宍戸丈の奇天烈遊戯王   作:ドナルド

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第99話  黒き天帝

 ミスターTは消え去った。体が無数の黒いカードとなり消失するという形で。

 逃げ方一つとっても明らかに普通ではない。こんな些細なことまで普通ではないというのなら、現在進行形で普通ではない常軌を逸した事件が発生しているということなのだろう。

 

「…………そういえば吹雪と藤原は?」

 

 ミスターTの消失を見送った亮はポツリと呟いた。丈もハッとなって目を見開いた。

 

「ダークネスに取り込まれた人間は確か存在を失って、どういうわけか俺には効かないみたいだけど人間の記憶から忘れ去られるんだよな?」

 

「ああ、ということは逆に俺が二人を覚えているということは」

 

 吹雪と藤原はまだやられていない。ダークネスの世界に囚われていないということだ。

 皮肉なものだ。存在を消すという恐るべき罰ゲームがそのまま『生存者を確かめる』最適な方法となってしまっている。

 被害者が人間の記憶から忘れ去られてしまう以上、覚えている人間は無事な人間だという証左に他ならないのだから。

 丈は吹雪と連絡をとるためPDAで通信を送るが……繋がらない。

 

「くそっ! 駄目だ、電波がおかしくなっているのか?」

 

「急ぐぞ丈。ミスターTはデュエルで負けた相手をダークネスの世界とやらに取り込む。……あの二人ほどのデュエリストならミスターT如きにやられるとは思えないが万が一ということがある」

 

「……ああ」

 

 藤原が病欠したのがここで祟ってしまった。

 こういった事態に直面した時、最もとっていけないのが分散することだ。数を少なく分散させれば、それだけ各個撃破の危険を招く。

 奇しくも藤原が病欠し、吹雪がその見舞いのため早く下校してしまったため、丈たちは相手に各個撃破のチャンスを進呈してしまっている。

 もしも藤原が休んでなどいなければ、この場所には自分や亮だけではなく吹雪と藤原もいただろう。

 

「急ごう」

 

 だからこそ早く二人と合流しなければならない。ミスターTは手始めにデュエル・アカデミアを襲ったと言っていた。

 つまりこの異変はまだアカデミアの外では発生していない。

 しかしそれも時間の問題だ。もしも時が経てば、ミスターTたちはアカデミアの外まで出て行きかねない。そうなれば事は世界の危機にまで発展してしまうだろう。

 

「まったく。三邪神といい今回のことといい二年連続世界の危機に立ち会うなんて俺の学園生活はスリリング過ぎる」

 

 自分自身の運命を愚痴りながらアカデミア特待生寮に向かって全力疾走する。

 アカデミア特待生寮は遠い。一番待遇が悪いとされるオシリス・レッド並みに本校舎とは距離がある。

 普段は送迎の車を執事の室地さんなどが出してくれたりするので気にならないのだが、当然こんな状況でそんなものは期待できない。

 亮に尋ねたところ特待生寮に勤めていた執事やメイドなど全員を忘れていた。

 

「スリリングなら可愛気があるだろう。ここまでくると、もはやクレイジーだ」

 

「……確かに」

 

 丈の手元でいつもは眠ったまま使われずにいる三邪神たち。その三体がどうも騒がしい。三邪神もダークネスの接近を感じ取っているのだろう。

 暫く走ると特待生寮の屋根が見えてきた。それと同時に出会いたくない者が二人の前に立ち塞がった。

 

「おっと。ここから先へ通すわけにはいかないな」

 

 つい先ほど、丈が倒したミスターTがデュエルディスクを構えて立っていた。

 やはり逃げただけで消滅した訳ではなかったらしい。

 

「ミスターT、またやる気なのか?」

 

「無論そうだとも。私の任務は人間をダークネスの世界へと導くこと。宍戸丈、君はイレギュラーのためダークネスへ誘うことは出来ないが丸藤亮、君の方はそうではない。受けて貰おうデュエルを」

 

「――――丈。どうやらこいつは俺をご所望のようだ」

 

「亮?」

 

「ミスターTは俺が相手をしておく。お前は吹雪と藤原を頼む」

 

 一々ミスターT一人に二人が足止めを喰らっていては吹雪と藤原の下へ行くのが遅れる。それよりも先に丈が二人と合流した方が効率が良く安全だ。

 だがここに残る亮はそうではない。負ければ消滅という過酷な闇のゲーム、それが横行しつつある島内で一人となる危険性が分からぬ亮ではないだろう。知ってて敢えて言っているのだ。先にいけ、と。

 友人としてその「覚悟」を無駄には出来ない。

 

「分かった。武運を」

 

「ふふふふっ。熱い友情じゃあないか。感動するね。だが……その必要はないよ」

 

