吹雪がそうであったように亮の前にも一人のデュエリストが立ち塞がっていた。しかし果たして目の前にいる人間をデュエリストと呼称していいものか一瞬迷う。
デュエリストは決闘者と読むだけあってどれだけ表面上はクールを装っていようと心の奥底には闘争本能が眠っているものだ。亮ほどのデュエリストならばその闘争本能を読んで一般人なのかデュエリストかを判別することも出来る。
これまで亮は多くの相手と戦ってきた。
友人である丈や吹雪。恩師でありサイバー流の師範でもあったマスター鮫島。I2カップで戦った数多のライバルたち。それに余り正統なデュエリストとはいえない食みだし者ともデュエルをした。
だが彼等はその強さやモラル、精神性などはおいておくにして奥底には『闘争心』というものをもっていた。
けれど目の前の相手にはそれが欠片も感じられない。
自分への罰とでもいうかのように顔中を傷つけるように嵌められた無数のピアス。肌色だけが色づく頭部はまるで不気味なマリオネットそのものだった。
肌色の中で白く濁った瞳がやけに目につく。その目も敵である亮を見ているようであって何も見ていないようにも見える。
不気味という他ない。
亮が戦ったデュエリストにこんな人間は未だ嘗ていなかった。
「……サイバー流後継者のカイザー亮。デュエルだ」
人形染みた男がデュエルディスクを構える。
丈などが使用しているのと同じ最初期型のデュエルディスクだった。それを使用しているということは丈のようなマニアか、デュエルモンスターズ黎明期から活躍しているデュエリストかだろう。
そして彼がグールズであることを鑑みれば恐らくは後者。
「デュエルだと? 生憎だが俺にはお前に関わっている暇はない。お前達が奪った邪神のカードを取り戻さなくてはならないからな」
「……屋上へ続くドアのロックは僕達三人のLPと連動している。デュエルで僕達を倒さない限り屋上のロックが開くことはない。今頃、天上院吹雪や宍戸丈もグールズのレアハンターとデュエルをしているはずだ。
僕はカイザー亮、君を倒す事を命じられた。だから僕とデュエルをしろ。さもないと僕は君を殺さなければならない。そういう風に命令された」
明確な意思をもって殺す、と言ったのに人形染みた男からは殺意のようなものがなかった。
というより感情そのものが欠落しているのではないかとすら思ってしまう。それほどこの男には確固たる『個』というものが見えない。
「いいだろう。俺もデュエリストだ、挑まれた挑戦は受けよう。その前に一つ聞いておこう。お前の名前はなんと言う? そちらだけ一方的に名前を知っているというのは不公平だろう」
「僕には名前なんて必要ない。僕はただグールズの『人形』だよ。人形には意志なんてないし心もない。どうしても僕のことを名前つきで呼びたいなら『人形』と呼べばいい。それが僕なんだから」
人形染みた男は自分自身が人形であることを肯定する。
そこに迷いはなかった。人形に心などないのだから。
そこに矛盾などなかった。人形に意志などないのだから。
人形は自分の持ち主が望むままに壊れて捨てられるまで踊り続けるだけだ。
(人形、か)
自分のことを人形と言い切るその境遇に憤慨しないこともない。ただそれ以上の納得が亮にはあった。
この男と相対した際に抱いた感覚はデュエルマシーンを相手にしている時のそれだ。血がまるで通っていない。これならカードの方が遥かに人間らしいだろう。
「俺はデュエリストだ。故にお前が自分のことを人形と名乗ろうとそれを言葉でどうこうは言うまい。疑問はデュエルで晴らす。そしてお前を倒し、俺は邪神を取り戻す!」
「…………」
カイザーと怖れられた男の闘気を前にしても人形は動じない。感情がないというのならば恐怖もあるはずがないのだから当然だろう。
「「デュエル」」
カイザー亮 LP4000 手札5枚
場
人形 LP4000 手札5枚
場 無し
「……先行はそっちに譲るよカイザー」
