BLACK PSYREN   作:どるき

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Call.2「外周区」

 アゲハと桜子がネメシスQの力により送られた場所は、林の中だった。舗装路が通ってはいるが、放棄されて時間が経っているのか、いたるところに傷が目立っている。

 だが道路のコンディションなど気にならない程に、二人の鼻を充満する煙が襲っていた。

 

「この焦げた匂い……」

「近くで何かが燃えているようね」

 

 二人は匂いの元をたどり、火の手が上がる一台の車を発見する。山火事に発展するかもしれないと感じたアゲハは、車を暴王の月(メルゼズ・ドア)で炎ごと削り取る。地面がえぐれ、燃え盛る車が消滅すると、木陰に血まみれの青年が寄りかかっていることに気が付く。

 

「おい、アンタ。大丈夫か?」

「ああ……ころち……」

 

 青年の怪我は酷い。両手足は壊れた人形のように引きちぎれたりねじれたりしており、呂律も回っていない。傍らに高度な治療能力者(キュア使い)がいるわけでもないため、既に手遅れだというのがアゲハ達の判断である。

 せめて遺言くらいは聞いてあげるべきかと、桜子はPSIを発動させる。他人の精神に干渉するトランス系能力は桜子の十八番であり、生きてさえいれば言葉の通じない相手から記憶を引き出すことなど雑作もない。

 

「この人、自分を殺してくれと懇願しているわ」

「どうして? この傷じゃどのみち助からないだろうに」

 

 青年は自身のガストレアウィルス浸食率が限界点に達していることを悟っていた。2031年の常識では自害しなければ即座にガストレア化してしまうのだが、2018年から来たばかりである二人にはそのような知識は無い。

 桜子は理由を知るためとこの時代の知識を得ることを兼ねて、さらに深層まで精神ダイブを敢行した。だが、その目論見はガストレアによって阻まれる。

 突如青年の精神は混濁を始め、その身は異形の者へ変貌を始めたのだ。その形相は巨大化した黒い蜘蛛。モデルスパイダーのガストレアが此処に産声を上げた。

 

「避けろ、桜子!」

 

 アゲハの声に反応し、桜子は後ろに飛び退く。ステージⅠへの変態を終えたガストレアは、目の前の二人を格好の餌としか思っていない。初めての食事に対しての頂きますとでも言わんばかりに前足二本を合わせたのち、ガストレアは桜子に突進した。

 虫の因子をもつガストレアはスケールの法則を無視した『巨大化した昆虫』としての能力を持つことが多い。この時代の常識で言えば桜子は死に体だった。

 だがそれは桜子がただの人間ならば、という話に過ぎない。

 桜子は身体強化(ライズ)を発動させ、その高い身体能力をもって易々と突進を回避する。その手には愛刀『心鬼紅骨』が抜き身で握られている。すれ違いざまに刀を抜き、正面右側の脚四本を胴切りにて切り飛ばしたのだ。脚を失ったガストレアは当然、その場に横たわる。

 

「こいつはいったいなんなんだ。まさかこれがガストレアって奴なのか?」

「そのようね。さっき彼が『殺してくれ』と頼んでいたのは、こうなることを察していたから見たいね」

「人間を元に増えていく怪物か……確かに凄い進行速度になるわけだよ」

 

 アゲハはゾンビ映画を思い浮かべる。ゾンビにかまれた人間がゾンビになることを繰り返し、街中がゾンビであふれかえるというパニックホラーそのままの光景に、もし自分や桜子が怪物になってしまったらと思うと血の気が引いてしまう。

 そして横たわるガストレアを見て、さらにアゲハは生理的悪寒を感じざるを得なかった。

 

「コイツ……再生している?!」

「だったら!」

 

 ガストレアの脚の切断面が粟立ち、肉が盛り上がる。それが傷の再生プロセスであることは、過去に足を消失しキュアによる治療で復元してもらった経験があるアゲハには一目で理解ができた。

 桜子はブオンと横一閃に紅骨を振るって付着した体液を飛ばしたのち、まだ脚の再生が完了せず身動きが取れないガストレアの頭に唐竹の一太刀を放つ。音速を超え空気を易々と切り裂く一閃は、その衝撃力もありガストレアを真二つに切り開いた。

 高い再生能力を持つガストレアとはいえ、流石に頭と心臓は再生ができない。ガストレアの生命活動が停止し、ピクリとも動かなくなる。

 

「死んだのか?」

「流石に頭までは再生できないようね。でもこれだけの再生能力、禁人種(タブー)より厄介だわ」

 

 禁人種(タブー)とはサイレン世界においてW.I.S.E.が生み出し、運用していた異形の怪物である。ガストレア同様に大小様々な怪物であることには違いはないが、禁人種にはイルミナという明確な弱点が存在していた。弱点(イルミナ)を持たない以上、ガストレアが禁人種以上の脅威であることは自明の理であった。

 

――――

 

 ガストレアを倒したアゲハと桜子は、一路東京を目指して幹線道路を歩き始めた。桜子が青年の頭脳から引き出した情報により、東京へのルートが解ったことは大きな収穫である。

