宍戸丈の奇天烈遊戯王   作:ドナルド

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第96話  邪悪なる胎動

 デュエル・アカデミアでの暮らしは本当に楽しい。

 両親が事故で死んでしまった後、引き取られた遠縁の親戚の家では、その親戚が世間では有名な俳優一家ということもあって『居場所』が不安定だった。

 疎外感というやつだろう。従兄妹もその両親も『俳優』という血が流れているのに自分にはそれがない。その家の人達は悪い人間ではなかったが、悪い人間となら必ず良く付き合えるという道理はない。きっと自分と彼等の間ではなにかが噛み合わなかったのだ。だから親戚の一人という立場から家族になることは出来ない。別々の会社の作る製品同士に互換性がないように。

 或いは自分で近付く事を拒絶していたのだろう。

 人はいずれ死ぬ。死ねば無となり、その人がもっていた記憶は消えてなくなる。――――永久に忘れ去られるのだ。だったら誰もいない方がいい。それが両親を失ってから出した一つの結論だった。

 やがてその疎外感に耐えられなくなって、オーストラリアへの留学という形で家を……両親の生まれた日本という国そのものを飛び出した。

 オーストラリアでの生活は大変ではあったが、それでも日本での疎外感に満ちた暮らしよりはマシだった。自分一人だけの生活なら、誰かに忘れ去られる恐怖やなにかを失う恐れもない。楽しくはなかったが、たまらなく『楽』だったのだ。

 デュエル・アカデミアの影丸理事長からアカデミアに特待生として入学しないか、という誘いがきたのはオーストラリア・チャンピオンシップで優勝した次の日のことだ。

 元々留学期間は三年ということになっていて、それが終われば自分は日本に帰国することとなっていた。だが高校三年間をあの疎外感を感じながら暮らすのは嫌だった。だからその誘いを受け入れたのだ。

 デュエル・アカデミアは孤島にある学生寮で三年間を過ごす。特待生ともなれば学費すら免除されるから、保護者に迷惑もかけないで済む。冬休みや夏休みの長期休暇は基本的に家へ戻ることになっているが、それだって強制ではない。申請さえすれば学生寮に留まることもできる。高校三年間を一度も家に帰らず、そのまま就職すれば一生あの家に戻らないことも可能なのだ。

 そしてアカデミアへやってきて、出会ってしまったのだ。両親以来、決して誰も入らなかった場所に入って来てしまう友人と。

 三人の友人との寮生活は楽しかった。勿論特待生のカリキュラムは厳しく億劫で、辛い時もあったが楽しい時間がそれに勝った。

 人生のどの瞬間よりも充実した日々。はっきりと自分が幸せであると認識できる。

 

「丈、亮、吹雪……」

 

 部屋の壁には友人たちの写真が張り付けられている。どれもこの学園に来て撮ったものだ。

 これまで自分にとって心許せる存在は精霊のオネストしかいなかった。オネストだけは自分と一緒にいて、オネストだけとしか一緒にいない。これからもそうなのだろうと、ずっと決めつけてきた。

 しかし今の自分には仲間がいる。友人がいる。もう藤原優介は『孤独』ではない。

 

「…………嫌だ」

 

 だからこそ、藤原の胸中は絶望で満たされる。恐怖、絶望、不安、あらゆる負の感情が蠢く。

 写真の中で自分と一緒に笑う三人は最高の友人達だ。親友と言い換えてもいいのかもしれない。それほどの大切な人だ。

 しかしいずれ彼等も藤原優介を忘れる時がやってくる。

 

「…………!」

 

 写真の中でまず最初に亮の姿が消えた。次に吹雪、最後に丈が消え、自分だけが残った。

 勿論本当に写真の中の人影が消えたわけではない。これは単なる藤原の錯覚だ。だとしても、

 

「人は死ぬ。死んだら忘れる」

 