先にプレイするよう促す人形。それは果たしてただの余裕によるものか、それともサイバー流が後攻有利だと知って先行を進めているのか。
無表情な人形からはそれを読み取ることは出来ない。
「いいだろう」
それでも敢えて亮は自分が先行であることを承諾した。
どこまでいこうと丸藤亮という男はデュエリストでしかない。デュエリストとして出来る事は唯一つ。ベストを尽くしてデュエルをするだけだ。
「俺のターン。カードをドロー」
六枚の手札を一枚一枚見比べる。悪くはないがそこまで特別良いわけではない。ベターな手札。
この初期手札では先行ワンターンキルも不可能だろう。
「サイバー・ラーヴァを守備表示で召喚。それとカードを一枚セットしてターンを終了する」
まずまずの出だしだ。
しかし先行1ターン目は攻撃ができない。それが僅かに煩わしい。
別に亮は先行からプレイすることが苦手というわけではないが、やはり性には合わなかった。これはプレイスタイル云々というよりも性格的な問題だろう。
自分が防御より攻撃の方が好きな事は亮も理解していた。
「……僕のターン、ドロー」
後攻でなかったことで、ほんの些細だが亮のプレイングにずれが生じた。果たして『人形』はそこからどういうプレイをしてくるのか。
こんな時に不謹慎なものだが亮はこのデュエルを楽しみ始めていた。
「僕は魔法カード、強欲で謙虚な壺を発動」
【強欲で謙虚な壺】
通常魔法カード
自分のデッキの上からカードを3枚めくり、
その中から1枚を選んで手札に加え、
その後残りのカードをデッキに戻す。
「強欲で謙虚な壺」は1ターンに1枚しか発動できず、
このカードを発動するターン自分はモンスターを特殊召喚できない。
お馴染みの強欲な壺と謙虚の壺を合体させた壺が人形のフィールドに現れた。
強欲の壺の名がカードテキストに含まれるだけあって優秀なカードである。
「僕はデッキトップから三枚めくりその中から一枚選んでデッキに戻す。僕は三枚の中から『インヴェルズを呼ぶ者』を手札に加えて残りのカードをデッキに加えてシャッフルする」
「インヴェルズか」
ペガサス・J・クロフォードが世に生み出したデュエルモンスターズは日々進化を遂げている。
どれだけ高レベルのモンスターであろうと生贄なしで通常召喚出来た時代もあれば、ルールそのものがあやふやだった時代もあった。
新しい概念、新しいルール、そして新しいカード。それらをI2社は生み出してきた。
インヴェルズはそんな新しいカテゴリーの一つである。亮は一枚も持っていないカテゴリーだが生贄召喚をメインに据えたカテゴリーだったはずだ。
同じように生贄召喚を多用する丈が興味深そうにデュエル情報誌を見ていたので記憶に残っている。
流石はグールズ。こんな最新カードをもう入手しているとは。
「そして僕はインヴェルズを呼ぶ者を攻撃表示で召喚する……」
【インヴェルズを呼ぶ者】
闇属性 ☆4 悪魔族
攻撃力1700
守備力0
このカードをリリースして「インヴェルズ」と名のついたモンスターの
アドバンス召喚に成功した時、デッキからレベル4以下の
「インヴェルズ」と名のついたモンスター1体を特殊召喚できる。
蛾のような羽を生やした黒い人型のエイリアンの如き生命体が召喚された。侵略者だけあって猛禽類のような独特のオーラをもっている。
初見のカードだ。亮は警戒を強める。
「僕はインヴェルズを呼ぶ者で守備モンスターを攻撃、魔の毒粉」
インヴェルズを呼ぶ者の吐いた毒粉がセットモンスターを消し飛ばす。
表側表示になったモンスターはサイバー・ドラゴンの蛹のような姿をした小さな機械龍。
「俺が守備表示にしていたサイバー・ラーヴァは戦闘によって破壊された時、デッキから同名カードを特殊召喚できる。俺はデッキよりサイバー・ラーヴァを守備表示で特殊召喚」
【サイバー・ラーバァ】
光属性 ☆1 機械族
攻撃力400
守備力600
フィールド上に表側表示で存在するこのカードが攻撃対象に選択された時、
