夕方の戦いから時間が経った午後九時。東京に戻ったアゲハと桜子は阿部が見守る中、早速カンダルへの尋問を開始した。
尋問といっても桜子がトランスを用いて相手の脳内を蹂躙するという至ってシンプルかつ一方的なものではあるのだが、二人は殺人鬼に情けをかけるような甘い人間ではない。
「何かわかったか?」
「とりあえず、コイツの素性から。名前はアレクセイ・カンダル・アレクサンドロス、アメリカ人。NEXTの改造人間で両腕のビーム砲はそこで取り付けられたもののようね」
「それじゃあコイツは蛭子影胤の同類って訳か」
「コイツの頭の中にはランドって男の事ばかりで埋め尽くされていて、ゲイと勘違いするほどだわ。おそらく作業員を殺してバラニウムを集めていたのもお金の為と言うよりランドの為と言った方が正しいわ」
「ランドって菫センセーが言っていた、あのランド教授か? 事情は知らないがそこまで妄信するなんて怖いぜ」
菫が欲しがりそうな情報を求め、さらに意識の奥に精神ダイブを実行した桜子はカンダルが秘密にしていたある計画の記憶を見つけた。
「なにこれ……聖天子を暗殺?」
それはエイン・ランドがとある組織を経由して請け負った依頼であった。
エインを崇拝するが故に、カンダルは自分が泥棒紛いの仕事をしている影で、華々しい仕事をする後輩達を疎ましく思っていた。
聖天子の暗殺計画もカンダルからすれば華々しい大きな仕事の一つである。
「暗殺だって?」
アゲハがそれを聞いて驚くのも無理はない。民警仲間の蓮太郎が今まさに聖天子の護衛代行の任を受けているからだ。守秘義務があるため正確な行動スケジュールこそ聞いていないが、今まさに聖天子は蓮太郎の護衛の下に外出中である。賊が聖天子を狙うには格好の条件が整っていることに気が付かない二人ではない。
「とりあえず連絡してみましょう」
桜子の提案でアゲハは蓮太郎の携帯電話をコールする。通話中のためつながらなかったのだが、五分ほど待つと蓮太郎から折り返しの電話がかかる。
『もしもし、夜科さんか? 今は立て込んでいるから、手短にお願いできるか?』
「無事か? オマエ……いや、聖天子に危険が迫っているぞ」
『無事じゃないから立て込んでいると言ったんだ。今まさにその聖天子が狙われたんだ』
「今どこにいる? すぐに向かう」
『その必要はないぜ。とりあえず今日の所は引いたみたいだからな。
だが……もしかして夜科さんは何か知っているのか?』
「それは後で話す。今夜時間が取れるか?」
『今夜はたぶん無理だ。明日の朝にしよう』
「リョーカイだ」
アゲハからの電話を受けていたその頃、蓮太郎はまさしく襲撃を受けた直後だった。
遠方からの狙撃により破壊された装甲車は見る影もない姿に変わり燃え盛る。
弾丸が飛来した方向には狙撃ポイントにうってつけな高層ビルが建っていたのだがその距離は一キロほどと離れていた。聖天子めがけて打ち込まれた弾丸は合計三発、ともに防御手段を取らねば直撃は免れない程に正確に打ち込まれていた。
護衛官に連れられて狙撃されたショックから青ざめる聖天子とは対照的に、その驚異的ともいえる狙撃を行った敵の技量に蓮太郎は青ざめていた。
翌朝、情報を整理する意味も兼ねて一同は菫の研究室に集まった。集まったのはアゲハ、桜子、蓮太郎の三人で延珠は木更と共に事務所で待機していた。
蓮太郎は朝から機嫌を損ねていた。昨夜の襲撃の後、狙撃事件と言う現実を認められない護衛官たちの責任転嫁を受けて害した気分を引きずっていたからだ。
無力無能な烏合の衆でありながら責任逃れだけは達者なのだから、蓮太郎が閉口するのも無理はない。特に保脇という護衛官は蓮太郎を嫌っているようで人当りが厳しく、拳銃を突き付けられたほどであり思い出すだけで腹が立つほどであった。
「―――どうやら、私が宮仕えを嫌う理由が少しわかったようだね?」
そんな機嫌の悪さが蓮太郎の顔に出ており、それを察した菫はフォローを入れる。菫の悪態に蓮太郎は機嫌の悪さが表に出ていることに気が付き頭をボリボリとかく。
第三者であるはずのアゲハに苛立ちをぶつけては世話がないと、蓮太郎は気を落ち着かせアゲハに問う。
「それで……夜科さんは何処で聖天子が狙われていることを知ったんだ?」
「俺達の受けた依頼で捕まえた鉱山襲撃の犯人から桜子が吐かせた情報だ。下手人の名はアレクセイ・カンダル・アレクサンドロス、元NEXTの機械化兵士だ」
『NEXT』の名を聞いた蓮太郎の表情に緊張が走る。相手の素性や実力を知らぬまでも、同じ機械化兵士であるならば意識せざるを得ないからだ。
「どんな奴かまでは解らねえが、聖天子狙撃の犯人もNEXTなのは間違いはねえ。カンダルの頭の中にある情報の通りならな」
「ランドが元締めになってNEXTの連中が組織立って活動しているとなると、これは厄介なことになるぞ。狙撃犯だけでなく他にも仲間がいる可能性は充分にある」
