海外という言葉があることからも、日本において外国といえば海を渡った先であるというイメージが強いといえるだろう。これは日本が四方を海に囲まれた島国であり、外国への移動に飛行機や船を必須とするのが一番の原因だ。だが他の国にとってはそうではない。
態々実行する人間は稀だろうが、日本の隣国である中国などは、その気になれば陸路だけでヨーロッパまで行くことも出来る。アメリカ合衆国にとってのメキシコは、そういう地続きで繋がっている国の一つだった。
アメリカとメキシコの詳しい関係については一々説明すると長くなるので割愛するが、ともかく宍戸丈はホプキンス教授とレベッカの頼みでメキシコにある古代遺跡へとやって来ていた。
「改めて今日はすまなかったね。プロの君にこんな所まで付き合わせてしまって」
「構いませんよ。レベッカにはアメリカではなにかと世話になっていますし、教授にも良い家を紹介して貰いましたから恩返しです。
それに俺も嫌いじゃありませんから。宝探しや遺跡探検っていうのも。にしても……」
「どうしたのジョウ? 私の顔になにかついてる?」
「いや顔ではなく……」
大学では学者らしく私服の上に白衣をを着込んでいたレベッカだが、今日は遺跡の調査の為に身動きのしやすい恰好で着ている。ホプキンス教授も同様だ。
対して丈が纏っているのは普段プロリーグの試合でも使っている〝魔王〟の衣装である。この衣装は如何なる状況に巻き込まれようと対応できる動きやすさと、下手な銃弾なら弾き返す防弾性能を備えたI2社の特注品だ。なので遺跡調査という危険な場所に赴くのに決して不適切ではないのだが、やはりどうしても見た目の異物感というのは拭えない。
自分の姿を客観視すれば、きっと探検隊に秋葉原のコスプレ男が紛れ込んだように映ることだろう。そうやって丈が頭を悩ませていると、レベッカは挑発げに「ふーん」と言うと。
「もしかして……いつもとは違う私にドキッとしちゃった?」
「ああ、もうそういうことでいいや。レベッカ、普段とは違う君も素敵だよ。貴女の美しさを目の当たりにすれば、天上の女神すら嫉妬と羞恥で頬を染めるだろう」
「まったく心がこもってないわね。それなんの台詞よ」
「学生時代に吹雪が押し付けてきた小説だ。ちなみにこれは主人公じゃなくてヒロインに横恋慕するイケメンの台詞だよ。更に補足するなら最初こそ主人公とヒロインとイケメンを交えた三角関係だったのが、話が進むにつれて主人公とイケメンの友情がクローズアップされてヒロインが空気になる」
「言っておくけど私は空気になるつもりなんてさらさらないわよ」
「俺は捨てたものでもないと思うよ。そこに居ることを意識しないほど当たり前で、いなくなられると苦しくなって死んでしまう。素敵じゃないか」
「意外。とんだロマンチストなのね」
「――――――というようなセリフを、影が薄いことを悩んでいた後輩に吹雪がアドバイスしていた」
「アメリカにいた時は一日中女の尻を追いかけているか、女に尻を追いかけられているかのイメージしかなかったけど、そこそこ先輩やってたのね。彼」
「吹雪はあれで面倒見の良い奴だよ。だから女にモテても男から妬まれにくいんだ。あいつは男にもモテるからな」
吹雪の名誉のために捕捉するが、ここでいうモテるとは友人的な意味合いであって決してくそみそ的な意味ではない。
もっともそこらのアイドルが裸足で逃げ出すほどに容姿が整っている吹雪である。日本より同性愛が進んでいるアメリカでの留学中に、同性から色目を使われた可能性は皆無ではない。流石にこんなことは丈も本人に聞いてはいないが。
「二人とも。仲が良いのは結構だが、そろそろ中に入るから続きは帰ってからで頼むよ」
ホプキンス教授に言われて丈とレベッカは口を噤む。丈はあくまで今回限りの助っ人のようなもので、レベッカは教授の補佐。この場での上位者の言葉には忠実にならなければならない。探検などの時は特に集団の統率が重要なのだから。
遺跡発掘の一番のベテランであるホプキンス教授を先頭に、丈、レベッカの順で赤き竜の伝説が眠る遺跡を進む。
恐らくは千年以上前の建造物なのだろう。造りはしっかりしており『崩れてくるのではないか』という不安を抱かずに済みそうなのが不幸中の幸いである。
所々の壁には意味不明な文字列や絵が描かれていて、それと出くわすたびにホプキンス教授は立ち止まっては何事かをメモしていた。門外漢の丈にとっては意味不明でも、考古学者の教授にとっては違うのだろう。
だが遺跡に潜って三十分もすると、もう絵や文字もなくなっていき、延々と続く入り組んだ廊下を歩くだけの作業となっていった。
「ところで教授、一つ質問しても構いませんか?」
「なにかね?」
このまま黙って歩くのも退屈だった丈は、この際に疑問に思っていたことを教授にぶつけることにした。
「どうして俺をレベッカ経由でこの遺跡に?」
「…………」
「自慢じゃありませんが、俺は考古学なんてまったくの専門外です。そりゃ体力には自信はありますし足手まといにはならないかもしれませんが、俺より遺跡発掘に優れた人材なんてそれほど幾らでもいるでしょう」
