BLACK PSYREN   作:どるき

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Call.15「盗掘騒ぎ」

 筑波山朝日峠、かつて近隣の走り屋たちにメッカとして崇められた峠道である。

 だが2031年現在ではろくに舗装もされていない古びたアスファルトが広がりその面影はない。

 それでもここは未だにメッカと呼ばれていた。

 

「今週の筑波のあがりはどうだ?」

 

 あがりとはバラニウム鉱石の採掘量のことである。筑波山には国や大手企業が管理する採掘場は存在しないものの、やくざ者たちがその代わりに採掘を仕切っているのだ。

 名目上は盗掘場ではあるのだが、TX線路を改造した輸送経路が完備され縄張り同士での統率も取れており、半公認の採掘場となっていた。

 光風会も当然採掘の縄張りを持っており、本来ならば金貸しの身分に『堕ちた』立場である阿部翔貴は組の勘定役の一人として筑波採掘場の管理も任されていた。

 そんな筑波の採掘場にてここ三週間あまり、不可解な事件が起きていた。

 

「ダメです。今週もやられました」

「警戒は怠っていねえだろうな?」

「それはもう。ですが、今回は護衛の兵隊までも―――」

「何人やられた? 正直に言え」

「作業員が三人に兵隊が三人、合わせて六人です。全員に司馬の対ガストレア用アサルトライフルを持たせておいたのですが、歯が立たなかったようです」

「長物を持ちが三人もいてこの体たらくか。これは恥だのメンツだのといってられねえな」

 

 阿部は金庫にしまった電話帳を取り出し、それに記載された他の組に電話をかけた。

 

――――

 

 アゲハと桜子はいつものようにハッピービルディングの階段を昇る。

 だがこの日は天童民間警備会社ではなく、その上にある光風ファイナンスに用事があった。

 

「お久しぶりですね。お待ちしておりやしたよ」

 

 中に入った二人を阿部が出迎えた。

 この日、アゲハと桜子は木更の仲介の元、光風ファイナンスからの依頼を受けていた。詳しい内容については聞いてはいないが、鉱山での仕事と言う事だけは伝え聞いていた。

 

「それで、早速なんだけれど……」

「単刀直入にお願いしやす、犯人を捕まえてください」

 

 差し出された茶を一口啜り、本題に入ろうとした桜子に阿部は頭を下げた。

 以前のような気取った態度をイメージしていた二人はあっけにとられる。

 

「急に頭を下げて、いったい何を頼みたいんだよ。それに犯人って……」

「それはですね―――」

 

 阿部はこれまでの経緯を二人に説明する。

 曰く、作業員の他殺と思われる変死が目立っており、それが光風会の縄張りだけではなくその他の作業場でも起きているということである。

 阿部が調べた限りでは、直近三週間で襲撃回数は各組の作業場を合わせて十回に及んでいた。

 そのすべて事件において、被害者の遺体はまるで傷跡を隠蔽するためにも思える火傷の跡がつけられているという共通点であった。

 

「このままでは筑波の採掘場は全滅しやす」

「わかった、そんな殺人鬼は放っておけねえぜ」

 

 阿部の話を聞いたアゲハはトラブルバスターとしてのやる気に火をつけた。ちょうど蓮太郎たちとの訓練も蓮太郎側の仕事の都合で中断しており、アゲハも暇を持て余していたからだ。

 アゲハと桜子は荷物を整えると、早速筑波山に向かった。

 外周区から改造TXに乗ること四十五分、古びた筑波ロープウェイの残骸が立つ朝日峠採掘場に到着した。

 

「まずは犯人を捜さねえとな」

「阿部さんの話では、犯人は一度襲った作業場は連続では襲わないそうね」

「どれくらい持ち逃げするかは知らねえが、人を殺してまでもっていくなんて……」

「お金に目がくらんでの犯行なら、それも仕方がないわ。密輸して高値で売ればキロ十万円は固いみたいだし」

「一回で百キロ持ち逃げされたとして、それが十回だから……げげ、被害額が一億円を超えてやがる」

「敵が十人いたとしても一人頭で一回百万円。割を考えれば不思議じゃないわね」

 

 トラブル一件一万円で通していた高校時代のアゲハに換算すれば一万回の依頼料に相当する金額がかすめ取られていたことにアゲハは驚く。

 

「これまでの傾向から考えると、この作業場が襲われる可能性が高いみたいね」

 

 光風会が持つ作業場は大きく分けると三区画に分かれているのだが、そのうちの一つはまだ襲われていなかった。二人はその場所で作業員のフリをすることで襲撃者を待ち構えることとした。

 阿部に借りた削岩機を使っての採掘作業は振動による疲労もあり重労働である。当然のようにアゲハは桜子の体を気遣う。

 

「桜子、辛かったら掘っているフリで構わねえぜ?」

「何言っているのよ。ここで掘った分は依頼料に上乗せして換金してもらうんだから」

「それは男の仕事だぜ」

 

 桜子につらいガテン仕事はやらせまいとアゲハは張り切り、午前中の作業だけで鉱石六十キロ分を掘り起こしていた。通常の倍以上のペースに付き添いとして来ていた阿部も内心で驚いていた。

 そして時刻は午後三時を回り、採掘量が百十キロに届こうかという頃合いになると、遠方から照らされる光の筋がアゲハを襲った。

 

「なんだ?」

 

 アゲハは穴倉の中に迸る光と空気中の埃が焼け焦げる匂いを嗅ぎ、その方向に顔を向ける。するとその方向から、アゲハを狙うように一直線に光線が迸っていた。

 

「あぶねえ!」

 

 アゲハは咄嗟にその光を躱す。事前に気が付かなけばそのまま攻撃をうけていたかもしれない状況にアゲハは冷や汗をかく。

 