 桜子は青年の脳内優先順位にて東京に帰ることが上位にいたことに多少の疑問を感じていた。なぜ青年は危険を冒して東京を離れ、この森の中にいたのだろうかと。

 だが考えても始まらないと、このことは頭の片隅に片付ける。面倒を押し付けて『彼女』が不機嫌にならないかと少し思いつつ、自分自身に遠慮することは無いかと意識を切り替えた。

 二人はガストレアの強襲に備え、決して急がないまでもライズを発動させて早足で道路を駆け抜けていた。時速に直せば四十キロは出ていたであろうか、小一時間ほどで東京エリアの玄関口ともいえるモノリスの眼下にたどり着いた。

 二人がたどり着いた先は、東京エリア第三十九区という地区だった。そこはまるでワイズに破壊された都市のように廃墟が広がっていた。

 アゲハ達にとって一番欲しいこの時代の情報を得ようにも、誰一人いないのではどうしようもない。流石に都心部に行けば誰かはいるだろうと都心に向かって歩き始める。そして電車駅が見えるようになると、待望の人の気配が立ちはじめていた。

 不意にアゲハと一人の少女の目があったのだが、少女はアゲハを恐れるように踵を返す。釈然としない態度に、アゲハは大人気もなく後ろから驚かすという手段を取った。ライズによる身体能力の底上げがあれば、それくらい容易かった。

 

「お嬢ちゃん、どうして逃げるんだ?」

「きゃあ!」

 

 少女はアゲハの悪戯に驚き、尻餅をつく。

 

「やりすぎよ」

「悪い……驚かせて悪かったな」

 

 アゲハは少女の手を取り、起き上がらせた。服に付いた土埃を軽くたたき笑顔を見せる。

 少女は起き上がると、アゲハの後方を指さした。アゲハはその方向からカツンカツンと言う、いかにも成人男性が履きそうな革靴の足音を聞いた。彼女が逃げた原因はその足音の方であり、アゲハもそれを察した。

 足音の主はその歩みを止め、アゲハの真後ろに立った。

 

「警察だ。その浮浪児の身柄は我々が預かる」

「警察? その割には御一人なのね」

 

 桜子は自称警察の男性に疑いの目をかけていた。少女の反応もさることながら、通常ツーマンセルで行動することが多い警察官が一人で歩いているという時点で、どこか違和感を得ていたのだ。

 さらに警察制服と言うには布地が安っぽく、まるでコスプレ衣装にしか見えなかったのも疑いの目に拍車をかけた。

 

「偶然ですよ」

 

 人当りよさそうに応対していたが、男性は内心桜子の態度を邪魔に感じていた。

 男性の名は『保脇卓人』といい、その正体は聖天子付護衛官隊長、いわゆるロイヤルガードである。彼は偶の休日には警官の格好をして外周区を練り歩くことを趣味としていた。当然、健全な目的ではないが。

 

「この子が浮浪児って証拠もないし、第一アンタに渡す道理が何処にあるんだよ」

「黙れ! 邪魔をするなら公務執行妨害で……」

 

 保脇は権力を盾にアゲハ達を脅す。彼の認識では相手は若造、脅せば引くと思っていた。もし自分に弓を引いても問題がないほどの地位のプロモーターであろうとも、イニシエーターを連れていないのなら奇襲でどうとでもなる。そんな甘い考えで、保脇は二人に喧嘩を売ったのだ。

 

「ふうん……『呪われた子供たち』を嬲り殺しにしたいのに邪魔をする変な若造か」

 

 桜子の言葉に、保脇は驚く。それはまさに、今現在の自分の頭の中そのものだからだ。

 何故そのことが分かったのだと思うより先に、保脇は見抜かれたならば二人を巻き込めばいいと方針を変えた。相手とて『奪われた世代』であれば、『赤目』には嫌悪感を抱いていて当然だと、安易に考えたからだ。

 

「ど、どうだ? アンタたちもそこにいる『赤目』を打ち殺してスッキリしたくはないか? 大丈夫、戸籍がない子供を殺したって誰も罪に問いやしないさ」

「アンタ、サイテーね」

 

 保脇の提案は、一言で言えば下種。

 仮にアゲハ達がガストレアに深い憎しみを持ち、その因子を体に宿す『呪われた子供たち』へも同じ目を投げかける輩であれば、あるいは効果覿面なのかもしれない。

 だが、声をかけた相手が悪かった。相手には『奪われた世代』としての自覚もなければ共通認識もないのだから。

 

「その制服もフカシなんだろう? 本物の警察の厄介になりたいのか?」

「クソッ!」

「一昨日来やがれ」

 

 保脇はアゲハの眼光に気圧され、バツが悪そうにその場を立ち去った。

 保脇には無抵抗な子供を弄ることは出来ても、いざとなったら大人に危害を与えることは出来なかったからだ。彼は本質的に小悪党なのだ。

 

「なんだ? 今の奴」

「外国の貧困街で、時折ああいうやつを見かけたけれど……まさか日本で見るなんてね」

 

 二人はカルチャーショックの洗礼を受けていた。

 先ほどの偽警官(保脇)のような人間など、日本では滅多にいるものではないと思っていた。しかし、実際にはそうではない。07号が言っていたガストレア戦争が十数年で日本人の常識を変えてしまったのだと、肌で感じていた。




元気なころの保脇はこんな感じなんだろうなと

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