BLACK PSYREN   作:どるき

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Call.18「決戦前夜」

 半壊したハッピービルディングを出た一行は司馬未織のもとに身を寄せることにした。未織とは不仲な木更は渋ったのもも、木更襲撃の件を菫に報告した際の助言もあり、背に腹は代えられないとそれを受け入れる。

 

「よう来たねえ里見ちゃん。それとそちらが噂の―――」

 

 一行を出迎えた未織はなめまわすようにアゲハと桜子を見つめる。未織は蓮太郎からアゲハ達の事を多少は窺ってはいたが、それにしては強い関心を引かれているとしか見えないほどに二人を注視する。

 

「な、なんだ?」

「いやあ、すみませんねえ。やけにお若いからこれは血筋なんかなと。

 ―――はじめして、司馬未織と申しやす」

 

 丁寧な挨拶に毒気を抜かれたアゲハと桜子はごく一般的な自己紹介をする。それが終わると蓮太郎は未織に本題を切り出す。

 

「お願いだ、力を貸してくれ」

「急にどうしたん? まさか例の狙撃犯とやり合うん?」

「ああ、出来れば俺と延珠だけでカタをつけたい。敵の出方について意見を求めたい」

 

 蓮太郎は作戦を立てるための前提条件として、聖天子護衛に関する資料を未織に見せる。本来なら守秘義務違反に触れかねない行為ではあるがそれを気にする余裕は今の蓮太郎には無い。

 資料は翌日夜に行われる料亭『鵜登呂(うとろ)亭』での会食についてのモノである。大きく分けると行き、帰り、会談中と三工程に分かれている。

 内容としては移動時のルートと会食中の持ち場の割り振りではあるが、稚拙すぎてお世辞にも優秀とは言えない組立である。なにせ移動中は防弾リムジンが攻撃を防ぎ、会談中の有事は里見蓮太郎の犠牲により賊は撃退される、以上とだけ書かれているのだ。

 鵜登呂亭内の配置表も隣り合う部屋を聖天子付護衛官たちが借り上げるだけで後は店のセキュリティ能力と蓮太郎任せなのだから、それを見た未織も言葉を失う。

 

「こ、これ……流石に延珠ちゃんが適当に書いたものとちがうん?」

「驚いただろ。俺もジジイ抜きの護衛官たちがここまで無能とは思ってなかったぜ」

「これを見せられても『無理デース』とおちゃらけるくらいしかできへんよ」

「それは大まかなタイムスケジュール表程度に思ってくれて構わない。問題は敵がこの資料を持っていることを踏まえてどうやって撃退するかだ」

 

 未織とてノウハウに欠ける聖天子付護衛官の要人警護能力については低く見積もっていたつもりではあったが、今回のこれは流石に予想の範囲を超えていた。よくも今まで暗殺者等に狙われなかったものだと思わざるを得ない。

 

「本来だったら護衛官は全員クビにして里見ちゃんの下にウチのSPを回した方がいいとは思うけど……護衛官は一応軍属で階級では里見ちゃんの疑似階級より上やから、彼らに無理強いは出来んよ。

 でもそうねえ、コネでもなんでも使って護衛官たちは脇にどけたほうがええのは確実よ」

「だったらその役目は私が引き受けるわ」

 

 護衛官が邪魔でしかないと断言する未織の言葉に桜子が手を上げる。

 

「ちょっと、疑似階級も交付されていないのにどうやって?」

「要するに、明日の夕方から夜にかけて護衛官たちには夢でも見てもらえばいいわけでしょ。それくらい簡単だわ」

「確かに護衛官なんて直接闘ったら民警の方が強いとは思うけど……」

「手荒な真似じゃないから心配する必要はないわ。手品みたいなものよ」

「雨宮さんが言うんだから心配はないはずだぜ。この二人がそういうことが出来るってのは俺が保障する」

「里見ちゃんがそういうんなら、とりあえずこの問題はクリアね」

 

