BLACK PSYREN   作:どるき

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Call.19「リザルト」

 四人の戦闘結果を集計した未織は、やや緊張に上ずった様子でそれを読み上げる。

 

「みんなの結果を発表するねえ。里見ちゃんたちが3600%、夜科さんたちが9900%や」

「パーセント? ポイントとかじゃないのか?」

 

 読み上げた結果に対し、アゲハが疑問をぶつける。

 

「一応ポイントもあるけれど、ステージ設定でランダム性があるから、サンプルデータとの比較結果をリザルトに使っているんよ。インポッシブルの場合は以前に里見ちゃんが義眼なしのソロで挑戦した三回の平均を100%としているねえ」

「ふうん。つまり、義眼を使った蓮太郎は使っていない時の30倍以上強いってことか」

「延珠ちゃんがいるかどうかの差がおおきいから、実際はもうちょっと落ちるけれどねえ。延珠ちゃんがいなかった場合はだいたい2200%くらいよ」

「約20倍か……蓮太郎、ついでになるけどカートリッジの方も使ったらどれくらいまで行くと思う?」

「だいたい三倍にはなるから、単純計算で6600%ってところか。そこに延珠の分を足しても8000%だから……それでも夜科さんたちには勝てねえぜ」

「そう皮肉をいわんでもええ、延珠ちゃん一人だったら以前に8600%を叩きだしているんよ。今回は延珠ちゃんがサポート一辺倒だったけれど、延珠ちゃんを前に出せば……」

「それじゃあ今回は意味がないんだ。それに、俺だってタイマンだったら延珠にだって簡単には負けねえぜ」

 

 蓮太郎は内心、シミュレーター上では多少上の相手でもタイマン前提でなら戦えると自負していた。蓮太郎は初段とはいえ武芸者として積み上げた天童流の技術には自信と誇りを持っているからだ。

 仮に延珠が相手でも、技術でその差を埋められると考えていた。

 自信満々の蓮太郎を他所にシミュレーターの性能に自信を持っているが故に、未織はこの結果に不安を感じていた。

 

「延珠ちゃんとでどっちが強いかは脇にどけるとして、明日なんやけど……本当にやる気なん? 正直言って戦闘は夜科さんたちに任せて、里見ちゃんたちは聖天子様のガードに徹した方がええんと違うの?

 ウチの推測だと―――」

「なに弱気になっているんだ未織、お前らしくもない」

「そうよ、そんな負け犬には里見君のスポンサーなんて無理よ。出すのは金だけにしなさい」

 

 珍しく見せる未織の弱音を前に木更も調子づく。むろん、軽口と日頃の鬱憤はらしの範疇ではあるが。

 

「IP序列だけじゃ正確には解らないとはいえ、序列二桁ということを加味したら延珠ちゃんより数段上を想定しておいた方がええ。そうなったら里見ちゃんが戦うよりも彼らが相手をする方が確実やない」

「大丈夫だって。たとえ向こうの方が延珠より強くても、その差は俺が埋めてやる。それにアイツとは、俺が決着をつけないといけないんだ……」

 

 アイツとは当然ティナの事である。敵同士であること認識した際の狼狽から、それと知らずに親交を深めたことは間違いないだろう。だからこそ蓮太郎は友人として自分で決着をつけるべきだと考えていた。

 今回のシミュレーターに延珠を後衛に回して挑戦した目的の趣旨も、出来ることなら延珠抜きで決着をつけられれば幸いだという蓮太郎の決意の現れでもある。

 それにもう一人の敵もまたアゲハと因縁がある相手である。そのため、そちらにも手出し無用だと考えていた。

 

「なんだと蓮太郎。そこまで言うのなら後で勝負だ」

「あとでな。今からやって怪我でもしたら洒落にならん」

 

 蓮太郎の言葉に延珠も触発されて虚勢を張る。延珠も成長の壁に突き当たり、その壁を乗り越えるべく人知れず次の手を模索していたわけであるが、蓮太郎の言葉に負けたくないという気持ちが触発された。

 

「約束だぞ。妾が勝ったら蓮太郎が敵の女に入れ込んでいる理由も洗いざらい吐いてもらうぞ」

「へいへい」

 

 自信満々の蓮太郎の様子に腹をくくった未織は、蓮太郎が自信を持つタイマンでの接近戦に持ち込みつつティナを倒す方法を模索した。

 対策会議は夜中の一時まで続き、その後は未織が用意した仮眠室で一夜を過ごした。

 

