通常なら卒業生首席による卒業模範デュエルは一日を丸ごと潰して行われる伝統となっている。模範デュエルが終われば基本的にその後はフリーなので、生徒からすれば最高のデュエルを観戦できて授業もなしという美味しい日といえるだろう。
今回は首席が三人という異例の事態が発生しているため三日間を費やして行われることとなった。
しかし三日も平常授業を潰すことはアカデミアのスケジュール的に不可能なので、本来の予定日であった金曜日に一回目の模範デュエルを行い、一週間後と二週間後の日曜日に二回、三回をやる手はずとなった。
金曜日の模範デュエルは全校生徒の出席が義務づけられているが土日の方は休日なので参加は任意である。用事がある者や一日をフルにプライベートに使いたければ欠席が許される。
だがアカデミアの生徒に卒業模範デュエルを欠席しようとする者はいないだろう。なにせ在校生からすれば三年生が三年生としてデュエルをする所を見れる最後のチャンスなのだから。
卒業模範デュエル第一戦。
既に対戦相手の定まっている丸藤亮と天上院吹雪の両名のうちオープニングを飾ることとなったのは――――抽選の結果、丸藤亮となった。
「始まるね」
「あぁ。賭けをしようか。吹雪はどっちが勝つと思う?」
「うーん。田中先生が強いことは知ってるけど、やっぱりここは親愛なる我等のカイザーを応援しようかな」
「なるほど。それじゃ賭けが成立しないか」
一際デュエル場が良く見える位置に陣取っている丈と吹雪は腕を組んでこれから始まるデュエルを見守っていた。
観戦者の生徒たちも心なしか緊張していた。張りつめた沈黙は決闘を始める前のガンマン同士の睨みあいを思わせる。この緊張感を普段の授業に活用していればアカデミアの成績は頭二つほど上昇するだろう。
「――――きた!」
それは誰が零した声だろうか。丈や吹雪を含めた観戦者は一斉にデュエル場へ続く通路に視線を向ける。
カツカツと規則正しい足音を鳴らして堂々と歩いてきたのはカイザーと謳われた亮だった。これから始まるショーの主役の一人だというのに亮の顔には緊張の色は見られない。しかし戦士特有の闘気のようなものを全身から漲らせていることは目ざとい一部の人間には分かった。
「毎年思うが、たかが模範デュエル一つに大袈裟なものだ。これも派手好きなオーナーの意向なのか」
昔を懐かしむように語りながら、こちらも気負った様子もなくデュエル場に足を踏み入れたのは対戦者である田中先生だ。
デュエルディスクは市販品とかわらないものだが、そこにセットされているデッキからは邪神の途方もないプレッシャーとはまた違ったエネルギーを感じることができる。
数多くのデュエルを潜り抜けたデッキだけが備える場数の威厳というものだろう。
「さぁ。こればっかりは海馬社長ご本人に聞かない事には。けど一つだけ言えることは――――――アカデミアのこういう雰囲気は嫌いじゃない」
亮のデュエルディスクが起動する。表示される4000の数字。亮はデッキケースよりなによりも信頼するデッキを取り出すとデュエルディスクにセットした。
「……………そうか。これも仕事だ、私も相手が教え子だろうと手を抜くつもりはない。全力を望むと言うのなら完膚なきまでに叩き潰すだけだ」
敵は徹底的に叩き潰す。デュエルにおいても、精神的にも。それが暴帝と怖れられたこの人物のデュエルだった。
教師として授業をしていた時は毒舌を披露することはあっても、生徒の心を叩きおることまではしてこなかったがこの分だとこのデュエルではどうだか分からない。
機会さえあれば、それこそ徹底的に丸藤亮というデッキの可能性を潰してくるだろう。
これから三年間の集大成をぶつけるデュエルをするというのに、亮の心は小川のせせらぎのように落ち着いていた。
相手がどこの誰だろうと自分にはサイバー・ドラゴンたちがついている。それだけで亮にとっては万の味方を得ているも同然だ。
少し自分の隣を見てみれば、そこにいる。他人には見えないだろうがサイバー・ドラゴンがしっかり亮の隣についてくれているのだ。
これまでは声を聞けるばかりで見ることはできなかったというのに。一度闇のゲームに敗北されバクラの魂に取り込まれたからだろうか。
「相手が誰だろうと俺のやることは変わりありません。相手とカード達に対するリスペクトの精神を忘れず、全力をもってデュエルをする」
「あー、それは楽しんでかね」
「はい」
迷いなく断言する。デュエルを楽しむというのはリスペクトの精神以上にデュエルモンスターズの根っこにあるものだ。
