BLACK PSYREN   作:どるき

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Call.11「影胤事件 後語り」

 遡ること前日、アゲハと桜子は叙勲式の打ち合わせのため、天童民間警備会社を訪れていた。時刻は三時を回った頃で、通学中の木更はまだ現れていない。蓮太郎は今回の企みを打ち合わせするには幸いかと思っていた。

 

「あの三輪車の事はどう切り出そうか」

「私のPSI(サイ)を使うわ」

「サイ?」

 

 サイと言う言葉に小首を傾げる蓮太郎に、桜子はPSIについて説明する。話の途中で先日菫が語っていた例の超能力のことを指しているのは理解したのだが、蓮太郎はあえて口は出さない。

 只々例の超能力者が目の前にいるという感心こそあったが、実際に目の前にしてみるとさほどの興味がわかなかったからだ。第一、先日の延珠と並走するアゲハと桜子の姿を見せられた後となると、それくらい出来ても不思議ではないかと考えていた。

 

「そのトランスを使えば、相手の頭の中を探れるって訳か」

「おまけにサイキッカーじゃなければまずバレないわ。心配なのはサイキッカーが警護についている可能性くらいかしら」

「逆にいえば明日はその隣まで接近できるチャンスだぜ。ゼロ距離でジャックすればバレやしないぜ」

「そうね、その手で行きましょうか」

 

 そして叙勲式当日、三人が秘密裏に打ち合わせた作戦を実行するチャンスが訪れる。

 「御三方、この決定を受けますか?」そういった聖天子は三人に手を差し伸べたのだ。さながら西洋の騎士が忠誠を誓う儀式のようにふるまう聖天子の行動は、桜子が有線ジャックを仕掛けるには最適のチャンスである。

 一人一人が聖天子の手を握り、膝をつく。三人目となった桜子は手を握るのに合わせて聖天子にWMJ(ワイアードマインドジャック)を強行した。

 桜子の精神は聖天子の意識の中に潜り込む。そして深層意識の中にある七星の遺産に関する記憶に手を触れようとした瞬間、聖天子の精神世界に警告が流れる。

 

『雨宮さん。それ以上はいけません』

『まさか……』

『それはこちらが言うべき言葉です。まさか雨宮さんがサイキッカーだとは思いもしませんでした。

 ……七星の遺産に関する情報が知りたいのならば、上を目指してください。序列十番以内にまで上り詰めればその情報も開示されるでしょう』

『じゃあ聖天子様、これだけは教えて。アナタもサイキッカーなの?』

『私にはPSIは使えません。ただ聖天子の一族として生まれた者の責務として、対トランス能力への訓練も積んでいるだけです。

 今でこそ少ないそうですが、大昔にはトランス能力を使った政争も珍しくはないと、ご先祖様がその脅威と対抗策を後世に残したが故に』

 

 三人の思惑はこうして失敗に終わる。失敗したことは有線トランスを通して即座にアゲハと蓮太郎にも伝わる。桜子のトランスを使っても無理だったと諦めるアゲハとは対照的に、蓮太郎は諦めない。

 

「ケースの中には壊れた三輪車が入っていた。見てしまったことは謝るが、それ以上に何故! 何故あんなものがステージⅤを呼び出す触媒になるんだ?

 いや、そもそも突如世界に現れた敵性生物ガストレアとは何なんだ? 十年前、この世界に何が起こったんだ。教えてくれ、聖天子」

 

 蓮太郎の声に周囲の空気が固まる。聖天子は蓮太郎の問いかけに対し、小声で雨宮さんにも言いましたがと呟いたのちに答える。

 

「七星の遺産は東京エリア外の未踏査領域に隠されていましたが、今回奪われたものはそのうちの一つです。ゾディアックは遺産を取り戻そうと行動する習性があるため、封印を解かれた七星の遺産はステージⅤ召喚の触媒になるのです。申し訳ありませんが、これ以上を今のあなた方に教えるわけにはいけません」

「お答えできませんって……」

「今は無理ですが、知っての通りIP序列には序列に応じた特典が与えられます。とりわけ機密情報のアクセスキーは全部でレベル十二まであり、千番台の里見さんの場合ではレベル三になります。藍原延珠と共に残る八体のゾディアックを倒し序列十番以内を目指してください。それによって与えられるレベル十二の権限があれば、その情報は開示されます」

「要するに、今の俺には教えられない……そういうわけか」

「私個人の希望を付け加えるのであれば、あなたにはすべてを知ってもらいたいと思っています。里見貴春と里見舞風優(まふゆ)の息子を名乗るのであれば、あなたには真実をしる義務がある」

「どうゆうことだよ! どうして父さんと母さんの名前がそこで出てくるんだ!」

「それはお伝えすることは出来ません。これ以上は不敬罪となりますので、謹んでください」

 