このターン戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になる。
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
自分のデッキから「サイバー・ラーバァ」1体を
自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。
二体目のサイバー・ラーヴァが召喚された。壁モンスターを維持するだけではなく、墓地を肥やすことでキメラテック・オーバー・ドラゴンやサイバー・エルタニンを召喚する際に攻撃力を上昇させることができる優秀な下級モンスターだ。
このカードには戦闘ダメージを0にする効果があるので攻撃表示にしても良かったのだが『禁じられた聖杯』で効果を無効化されたりなどの可能性を考慮し守備表示にしておく。
それにこのモンスターは攻撃力よりも守備力の方が高い。たかが200の差だが時にその200の差が勝敗を分けることもある。
「……僕はカードを一枚セットしてターンエンド」
「俺のターン! ドロー」
漸く二ターン目が回ってきた。インヴェルズを呼ぶ者を召喚したことからほぼ確実に人形のデッキはインヴェルズ。
幸いにして保険のカードもある。ここは相手の出方を伺う意味でも攻めるべきだろう。
「手札よりサイバー・ドラゴン・ツヴァイを攻撃表示で召喚する」
【サイバー・ドラゴン・ツヴァイ】
光属性 ☆4 機械族
攻撃力1500
守備力1000
このカードが相手モンスターに攻撃するダメージステップの間、
このカードの攻撃力は300ポイントアップする。
1ターンに1度、手札の魔法カード1枚を相手に見せる事で、
このカードのカード名はエンドフェイズ時まで「サイバー・ドラゴン」として扱う。
また、このカードが墓地に存在する場合、
このカードのカード名は「サイバー・ドラゴン」として扱う。
デュエルアカデミアに入る前、まだ亮が小学生だった頃に丈とトレードしたツヴァイが威嚇するように咆哮する。
ステータスは1500。丁度サイバー・ドラゴンとプロト・サイバー・ドラゴンの中間あたりに位置するモンスターだ。
このカードを手に入れた事により亮はサイバー・ドラゴンを九枚デッキに投入できるも同然となりサイバー・エンド・ドラゴンの召喚率を格段に上げていた。
「……サイバー・ドラゴンの派生モンスターか。だけど攻撃力はインヴェルズを呼ぶ者の方が上だ」
「しかしツヴァイにはダメージステップの間、攻撃力を300ポイント上げる効果がある。バトルフェイズ! ツヴァイでインヴェルズを呼ぶ者に攻撃! エヴォリューション・ツヴァイ・バースト!」
吐き出された衝撃波がインヴェルズを呼ぶ者を破壊する寸前、人形がリバースカードをオープンした。
「罠発動、次元幽閉。攻撃してきたモンスターを除外する……」
【次元幽閉】
通常罠カード
相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。
その攻撃モンスター1体をゲームから除外する。
サイバー・ドラゴン・ツヴァイが空間に空いた次元の隙間に吸い込まれていく。
次元幽閉。亮もデッキに入れている優秀な罠カードだ。このカードの強みはなんといってもモンスターを破壊することではなく除外することにあるだろう。
除外効果のため破壊耐性のあるモンスターにも通用し、墓地ではなう除外ゾーン送りにすることでモンスターの再利用を強く禁じる。
デッキによってはミラーフォースよりも優先的に採用されることもあるほどだ。
「こうもツヴァイが消えるとはな。俺はこれでターンを終了する」
「……僕のターン」
カイザーの誇るサイバー・ドラゴンの一角を早々に消し去った人形は淡々としたものだった。
機械のように黙々とインプットされた作業を続行する。
「僕は天使の施しを発動して三枚ドローして二枚捨てる。そしてインヴェルズを呼ぶ者を生贄にインヴェルズ・ギラファを攻撃表示で召喚する」
