BLACK PSYREN   作:どるき

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Call.14「民警殺しの黒色大剣」

『―――と言うわけだ。今度の三人目を首尾よく仕留められれば晴れてキミの性能試験は合格とさせてもらおう。そうなれば子供たちと同様に今後は報酬の高い仕事もキミに回してもよいぞ』

 

 顔を隠すような頭巾をかぶった男はスマートフォンを操作して電話を切る。

 電話の相手は高飛車な態度を取っていたが、今の彼にとっては逆らうことが出来ない間柄にあった。彼も元来は自己中心的な性分ではあるが、大病を患い治療を受けた間柄故に逆らうのは分が悪いからだ。

 

「顔見知りとはいえ前々から気に食わない野郎だから、前の二人よか気が楽だな」

 

 頭巾の男は独り言をつぶやきつつ駅へと向かっていった。

 

――――

 

 外周区、第十六号モノリス周囲に一匹のガストレアが現れた。

 モグラの因子を持つそれは、偶然にも地下をとおって東京エリアへの侵入に成功していた。外周区に駐屯する自衛隊への物資輸送に関わっていたプロモーターの朝河は偶然それに遭遇しそれを撃退した。

 

「モグラをうまい具合に叩けてラッキーだったな」

「そうですね、朝河さん」

 

 付き従う少女は当然イニシエーターであり、名をマナと言った。

 二人とも火器と刀剣を分け隔てなく、そつなく扱うことができるバランス型のコンビである。先の影胤掃討作戦ではお呼びがかからなかったとはいえIP序列では千二百二十一位とあの伊熊将監を上回っていた。

 朝河自身、将監とは顔見知りではあったのだが、お互いにあまりそりはあわない。そのため将監が失踪したことも一応は話に聞いていたが、三日で忘れていた。

 

「さて、そろそろ戻ろうか? マナ」

「……待てよ……」

 

 ガストレアを倒した朝河は、死骸の一部を検体調査に回すためのケースに入れてその場を立ち去ろうとしていた。だがそんな彼を、怪しい頭巾の男が呼び止める。

 

「お前は……誰だ?」

「こんな恰好じゃ解らないのも無理はないか……ええ?! 序列千二百位の朝河さんよお。

 アンタには特に恨みはないが、俺様のリハビリに付き合ってはくれないか?」

 

 リハビリと言い放つ頭巾の男の体をよく見れば、その左腕はバラニウム製と思われる漆黒の義肢が取り付けられていた。朝河はその義手の性能を試したいという意味で頭巾の男は言っているのかと感じていた。朝河とて、いきなり戦いを挑むような不審者の相手などする気は毛頭ない。

 

「いやだね。俺達はこれから帰るところだ。どうしてもと言うのなら、帰ってから模擬戦に付き合うくらいは考えるが」

「模擬戦だあ? 戦いを挑まれてそんなことをいう軟弱者とは思わなかったぜ」

 

 そういうと、頭巾の男は背負っていたバスタードソードを鞘から抜いた。その剣は柄から刀身まで全てバラニウムブラックであり、特徴的な鍔の突起がある。三ヶ島ロイヤルガーターが民警向けに一般販売しているモデルではあるのだが、朝河が知る限りその剣を使う男は一人しかいない。

 

「その剣は……お前……!!」

「お! やっと思い出したか」

「喧嘩っ早いお前でも一線は超えなかった。そのお前がこうして剣を抜いたってことは……まさか、本気なのか?」

「トーゼン! 本気でアンタを殺すつもりだぜ。こっちにもいろいろ事情はあるし、ついでに前々からアンタはいけ好かなかったんだ。丸腰の腑抜けを切っても何にもなりゃあしねえから、早く武器を持ちな」

 

 頭巾の男が放つ殺気を前に朝河もその手に汗を握る。朝河はマナと目配せをした後、両手で小太刀を構える。

 

「俺も本気で行かせてもらう。命を奪うことになっても恨むなよ」

「それはこっちのセリフだぜ。さあ、来いよ」

 

 頭巾の男は右手で手招きをする。朝河を誘っていることは明らかである。朝河は無言のまま頭巾の男に切りかかる。

 

「おせえ!」

 