「な、なんだ!?」

 

 一人、二人、四人、八人、十六人。さっきまで一人だったミスターTが合わせ鏡のように無限に増殖していく。

 数えきれないほどの大量のミスターTが丈と亮、二人を取り囲んだ。

 

「ふ、増えただと!?」

 

「不味いぞ丈。このミスターTの大群、ざっと200人以上いる」

 

 100人以上の人海戦術による一斉攻撃。数という名の暴力による圧殺。実に単純なやり方だが、シンプル故に強い。

 古の戦争において最も重要視されるのは数。数が多いというのはそれだけで優位なのだ。

 

「さぁ」

 

『デュエルをしようか』

 

 200人のミスターTが一斉にデュエルディスクを起動させる。200人のデュエリストに同時に襲い掛かられるという事態。

 アカデミア入学前の丈なら或いは腰を抜かしていたかもしれない。しかしこれ以上の危機は一年前にとうに乗り越えている。億する必要など、ない。

 

「亮、どうする?」

 

「これだけの数だ。ミスターTが200人いるとして、俺とお前で一人辺り100人の計算になる。一人ずつ相手をしていたら日が暮れてしまうな。……いやもう日は暮れているから、さしずめ朝を迎えてしまうか」

 

「ならば……」

 

 丈と亮は同時に別々の勝利方法を宣言する。

 

「無限ループコンボを組んで一掃する!」

 

「100倍の火力で全員同時に葬り去る!」

 

「「デュエルだ!」」

 

 丈と亮は強い意志をもって、200人のミスターTにデュエルを仕掛けた。

 特待生寮にいるであろう吹雪と藤原もこれと同じような襲撃を受けていて、特待生寮から出られないのかもしれない。だが二人ならば例え1000人のミスターTがやってきても追い返せるはずだ。

 二人を信じるからこそ、敢えて二人のことを思考の隅へ追いやりデュエルに全神経を集中させた。

 

 

 

 吹雪が異常に気付いたのは特待生寮に戻ってきて直ぐのことだった。

 誰もいない。いつもなら常駐している執事やメイドさんが「おかえりなさいませ」の一言でもいうというのに、下校してきた吹雪を迎えたのは静かなる沈黙だけだった。

 なにより奇妙なのは執事やメイドが特待生寮に存在していることを知識として知っているというのに、それが誰だったのかまるで思い出せないということだ。

 怪しさを感じた吹雪は藤原が休んでいるであろう部屋に向かったが、そこで見たものは空っぽのベッドと血で描かれた不気味な魔法陣。

 藤原はデュエルモンスターズの精霊と心通わすことができるデュエリストの一人だが、別にオカルトが好きなわけではない。しかも床に描かれた魔法陣は血を模した絵具などではなく、本物の血液で描かれていたのだ。

 明らかに異常。普通ではない非日常の出来事が発生している。

 中学三年の頃、ネオ・グールズや三邪神、それに三千年前のミレニアムバトルの延長戦に巻き込まれた吹雪はそういった非日常の出来事にもある種の耐性があった。だから驚きはしても慌てず冷静に次の行動に移ることができた。

 吹雪が次にしたのはPDAで連絡をとること。しかしアカデミア本校舎や丈たちどころか、学園の外に通信を入れることも出来なかった。

 この時点で発生している事件の規模を感じつつも、特待生寮を隅から隅まで人がいないか探し回った。しかし結果として誰一人として見つけることが出来なかった。

 だがふと歩いていた一階の片隅で見つけてしまったのだ。執事やメイドさんなどの人間しか入れず、生徒である自分達には立ち入り禁止とされていた場所にあった地下室の入り口を。

 もしかしたら藤原たちは地下室にいるのかもしれない。そうでなくともなにか手掛かりがある可能性はある。

 吹雪は意を決して地下室の階段を下りた。そこで待っていたのは、

 

「――――――吹雪か」

 

 立っていたのは藤原らしき男だった。表現が曖昧なのは、明らかに藤原らしくなかったからだ。

 他人を威圧し萎縮させるような冷徹な声。そして着ているのはいつものアカデミアの制服ではなく、丈や亮の黒い衣装にも似た暗黒の外套。

 

「藤原、君は一体そこでなにを!」

 

 藤原の部屋にあったものと同じ、されど大きさがまるで異なる地下室全体を包み込むような魔法陣の中心に藤原優介は悠然と立っている。

 その姿はまるで地獄で死体の山の上に座る死神のようだった。吹雪はそんな藤原を見て恐ろしい推測を抱く。

 

「ま、まさかこれは君がやったのか?」

 

「これ? なんのことかな。特待生寮やアカデミアにいる人間をダークネスに誘ったことか? それとも……今君をこの手で眠らせようとしていることか」

 