【インヴェルズ・ギラファ】
闇属性 ☆7 悪魔族
攻撃力2600
守備力0
このカードは「インヴェルズ」と名のついたモンスター1体をリリースして
表側攻撃表示でアドバンス召喚できる。
「インヴェルズ」と名のついたモンスターをリリースして
このカードのアドバンス召喚に成功した時、
相手フィールド上のカード1枚を選択して発動できる。
選択した相手のカードを墓地へ送り、
自分は1000ライフポイント回復する。
インヴェルズを呼ぶ者のような役職名で呼ばれる下級モンスターとは異なる正真正銘の『侵略者』がフィールドに悠然と降り立った。
ギラファという名前から察するに世界最大の体長を持つクワガタムシ「ギラファノコギリクワガタ」をモデルとしているのだろう。
世界最大の名をモチーフにしているのは伊達ではなく『インヴェルズを呼ぶ者』とは比べ物にならないほどの殺人的気配を自然体でものとしていた。
「インヴェルズ・ギラファは星7の最上級モンスターだけどモンスター効果によって『インヴェルズ』と名のつくモンスターを一体の生贄で召喚することができる。
更にインヴェルズ・ギラファが召喚に成功した時、ギラファのモンスター効果が発動。相手フィールドのカードを選択し墓地へ送り、僕は1000ポイントのライフを回復する。僕はサイバー・ラーヴァを墓地へ送る」
ギラファが手を突きだすと不可視の波動に呑まれサイバー・ラーヴァが音もなく消え去った。
人形LP4000→5000
「サイバー・ラーヴァの効果は戦闘破壊のみに対応している。効果破壊にも有効だったとしても墓地に送るだから無意味だけど。
だけどこれだけじゃない。僕は生贄にしたインヴェルズを呼ぶ者のモンスター効果を使う。このカードが生贄召喚の生贄になった時、デッキから下級インヴェルズを特殊召喚できる。僕は二体目のインヴェルズを呼ぶ者を攻撃表示で召喚」
二体のインヴェルズの合計攻撃力は4300だ。
「バトル。僕はインヴェルズ・ギラファでダイレクトアタック」
「させない。リバース発動、和睦の使者! このターンの戦闘ダメージを0にする」
【和睦の使者】
通常罠カード
このカードを発動したターン、相手モンスターから受ける
全ての戦闘ダメージは0になる。
このターン自分のモンスターは戦闘では破壊されない。
「……バトルを終了する。僕はこれでターンをエンド」
和睦の使者がなければ今のダイレクトアタックで決着がついていただろう。
亮は彼にしては珍しく冷や汗をかいた。
カイザー亮 LP4000 手札4枚
場 なし
人形 LP4000 手札4枚
場 インヴェルズ・ギラファ、インヴェルズを呼ぶ者
「俺のターン、ドロー」
オープニングは終了だ。そろそろ巻き返しをしなければ、このまま押し切られる。インヴェルズのパワー相手にずっと防戦一方なのは百害あって一利なしだ。
ならば攻めて攻めて攻めるのみ。
「魔法カード、精神操作! 相手モンスター1体のコントロールをこのターンの間だけ奪取する。俺はインヴェルズ・ギラファを選択」
【精神操作】
通常魔法カード
相手フィールド上のモンスター1体を選択して発動できる。
このターンのエンドフェイズ時まで、選択したモンスターのコントロールを得る。
この効果でコントロールを得たモンスターは攻撃宣言できず、リリースする事もできない。
インヴェルズ・ギラファが透明な糸に操られ、人形から亮のフィールドに移る。
精神操作はブレインコントロールなどと異なり裏側守備表示モンスターも奪い取ることが可能だが、攻撃することも生贄素材にも出来ないのがネックだった。
しかしそんなことは亮も承知済み。
「俺は手札よりサイバー・ヴァリーを攻撃表示で召喚。更に魔法カード、機械複製術を発動! このカードは自分の場の攻撃力500以下の機械族モンスターを選択し、同名カードを二枚までデッキより特殊召喚することができる。
現れろ。二体のサイバー・ヴァリー!」
【サイバー・ヴァリー】
光属性 ☆1 機械族