 頭巾の男には朝河の行動はスローモーションのように見えていた。小型のガストレアなら一撃で切る伏せる朝河自慢の袈裟切りも、頭巾の男には子供の攻撃にしか感じられない。

 頭巾の男は斬撃の軌道にバラニウム製の左腕を置き、攻撃を軽々弾く。

 

「昔はもっと早く感じたんだけどなあ。この左眼はすごくよく見えるぜ」

「その眼……」

 

 切り結んだ朝河は、頭巾の男の言葉に反応して不意に見た彼の瞳に驚く。瞳には幾何学的な文様が浮かんでいたからだ。頭巾の男がつけている義眼は里見蓮太郎が付けている二十一式バラニウム義眼の模造品であり、本物同様に行動予測と思考速度の高速化を行う機能が実装されている。

 銃口の向きと引き金を引く筋肉の動きから弾道を予測することが可能な二十一式バラニウム義眼と同じ能力を持つ以上、袈裟切りの軌道を読むことなど朝飯前なのだ。

 

「じゃあ次は、俺からいくぜ」

 

 頭巾の男はバスタードソードを左腕一本で持ち、水平に振るう。ビュンという風切り音を立てる斬撃は寸前で身を引いた朝河の衣服にかすり、横一文字を刻む。

 距離を開けると、朝河はすかかず右腕で拳銃を抜き引き金を弾いた。だが、胸元を狙ったその二発を頭巾の男は剣を盾にして躱す。

 

「やっぱりだ。遅すぎて欠伸が出るぜ」

 

 義眼の持つ支援能力は朝河の動きを完全に見切っていた。拳銃を構えた時点で発射のタイミングからブレまで予測済なのだ。それに合わせて行動するだけで、頭巾の男が攻撃を受けることなどない。

 だが、朝河には相棒がいた。マナは吊り下げたアサルトライフルを頭巾の男に向けて、フルオート射撃を敢行したのだ。轟音と共に頭巾の男は鉛のシャワーを受ける。

 

「でかした、マナ」

「いつもの事です」

 

 朝河とマナが二人で取り決めていた鉄則の一つに、『敵に対して躊躇はしない、チャンスがあればいつでも引き金を引け』という取り決めがあった。この時点ですでに、頭巾の男は二人にとってまごうことなく敵である。

 アイコンタクトだけでの予告なしの奇襲は頭巾の男に通用したのだ。だが、頭巾の男はそれでも倒れなかった。

 

「すげえ痛いが、残念だったな。俺の体は金属繊維のコルセットで巻かれていてな、それくらいの銃弾じゃあ致命傷にはならないぜ」

 

 頭巾の男に与えた銃弾は、本来なら防弾着程度で無効化できるものではない。それが通用しないのだから、二人からすればステージⅢガストレアと同等以上の存在と言わざる他は無かった。

 

「そんなバカな……まさかお前、幽霊か?」

「残念だったな、俺はこの通り生きているぜ!」

 

 頭巾の男はそういうと、朝河の右肩に剣の切っ先を突き立てる。朝河はその痛みによって、目の前の相手がこの世の存在と認めざるをえなくなる。

 この時点で、朝河は頭巾の男に飲まれていた。気迫で完敗した以上、彼に勝ち目などまるでない。一方で朝河とは対照的に、頭巾の男は興ざめしていた。かつては目の上のたんこぶだった相手をいとも簡単に圧倒していたからだ。

 

「俺にビビってイモを引いた以上、アンタはもうリハビリ相手にもなりゃあしねえ。解ったらさっさと死んでくれ」

 

 戦意を失った朝河の首を、頭巾の男は一太刀で切り落とした。頭を失った首が血を噴水のように吹きあげ、その血がマナの顔にかかる。

 その光景はマナの恐怖心を煽り発狂させる。上位序列者として安定した仕事ぶりをしていた二人の時間が、ガストレアではなく人間によって壊されたのだ。元より覚悟していたガストレア相手に殺されるのとは違い、不意打ちに近いため精神的なダメージは大きい。

 

「喚いているところで悪いが、続きは死んでからにしてくれ」

 

 瞳に涙を貯め嘆き悲しむマナを、頭巾の男は無慈悲に切り裂いた。

 