「誰だ? 出て来やがれ」

 

 アゲハは怒鳴る。この手のお決まりとして『叫んでも敵は雲隠れという状況』をアゲハは予想していたのではあるが、自信の現れなのであろうか敵は返事を消した。

 

「よく避けたね。俺の名はカンダル・アレクサンドロス、そのバラニウムを俺にくれないか?」

「嫌だと言ったら」

「キサマを殺して頂いていく!」

 

 カンダルは好戦的な性格のようで、まずは桜子に襲い掛かる。

 駆け寄っての単純な右ストレートではあるが、先ほどの攻撃のタネが解らない以上は危険だと考えた桜子は後ろに飛び退いて避ける。

 そのままダッシュの勢いのまま、今度はアゲハに駆け寄り右手で殴りつける。桜子と違いアゲハは鈍い拳打と侮ってガードをするが、それはカンダルの思うつぼであった。

 

「焼き付け!」

「ぐ!」

 

 アゲハの左腕を焼き鏝に押し付けられたような痛みが襲いとっさに拳を振り払う。燃えるような高熱を帯びたカンダルの右腕は焼き鏝と同じになっていたからだ。

 

「ジ、エンド!」

 

 カンダルはアゲハが怯んだすきを見逃さず、今度は左の掌をアゲハの腹めがけて突き出す。手袋に覆われた白い左手がアゲハを突き上げようとした寸前、『バシュン!』という独特の音が鳴り響いた。

 

「ぐあああ!」

 

 採掘場にアゲハが悶える声が響く。

 カンダルは掌底に見せかけて、その両腕に隠されたあるものを発射した。

 そのあるものこそが熱線レーザー砲という、バラニウムとルビーの触媒で電熱を増幅し、光線として照射する武器である。それは機械化兵士計画において『雑魚散し』と揶揄されたいわゆる一種のビームであった。

 ステージⅡ以下のガストレアの殲滅には効果的ではあるが、ステージⅢ以上を相手にするには力不足と言われた武器である。それでも逆にいうならば、人間や呪われた子供たちに対して振るうのであれば充分な殺傷能力を持っていた。

 そのビームがアゲハを襲ったのだ。

 

「なかなか喧嘩自慢のようだったが、俺のビームには流石に勝てるわけないぜ」

 

 カンダルは念のためにもう一発のビームを放つべく左手を突き出す。

 

「うらあ!」

 

 だがアゲハは息を吹き返し、咆哮と共に渾身の右ストレートを顔面にぶち当てた。ビームが命中したアゲハではあったが死んでなどはいなかったのだ。

 戦闘態勢に入っていたアゲハのライズはカンダルのビームにも耐えうるほどになっていた。流石に二発三発と受けるのは不味いとはいえ、一発だけなら火傷で済むほどにアゲハの体は強靭になっていた。

 アゲハの鉄拳はカンダルを五メートルほど突き飛ばす

 

「大事な一張羅をボロボロにしやがって。それに人をそんなふうに殺そうとできるアンタは危険だ、大人しくお縄につけ!」

「嫌だね、この死にぞこない」

 

 カンダルは両手のビームをグミ撃ちよろしく連射する。あと一、二発直撃すれば倒せるはずだという予想の上での攻撃である。確かにそれは間違いではないが、タネが開かされてしまった以上それは難しい相談であった。

 アゲハは閉鎖空間を利用して天上高く飛び上がり、そのまま天井を蹴ってカンダルの後ろに回り込んだ。ビームの乱射に気を取られるカンダルはそれに気づきもしない。

 

「まずはその腕をぶっ壊す!」

 

 アゲハは暴王の月円盤形態を成型し、カンダルの右肩に振り落す。暴王はまるで鋭利な丸鋸のようにカンダルの右腕を肩口から切り落とした。

 

「あーう!」

 

 カンダルは痛みによって後ろに回られたことを認識したが時すでに遅し。

 

「こっちもよ」

 

 アゲハに気を取られて周囲の状況を忘れていたカンダルは桜子への警戒が薄れていた。すきを突いた桜子はグミ撃ちの弾幕を掻い潜って接近し、その左腕を切り落とした。

 

「あうち! あーうち!」

「アウチアウチと……テメー、アメリカ人か? 目的は密輸か?」

「とりあえず……」

 

 桜子はカンダルが妙な真似をしないようにとWMJを仕掛ける。表層意識を読み取った桜子は背筋を凍らせる。

 

「危なかった……コイツ、自爆するところだったわ」

「自爆?」

「コイツは腹の中にあるビームの増幅装置を暴走させることで爆発を起こせるようね」

 

 アゲハとて自爆に巻き込まれていたらドルキの爆塵者(イクスプロジア)が直撃した時のように無事では済まなかったであろう。この場にヴァンやイアンのような最上級のキュア使いがいない以上、とりかえしのつかないほどの重傷を負うところだったという事実にアゲハはどっと疲れが表情に出る。

 

「尋問は後にして、今の所はトランスで自我を奪って簀巻きにしておきましょう」

 

 採掘場内の連続殺人事件の容疑者、カンダルはこうして捕獲された。

 ヤクザの縄張りで起きた事件と言うこともあり、この事件は被害者の存在も含めて公表されることは無かった。




密輸バラニウムの末端価格や日間採掘量については当然想像なのであしからず
両腕がビーム兵器マンについては狂言回しとして次回もちょっとだけ出番があります
とりあえずはここまでで区切って再開後は護衛任務について動いていく予定です

補足
ビーム撃つマンの本名は「アレクセイ・カンダル・アレクサンドロス」で
能力的にはマイナーなモチーフがあるキャラですが気が付く人はいるのだろうか

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