I2カップ決勝戦も大詰めだ。常勝の帝王のフィールドには罠封じのサイコ・ショッカーと強力無比なサイバー・エンド・ドラゴンが並んでいるのに対し、無敵の魔王のフィールドにはモンスターがおらず伏せカードもない。
殆どの観客はカイザー亮の勝利を信じて疑っていないだろう。ライフも100でフィールドはがら空き、この状態から逆転するなど出来る筈もないと確信している。だが本物のデュエルを知る一部の人間は違っていた。
確かにフィールドだけに目を向ければ宍戸丈の命は風前の灯に見えるだろう。次に丈がターンエンドを告げるその瞬間に勝敗が決定的になると思うだろう。
しかし聡い目をもつ者は互いのプレイヤーのもつ手札枚数にも目を光らせていた。
融合を主体とするデッキにとって避けられない壁の一つとして手札の消耗率の高さがあげられる。通常の融合召喚を行おうとすれば融合素材モンスター二体と融合カード一枚、合計三枚ものカードを消費することになるのだ。
4000の攻撃力と貫通効果をもつサイバー・エンド・ドラゴンを始め、融合モンスターには強力なカードも多いが、それでも相手の出方によっては召喚して早々に退場という事態にもなりかねない。そうなれば残るのは三枚を失った手札だけ。
手札がどれだけ大切なのかはデュエルモンスターズというカードを少し齧った者ならば誰でも分かるだろう。手札一枚はライフ1000……否、場合によっては2000以上の価値を秘めているのだ。
大量消費によって亮の手札が既に一枚なのに対し、丈の手札は五枚。これは初期手札枚数と同等の数値だ。これだけあれば状況を引っ繰り返す事も十二分に可能である。しかも幾らライフ100といえど、二人の差は僅か1200。亮とて下級モンスターの一度の直接攻撃で敗北する数値なのだ。
後は駆け引き。
どのようにしてサイバー・エンド・ドラゴンを倒し、その奥に佇むプレイヤーに攻撃を加えるか。
大半の観衆が丸藤亮の勝利を確信しているのに対して、デュエルの真髄を知る者達はどのようにして宍戸丈が抗うのかを見ていた。
I2カップ主催者でありI2社の名誉会長であるペガサス・J・クロフォードもその一人。
(excellent! 危険なギャンブルでしたが、この大会を開催した甲斐がありました。丸藤亮、宍戸丈、そして彼等共通のベスト・フレンドである天上院吹雪。本当に……懐かしい。彼等を見ているとあの三人を思い出しマース)
ペガサスは過去に思いを馳せる。
まだプロリーグなんてものが存在せず、デュエルアカデミアもなく、デュエルディスクも一部の選ばれたデュエリストのみが持つものだった時代。今も尚、世界中のデュエリストから畏敬の念を禁じえぬ存在たる三人の決闘者がいた。
歴代最強にして最高のデュエリスト、武藤遊戯。
三体の青眼の白龍を従えし孤高なる絶対者、海馬瀬人。
上の二人のような才能はなくとも天性の幸運と根性により至高の舞台に上がった凡骨、城之内克也。
三人が三人とも最初はデュエルモンスターズの生みの親たるペガサス・J・クロフォードにとってはとるにたらない存在であった。しかし彼等は自らの信念や仲間との結束を武器に何時かは創造者たるペガサスをも超える実力者となったのである。
(用いるカードからして、吹雪ボーイは城之内ボーイに近いでショウ。ルックスや華などでは対極といえますが芯にある熱いソウルは非常に似通ってマース。そしてカイザーボーイは海馬ボーイ。単純なパワーを武器にしながらも、それを魔法や罠で巧みにサポートするところなど非常に似通ったプレイングをします。そして宍戸丈……彼は)
順当にいけば宍戸丈が対応するのは"武藤遊戯"ということになるのだろう。しかしペガサスはより深くを片方しかない瞳で見通していた。
(宍戸ボーイはあの三人の中では遊戯ボーイに一番似ていマース。しかしそれは名も亡きファラオ……アテムと呼ばれし武藤遊戯ではなく、ファラオを打ち倒した本当の強さをもった少年、武藤遊戯デース)
ペガサスの隣に置かれたスーツケースからは見える者にしか感じられない黒い波動が湧きたっていた。そこに眠る邪神も疼いているのだろう。
