藤原優介という新たなライバルとのデュエルの記憶も新しい九月の今日。デュエル・アカデミア高等部――――或いはデュエル・アカデミア本校――――は入学式を迎えていた。
幾らデュエリスト養成校といえどアカデミアも高等学校であることには変わりない。寮毎に制服が異なるなど独特な校風はあるが、デュエル以外は普通の授業もやるし、入学式も普通の学校と似たようなものだった。
しかし世間一般の学校と明確にアカデミアの入学式が異なるのは『保護者が一人も出席していない』ことだろう。これはアカデミアが絶海の孤島にあるという立地条件もあるが、アカデミアのオーナー海馬社長の、
『真のデュエリストを目指す者なら、親の庇護など受けず己が力で自らの
という有り難い訓示の影響である。これは自らの才能一つで孤児院暮らしの身の上から海馬コーポレーション社長にまで上り詰めた海馬社長らしい意見であろう。
こんな訓示もあってアカデミアでは基本的に入学式でも卒業式でも保護者の参列はない。授業参観など皆無だ。これを寂しいという生徒も中にはいるが丈に限っては寧ろ有り難い。
「本日より皆さんはデュエル・アカデミアの生徒として共に学び共に遊び共にデュエルをしていく訳ですが――――」
檀上で話しているのはアカデミアのボス、もとい鮫島校長だ。
弟子だった亮によればミーハーなところはあるが分別のある人らしい。実際に目にして成程と思う。
鮫島校長はどことなくミーハーというべきか童心というものを持っていそうな顔をしていた。しかしミーハーだろうとなんだろうと校長の話は長いという法則を鮫島校長が打ち破ってくれることはなかった。
丈は三年前にも似たような事を考えていたことを思い出しながら、隣にいる亮の手前、舟をこぐのだけはギリギリのところで堪える。ここで眠ったら後で亮に睨まれてしまう。高校生活の記念すべき一年目で幼馴染からの不興など買いたくはなかった。
鮫島校長の話は長いが、話が脱線した挙句にフェルマーの最終定理について語りだす中等部の校長と比べればマシだと自分を納得させる。だが、
「ええ……即ちデュエルモンスターズにおけるワンターンキルとは梅干しに通じるところがあるわけです……」
「――――――」
その余りにも訳の分からない超理論を語りだしている校長を見て、丈は僅かに残っていた我慢の糸を切る。丈は静かに眠りの世界に入っていった。
頭の中がぐわんぐわんする。
どれくらいの時間が経っただろうか。どこからか自分を呼ぶ声がした。
「おい、起きろ」
「痛い!」
訂正。頭をポカっと殴る音がした。
頭に痛みを覚えて目を覚ます。隣りを見てみれば呆れた顔をした亮。ふと周囲を見渡すと既に入学式は終了していた。どうやら入学式が終わっても一向に起きない丈を起こしてくれたらしい。やり方は乱暴だったが。
「いきなり熟睡とは暢気な奴だな。今後が思いやられるぞ」
「大丈夫大丈夫、中一の最初もこんな感じでなんだかんだで首席卒業したから」
「はぁ。首席は免罪符じゃないぞ」
あからさまに深い溜息をつく亮。言っていることが正論なだけに反論できない。このまま怠けていたら本気で亮に見放されるかもしれないので、自分で自分を叱咤する。
寝起きで体の節々が訛っていたが伸びをして強引に肉体の方も起こすと、気を取り直して立ち上がった。
入学式が終わって何人かの生徒はまばらに散りお喋りなどをしていたがほとんどの生徒はもういなくなってしまっている。寮で開かれると言う新入生歓迎会に出席するために自分の学生寮へ戻ったのだろう。
「吹雪と……えーと、藤原は?」
「あの二人なら先に寮へ戻ったぞ。吹雪のやつは藤原の案内もついでにやっておくとか言っていたな」
どうやら吹雪はこれから一緒に暮らすことになる三人以外の同居人である藤原ともう打ち解けたようだ。
ちなみに丈たちアカデミアからの進級組は見学などでアカデミアには何度も来ているので地理はバッチリである。しかし藤原は編入組。アカデミアで分からないことも多々あるだろう。他の寮なら先輩に聞けばいいが、特待生寮は丈たち四人っきりしかいない。必然三人のうち誰かが教えなければならないのだが、その任は吹雪がやってくれたようだ。