 未織は桜子を信用する蓮太郎を信じて話を進めることにした。

 

「敵は一キロクラスの狙撃を行える狙撃手……だったら格好のポイントはここね」

 

 未織は聖天子の帰宅予定ルートにある曲がり角を指さす。ちょうど九百五十メートルほど離れた位置にある商業ビル『JS60』の屋上から一直線に狙撃可能になる通り道へと入る分岐点であり、次の信号を曲がるまでの約五百メートルがチャンスゾーンになっていた。

 

「恰好の位置取り過ぎて、本当にここから狙ってくるかが不安になるぜ」

「恰好といっても一キロ越えなんて馬鹿げた狙撃能力があってこそよ。それにこの狙撃ポイントからは鵜登呂亭の庭先も狙えるんよ。二キロ弱の距離になるけど」

 

 そういうと未織は立体ディスプレイに投影された地図モデルに曲線を引いた。直線距離にして千九百メートルも離れているとはいえ確かに屋上から鵜登呂亭を狙うことが可能な位置にJS60は建っていたのだ。

 二キロの狙撃など人間業とは思えない程であるが、相手が狙撃に特化した改造を受けた『NEXT』の機械化兵士であれば不可能と断言などできない。

 

「ところで……相手の素性は何かつかめたん? 敵を知り己を知れば百戦危うからずとも言うし」

「相手はおそらくイニシエーターだ。ティナ・スプラウトで照会してくれないか」

 

 蓮太郎はティナの素性はほぼ名前しか知らなかった。直接知人として付き合っていた間、彼女が『NEXT』だとは全く思ってもいなかったほどである。その異様な寝ぼけ体質もあって彼女が『呪われた子供たち』であると気が付くのはたやすいことではあったが、まさか機械化兵士であるとは想像もしていなかった。

 数分で席をはずしていた未織が戻ってくる。その顔は先ほどとはうって変り、青ざめている。

 

「里見ちゃん……本当に倒す気なん?」

「どうしたんだ未織、顔が青いぞ」

「どうもこうもないんよ」

 

 未織は皆にティナ・スプラウトに関する資料を見せる。そこには序列九十八位という輝かしいランクと共に『プロモーター:エイン・ランド』の文字が浮かんでいた。

 それを見てアゲハが驚いた声を上げる。

 

「ランドだって! 菫センセーみたいな科学者じゃないのか?」

「ウチも学者がわざわざ戦場に出るなんて想像できんよ。そう考えると、恐ろしいことにこのティナちゃんは自分一人の力で序列二桁ってことになるんよ」

 

 未織の言葉に今度は蓮太郎をはじめ他の一同が口を開ける。プロモーターとイニシエーターの二人一組で順位が決まるIP序列において単独で百位以内という成果を上げるということは、単純に考えれば同じく百番前後の他イニシエーターの倍近い戦闘能力と言うことになるからだ。

 

「悪いことは言わへん、依頼を全うするつもりにしても倒そうだなんて考えちゃだめよ」

「このままでは負けるのは百も承知だ。だから未織に頼んでいるだ」

「まったく、そこまで言わせたら女冥利に尽きるねえ」

 

 諦めを促す言葉に気持ちが萎えるどころか高ぶる蓮太郎の様子にしめしめと言わんばかりに未織の表情がにやける。

 

「射程一キロ強の狙撃能力に加えて呪われた子供たちの身体能力を兼ね備えたモンスターを退治しようだなんて。まったく、木更なんかに預けておくのがもったいないわ。

 とりあえず、みんなの今の力量を図っておきましょうか」

 

 未織はクスクスと笑いながら、どこぞに電話を掛けた。

 

 未織が電話を掛けてから三十分ほど経過すると、準備が整ったという未織に従って一同は司馬重工が自慢をもつある施設に移動した。本社ビル地下五階にあるVR特別訓練室という部屋である。