 あれだけ愛していた両親も死んでしまった。事故死なんていう有り触れた理由で自分を残して死んでしまった。

 残ったのは遺骨とかいうものだけ。記憶を留めておく脳味噌も、心もなにもない抜け殻。

 悪いことなどしていなかった。聖人君子というほどでないにしても、両親は悪い人ではなかった。なのに死んだ。理由すらない理不尽で死んでしまった。

 

「嫌だ……忘れたくない!」

 

 自分が忘れ去られるのが嫌だ。誰かを失うのが恐い。誰よりも大切な友人たちだからこそ、彼等に忘れられ死なれるのが嫌なのだ。

 人はいずれ死ぬ。

 神の血と人の血をもった英雄も、史上最初に皇帝となった男も、その冷酷なる運命から逃れることはできなかった。

 不老不死などは存在しない。あらゆる生命はいずれこの世から消滅し忘れ去られる。

 

「こんな、ことなら……!」

 

 最初から友人などいなければ良かった。この世界に自分一人しか人間がいなければ、なにを愛することもなかった。

 誰も愛さなければ、失う苦しみを味わわずに済んだ。いや、そもそも、

 

「生まれてこさえ、しなければ」

 

 どうせ最後に行きつく果てが死という『虚無(ゼロ)』ならば最初から虚無のまま1という『実数(人間)』になどならねば良かった。

 生まれてこない生命ならば、死ぬことだってないのだ。死がなければ滅びもない。滅びがないから誕生もない。簡単なロジック。

 

『……マスター』

 

 オネストだけが静かに藤原を見下ろしている。

 デュエルモンスターズの精霊、生物学の枠に当て嵌まらない精霊であれば或いは死という運命もまた存在しないのだろうか。

 ふとそんなことを考えた。

 

『汝、我を欲するか?』

 

「――――っ! 誰だ!?」

 

 心に直接語りかけてくるような声を感じ、藤原が立ち上がる。

 だが周囲を見渡しても誰もいない。精霊であり人間の藤原よりもよほど勘の鋭いオネストもきょとんとしている。

 

『どうなされたのですかマスター? ここには私とマスター以外に誰もいません』

 

「……なんでもない。ちょっと疲れていたみたいだ」

 

 頭がズキズキと痛む。まるで死そのものに触れてしまったかのようだった。

 その時。ガシャンと窓ガラスが割れるような物音がした。

 

『マスター!』

 

 今度の音はオネストにも聞こえたらしい。険しい顔をしたオネストが窓へ駆け寄る。すると、

 

「あれは!?」

 

 隣り部屋の窓から男が一人飛び降りてきた。手になにか持っている。

 藤原はあれを一度見た事があった。あれはたしか三邪神の入っている専用のカードケース。藤原は慌てて窓から飛び降りた。

 

 

 

 

 寝る前にトイレに行ってから部屋に戻った丈は驚きの光景を目の当たりにすることとなった。

 部屋に入った丈の前に飛び込んできたのは鍵のかかった引き出しを壊して三邪神のカードが入ったカードケースをもっている男の姿。

 明らかに学園の関係者ではない。泥棒だと一目で分かった。

 

「ま、待て!」

 

 泥棒を追うが、待てと言われて大人しく動きを止める泥棒などいる筈がない。泥棒はカードケースをもって、そのまま窓を破壊し飛び出してしまった。

 PDAで通報している時間すら有りはしない。丈は泥棒を追って窓から飛び降りた。 

 

「逃がすか!」

 

 三邪神はペガサス会長より託された大切なカード。そして同時に宍戸丈の大切な仲間であり、普通のデュエリストにとっては危険極まりないカードでもある。

 なんとしても取り戻さなくてはならない。

 

「丈!」

 

 すると藤原も自分の部屋の窓から飛び降りてきた。どうやら丈の部屋から泥棒が飛び出していくところを目撃したらしい。

 

「藤原か」

 

「……やっぱり三邪神のカードを」

 

「ああ。あいつが持って走っている。捕まえて取り返さないと」

 