菫はランドが次の手段として『NEXT』の兵士を多数導入した物量戦の可能性を危惧した。たとえ『NEXT』の一人一人が蓮太郎より弱かろうとも、蓮太郎一人で相手に出来る人数には限りがあるからだ。
菫は延珠を頭数に入れるとしても三人以上なら危険だと考えていたが、桜子は横から口を出す。
「それは心配なさそうだわ。カンダルから引き出した記憶ではランドは既に出国済みで、東京に残っているNEXTはあと二人のようだから」
「二人? それだけか、顔や名前はわかるのか?」
「狙撃に特化した子供と使い捨ての新顔と言うことはわかったけれど、それ以上の事は……」
「アイツの性格なら前者はぐうの音も出ない程に格上だから記憶から意図的に消していて、後者は本当によく憶えていないというところか」
菫はカンダルとは面識があり、彼の性格を予想して推理する。カンダルは元々ランドの教え子に当たる人物であり、ガストレア戦争中にランドを庇って腕を失うほどの大怪我を負ったことで『NEXT』に志願した経歴をもっている。
機械化兵士計画全体の中でも初期の段階で作られたモデルということや元が研究者畑の人間と言うことから四賢人の間でも顔を知られた存在なのだ。
桜子の情報から残る相手は二人と聞いた蓮太郎は次の手を考える。
「とりあえず、俺は狙撃犯の足取りを追わせてもらう。幸いこっちには敵が使ってきた銃弾があるからな。これをウチの生徒会長に頼んで解析と追跡調査を行ってもらうことにする」
「生徒会長? 学校のか?」
事情を知らないアゲハが驚くのも無理はないが、蓮太郎は説明も兼ねて話を続ける。
「司馬重工の社長令嬢で、俺と延珠のスポンサーでもあるぜ。二人もあってみるか?」
「いや、それはまた今度にするぜ。俺達はもう一人の新顔の方を追うぜ」
「わかった」
互いの情報交換が終わると、蓮太郎は電話の着信を受けたのちそそくさとその場を後にした。蓮太郎が立ち去ったのを確認したところで桜子は次の話を菫に切り出す。
「ここからは私たちだけの話と行きましょうか―――
さっきも話したNEXTの新顔が狙っている標的についてよ」
「わざわざ蓮太郎をハブるってことは、アイツには聞かれたらマズいのか?」
「トーゼン」
桜子は一台のスマートフォンをポケットから取り出す。そしてメールソフト起動し、添付された画像を二人に見せた。
「これは……まさか蓮太郎君がランドに狙われるとはね」
画像は蓮太郎の顔写真だった。添付されたメールの文章は英語であり桜子も文章のニュアンスからどうやら画像の相手を襲う算段について連絡する内容と判断するにとどまっていたのだが、菫は楽々と翻訳して読み上げる。
「なになに―――
『コピーキャット』の次の標的は画像の男だ。勝てば私のアレンジを加えたコピーが、あの変態が作ったオリジナルを凌駕したことの証明になる。いままでの序列千番クラスとはわけが違う、念のためお前はサポートに回れ。いいか、『コピーキャット』が敗れた場合はお前が始末をつけろ。何が何でも仕留めろ、勝つのは私だ。
―――『コピーキャット』だと、笑わせてくれる」
「どういう意味なんだ?」
「直訳すると『模倣犯』だ。つまりアイツは文字通り蓮太郎君の模倣品を用意したという事だろう」
「模倣……彼の義眼や義手のコピーを装着しているってことかしら?」
「恐らくな。だがいかに同じ装備をそろえたところで蓮太郎君は彼一人だ。しょせんは不完全なコピーに過ぎないよ」
菫は蓮太郎を自身の最高傑作だと自負しているが、それは単に彼に取り付けられた義眼義肢の性能を過信しての話ではない。里見蓮太郎と言う一個人のポテンシャルを加味した上で彼に太鼓判を押しているのだ。
たとえ同じ装備を移植された人間がいるにしても、元となる個人のポテンシャルで蓮太郎が敗北する可能性はさほど高くはないだろうと菫はタカをくくっている。それこそ蓮太郎の兄弟子達のような達人を改造するか、『呪われた子供たち』を素体として外道の術を施しでもしない限り。
「とにかく俺達は蓮太郎を尾行して、あわよくば『コピーキャット』を捕まえることにしよう。ただでさえアイツは聖天子の護衛で頭がいっぱいだ、いまこのタイミングで襲われると危険だぜ」
「そうね―――」
桜子はアゲハの言葉にうなずき、菫の顔を見て問う。
「先生も協力してくれるわよね?」
「それはまあ、断る理由はないよ。何より蓮太郎君にもしもの事があったら私が悲しい」
「善は急げ、早速俺は蓮太郎をつけるぜ」
アゲハは蓮太郎を追って部屋の外に出る。
筑波採掘場の強盗騒ぎに始まる『NEXT』との戦いの幕は次のステージに移行する。
聖天子狙撃事件について動き出す話
とりあえず今週は今回と次回までを一区切りに投下します
カンダルは狂言回しというよりイベントフラグとか道具って感じの方が正しいですかね?