――――

 

 翌朝、未織が用意したモーニングセットで朝食を取った天童民間警備御一行は護衛のために聖居まで足を運んだ。

 蓮太郎を快く思っていない保脇は一行の姿を確認すると、早速、蓮太郎に難癖をつける。

 

「いつまでたっても護衛を降りないばかりか、今日は手下も連れ込んでお山の大将気取りか? ええ、里見蓮太郎」

 

 保脇の物言いは当然彼を知らないアゲハ、桜子、木更の三人の不評を買った。

 

「アンタは?」

「民警風情が図に乗るな」

 

 不躾に名を訊ねたアゲハに対し、保脇はメンチを切る。そして腰の拳銃をホルスターから引き抜いた。

 

「警告だ、里見蓮太郎。痛い目に逢いたくなければ、こいつらと一緒にさっさとここから出ていけ。聖天子様に見せる詫び状と共にな」

「ふうん、そんな態度をとってもいいんだ? 私はアンタの秘密を知っているっていうのに」

「な、なにを?!」

 

 天童民間警備を排斥しようと恫喝を試みた保脇であったが、脅した相手が悪かった。

 秘密を盾に脅し返す桜子の肌は黒く変色していた。そう、アビスの人格が表に出てきているのだ。

 

「オマエ、その肌……」

「そんなことはどうでもいいでしょ? それよりワタシ達、初対面じゃないわよね?」

「へ?」

 

 逆に脅し返される保脇だがアビスの言葉の意味が理解できずに頭に?マークを浮かべる。あきれたアビスは体の人格を桜子に戻し、トランスで過去にあった出来事を保脇に見せる。

 アゲハと桜子が初めて東京エリアに到着した日の外周区での出来事を。

 

「あ……あ……」

「流石に思い出したようね。まさかアナタがこんな立場にある人だなんて思ってもいなかったわ」

「だま……」

 

 保脇の秘密とは、外周区を偽警官の格好で練り歩き、隙あらば呪われた子供たちを虐待するという悪趣味のことである。この趣味は彼の護衛官仲間にとっては周知の事実ではあるのだが、流石に聖天子に密告されればエリート街道から外れるのは必須である。

 故にエリート街道喪失の恐怖から思わず引き金を弾こうとしたのだが、アビスに右腕を捩じりあげられて簡単に防がれた。

 

「邪魔さえしなければアナタの事は黙っていてあげるわ」

「わかった……わかったから」

 

 アビスのアームロックから解放された保脇は覚えてやがれと捨てセリフを吐いたのち、聖居にある詰所にそそくさと逃げて行った。

 

「それにしても助かったぜ。まさかこんな偶然があるなんてな」

「昔の人は『お天道様が見ている』と言ったけれど、あれって本当ね。聖天子には黙っていてあげるとして、偽警官として警察あたりに突き出しておこうかしら」

 

 護衛任務における内憂であった保脇はこうして排除された。

 

――――

 

 会談の時刻が迫り、木更以外の四人は聖天子と反保脇派の護衛官を引き連れて、鵜登呂亭へと出発した。カモフラージュである専用のリムジンはアゲハが運転し、本命の聖天子を乗せたバンは蓮太郎が運転する。

 鵜登呂亭までの移動では特に問題は発生せず、送り届けた先で聖天子と斉武大統領の会談が開始された。

 会談中の護衛は蓮太郎のみ、残る三人は料亭内と周囲の警戒に当たるが敵の姿は無い。そして事前の打ち合わせで最も警戒していた狙撃スポット『JS60』ビル屋上への斥候は、アビスが担当することとなった。

 これはアゲハと桜子が用いるPSIの中でもアビスの使う『副人格の実体化』が最も理解されにくいだろうとの推測の元でアゲハと桜子の二人が蓮太郎には黙って決めたことである。

 

「まずは屋上ね」

 

 JS60ビルに到着したアビスは、壁伝いにビルを昇る。中に入るのは万が一の罠と言う点で避けたいと思ったため、このような手段を取る。

 

「アレは?」

 

 ライズの脚力をもって壁を昇るアビスは出来るだけ周囲の人目を避けたつもりではあったのだが、遠方よりその姿は補足されていた。

 

「信じられません」

 

 アビスの姿を目撃したティナはその動きに驚いていた。見たところ大人の女性であろう謎の人物が、イニシエーターでも一握りの少女にしかできそうにない曲芸を披露しているからだ。