 走れど走れど泥棒はどんどん引き離していっていく。あの泥棒、かなりの俊足だ。

 アカデミアまで泥棒に入るくらいだ。逃走経路は用意しているだろう。当然この孤島から脱出する足も。もし海まで逃がられたら終わりだ。

 しかし丈は失念していた。今自分の隣りを走る友人のことを。

 

「オネスト、無理をさせるようで悪いけど大丈夫か?」

 

『お任せを』

 

「っ! オネストが実体化した!?」

 

 丈についている精霊たちのように幽霊のように半透明の姿ではない。人間のような確かな存在感をもってオネストが藤原の隣りに現れていた。

 オネストは翼を広げ飛び立つと瞬く間に逃走する泥棒に迫っていく。幾ら泥棒といえど空を飛ぶオネストに速度で勝てるはずがない。

 

『はぁぁあ!!』

 

 オネストが羽を手裏剣のように泥棒目掛けて飛ばす。それで御縄につくと思いきや、あろうことか泥棒はデュエルディスクから一枚のカードを取り出すと、

 

「攻撃の無力化を発動!」

 

 泥棒の前に出現した渦がオネストの羽を呑み込んで行ってしまう。

 

「ふん。まさか精霊の力をここまで使いこなすようなデュエリストがいたとはな。いやこれはデュエリストではなく精霊そのものの力の強さか。ランクA以上の精霊、本来なら欲しいところだが今はランクEXのカードを相手にした仕事中。お預けだな」

 

 泥棒はオネストをしげしげと観察して攻撃の無力化のカードをデッキに戻す。

 そういえば聞いた事がある。デュエリストの中にはソリッドビジョンによる立体映像を現実に出来るような力をもった超能力デュエリストがいると。

 前は都市伝説として聞き流していたが、もしかしたらこいつが。

 

「超能力を使う……デュエリスト!」

 

「ふふっ。通の間ではカード泥棒のデュパン十五世と呼ばれているけどね」

 

 デュパン十五世、何度かテレビニュースになったこともあるデュエルモンスターズ専門の泥棒だ。

 経歴は一切不明でデュパン十五世というのも本名でないと言われている。

 

「どうして三邪神を盗んだんだ、それは丈のカードだ」

 

 藤原が声を張り上げると、泥棒、デュパンはくだらなそうに笑うと。

 

「どうして? 三邪神は彼の有名な三幻神と対を為すデュエルモンスターズ最高峰にして最強のレアカード! デュエリストなら欲しがって当然だろう」

 

 やはり三邪神のことを分かった上で忍び込んでいる。

 ネオ・グールズ残党は本当に面倒なことをしてくれた。彼等があることないこと言いふらしてくれたお蔭で大変だ。

 

「三邪神を返してくれ! それは危険なカードなんだ。幾ら超能力みたいなものが使えても、お前にそれを扱うことは出来ない」

 

「断る。どうしてもというのならデュエルで私を倒してみるがいい。そうすれば三邪神は返してやろう」

 

「…………いいだろう」

 

 丈のブラックデュエルディスクが起動する。

 自分の三邪神だ。奪われてしまったのも自分が不注意だったから。そのつけは自分で払う。

 

 

 

「「デュエル!!」」

 

 

 

 デュエルモンスターズのカードを実体化させるような男だ。デュエルの実力もかなりのものがあるのだろう。

 負けられない一戦だ。丈は気を引き締めた。先攻は自分。

 

「俺の先攻、ドロー! 俺はモンスターを守備表示でセットする。……ターンエンドだ」

 

「ふふふふっ。消極的なターンじゃないか。そんなんじゃ〝魔王〟の名が泣くぞ。もっとも魔王が使役していた三邪神は今日貴様の手から離れるのだがね。

 私のターン、ドロー! 紫炎の狼煙を発動、自分のデッキよりレベル3以下の『六武衆』と名のついたモンスターを手札に加える」

 

 六武衆専用のサーチカードを使ってきた。となるとデュパンのデッキは六武衆なのだろう。

 デュパンなんてフランスの大怪盗ルパンをぱくった名前を名乗っていることから、それを暗示するようなテーマを使うと思ったら別にそういうわけではなかったらしい。

 それにしても底の知れない余裕をもってデュエルする男だ。なにか自信の源でもあるのだろうか?