「そうか。じゃあ俺達も行こうか」
歓迎会に遅れるのも不味い。四人しかいない分、遅刻などすれば一発でばれてしまう。
丈はやや速足で特待生寮へと向かった。
特待生寮はブルー寮やブルー女子寮より更に奥の方へある。
中身の豪華絢爛さや装飾華美さは以前に言った通りだが、この特待生寮一つだけ難点がある。なんということはない。単純に高等部まで少しばかり距離があるのだ。
これは毎日の登校に体力を使いそうだ――――と思ったのも途中までのこと。アカデミアから出て少し進むと何故かリムジンが止まっており、そこから黒服の運転手が降りたかと思えば『お送りいたします』ときた。
やはり特待生寮はとことんまで特別だったらしい。
快適なのは良いことであるし、丈も悪い気分はしないのだが少しばかり予算の使い方というものを間違っているような気がするのは……丈が当事者だからだろうか。
「やぁ! 二人とも遅かったじゃないか。そろそろだよ歓迎会」
寮につくや否や先についていた吹雪が言った。その手にはなにやらノートなどをもっている。吹雪が入学早々授業の予習などをするとは思えない。大方ラブレターをくれた女子の名前を律儀にメモしたりしているのだろう。
丈は呆れ半分感心半分で苦笑する。
吹雪のこういうマメさがモテる秘訣なのだろう。自分の今度から真似してみるのも悪くないかもしれない。
そして、
「君とは初めましてだよね。これからこの寮で一緒に暮らす藤原優介。宜しく亮くん」
藤原が亮へ手を差し出す。そういえばこの二人は実技試験でデュエルした丈や学校を案内した吹雪と違って直接の面識はなかった。
「こちらこそ、実技試験での君のデュエルは自分のデュエルをやりながらだが見せて貰った。君のように鎬を削り合うライバルがいるのは俺にとっても嬉しい。あと呼び捨てで構わん」
固く握手をする藤原と亮。この二人の方も仲良くやれそうだ。
それから丈たち四人は指定された部屋に向かうと、長テーブルに並べられた豪華な料理が並んでいた。
フランス料理、イタリア料理、ドイツ料理、中華料理、和食……。国という括りに囚われずに、けれど独特の規則性によって並んだ料理の数々。
幾つか丈も知らない料理があったが一目で超一品であると確信できるのは料理人の腕が良いからだろう。ご馳走を前にして丈はごくりと唾を呑み込んだ。
『ようこそデュエル・アカデミアへ、栄誉ある特待生の諸君』
「なんだ!?」
唐突に部屋に響くどこが年季の入った声。声の発生源を探すと、丈は壁にかかったモニターに目が止まった。
映像こそ映ってないが音はあそこから発声されている。
「あなたは……?」
恐る恐るこちらを見ているのか定かではないが、声の主に話しかける。すると、
『自己紹介が遅れたな。私は影丸、このデュエル・アカデミアの理事長をしている』
「理事長、貴方が」
聞く所によればこの特待生寮は影丸理事長の肝入りで『次代を担う伝説級デュエリストを養成する』という名目で通常のカリキュラムの他に新たに創設されたという。
藤原も影丸理事長直々のスカウトを受けてこのアカデミアに入学している。
故に影丸理事長がこうして丈たちを歓迎するのは特におかしいことではない。
『まずは非礼をわびよう。本来なら直に赴くべきなのだろうが、儂はお主らと違って若く逞しい肉体は何十年も昔に置き去りにしてしまった。儂がそちらに直に行く事になる日はその置き去りにしたものを取り戻す時くらいだろうて……』
「?」
不思議な言い回しをする。影丸理事長は要するに自分はかなり年を取って元気もないから孤島であるアカデミアに足を運ぶことが出来ないということだろう。
しかし後半の置き去りにしたものを取り戻す時というのはどういうことだろうか。言葉通りに受け取るなら若く逞しい肉体を取り戻す時、ということになるのだろうが……。
