯には重い沙汰が下されていた。

 

「被告人、伊熊将監―――」

 

 逮捕された将監は、連続殺人事件の犯人『民警殺し』として処罰を受けることとなった。聖天子狙撃事件への関与はティナへの恩赦のおこぼれにより不問とされたものの、それ以外の事件での余罪が将監を無罪にすることを許さなかった。

 警察が民警殺しについて突き止めたのは匿名のリーク情報の賜物である。将監の体を技術的に盗まれても問題は無いと判断したエインが、将監が逮捕されたことを知り死刑に持ち込むべく余罪を密告したのだ。

 ティナと比べて、品行方正でも、善悪の区別がつく子供かという点でも、前科があるかという点でも、罪の重さは将監を許さなかった。元々力だけでのし上がったアウトロー崩れのため、民警でなければ真っ当な人生ではなかっただろうというほどに潔白から程遠いのだ。

 将監は略式裁判によるスピード判決により終身刑が言い渡されたが、スコーピオン撃退の功労者に対する刑罰が公表されれば社会的影響が大きいという判断から、マスコミ等へこの情報は秘匿された。

 カモフラージュとしてゾディアック討伐メンバーの一人、英雄伊熊将監の戦死を伝える一報が各方面に流されたが、それが有罪判決の暗示であることをしる人間は少ない。

 判決が言い渡された次の日、ズタ布の拘束服を身にまとい死んだ魚の眼をした将監に対して、一人の女性が面会に訪れた。

 

「初めましてだね。元気しているかい? 伊熊将監」

「誰だ?」

「これからキミの主治医となる室戸菫と言うものだ」

「主治医だと……」

「知っての通り、キミの体はあちこち機械が埋め込まれているのでね。誰かがメンテナンスをしないといずれキミはお陀仏と言う訳さ。そうさせないために私が来たのだよ」

「別にいらねえぜ。死んだらそれまでだ」

 

 人生に失望している将監は、菫に捨て鉢の弱音を吐く。

 

「キミの罪状は終身刑だが……ここだけの話、世間では既にキミは死んでいるのだよ」

 

 菫は偽装情報として流された戦死の一報を将監に教えた。

 

「そうか……ま、しゃあねえか。いつもそうだ、俺みたいなやつの安息は戦いの中にしかねぇ……」

「だから逆にいえば、この刑務所に押し込められたキミの扱いは罪人ではなく危険な猛獣なんだ。猛獣とはいえ飼いならせれば、団長の鞭に繰られて娑婆に顔を出しても許されるのさ。つまり、キミの行い次第でここから出られるかも知れないという事だ」

 

 人生に絶望していた将監だったが、菫の一言に一筋の光を見出す。

 

「だったら、何をすればいいんだよ。アンタの言う通り俺は猛獣だ。戦う事しか能がねえぞ?」

「キミは俺様系だからさぞエインの事は憎らしかったろうが、あいつがコピーキャットなんてコードネームでキミを弄ったことを幸運に思いたまえ。まずはキミの体を徹底的に調べさせてもらう、方針はそれからだ」

 

 菫の目的は、エインが将監の体に仕込んだギミックの技術解析と、蓮太郎用の強化装備開発の為のモルモットである。将監が脳みそまで筋肉と言う偶然と、エインが常人素体で室戸菫の最高傑作を破壊するという科学者同士の真っ向勝負を挑もうとしたという必然が折り重なったことで、将監の体は機械化兵士としては限りなく蓮太郎に近い存在になっていた。

 戦後も研究を継続していた他三人に遅れながらも、菫は将監と言う協力者の元に蓮太郎のアップデートを試みることにした。

 

「この感覚、久しぶりだよ……ゾクゾクしてくるね」

 

 久々の人体改造に、菫の心が躍っていた。引きこもりの身でありながら、刑務所まで足を運ぶほどに。




れんたろーコンビvsティナとその後の話
その後は半端な長さになったのでくっつけました。
コンセプトとしては延珠敗北戦でれんたろーがいて、遠隔狙撃もネタバレしていたらたら勝てたかも?なのですが、原作でマジ強いだったシェンフィールドが上手くいかせてないかもしれません。

と言うことでNEXT編はここまでです。

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