 

「ふふふふふっ! お前は私のデッキを単なる『六武衆』だと思っているのだろう。だが私のデッキは一味違う。私は真六武衆―カゲキを攻撃表示で召喚!」

 

 

【真六武衆-カゲキ】

風属性 ☆3 戦士族

攻撃力200

守備力2000

このカードが召喚に成功した時、手札からレベル4以下の

「六武衆」と名のついたモンスター1体を特殊召喚する事ができる。

自分フィールド上に「真六武衆-カゲキ」以外の

「六武衆」と名のついたモンスターが表側表示で存在する限り、

このカードの攻撃力は1500ポイントアップする。

 

 

「なっ!」

 

 フィールドに見参する鎧甲冑を着込んだ武士。だが丈が驚いたのはそのことではない。

 真六武衆は六武衆のカテゴリーに属するカードだが、これが封入されていたのはI2カップ大会限定パック、つまり一般市場にはまだ出回っていないカードなのだ。

 

「その顔じゃこのカードが市場に出回ってないカードだってことは知っているようだな」

 

「……どうして、このカテゴリーを?」

 

「私の職業がなんであるか忘れたのか。未発売のカードをI2社から失敬するなどお手の物さ。デュエルを続けようか。真六武衆―カゲキのモンスター効果発動! このカードが召喚に成功した時、手札よりレベル4以下の六武衆を特殊召喚できる。

 指定されているのは六武衆と名のついたカード。つまり真六武衆も当然それに含まれるぞ。私は真六武衆―ミズホを攻撃表示で召喚。そしてカゲキのモンスター効果、このカード以外の六武衆が自分フィールドにいる時、攻撃力を1500ポイントアップする!」

 

 

【真六武衆-ミズホ】

炎属性 ☆3 戦士族

攻撃力1600

守備力1000

自分フィールド上に「真六武衆-シナイ」が表側表示で存在する場合、

このカードは手札から特殊召喚する事ができる。

1ターンに1度、このカード以外の自分フィールド上に存在する

「六武衆」と名のついたモンスター1体を生け贄にする事で、

フィールド上に存在するカード1枚を選択して破壊する。

 

 

 ミズホという名に違わぬ女性の武士がカゲキの横に並ぶ。しかもカゲキはミズホが並んだことで攻撃力を1700まで上昇させてしまった。

 下級モンスターの最大ラインである2000には及ばないが十分の数値だ。

 

「そして自分フィールドにミズホがいる時、このカードは手札から特殊召喚できる。真六武衆―シナイを攻撃表示で召喚。更に私の場に六武衆が存在する時、このカードは生け贄なしで特殊召喚できる。六武衆の師範を攻撃表示で召喚!」

 

 

【真六武衆-シナイ】

水属性 ☆3 戦士族

攻撃力1500

守備力1500

自分フィールド上に「真六武衆-ミズホ」が表側表示で存在する場合、

このカードは手札から特殊召喚する事ができる。

フィールド上に存在するこのカードが生け贄にされた場合、

自分の墓地に存在する「真六武衆-シナイ」以外の

「六武衆」と名のついたモンスター1体を選択して手札に加える。

 

 

【六武衆の師範】

地属性 ☆5 戦士族

攻撃力2100

守備力800

自分フィールド上に「六武衆」と名のついたモンスターが存在する場合、

このカードは手札から特殊召喚できる。

このカードが相手のカードの効果によって破壊された時、

自分の墓地の「六武衆」と名のついたモンスター1体を選択して手札に加える。

「六武衆の師範」は自分フィールド上に1枚しか表側表示で存在できない。

 