攻撃力0
守備力0
以下の効果から1つを選択して発動できる。
●このカードが相手モンスターの攻撃対象に選択された時、
このカードをゲームから除外する事でデッキからカードを1枚ドローし、
バトルフェイズを終了する。
●このカードと自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を
選択してゲームから除外し、その後デッキからカードを2枚ドローする。
●このカードと手札1枚をゲームから除外し、
その後自分の墓地のカード1枚を選択してデッキの一番上に戻す。
【機械複製術】
通常魔法カード
自分フィールド上に表側表示で存在する
攻撃力500以下の機械族モンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターと同名モンスターを2体まで自分のデッキから特殊召喚する。
三体のサイバー・ヴァリーが並んだ。
普段は壁モンスターとして使用していたサイバー・ヴァリーだったがこのモンスターにはもう一つの特殊能力がある。
「そしてサイバー・ヴァリーのモンスター効果発動。このカードと自分フィールドの表側表示モンスターを一体選択しゲームより除外。デッキからカードを二枚ドローする。
俺はサイバー・ヴァリーとインヴェルズ・ギラファを除外し二枚ドロー! 更に二体のサイバー・ヴァリーを除外して二枚ドロー!」
「……そうか。精神操作が禁じているのは生贄と攻撃だけ。除外ならば問題なく出来る。僕の場の最上級モンスターを除外しつつカードを四枚もドローしデッキ圧縮まで行う。これがカイザー亮」
四枚もドローした甲斐もあり亮の手札にはキーカードが揃った。
「いくぞ。俺は魔法カード、融合を発動。手札の二体のサイバー・ドラゴンを融合する。現れろサイバー・ツイン・ドラゴン!」
【サイバー・ツイン・ドラゴン】
光属性 ☆8 機械族・融合
攻撃力2800
守備力2100
「サイバー・ドラゴン」+「サイバー・ドラゴン」
このカードの融合召喚は、上記のカードでしか行えない。
このカードは一度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。
サイバー・エンド・ドラゴンには劣るものの、かなりの巨体をもつ機械竜が粒子と共に現れる。
攻撃力もサイバー・エンドより劣るが二回攻撃できるモンスター効果により場合によってはサイバー・エンドよりも活躍できる可能性をもったモンスターだ。
「バトル! サイバー・ツイン・ドラゴンの攻撃、エヴォリューション・ツイン・バースト! 第一打ァ!」
光の奔流を前にしてインヴェルズを呼ぶ者は抵抗すらできずに粉砕された。
攻撃表示だったためその差分のダメージが人形を襲う。
「サイバー・ツイン・ドラゴンの二回目の攻撃、第二打ァ!」
インヴェルズを呼ぶ者を粉砕した光が今度は人形を襲うが、まるで動じずに棒立ちしたまま光を受ける。
人形LP5000→1100
「……これでターンは終了ですか?」
淡々と事務的に人形が確認してくる。
「ああ。俺はこれでターンエンドだ」
「では僕のターン、僕は手札よりインヴェルズの魔細胞を特殊召喚」
【インヴェルズの魔細胞】
闇属性 ☆1 悪魔族
攻撃力0
守備力0
自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、
このカードは手札から特殊召喚できる。
このカードは「インヴェルズ」と名のついたモンスターの
アドバンス召喚以外のためにはリリースできず、
シンクロ素材にもできない。
小さな黒い塊のモンスターが人形の足元に出現する。攻守ともに0のモンスターらしく、亮が踏みつければそのまま死んでしまいそうな脆さがあった。
「インヴェルズの魔細胞は自分の場にモンスターがいない時、手札から特殊召喚できる。そして僕は死者蘇生を使い、墓地に捨てたインヴェルズ万能態を蘇生」
【インヴェルズ万能態】