リスペクト・デュエルもお互いに楽しんでデュエルをする為にあるといっても過言ではないだろう。
そして亮も楽しんでデュエルをするということを忘れた事はない。アカデミアで改めて学んだ大事なことの一つだった。
「楽しんでデュエルをする。良い言葉だ、デュエリストなら基本といってもいい。だがデュエルは常に楽しいことばかりではない。子供の時は楽しんでいるだけでいいだろう。だが大人になってもデュエルにしがみつこうというのなら楽しくないことも多々ある」
「………………先生はデュエルを楽しんでないんですか?」
「私が愉しいのはデュエルじゃない。デュエルで対戦相手を徹底的に叩き潰すことだよ」
「貴方がどう思おうと、俺は俺のデュエルをするだけです」
話はこれまでだ。余り長話をして観戦者を待たせるわけにもいかない。話の続きはデュエルで語ればいい。
どれだけ考えが異なろうと自分達はデュエリストなのだから。デュエルでこそ分かり合えることもあるだろう。
「「デュエル!」」
丸藤亮 LP4000 手札5枚
場
伏せ
魔法
罠
田中 LP4000 手札5枚
場 無し
伏せ
魔法
罠
そして丸藤亮にとってデュエル・アカデミア中等部での最後のデュエルが始まる。
互いのプレイヤーは五枚のカードをドローした。
「先生。先攻はお譲りします」
「ふん。サイバー流は後攻有利なのにいけしゃあしゃあと。あぁ良いだろう。譲られたのなら譲られよう。私の先攻、ドロー!」
この日の為にというわけではないが、亮はこれまで何度かDVDなどで現役時代の田中先生のデュエルを見る機会があった。
一口にプロデュエリストといっても多くのタイプがいる。亮のように一つのテーマに深い愛着をもち、それ以外のデッキを使おうとしないデュエリストもいれば、複数のデッキを場合に応じて使い分ける丈のようなデュエリストもいる。
田中先生はどちらかといえば後者に近いだろう。デュエルごとにデッキを入れ替える、というほど数多くのデッキを使うわけではないが軽く見積もって五つ以上ものデッキを使い分けていた。
その中で最強を誇ったのが混沌帝龍や開闢の使者などのカオスモンスターを筆頭としたデッキだが、現在ではデッキの主軸を担った混沌帝龍は禁止カード。これを使ってくる可能性は低い。
もう一つは以前も丈が使用していたという『剣闘獣』だが、これも起点となるベストロウリィが制限カードになり全盛期の力を失っているので恐らくないだろう。
となれば混沌帝龍と同じく『暴帝』という異名の元となったデッキを使ってくる確率が最も高い。
「私はカードガンナーを攻撃表示で召喚。そして魔法カード、機械複製術を発動。攻撃力500以下の機械族モンスターを複製する。二体のカードガンナーを守備表示で召喚」
【カードガンナー】
地属性 ☆3 機械族
攻撃力400
守備力400
1ターンに1度、自分のデッキの上からカードを3枚まで墓地へ送って発動する。
このカードの攻撃力はエンドフェイズ時まで、
墓地へ送ったカードの枚数×500ポイントアップする。
また、自分フィールド上に存在するこのカードが破壊され墓地へ送られた時、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。
【機械複製術】
通常魔法カード
自分フィールド上に表側表示で存在する
攻撃力500以下の機械族モンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターと同名モンスターを2体まで自分のデッキから特殊召喚する。
一瞬にして三体のモンスターが亮の前に並んだ。カードガンナーは一見するとたかが攻撃力400の弱小モンスターに見えるが、その真価はその効果にある。
「カードガンナーのモンスター効果。自分のデッキからカードを三枚まで墓地へ送り発動、墓地に送った枚数×500ポイント攻撃力を上昇させる。
私は全てのカードガンナーの効果を使い、九枚のカードを墓地へ送る。三体のカードガンナーの攻撃力はこのターンのエンドフェイズ時まで1900となる」
カードガンナーの厄介な効果はこのデッキからカードを墓地へ送ることに尽きるだろう。
オーバー・ロード・フュージョンやミラクル・フュージョンなど墓地にカードが大量にあってこそ真価を発揮するカードは多い。
デュエルモンスターズにおいて『墓地』とはカードの墓場ではなく、手札と同じくらいの可能性が眠る金山なのだ。そこにカードを眠らせることは大きな意義をもつ。
亮は見た。カードガンナーの効果によって墓地へ送られたカードの中に『黄泉ガエル』があったことを。