 この部屋は戦闘訓練用に製作されたいわゆる戦闘シミュレーターであり、外観どころか地形や肉体的ダメージまでもが再現可能という最先端科学の結晶である。

 

「相手が相手やし、コースは難関の『インポッシブル』でいくえ」

「わかった。俺達から行かせてもらうけどいいよな?」

「構わないぜ」

 

 先陣を切った蓮太郎×延珠ペアは難関コースを相手に鬼神の如き強さを発揮する。義眼のみを解放した状態でのガンファイトに徹しての戦いで一つ、また一つとターゲットを撃ちぬく。

 この場での延珠の役目は蓮太郎のサポートのみに徹しており、クロスレンジは蓮太郎が対応して、敵のロングレンジ攻撃は延珠が防衛するというパターンで応対する。

 SATの精鋭十人でも瞬殺されるこのステージを縦横無尽に駆け回る蓮太郎と延珠は、即ちSAT十人分を上回る戦闘能力を発揮していることになる。

 そして最後に残った狙撃兵を愛用のXDで撃ちぬいた蓮太郎は百載無窮の構えで残心しステージクリアの声を聴いた。

 

「次は俺達か」

「なあ里見ちゃん、この二人もインポッシブルでええん?」

「心配することはないぜ。なんせ延珠が稽古をつけてもらう立場だ」

「それ本当?」

「本当だ」

 

 アゲハと桜子の戦闘能力に自信たっぷりの蓮太郎を見て対抗意識が湧いた未織は、こういう時のために用意した、とっておきのステージをシミュレーターに打ち込んだ。

 

「お二人さんにはちょっとだけ違うステージに挑戦してもらうね。敵の数が多いんで気をつけてな」

「わかったぜ」

 

 未織がセットしたのは『インポッシブルX2』というマイナーチェンジ設定である。基本的には人数が倍になっただけではあるが、そこは司馬重工が自負する最新式シミュレーターである。敵の数が増えたことによる戦術バリエーションの増加を生かすことで、単に人数が倍になる以上の難易度に仕上がっている。

 マイナーチェンジとはいえ数段上の難関ステージを用意したのは、蓮太郎以上だという話を聞いたがゆえに対抗心を燃やした未織のちょっとした悪戯のつもりである。

 

 アゲハは暴王の月を使うことで高価な機械を壊しかねないことを危惧して、訓練室に備え付けになっていた刀と拳銃を使うことにした。

 

「それじゃあ、行くぜ!」

 

 アゲハの合図とともに未織はシミュレーションを開始した。

 開幕の攻撃は山なりの軌道を描くミサイルランチャーであり、陽炎の向こうにミサイルを積んだオフロードカーが見て取れる。

 ミサイルは照準線を放ち二人を捕えるが、ライズを発動させた二人の動きを追従することができないでいた。爆破の寸前で爆風の範囲外にまで易々と移動できる人間を想定した大破壊力のミサイルではないからだ。

 ミサイルの雨を突破した二人を待ち構える第二の関門はアサルトライフルを持った悪漢四十人なのだが、個々の戦闘能力は当然二人からすれば大きく劣る。悪漢も地形を生かしたあの手この手の陣形で攻め立てるものの、二人には傷一つ付けることも出来ない。

 

「いくら二人掛りとはいってもなんなんよこれ? まるでイニシエーターみたいよ」

「それも不思議ではないわ。夜科さんは延珠ちゃんよりもずっと強いし」

「そうなん?」

「それは俺が保障するぜ。最近よく夜科さんに稽古をつけてもらっているが、延珠も俺も組み手で一本取ることすらなかなか出来ねえ。一応、雨宮さんの方は戦っている姿は初めてみるけれど……夜科さんが言うには『武器を使った白兵戦なら自分よりも強い』らしいからなあ」

 