 

 ミズホやカゲキと同じ真六武衆と、年老いた男性が召喚される。年老いたといっても老いてますます盛んという表現がピッタリ合いそうなご老人だ。

 攻撃力も2100と並んでいる六武衆で最も高い。

 

「いきなり四体ものモンスターを召喚してくるなんて。丈、大丈夫か?」

 

 藤原が心配そうに声をかけてくるが、丈は思わず吹き出してしまう。

 

「なにがおかしいのさ!?」

 

「いやぁ。俺と入試で戦った時に手札を八枚に増やしつつ、最上級モンスターと上級モンスター含めた四体のモンスターを並べてみせた天帝とは思えない発言だったからつい」

 

「天帝ってその渾名をつけたのは丈じゃないか!」

 

「悪い悪い。だって俺たちだけ魔王やらカイザーやらキングなんて恥ずかしい異名をもっておいて、藤原だけフリーなのはずるいだろ。吹雪は自分で名乗ってる節があるけど」

 

「お前達、私を前に呑気にお喋りとは随分と余裕があるじゃないか?」

 

 青筋をたてたデュパンが言う。完全に無視されたことにご立腹の様子だ。

 別に無視していたわけではないのだが、デュエル中に相手のことを無視してギャラリーと話すのはマナー違反だ。亮が見ていたら怒られていたところだ。自粛しよう。

 

「ふんっ! その余裕もいつまで保つかな。私はお前達も知っての通りサイコデュエリスト。このデュエルでもダメージは現実のものとなってプレイヤーを襲う!

 苦痛を味わうがいい! 私のバトルフェイズ。師範でセットモンスターを攻撃! 師範の鉄拳!!」

 

「俺の伏せていたカードは魂を狩る死霊。このカードは戦闘では破壊されない」

 

 師範の拳をさらりと受け流す死霊。丈のデッキとのシナジーは特にあるわけではないのだが、闇属性だということと汎用性のある壁モンスターということで投入しているのだ。

 

「チッ! ならばミズホのモンスター効果発動、六武衆を生け贄にすることでフィールドのカード一枚を破壊する! 私は真六武衆シナイを生け贄に魂を狩る死霊を破壊だ!」

 

 ミズホが手裏剣を取り出したかと思うと、それを投げつけ魂を狩る死霊を破壊する。戦闘耐性のある魂を狩る死霊も効果破壊の前には無力だ。

 

「プレイイングミスだな。最初にミズホの効果を使っていれば残る三体の直接攻撃で俺のライフを0に出来たのに……」

 

 もっとも丈の手札には手札誘発の防御カードがある。もしミズホの効果を使ってからの攻撃だとしても防ぎきれたのだが、勿論自分の手の内を晒すようなことは言わない。

 丈に指摘されたデュパンの顔は段々とトマトのように真っ赤になっていった。

 

「っ! 五月蠅い! 私はカードを一枚伏せターンエンドだ」

 

 思った通りだ。デュパン十五世だかなんだかは知らないが、このデュエリスト。デッキを使い慣れていない。

 恐らく真六武衆デッキ自体が組んだばかりのものなのだろう。盗んだカードのテーマが強かったから、そのまま乗り換えたというところか。

 それにプレイイングミスを指摘されたことで焦っている。畳みかけるなら今だ。

 

「俺のターン、ドロー。俺はE・HEROエアーマンを攻撃表示で召喚。エアーマンのモンスター効果、デッキよりHEROと名のつくモンスターを手札に加える。俺が手札に加えるのはE・HEROキャプテン・ゴールド。

 そして融合を発動、手札のキャプテン・ゴールドとE・HEROオーシャンを融合する。融合召喚、E・HEROアブソルートZero!」

 

 