黄泉ガエルは自分のスタンバイフェイズ時に魔法罠カードゾーンにカードがなければ墓地から何度でも蘇生できる能力をもったモンスター。
このカードが墓地へ早々に送られてしまったのは亮にとって大きな痛手だ。もはや田中先生にとって上級モンスターの召喚に生け贄が必要なくなったも同然なのだから。
「私はカードを二枚セットし、ターンエンド」
二枚のカードが伏せられる。ここで敢えて黄泉ガエルの効果発動条件を満たせなくするリバースカードを置いたということは、あの二枚はミラフォなどのような発動条件のあるカードではなく、いつでも発動可能なフリーチェーンのカードなのかもしれない。
なんにせよ油断は禁物だ。
「俺のターン、ドロー!」
とにかく相手が相手だ。攻め急げば墓穴を掘る。かといって石橋を一々叩いていたら橋ごと落とされる。ここは慎重かつ大胆に攻める。
しかし亮の出鼻を、歴戦のデュエリストはここぞとばかりに挫いてくる。
「リバース発動。ダスト・シュート。相手の手札が四枚以上の時、相手の手札を確認しモンスターカードを一枚デッキに戻す」
「っ!」
【ダスト・シュート】
通常罠カード
相手の手札が4枚以上の場合に発動する事ができる。
相手の手札を確認してモンスターカード1枚を選択し、
そのカードを持ち主のデッキに戻す。
発動条件があるとはいえ手札のピーピングとハンデス、両方を同時に行える強力な効果をもつダスト・シュート。
先攻1ターン目でセットすればほぼ確実に効果を発揮できるため後攻有利のサイバー流にとっては厄介なカードの一枚だ。
「さぁ。手札を公開して貰おうか」
淡々と言いながらも、どこか嫌らしく表情を歪ませた田中先生は手札の開示を迫る。
悔しいがこれが効果である以上、亮には従う以外の道はない。デュエルディスクを操作して手札の内容を明かした。
「どれどれ。サイバー・ドラゴン、パワー・ボンド、サイバー・ドラゴン・ツヴァイ、融合、カップ・オブ・エース、ガード・ブロックか。残念だったな、ダスト・シュートがなければサイバー・ツイン・ドラゴンを高速召喚できていたというのに。
しかしサイバー流後継者が聞いて呆れるな。カップ・オブ・エース、こんな博打要素の高いギャンブルカードをデッキに投入するなど。ガード・ブロックもそうだ。こんなカードを入れるくらいならもっとマシなカードがあるだろう」
「俺が自分で選んだ俺のデッキのカード達です。否定される謂れはありません」
「昔、同じような事を何度も言われたよ。対戦相手のプロに。全員が最初は粋がっておきながら最終的には私に倒されていたが。さて、私はサイバー・ドラゴンを選択する。君がなによりも信頼するそのカードをデッキに戻したまえ」
サイバー・ドラゴンをデッキに戻しシャッフルする。最初は手札六枚からデュエルを進めるのが常というのに、いきなり一枚の手札がなくなってしまった。
手札には融合素材が足りないため融合とパワー・ボンドも今は役に立たない。
「……俺はサイバー・ドラゴン・ツヴァイを攻撃表示で召喚」
「おっと! その行動も読んでいた。私はそのモンスターの召喚に対して罠カード、激流葬を発動! フィールドのモンスターを全て破壊する」
【激流葬】
通常罠カード
モンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚された時に発動できる。
フィールド上のモンスターを全て破壊する。
フィールドの真ん中に隕石のような勢いで濁流が落ちてきて、モンスターの悉くを呑み込んでいく。
無差別にフィールドを駆け巡る荒々しい暴水は見境がない。終末の日に訪れる大洪水もこれほどまでに無慈悲なものではないだろう。あらゆるモンスターがその濁流により消し去る。
それは田中先生の場のカードガンナーも例外ではない。
傍から見れば相手モンスター1体だけを道連れに自分のモンスター三体を巻き込んで破壊したデメリットの多いプレイングに見える。けれどカードガンナー第二の能力がデメリットをメリットへと変換する。
「激流葬により私の場の三体のカードガンナーが『破壊』されたことにより、カードガンナーのモンスターが発動。このカードが破壊された時、私はカードを一枚ドローする。破壊されたカードガンナーは三体のため私は三枚ドロー」
二枚だった田中先生の手札が一気に五枚へ戻る。対して亮の手札は既に四枚。しかも手札の内容は見通されているときた。
これが田中ハル、否、暴帝ハルのデュエル。暴虐に相手のプレイングを嘲笑し嘲笑いながらも、冷徹なまでに最小限の労力で最大限のアドバンテージを稼いでいく。