 聖天子の強弁な態度と、唐突に告げられた両親の名に、蓮太郎の頭には血が上っていた。さりげなくアゲハが押さえつけていたが、蓮太郎は今にも聖天子に襲い掛かろうとしていたのは誰の目にも明らかだった。

 程なくして聖天子は退席し、叙勲式をお開きとなる。実のある収穫を得られずに肩を落として、三人は聖居を後にした。

 

――――

 

 蓮太郎と別れたアゲハと桜子は、着替えたのち勾田大学病院に向かった。夏世とついでに将監を見舞うためである。二人は同じ病室に入院していたため、否が応でも将監とは顔を合わせることとなる。

 なんだかんだ先日の模擬戦以降顔を合わせていなかったことをバツが悪く思っていたアゲハであったが、気持ちに引きずらないように気を取り直し、病室のドアを開けた。

 

「具合はどうだ?」

「夜科さん……」

 

 病室に入ると、悲しげな顔をした夏世がいた。よく見ると病室には夏世しかおらず、将監の姿がない。

 

「……アイツは風呂か?」

「いえ……将監さんは姿を消しました」

「それってどういうこと? とても一人で動けるような怪我ではなかったのに」

「今朝私が目を覚ますと将監さんの姿が見えなくて……それでテーブルの上にこれが」

 

 夏世は一枚のメモ紙を見せる。

 

 お前とのコンビはここまでだ、あばよ夏世

 

「あばよって……あの男は何がしたいのかしら」

「私にもわかりません。ただ、看護師に聞いた話では外国人の紳士に連れられて、別の何処かに運ばれていったそうです」

 

 これまで付き合い続けていたこともあり、夏世の落胆ぶりは大きい。肩を落とす夏世に、アゲハは慰めの言葉をかける。

 

「だったら、アイツが帰ってくるまでは俺達がお前の面倒を見るぜ。そうすれば何処の馬の骨とも知らない連中のところに引き当てられたりはしないしな」

「大変喜ばしい申し出ですが、夜科さんはいいのですか? 延珠さんくらい強い相棒がいれば序列二桁も夢ではないでしょうに」

「子供におんぶされるなんて真似はできるか! だがとりあえずは暫定だから、あの野郎が正式にペア解消の申請をするまでは保留、それでいいな」

「はい、お願いします」

 

 夏世もアゲハとのコンビはまんざらではない様子であった。

 

――――

 

 ストレッチャーに乗せられた一人の男が都内某所にある闇施設に運ばれる。ここはかつて『新人類創造計画』の研究設備として使われていたが、計画凍結の際に廃棄された設備であった。

 患者の男は勾田大学病院から姿を消した伊熊将監であり、彼の前には白衣の男が立っていた。

 

「そろそろオペを始めよう。準備はいいかな? ミスター将監」

「思う存分やってくれ。どうせ俺は死んだも同然だ」

「念のためにもう一度だけ確認させてもらう。この手術を受ければ後戻りは許さない、よろしいかね?」

「だからいいと言っているじゃねえか。もったいぶらずにはやく始めろや」

「結構……それでは麻酔で眠りたまえ」

 

 先の影胤戦において将監が生き残ったのは奇跡に近かった。クラゲの因子を持ち、衝撃吸収能力に秀でていた海月というイニシエーターと、その相棒であるプロモーターイデオチの二人が偶然盾になったことで、影胤の攻撃から身を守ることができたのだ。

 それでも傷の具合は芳しくなく、左半身は潰れてその眼の視力すら失っていた。

 剛腕プロモーターとしての伊熊将監はまさに死んだも同然である。

 

「この天才である私が……他人が作った装備を応用して移植するというのは癪に障るが、彼は作品ではなくコマだ。それくらいの妥協はさもありなん」

 

 白衣の男はぶつぶつと愚痴をこぼしながら手術を続ける。失った左半身を補うための超バラニウム製義肢とバラニウム義眼はともに彼が作った作品ではないからだ。

 白衣の男は被験体がもう少し賢ければ、ブレイン・マシーン・インターフェイスの一つや二つは扱えたろうにと歯がゆく思っていた。




事件後の話
聖天子の対トランススキルは射場さんだって脳手術も込みとはいえできるんだから立場上やっててもおかしくないだろうなと言う推測と、後日談まどかちゃん同様のくちゅくちゅで情報抜き取ったら話が終わるというメタ理由もあったりしますね

今回までで一区切りなので、次回以降は単発一回をやるかどうか考え中ですがそれ以外はだいぶ間が開きそうです
夏世は生存、将監は機械の体をもらいに旅立ったというところでやや引き逃げ

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