闇属性 ☆2 悪魔族
攻撃力1000
守備力0
「インヴェルズ」と名のついたモンスターをアドバンス召喚する場合、
このカードは2体分のリリースとする事ができる。
インヴェルズ万能態は攻撃力1000の弱小モンスターだ。だがこのモンスターの強みはインヴェルズモンスターの生贄に使用する際、二体分の生贄として使用できることにあるだろう。
万能態はカイザー・シーホースなどと並ぶインヴェルズ限定のダブルコストモンスターなのだ。
「僕はインヴェルズ万能態とインヴェルズの魔細胞を生贄にする。三体のインヴェルズを贄とし降臨せよ。最強の侵略者。インヴェルズ・グレズ! 攻撃表示で召喚する」
【インヴェルズ・グレズ】
闇属性 ☆10 悪魔族
攻撃力3200
守備力0
このカードは特殊召喚できない。
このカードを通常召喚する場合、
自分フィールド上の「インヴェルズ」と名のついた
モンスター3体をリリースして召喚しなければならない。
1ターンに1度、ライフポイントを半分払う事で、
このカード以外のフィールド上のカードを全て破壊する。
最強の侵略者。インヴェルズ・グレズ。生贄に三体のインヴェルズを要することから、その召喚難易度は三幻神のそれよりも重い。
正にインヴェルズにとっての究極の切り札。
殺戮的な鎧染みた外装。黄金に光り輝く棘は鎧武者の兜を思わせる。サイバー・エンド・ドラゴンにも微塵も見劣りしない力の奔流を亮は感じた。
「ふ、ふふふ」
そんな絶対的侵略者を前にして亮は笑う。
「……なにがおかしい?」
「可笑しいんじゃない。嬉しいんだ。インヴェルズ・グレズを召喚した時、まるで見えなかったお前の熱い心が漸く垣間見えた。こうやって大型モンスターを召喚したり切り札を呼び出すのはデュエルモンスターの醍醐味だからな。俺も大好きだよ。自分のエースをフィールドに出すのは。……自分でも子供じみているとは理解しているが、どうしてもワクワクしてしまう。
一人のデュエリストとして断言しよう。お前は『
「……戯言だ。僕はただの人形、それ以下でも以上でもない。僕はインヴェルズ・グレズのモンスター効果を発動、一ターンに一度、ライフを半分支払うことでこのカード以外のフィールぞ上に存在するカードを全て破壊する。侵略の極炎ッ!」
人形LP1100→550
インヴェルズ・グレズの闇の波動が波のように広がりサイバー・ツイン・ドラゴンを呑み込んでいく。
サイバー・ツイン・ドラゴンは苦しそうに抵抗していたが、やがて黒い奔流に呑まれて破壊された。
「これでフィールドはがら空き。インヴェルズ・グレズでダイレクトアタック、インヴェルズ・カーネル・インフェルノ!」
「ぐっ、ぅう!」
黒い炎が亮のライフを焼き払う。防御用カードはなかったのでそのエネルギーを遮るものはなにもない。
完全なる直撃であった。
カイザー亮 LP4000→800
「……僕はターン、エンドだ」
「俺のターン。フ、必死に自分を抑えようとしているがデュエリストとしての魂をそう隠し通せるとは思わない事だ。
何度でも言おう。お前は人形ではなくデュエリストだとな! 俺はモンスターをセットしてターンエンド」
「僕のターン、僕はもう一度グレズのモンスター効果を使う。ライフを半分払いフィールドのカードを全て破壊!」
人形 LP550→275
亮がセットしていたモンスターが破壊され墓地へ送られる。
「残念だな。俺のセットしたモンスターはカードガンナー。このカードが破壊された時、俺はデッキからカードをドローできる」
「くっ……! だけどフィールドはがら空きになった。これで決める。インヴェルズ・カーネル・インフェルノ!」
「相手の直接攻撃宣言時、バトルフェーダーを特殊召喚しバトルフェイズを終了する!」
【バトルフェーダー】
闇属性 ☆1 悪魔族
攻撃力0
守備力0
相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動できる。