自分の犠牲は最小限に、寧ろ犠牲を出さずに相手にのみリスクを強いていくデュエルが暴帝の真骨頂だ。
「見事です。だが俺もこの三年間を寝て過ごしたわけじゃない。そしてデュエルには計算では測れないことが存在する。決して測れぬ天運というものがあることを戦いを通じて俺は知った」
手札が総て見通されているというのなら、未知の可能性を呼び込むまで。
「魔法カード、カップ・オブ・エース! カードを回転させ正位置ならば俺は二枚ドローする」
「だが失敗すれば私が二枚ドローする。確実性にかけるギャンブルカードだ。君が二枚ドローできる可能性は50パーセント。逆に50パーセントの確率で君は自身を追い詰める」
「リスクは承知の上。それに俺は丈と違ってこの手のギャンブルは強い方だ。――――廻れ運命!」
カップ・オブ・エースが回転を始める。観客が見守る中、亮がストップというと回転が止まる。
「出たのは当然!正位置ィ! 俺は二枚のカードをドローする」
田中先生は舌打ちこそしなかったものの、僅かに眉を潜ませた。
だがともあれこれで田中先生にとって未知の手札が二枚加わった。これが少しでも追い風となればいいのだが。
「俺はカードを二枚伏せターンエンド」
「私のターン、ドロー。スタンバイフェイズ時、黄泉ガエルを墓地より蘇生させる」
【黄泉ガエル】
水属性 ☆1 水族
攻撃力100
守備力100
自分のスタンバイフェイズ時にこのカードが墓地に存在し、
自分フィールド上に魔法・罠カードが存在しない場合、
このカードを自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。
この効果は自分フィールド上に「黄泉ガエル」が
表側表示で存在する場合は発動できない。
やはり黄泉ガエルをスタンバイフェイズに蘇生してきた。
亮のリバースカードにスタンバイフェイズに発動できるカードはないのでこの場は黙って見ているしかない。
「ふむ。リバースカードは二枚か。ならば黄泉ガエルを生け贄に捧げ、風帝ライザーを攻撃表示で召喚」
【風帝ライザー】
風属性 ☆6 鳥獣族
攻撃力2400
守備力1000
このカードが生け贄召喚に成功した時、
フィールド上のカード1枚を選択して持ち主のデッキの一番上に戻す。
全身に甲冑の如く風を纏わせ、緑色のマントをはためかせながら現れるのは八体の『帝』のうち『風』を象徴する帝、風帝ライザーだ。
闇帝、光帝、邪帝、風帝、氷帝、炎帝、雷帝、地帝。全部で八種類ある帝モンスターは攻撃力が2400であることを共通とするモンスターたちである。
帝の中でも細かい分類があるのだが、闇と光以外は生け贄召喚した時に効果を発揮するのが特徴だ。
中でも風帝は強力なモンスター効果から汎用性が非常に高く『邪帝』と並んで抜きんでた存在である。
「風帝ライザーの効果、このカードが生け贄召喚に成功した時、フィールド上のカードを一枚持ち主のデッキの一番上に戻す。私が選択するのはお前の左のリバースカードだ。バースト・トルネード」
風帝が左手から発した旋風がセットされていたリバースカード一枚を亮のデッキトップに戻す。
このデッキの一番上に戻すというのが風帝の厄介なところだ。手札に戻すならまた召喚すれば良いだけだが、デッキトップに戻すことにより場のカードを減らすだけでなく次のドローを封じることも出来るのだ。
モンスターを除外しバーンダメージを与える邪帝と並び風帝が強力とされる所以である。
「バトルフェイズ。風帝ライザーでダイレクトアタック、サイズ・オブウィンド」
風帝が腕を振るうと鎌鼬が発生して亮に襲い掛かって来た。これを喰らえば亮のライフは一気に1600となって不利になる。この攻撃は通さない。
「トラップ発動、ガード・ブロック。戦闘ダメージを一度だけ0にしてカードを一枚ドローする」
「私も運がない。外したな……」
亮は囮としてセットしていて、風帝の効果でデッキトップに戻された融合を再び手札に加えた。
これで風帝の厄介な効果である次のドローを封じる効果を無効とすることもできた。
「私はこれでターンエンドだ」
けれどデュエルはまだ漸く先攻の2ターン目が終わったばかりだ。そして亮がアドバンテージにおいて下回っていることは動かしようのない事実。
ここからどう挽回するかがカギとなるだろう。
剣闘獣、混沌帝龍などから察しの方も多いと思いますが、田中先生は夢もロマンも糞もないガッチガッチのガチデッキ使いです。そのうちBF使いとなりガエル使いとなり甲虫装機使いとなり征竜使いとなり魔導使いとなるでしょう。