【E・HEROアブソルートZero】

水属性 ☆8 族

攻撃力2500

守備力2000

「HERO」と名のついたモンスター+水属性モンスター

このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。

このカードの攻撃力は、フィールド上に表側表示で存在する

「E・HERO アブソルートZero」以外の

水属性モンスターの数×500ポイントアップする。

このカードがフィールド上から離れた時、

相手フィールド上に存在するモンスターを全て破壊する。

 

 

 絶対零度を司るHEROが融合召喚された。場を離れた時に相手フィールドのモンスターを全滅させる効果は、モンスターの大量展開が売りの真六武衆には刺さるだろう。

 だからこそアブソルートZeroを融合召喚先として選択したのだが。

 

「バトル! エアーマンでミズホを攻撃!」

 

 風の旋風がミズホの体を引き裂く。そして続いてアブソルートZeroが跳躍する。向かう先は六武衆の師範。

 

「アブソルートZeroで師範を攻撃、凍てつけ!!」

 

 師範の体が一瞬で氷漬けとなる。もはや身動きのとれなくなった師範にZeroは拳のラッシュを浴びせて粉々に破壊した。

 

 デュパン十五世LP4000→3400

 

 ライフは合計で600のダメージを受けたに過ぎないが、デュパンの手札はたったの一枚。次のドローを加えても二枚しかない。

 丈の手札がまだ全然余力を残している状態であることを考えれば完全にデュパンは負けムードだろう。

 

「デュパン、大人しくカードを返すんだ。今ならまだ間に合う」

 

「まだだ! 貴様のような小僧に、舐められたままで終われるか! 私のターン、ドロー!」

 

 舐めているわけではない。ただ三邪神は……担っている丈だから良く分かる。相当のじゃじゃ馬だ。

 なんといったって大邪神ゾーク・ネクロファデスの分身というとんでもないカードだ。デュパンが下手なことをすれば、不味いことになる。

 けれど丈の怖れを嘲笑うかのように最悪のカードをデュパンはドローしてしまった。

 

「は、ははははははははははははーーっ! やった! このデュエル、私の勝ちだ!」

 

「なに?」

 

「特別に私の引いたカードを見せてやろう。私がドローしたカード、それは邪神ドレッド・ルートのカードだ!!」

 

「まさか、デッキに入れていたのか!?」

 

 良く見ればデュパンの足元にあるカードケースのカギが強引に破壊されている。

 デュエルを始める前にあらかじめ三邪神のカードをデッキに入れていたのだろう。デュパンの自信の源は三邪神だったのだ。

 だがこのままでは、大変なことが起きてしまう。

 

「やめるんだ、三邪神を召喚するのは……」

 

「命乞いが遅いのだよ! 私は諸刃の活人剣術を発動。墓地に眠る二体の六武衆を復活させる! 蘇れミズホ、シナイ! これで私の場に三体の生け贄が揃ったぞ!!

 私は三体の真六武衆を邪神の供物とする! 降臨せよ、邪神ドレッド・ルートッ!!」

 

 デュパンは自分が邪神を召喚して、その圧倒的パワーで丈を蹂躙することを夢想していたのだろう。恍惚感すら宿した笑い声をあげていた。

 

「はははははははっはははははははははははははは、は?」

 

 だがそうはならなかった。フィールドに邪神は現れなかった。代わりに出現したものは『恐怖』そのもの。

 デュパンという人間が抱く『恐怖』がそのまま形となって出現した。

 恐怖は悪魔の姿で出現した。人の何倍もの体躯をもつ悪魔はデュパンを鷲掴みすると、そのまま自らの口へと運ぶ。

 

「や、やめろ! なにをしてるんだドレッド・ルート! お前が戦うのはあいつだ、宍戸丈だ! 私じゃない!」

 

 悪魔は喋らない。人間が料理を口に運ぶときに料理を憐れんで躊躇わない様に、悪魔はなんの温情すら与えず無情にデュパンを自らの口へ、

 

「い、嫌だ! 私は超能力を持つ選ばれた人間なんだぞ。い、いや、助け――――」

 

「やめろ!」

 