このカードを手札から特殊召喚し、バトルフェイズを終了する。
この効果で特殊召喚したこのカードは、
フィールド上から離れた場合ゲームから除外される。
十字架の形をした一つ目のモンスターが手札から飛び出すと、インヴェルズ・グレズが攻撃を止める。
バトルフェーダー、手札誘発の防御カードだ。手札からの発動の為、罠カードよりも安全性に優れている。ワンターンキル防止のために投入しておいた正解だった。
「……っ! 僕はターンエンド……」
「俺のターン、カードを一枚セットしてターンエンドだ」
「今度こそ……! 僕のターン、モンスター効果発動! 侵略の極炎!」
「その効果にチェーンして罠カード発動。威嚇する咆哮、このターンお前は攻撃宣言を行うことができない」
【威嚇する咆哮】
通常罠カード
このターン相手は攻撃宣言をする事ができない。
破壊されたバトルフェーダーは自身の効果により墓地にはいかず除外される。
しかし威嚇する咆哮の効果によって、このターン、どれだけ亮のフィールドが無防備だろうと人形は攻撃することができない。
「どうした? 熱くなるのはいいが、あんまり熱くなり過ぎると状況を見誤るぞ。熱さをもちながらも冷静さを失わないのが肝要だ」
「……何度も言わせないでくれ。僕は人形、ただの人形。熱さなんて、あるはずがないんだよ」
「どうしてお前はそこまで『人形』であることに固執する? よりにもよってグールズなどの」
これだけのプレイイングができるほどのデュエリストがグールズの使い走りの人形に甘んじているのが気になって、亮は気付けば言葉に出して尋ねていた。
人形はやや顔を強張らせると、一瞬躊躇するように目を伏せてから話し始めた。
「……グールズを、選んだのに特に大きな理由はないよ。ただ僕は……あんまり覚えていないんだけど、嘗てグールズの前ボスの『千年アイテム』に操られていたらしいんだよ」
「千年アイテム!?」
デュエリストの間に実しやかに囁かれる千年アイテムの伝説。古代エジプトにおいて禁断の錬金術によって生み出されたそれらは担い手に『闇のゲーム』を行う力を与えるという。
千年アイテムの伝説の一つに嘗てのグールズのボスが千年アイテムを所有していたというのがある。人形を信じるならその噂は正しかったのだろう。
「……そのことを恨んでるわけじゃない。僕は操られる前から自分なんてものはずっと自分の中に閉じ込めていたんだから。僕は人形だからグールズが再結成する際に、その求めに応じたんだ。人形は持ち主の思うままに踊るだけが仕事だからね」
「自分を、閉じ込めた?」
「僕はね、親を殺したんだよ」
「―――――――っ!」
親殺し。人間が行う罪の中でも最も罪深いものとされる一つ。
明らかな事実として吐き出されたそれに亮は言葉を失う。親を殺すことがどういうことなのか想像もつかない。亮にも人並みに両親はいるし、師父と慕う人物もいる。そんな人間を手にかけるなど考えるだけでも嫌悪感があった。
「親を殺した僕は自責の念で自分の殻に閉じこもった。僕が人形になったのもだからさ。自分で自分を閉じ込めた僕はさぞや操り易かっただろうしね。
当然、僕だってただ殺しただけで自分の殻に閉じこもったんじゃない。僕だって真っ当に罪を償いたかったさ! だけどね……法廷っていう正義の番人は『情状酌量の余地あり』なんていう言葉で僕から贖罪すら奪い取ったんだ!」
「……情状酌量」
「ほら見えるだろ。僕の顔に埋め込まれたピアス。僕の親はね、そこそこの知名度をもつパントマイマーでさ。子供である僕に後を継いでほしかったんだろうね。自分の出来なかった夢を子供でもう一度ってやつだよ。僕がなにかミスをする度に罰だって顔にピアスを埋め込んだり、髪を削ぎ落としたりした。お陰で学校でも友人が出来なかった。
だけど殺して良い人間でもなかった。僕は親が憎くて殺したんじゃない。ただある日、プツッって糸が切れて……気付けば血塗れの親が倒れていたよ。でも僕には殺しの罪を償うことすらできない。だってほら、僕は僕を実刑判決から免れさせてくれた弁護士様によれば虐待を受けてきた可哀想な子供なんだからね! 虐待を受けたから罪を償う事も出来ないんだってさ。