精霊の宿るカードは所有者を選ぶ。
ある事情によりこの地上に産み落とされた邪神もまた、三幻神がそうだったように所有者を選定しようとしているのだ。この大会によって。
(神を従えることが出来るのは選ばれしデュエリストだけ。ゲームの創造者であり千年アイテムの一つを保有していた私にすら……神のカードは扱いきれない。いえ扱うことは出来るでしょう。邪神のカードは三幻神のカードと違い、選ばれなかったデュエリストに裁きの鉄槌を下すようなことはしないのですから)
邪神は不相応な使い手を裁きはしない。ただ奪うだけだ。心を侵食し心を塗りつぶし心を我が物とする。カードを支配するはずのデュエリストが逆にカードによって支配されてしまう。それが邪神に魅入られたものの末路だ。
故に真の邪神の担い手になるには、邪神の闇をも屈服させる
(既に二枚の邪神は亡霊たちの手に渡ってしまっている。私の手元に残ったのは最後の一枚、イレイザーのカードだけ)
最悪の未来。もしも三枚の邪神全てが亡霊たちの手に渡り、そして三邪神全てがその所有者の心を支配してしまった時。
(世界は――――――未曾有の危機に陥る…かもしれない)
失われた片目が疼く。
嘗てそこにあった黄金の義眼が大邪神の復活を望み荒れ狂っているような錯覚を覚えた。
ペガサスが邪神のことに思考を巡らせている頃、亮と丈の共通の友人である吹雪は観客席の最前列に座り二人の戦いを食い入るように見つめていた。
一分一秒たりともこの戦いを見逃すまいと目は限界まで見開かれている。
隣に座る妹が話しかけても曖昧に返事するだけだ。過保護であり妹を溺愛している吹雪にしては信じられないようなことだが、それほどまでにこの戦いが大切なのだろう。
(楽しそうだな二人とも)
吹雪の目から見て亮と丈の表情は未だかつて見た事がないほどに晴れ晴れとしていた。きっと全身でデュエルを楽しんでいるのだろう。
もはや二人には観客の歓声も視線も路傍の石ころ以下のものに違いない。彼等の頭と目には互いしか映ってないのだ。
「悔しいなぁ」
気が付けば吹雪の口からそんな言葉が漏れ出していた。
もしも準決勝第二試合で丸藤亮を倒していれば、あそこに立っていたのは自分だったのだ。あそこで生涯でも一二を争う最高のデュエルをしていたのは自分だったのである。
それが何とも妬ましく悔しく……羨ましい。
「珍しいじゃない、兄さんがそんなこと言うの」
妹の明日香が目をまんまるにしながら声をかけてきた。明日香は兄が露骨に悔しさを露わにするところを見た事がなかったのだ。常に余裕気であり飄々と、時にコミカルに困難を鼻で笑いながら乗り越える。それが普通の天上院吹雪なのだから。
「あすりんの前で言うのは格好悪いけど……やっぱり僕はあそこに立ちたかったんだよ。とってもね」
「亮が妬ましい?」
「否定すれば嘘になるね。ああ妬ましい……嫉妬という感情は余り抱かないタイプなんだけど、僕の胸の中で渦を巻くコレが嫉妬だと自信を持って断言できる。だけど恨んではいない。僕と亮はお互いに全力をだして戦い、そして結果的に僕が負けた。亮が勝って決勝戦に進んだ。あの戦いには満足しているし異を唱えるつもりもないんだ。だけど、デュエリストの魂っていうのが叫んでいるのさ。自分もあそこに行きたい、行って戦いたいってね」
「行けばいいじゃない?」
「えっ」
「I2カップは次もあるか分からないけど、最高の舞台がここだけとは決まってないでしょ。これから先には今日以上に最高の舞台があるかもしれないじゃない。そこで今度こそ亮や宍戸先輩……いえ、丈さんを倒して兄さんが勝てばいいわ。私は兄さんの強さを知ってる」
「ふふふふ、妹に励まされるなんて兄失格かな。でも有難う。お蔭でやる気が出た。――――――――頑張れ二人とも、どっちも頑張れ。そして次は僕が勝つ」
晴れ晴れとした顔で吹雪は二人の親友に激励をした。
この大歓声に比べれば吹雪の声は小さいものだったろう。それでも二人の決闘者は同時に吹雪の方を見ると、二人してニヤリと笑ってみせた。
――――――――――数多の思惑と願いをのせ、I2カップ最終戦は終盤戦に向かおうとしている。