(まぁ気にしても仕方ないか)
自分を若者よりも上に置こうとするあまりわざと面倒な言い回しをしようとするお年寄りは多い。
影丸理事長もその類なのかもしれない。
『諸君等特待生にはオベリスク・ブルー含め他の一般生徒たちとは隔絶した待遇をしている。この特待生寮、専用のデュエルスペース、専属の執事やメイド……。
君達に口を酸っぱくして言う必要はなかろうが念のために言っておこう。これらは別に君達に快適かつ悠々自適な学園生活を送って貰う為のものではない。
特待生に選ばれた君達は通常のアカデミアのカリキュラム以外にも特待生用のカリキュラムを受けて貰うことになる……。その内容はエリートであるブルー生徒でも耐え切れないほど過酷なものもあるだろう。だがこれらのカリキュラムをクリアしていけば、君達が卒業するころには今以上の実力をつけているのは間違いないだろう。
特待生とは特別な待遇を受ける生徒と書く。特待生である以上、一般生徒に劣る無様は決して許されない。私からは以上だ。では私はこれから用事があるので失礼しよう』
音声が途切れる。新入生歓迎会の挨拶にしては随分と厳しい内容だった。
けれど同時に正論でもある。丈たちはこのアカデミアに入るにあたり学費を払っていない。大豪邸に執事とメイドありの暮らしを与えられながら一円たりとも学園に支払っていないのだ。
世の中は等価交換で成り立っている。コンビニ一つをとってもお金を払い、それと等価の品物を受け取るという構図が成り立っている。
当然このアカデミアでも例外ではない。
謂わば丈たちは誰よりも優れた成績を叩きだすことを『学費』として、このアカデミアに入学したのだ。つまり成績を出さなければ単なる無駄飯喰らいも同じということである。
「ま、なんとかするさ」
「……俺はいつもと変わらん。カードと相手に敬意を払いつつ自分の力を高めるだけだ」
「変わらないね。クールを装って暑苦しいというか……けど厳しくもありがたい激励だったね」
「三人とも、全然余裕そうだね」
丈たちも伊達にI2カップやネオ・グールズとの戦いを潜り抜けてきたわけではない。今更理事長の厳しい言葉で狼狽するほど軟な精神はしていなかった。
藤原はそんな三人を見て呆れと感心の入り混じった声を出す。
「そういう藤原も余裕そうじゃないか?」
「……僕にはオネストがいるから」
『はい。私は常にマスターのお傍に』
三年生の途中から精霊を見る事が出来るようになった丈たちと違い、藤原はずっと前の幼少期から精霊と触れ合うことが出来たらしい。
だからその分、精霊であるオネストとの絆は深いものなのだろう。藤原からはオネストに対する全幅の信頼を感じることができた。
「はいはい。厳しい話は終わりにゃ」
「……あー、今度は誰です?」
くたびれたスーツを着て、何故かデブ猫を抱っこしながら現れた人に尋ねる。
「オシリス・レッドの寮長の大徳寺だにゃ。今季はオシリス・レッド生が数が少なかったから、レッド寮と兼任する形でこの特待生寮の寮長になったのにゃ」
大徳寺と名乗った寮長(仮)は朗らかに笑った。
しかし最下層であるオシリス・レッドと最上層である特待生寮、真逆に位置する二つの寮を兼任するとは、ふざけた口調に反してこの先生、実はかなり凄いのかもしれない。
「寮長といっても私は普段はレッド寮にいるから、なにかあったら執事さんやメイドさんに言うといいにゃ」
「これより皆様のお世話をさせて頂く執事の
大徳寺先生が紹介すると黒い燕尾服を着こなした初老の老人が華麗に会釈をした。
洗礼された動きは一目で彼がベテランなのだと教えてくれる。しかし名は体を現すというが、この人の場合、そのまんまである。
「それじゃ君達四人の入学を祝して乾杯にゃ!」
「か、かんぱーい」
大徳寺先生がノンアルコールのシャンパンを掲げたのに釣られる形で四人もバラバラに乾杯と言う。
乾杯することに夢中になっていた丈は大徳寺先生の瞳が一瞬だけ鋭く丈を睨んだのに気づくことはなかった。