 ティナはJS60ビルとは別の場所にいた。JS60ビルは囮の一つとしており、十五件ほど離れた位置にある姉妹ビル『JS25』に潜み、本命であるJS60ビルへの攻撃と、針の穴を通すが如き精密射撃によってのみ可能となる鵜登呂亭正面玄関への狙撃をがティナの狙いである。

 

「邪魔をするのなら」

 

 ティナはアビスが上り切ったところを見計らい、彼女を狙撃することにした。なぜならJS60ビルには遠隔操作用の器具を取り付けたライフルを既に設置しているからだ。

 遠隔操作とティナが『NEXT』の機械化兵士として持っている機能を組み合わせることで、予備の狙撃ポイントとしても自身を守るための衛兵としてもJS60ビルを用いることができるように細工済なのだ。

 

 ティナはターゲット以外を極力殺したくはないのだが、謎の女に狙撃装置を除去されたら面倒になる、そのためなら多少痛い目に逢わせるのは仕方がないと心の中でつぶやく。

 

「……」

 

 ティナはアビスに狙いを定め、姿勢を固定する。

 

「これって……準備だけして逃げたのかしら」

 

 ビルの屋上に上ったアビスは、ティナが準備していたライフルを発見した。遠隔操作用の器具からライフルを取り外そうとするアビスに狙いをつけ、ティナは指を引いた。

 

「!!!」

 

 肩口を撃ち貫かれたアビスはうめく。その突然の激痛は桜子にも伝播し、急な激痛に桜子は吐き気をもよおす。

 分裂状態のアビスはあくまで思念体であり、万が一傷を負おうとも死ぬことはない。だがその代償として限界を超える傷や痛みは本体に当たる桜子に大きな負荷をかけてしまう。

 これがもし桜子自身も思念体と化す『ノヴァ』状態ならば桜子とアビスが同時に攻撃をされぬ限り問題がないのだが、ノヴァ無しの場合ではそこまで万能ではないのだ。

 

「アゲハ……」

「そうした?」

「アビスが撃たれた」

 

 桜子は脂汗を浮かべながらアゲハにアビスの状況を伝えた。

 桜子が激痛に悶えているころ、撃たれた当人であるアビスは逆上していた。痛みは桜子と同じモノを感じてはいるだが、アビスは興奮による影響でその痛みを無視していた。

 アビスは体を痛みの元が飛来した方角に捻りにらみつける。センスを全開にした眼光が暗闇の先にうごめくティナの姿を捕えたものの、既にアビスはティナの術中にはまっていた。

 

「方向調整……発射(ファイア)!」

 

 ティナは遠隔操作で別のビルに設置していたライフルを操作し、アビスを二方向から狙撃した。

 

『大丈夫……なわけないよね?』

『しくじったわ。JS60はオトリ、本命は近くのJS25よ』

 

 二人で一人であるアビスは、その特性にて桜子へ様子を伝える。ティナによる遠隔操作による追撃はビル風による突風と発砲音に反応してとった回避行動によってかすり傷で済んでいた。

 掠めたとはいえ先の直撃もあり、限界以上のダメージを負ったアビスは実体化の維持がつらくなる。気力ではまだまだ戦えるとはいえ、桜子側の負担を考えたらこれ以上の無理は出来ないからだ。

 

『ゴメン……そろそろ限界』

『それくらい体でわかるわよ。私たちは二人で一人なんだから』

 

 アビスは実体化を解除し、桜子の深層意識の中に帰って行った。アビスは傷を癒すための眠りについたため、しばらくはたとえ『ノヴァ』を発動しても実体化は出来ない。

 

「敵の居所がわかったわ。JS25ビルの屋上よ」

「よし、すぐに知らせてくるぜ」

 

 桜子からの伝言を受け取ったアゲハは蓮太郎の元に駆け出した。




前回の結果発表とアビスちゃんが狙撃される話。
延珠が一緒なので終始強気のれんたろーです。
聖天子護衛官の皆さんは最初は幻術でおねんねとも思いましたが、ちょうどいい感じに以前保脇を登場させておいたことですんなりどかせました。

ノヴァを使わないアビス実体化のダメージ設定は独自解釈ですが、それをいうとノヴァ状態でのダメージ無効化も詳細不明で同時に攻撃されなきゃ効かないと以前やったのも独自解釈という。

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