 悪魔がその鋭利な牙でデュパンの肉を喰らう直前、デュパンのデュエルディスクから邪神ドレッド・ルートのカードを取り返した丈が一喝する。

 

『……………』

 

 どれだけデュパンの惨めな悲鳴を聞いても止まらなかった悪魔がピタリと手を止めた。そして悪魔は最初から幻だったかのように掻き消える。

 ほっと一息つくとデュパンのデッキを探り他の邪神たちを奪い返した。

 

「丈が三邪神を使おうとしない理由が、分かったよ」

 

 藤原が後ろから声をかけてくる。背中越しのため藤原がどういう表情でそう言ったのかは分からなかった。しかし驚いた顔をしているのだろう。邪神の力を前にすれば、誰だってそうなる。丈も最初はそうだった。

 けれど丈の予想は違っていた。

 邪神を目にした藤原の表情は恐怖ではなく、口元が釣りあがり三日月のようになっていた。そのことに丈が気付いていれば、或いはその後の事件は起こらなかったのかもしれない。

 しかし全ては後の祭りだ。

 

 

 

 

「……宍戸くんから三邪神を奪う計画は失敗に終わったにゃ」

 

 誰もいない岩盤で特待生寮の寮長を兼任する大徳寺はある人物に連絡をとっていた。古い付き合いの友人に失敗を報告するために。

 

「デュパンくんも精神にかなりのダメージをおって再起不能。明日、警察に引き渡されるそうですが果たして元に戻れるかどうか。前のデュパンくんなら脱獄は難しいことでもなかったけれど、今の彼には超能力そのものが残っているかも怪しい」

 

『大した問題ではない。元々デュパン十五世は邪神の力を見定めるための使い捨てのティッシュのようなもの。惜しくはない』

 

「セブンスターズ候補の一人を失ったのに余裕だにゃ」

 

『私の前でふざけた口調をする必要はない。それにあくまでも候補だ。決定ではない。代わりなど幾らでもいる。私を誰だと思っている?』

 

「影丸理事長にゃ。デュエルモンスターズ界の重鎮の」

 

 その通り。大徳寺が連絡をとっている人物は誰であろう、デュエルアカデミアの理事長である影丸本人だ。

 デュパン十五世が最も高度なセキュリティーで守られている特待生寮に侵入できたのも影丸の手引きあってこそである。

 

「それよりどうする気なのかな? 三邪神に呼応する形で特待生寮によからぬ者が近付きかけている。三邪神そのものにしても、あれは私達の手には余る。はっきりいってアレは三幻魔に匹敵、或いは凌駕するほどの力をもっている。

 もしも相手するとしたら本腰を入れていく必要があるが……それは貴方の本意でもないだろう?」

 

 影丸理事長の目的は三幻魔であり、三邪神ではない。三邪神もまた強大な力をもつカードであるが、影丸が欲しいのは三幻魔だけだ。三邪神では彼の目的を果たすことはできない。

 だからこそ三邪神という三幻魔に匹敵する脅威に本腰を入れる余裕など彼にはないのだ。

 

『私の計画の成就に精霊と心通わす能力をもったデュエリストは不可欠だ。デュパンの奴のように闇のゲームの真似事をすることはできても、精霊と心通わすことの出来ない小物とは違う本物がな。だがアカデミアには精霊を見ることが出来るデュエリストが三人もいる。わざわざ宍戸丈を使う必要はない』

 

「彼を排除する気かにゃ」

 

『それも一つの手だが、三邪神がいることを鑑みると直接的にどうこうするのはベストとは言えん。なに上手くやるさ。悪意をみせずにアカデミアから追放する手段など幾らでもあるのだ。一先ずはさらばだ、アムナエル。後は頼むぞ』

 

 影丸理事長はそう言って通信を切る。

 アムナエルという錬金術師の顔も持つ男はメガネを持ち上げると、完全に大徳寺の顔に戻りアカデミアの校舎へ戻っていった。


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