 振り向いた藤原には狂的なまでに晴れ晴れしい笑みが広がっていた。最高の栄誉を授かったスポーツ選手のように笑み自体は健全なのに、何故か死刑囚が末期に浮かべる笑みのように毒々しい。

 

「見ろよ。吹雪、〝俺〟はこれ程までに手に入れたぞ。素晴らしい力を!!」

 

 一年前、バクラの精神が宿ったキースが漂わせたものに似た闇を藤原が放ち始める。

 腕に装着されたデュエルディスクもその闇が邪悪なそれへと変貌させていた。

 

「素晴らしい、力? い、一体きみは何をしたっていうんだ!?」

 

「ダークネスだ。この世界を表とするのならば、ダークネスとは裏の世界。俺は裏の世界、ダークネスの力をこの世に招き力の憑代となった。これが今の俺さ」

 

「――――っ!」

 

 非常に恐ろしいことだ。信じられないことだが、藤原は『人間』でありながら召喚された三邪神に匹敵、凌駕するほどの力を全身から発していた。

 デュエリストの闘気に無尽蔵の邪気が溶け込んだような波動に吹雪は目を背けそうになる。

 だが背けない。闇が全身にすりついてくるのを意志力でねじ伏せると真っ直ぐに藤原を見やる。

 

「どうしてだ藤原! お前は既に十分なほどに強いじゃないか! なんでダークネスの力まで欲して、強くなろうとするんだ!」

 

「――――いつも楽しそうに、ずっと先の未来に確実に待つ絶望を考えもせずに笑っているお前には永久に分からないだろう。俺の抱く意志など」

 

「未来に待つ絶望、なにを言って……いや、それよりもオネストはどうしたんだ?」

 

 いつも藤原の側についているデュエルモンスターズの精霊であるオネスト。彼の姿がない。

 

「オネスト? あぁアイツならもういない。ダークネスの力を得た俺には必要のないものだからな。どこぞに捨ててしまったよ」

 

「藤原っ! 冗談でもそんなことを――――」

 

「冗談じゃない、俺の語ることは真実だ。そして俺の行為もまた真実の履行。とはいえ吹雪、俺も友人であるお前に対しては少しだけ選別をやろう。受け取れ」

 

 藤原が投げてきたカードを掴む。そこに記されていたのはダークネスというカード名と黒い仮面の絵柄のみ。カードテキストには何も記されていない。

 しかしそこから溢れてくる邪悪なるオーラは藤原が纏っているものと同種のものだ。

 パチン、と藤原が指を鳴らすとカードから邪悪なる力が飛び出してきて吹雪の全身に流れ込んできた。

 

「ぐ、な、がぁぁぁあああああぁぁああああああああああ!!」

 

 一年前、バクラに取り込まれた時と同じだ。魂を塗りつぶし、存在そのものを消し去られる感覚。

 オベリスク・ブルーの青と白の制服が黒いものに呑まれ染まっていく。

 ダークネスが染めるのは服だけではない。吹雪の意識は一瞬、その邪悪なる意志に呑まれそうになるが、耳の奥に木霊してきた精霊である『真紅眼の黒竜』の嘶きが力をくれた。

 歯を食いしばり、自分の腕にツメを食いこませて――――どうにか寸でのところで堪える。

 

「ほう。いきなり持ち堪えたか。流石は俺と同じ精霊を使役する力をもったデュエリストだ」

 

「操ったりなんかしてはいない。僕は……僕達は精霊と心を通わすことが出来るだけだ! 藤原、僕達の誰よりも早くから精霊と心通わせていた君がどうしてそんなことを言うんだ!?」

 

「質問ばかりだな吹雪。お前もデュエリストなら口で語る前にカードで語ればいいだろう?」

 

「っ!」

 

「この素晴らしき力の試金石にしてやる。いくぞ吹雪、デュエルだ――――!」

 

「やるしか、ないのかっ」

 

 デュエルディスクがONになり、二人のデュエルディスクに己が命を現す4000の数字が表示された。

 藤原優介。実力では丈や亮と互角の腕をもち、アカデミアの一般性の間では自分も含めて『四天王』と渾名されるうちの一人。そして単純な才能に関していえば恐らく四人でも随一のデュエリスト。

 そんな相手と命をかけた闇のゲームをすることになるとは思わなかった。

 けれど負けるわけにはいかない。藤原がどうしてこんな行動に出てしまったのか事情はさっぱり分からない。どうしてここまで追い詰められる前に相談してくれなかったのだという苛立ちもある。

 それ以上に闇に囚われた友人を取り戻さなければならない。吹雪は強い覚悟をもってデッキより五枚のカードを引いた。


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