 正直なところ義眼の力を解放した蓮太郎を見た未織は、イニシエーターならまだしも(新人類創造計画の機械化兵士を含めるべきかという点は無視して)普通の人間でならこれ以上の実力者などそうたやすく現れないと思っていた。

 まして大のお気に入りである蓮太郎がそれなのだから誇らしくさえ思うほどだった。

 だが急に現れたイニシエーター並の化け物を目の当たりにした未織は憧れ以上に恐怖を感じて冷や汗をかいていた。

 

「あと二人」

 

 二人は瞬く間に敵を撃退し、残るは最奥に隠れる狙撃兵が二人だけとなった。

 神経を集中させてセンスの感度を引き上げることで周囲への警戒を強める。

 アゲハと桜子は互いに背中を預けることで、銃弾に対する迎撃態勢を整えた。その判断に二人が超身体能力を発揮可能なサイキッカーであることを知らない未織だけが驚く。

 

「あの二人、狙撃に対してあんな陣形なんて組んで……何をする気なん? 隠れたほうがええんじゃないん?」

「私には解るわ。おそらく狙撃兵を炙り出すつもりよ」

「シミュレーターだから滅多には死なんとはいえ無謀や。蜂の巣にされてしまう」

「俺は出来ると思うぜ。実際に延珠にだって出来たことだ」

「延珠ちゃんはイニシエーターとしても最上級やし、それくらい出来ても不思議じゃないけど……いくらあの二人が超人的身体能力と言ってもしょせんは人間、里見ちゃんが見せてくれた先読みとは訳が違うんよ」

「あの二人は超人的身体能力をもっているなんてもんじゃない、文字通り超人なんだ。だから延珠と同様に弾丸を打ち返すくらいは出来ると思うぜ」

「信じられへん」

 

 蓮太郎はサイキッカーの事を誤魔化すために、二人を超人だと説明する。未織は急に目の前の人間が超人だと説明されても突飛なものと捕えて話半分にしか信用しない。だがそれを受け入れざるを得ない状況が未織の目の前に迫っていた。

 先に桜子のメガネ目掛けて飛来したライフルの銃弾は心鬼紅骨の刃によって遮られ、真二つになって避けていく。対人戦を想定した鉛の弾丸(を想定したシミュレーター上で再現された衝撃波)は刃を的確にあてがうことで容易く切断される。

 続くようにアゲハの胸元にも弾丸が迫るが、こちらは力任せに振るった刃に弾き飛ばされ野球の要領で別方向に飛んでいった。

 

「ホンマ……ホンマに狙撃銃の弾丸を見切った」

 

 その動きに驚く未織を他所に、アゲハと桜子には残る二人の狙撃兵も居場所さえわかってしまえばもう脅威ではない。

 桜子は弾丸の飛来した方角に駆け寄り、姿を捕えた狙撃兵の両腕を切り落として排除する。アゲハも方角を確認してセンスを全開に目を凝らすと、そこに狙撃兵の姿を確認した。

 

「遠くを狙うときは姿勢を固定して心臓を止めろってな」

 

 左手に持った拳銃を狙撃兵のいる方角に向けたアゲハは狙いを定めたのち心臓を止め、固定された姿勢から軽く引き金を弾いた。発射された銃弾は吸い込まれるように狙撃兵のもつライフルのスコープを貫きそのまま頭を撃ちぬいた。




対決前にシミュレーターで小手調べな話。
原作だと延珠撃破後にやる話なのでアレンジが多いですが、特に菫センセーが平然と送り出しているのはティナvs延珠前衛×れんたろー後衛だと思っているからです。

未織は京訛りが難しいからあっているのか不安ですけど、キャラとしてはいじり方があると思うんですよね。
最初は親父殿登場とかも考えましたが、それは今後に保留します。

夜中に頭が冴えた結果、道筋がある程度たったので事件解決まで一気に行けそうですが、思い直して途中で休みをはさむかもしれません。

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