――――

 

 最近の日課であるトレーニングの待ち合わせで天童民間警備会社を訪れていたアゲハは、新聞の二面を飾る民警殺しの被害にあった男の記事を眺めていた。曰く、プロモーター朝河辰彦とイニシエーター竜ヶ崎マナが外周区にて無残にも殺されていたという記事である。

 

「まったく、最近は物騒だな」

「また民警殺しですか」

 

 木更は相槌をいれつつ、アゲハに紅茶をふるまう。

 

「これで被害者は三組目だってな。全員が序列千五百番以内のいわゆる上位序列者だってのに……おまけに今回はイニシエーターも一緒だぜ?」

 

 これまで民警殺しが牙をむいた相手はすべてプロモーターであったのだが、三件目の今回はイニシエーターも被害にあっていた。これまでの事件は街中の人目が付かない場所で争っていたのだが、三件目は外周区と場所も違う。

 

「死体が見つかったのが外周区だって話だし、今までイニシエーターが被害にあわなかったのは偶々その場にいなかったからなのかも知れないぜ」

「つまり、犯人は民警ペアを相手に単独で撃破するほどの猛者であると?」

「単独犯かもわからない以上、断言なんてできねえけれど……そういう可能性もあるって話だ」

 

 死人が出たニュースではあるが、二人とも口では物騒といいつつも対岸の火事を眺めるつもりで語っていた。後に件の民警殺しと対面することになるなどつゆ知らずに。

 

 アゲハは新聞に目を通し終え、手持無沙汰にしていた。暇つぶしに四コマ漫画や連載小説を読み返していると、学校の授業が終わった蓮太郎が延珠と共に現れた。

 

「夜科さん、もう来ていたのか」

「桜子が菫先生と一緒で手持無沙汰だったからな」

 

 この日、桜子は菫と一緒に調べものの最中であり別行動中だった。普段通り二人一緒ならなにかしらの仕事があったのだが、一人になってしまうとどうしても手が空いてしまう。

 

「蓮太郎も来たことだし、道場に行くか」

「その前に、里見君に話があるの。夜科さんは外してもらってもいいかしら?」

「?」

 

 アゲハは木更の言うように席を外した。これからする話が何であるかはわからないが、プライベートにかかわる話であろうという気遣いである。

 

「里見君……明日からしばらく学校を休んでもらうわ。大きな仕事が入ったの」

「仕事? だったらなんで夜科さんを……」

「いくら親しい相手とはいえ、軽々と口外は出来ないわ。なにせ依頼人が依頼人だけに」

「誰だ?」

「聖天子様よ。依頼そのものは口外しても大丈夫でしょうけれど……」

「壁に耳あり障子に目ありってことか……わかった、細かいスケジュールは夜科さんたちがいないところで打ち合わせしよう。

 とりあえず今日はトレーニングが終わってから」

「よろしい。あと今日の打ち合わせは里見君の家でやるから、晩御飯の準備もお願いね」

 

 木更は貴重な千円札を蓮太郎に手渡す。これで夕飯の買い物をしろと言う意図なのは明白ではあるのだが、三人前のオカズをそろえるのには少々心許ない。それでもスッカラカンでいつもの如くもやし生活をするのと比べれば随分とマシである。

 木更の渡した食費千円は蓮太郎の料理好きとしてのやる気スイッチをつける。

 

「待たせたな。今日は特売に行かなきゃいけないから、はやく始めようぜ」

「今日は気合が入っているな。何かいいことがあったのか?」

「今晩は久しぶりのお肉なのだ」

「そりゃあご機嫌なこって」

 

 こうしてアゲハ、蓮太郎、延珠の三人はトレーニングのために道場に脚を運んだ。夕飯の肉に軽い脳内麻薬を絞り出す蓮太郎と延珠、そしてこの時代への慣れで緊張感が薄れはじめていたアゲハ。

 三人はのどかな日常の影に忍び寄る魔の手に気が付いていなかった。




朝河とマナは展開に合わせたオリゲストキャラで名前は当然チームミラクルドラゴンから
次回も同様に展開の都合でオリのゲストキャラが出る予定です

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