自殺も考えたんだけどね。情けない事に、僕には自分で自分を殺す勇気すらなかったんだよ。親は殺せるのに自分は殺せなかったんだ。本当に、情けない」
「――――俺は誰かをこの手に殺めたことがあるわけじゃない。故に贖罪を求めるお前にどういう風に声を掛ければいいのかも、情けない話だが分からない。
だから俺はデュエリストとしてこれだけは言おう! お前は自らの殻に閉じこもってなどいない! 殻に閉じこもりながらも闘志を滲みだしているお前は自分で自分の殻を破ろうとしている! 後は踏みだすだけで、その殻を破ることができるのだと……教えてやる。
前に進もうとするデュエリストの可能性を。俺のターン! ドロー!」
ドローした瞬間、確信する。カードテキストを読まなくても鼓動で感じる事が出来た。
やはり友達というのは頼りになる。こんな戦いでも自分を助けてくれる。
「俺が引いたカードはサイバー・エルタニン! 墓地の光属性機械族モンスターを全て除外しこのカードを特殊召喚するッ! 降臨せよ、サイバー・エルタニンッ!」
【サイバー・エルタニン】
光属性 ☆10 機械族
攻撃力?
守備力?
このカードは通常召喚できない。
自分フィールド上及び自分の墓地に存在する
機械族・光属性モンスターを全てゲームから除外した場合のみ特殊召喚する事ができる。
このカードの攻撃力・守備力は、このカードの特殊召喚時に
ゲームから除外したモンスターの数×500ポイントになる。
このカードが特殊召喚に成功した時、
このカード以外のフィールド上に表側表示で存在するモンスターを全て墓地へ送る。
丈とトレードしたサイバー流の新たなる力。カイザー亮が誇る裏・切り札。
サイバー・エルタニンが召喚されると同時にこのカードを除いたフィールドのモンスター全てが消滅する。インヴェルズ・グレズも例外ではない。
「サイバー・エルタニンの攻撃力は除外したモンスターの数×500ポイントとなる。俺の除外したカードは五体。よって攻撃力は2500ポイントッ!
バトルフェイズ! サイバー・エルタニンでダイレクトアタック、ドラコニス・アセンション!」
「僕は……」
人形 LP275→0
サイバー・エルタニンの攻撃でライフが0を刻む。遠くの方でロックの一つが解除された音がした。
人形だった男はただ蹲って自分が敗北したという事実を噛みしめている。亮は振り返らずに声を掛ける。
「良いデュエルだった。今度はグールズでも人形でもないお前とデュエルをしよう」
もう言葉は要らなかった。自分の思いは全てデュエルという形でぶつけたのだから。
亮は静かにその場を立ち去った。
カイザー「今日の最強カードはサイバー・エルタニン」
人形「ではなくインヴェルズ・グレズ。インヴェルズ三体を生贄にすることで通常召喚できる大型モンスターだよ」
カイザー「なっ!? 俺のエルタニンが!?」
人形「ライフを半分払う事でこのカード以外のフィールドのカードを全て破壊するっていう『裁きの龍』や『デミス』に似た強力な効果をもっているけど、重い召喚条件をもっているから、このカードを採用する場合はインヴェルズ万能態はほぼ必須カードになるよ」
吹雪「ライフ半分っていうのは重いライフコストに見えがちだけど、ライフ4000のデュエルだとなまじ1000や2000って指定されているよりも場合によっては軽いね。残りライフが1000未満でも効果を発動できるっていうのは『裁きの龍』にはない強みだ」
カイザー「俺のエルタニンーーーーーーーーーーーーーーーッ!」
宍戸丈「れ、れ、れ、冷静になれ」
原作での人形のデュエルはマリクが中に入って操っていてのものなので、人形のデッキはわりと適当に決めました。具体的に言うとくじ引きで。
ちなみに人形が親を殺したのは原作設定ですが、経緯や親については捏造設定です。