ホプキンス教授は孫娘の知り合いだからという理由で、プロデュエリストを遺跡調査に誘うほど酔狂な人物ではない。そのくらいのことは出逢ってまだ数年たらずの丈でも分かる。
故にホプキンス教授が例え無理をしてでも『宍戸丈』というデュエリストを招いたのには相応の理由があるはずなのだ。
「ジョウ。それはね――――」
「レベッカ」
「お祖父ちゃん?」
「彼を招くよう頼んだのは私だ。私が説明するよ」
「教授……」
ホプキンスの真剣極まる表情に、自然と丈の口が真一文字に締まる。
「宍戸丈くん。君はデュエルモンスターズのルーツは知っているかな?」
「三千年前のエジプトで行われていた
ペガサス島以前は極々一部の人間しか知らなかったことも、バトルシティトーナメントで三幻神の存在が公になり、デュエルモンスターズが一般化されるにつれて、多くの情報が公開されていった。デュエルモンスターズの起源もその一つである。
デュエルモンスターズはエジプトが起源なんてことは、アカデミアの中等部入学試験にも出てくるような初歩の初歩だ。一定以上の情報通なら決闘王に三千年前のファラオが宿っていたという噂も掴んでいるだろう。
「その通りだ――――いや、敢えてそう思われていたと言い換えようか」
「……ペガサス会長の言葉が誤りだと?」
「そうは言わないよ。ペガサス会長がエジプトの石版を見つけたのが、デュエルモンスターズ誕生のルーツなのは間違いない。しかしデュエルのルーツはディアハがルーツとは必ずしも断言できないというのが私の学説だ。学会での評価は散々だがね」
デュエルモンスターズの起源は
「私はこれまで世界中の遺跡に赴いては、そこでカードやモンスターを戦わせる『ゲーム』の存在らしきものを見つけてきた。例えば旧約聖書に伝えられるソロモン王は七十二の悪魔をカードに封印して使役していたというし、ゲオルグ・ファウストも自分の魂をコストにすることで、冥界の悪魔との契約を結んだという。
ペガサス会長が最初に見つけたのが偶々エジプトの石版だっただけで、同じような闇のゲームは世界中の至るところで行われてきた可能性がある」
「…………」
「アトランティスの神が現実に牙を剥いた事件に私は遭遇した。そしてアトランティスの王であるダーツが操っていたのは、全てのカードの創造主であるペガサス会長すら知らないアトランティスの神を宿したカードさ。
それにこれは一か月ほど前の話だが、ドイツの美術館に展示されていた北欧の三極神オーディン、トール、ロキを描いた絵画に奇妙なことが起こったそうだよ」
「奇妙なこと?」
「〝消えた〟のだよ。絵画が、じゃない。絵画に描かれていた三極神だけが綺麗さっぱりと消えてしまったんだ。額縁と背景絵だけを残して。
このことから私は一つの仮説をたててみた。もしかしたら石版や絵画などに宿っている精霊たちが、自らの魔力を使ってデュエルモンスターズのカードに転生を果たしているのではないか、と」
ホプキンスの話を聞いて丈が思い出したのは三幻魔のことだった。
ペガサス会長が創造したわけでもなく、ただ気付けばカードとして存在し、世界を壊すほどの力からアカデミアに封印されていたカード。
荒唐無稽なカードが現実に存在していることを知っているがために、荒唐無稽なホプキンス教授の説を否定することは出来なかった。
「というと教授。まさかこの遺跡も?」
「……五千年周期で地縛神という邪神をしもべに、世界を冥界の闇で包もうとするダークシグナー達。それに五体の竜を使役し立ち向かった、赤き竜に選ばれた五人の
「五体の、ドラゴン」
直感的に丈の脳裏に時空を超えた舞台で共に戦ったスターダスト・ドラゴンの雄姿がフラッシュバックする。
スターダスト・ドラゴンはとても単なる精霊とは思えないほど強大な力を有していた。そして奇しくもスターダスト・ドラゴンはその名の通りドラゴン族。しかも自分や遊星たちが過去に移動する際に頼っていたのは『赤き竜』だ。
(これはもしかするかもしれないな)
抑えきれない興奮に丈の歩く速度が自然と上がる。
だがその時、突然遺跡中が大地震でも起きたかのように揺れ始めた。
「なっ! いきなり……っ!」
「ジョウ! カードケースが光って!」
「なに?」
丈がカードケースからデッキを取り出すと、三邪神のカードがなにかに呼応するかのように紫色の輝きを点滅させている。
何事かと丈が三邪神をまじまじと見たその瞬間、まるで砂で出来た城のように足場が崩れ始めた。
「なっ――――!」
「きゃ、ああああああああああああああああああ!!」
足場を喪失し落ちていく三人。なにも見えぬ暗闇が三人を呑み込んでいく。
けれど丈たちが暗闇に呑まれても、三邪神の輝きが消えることはなかった。
遊矢以外の遊矢シリーズは歴代主人公の性格を反対にしたものという考察がどこかにあり、ユーゴとユートについてはどこか納得していたところがあるのですが、第二期までの十代に覇王様に第四期の二十代と数々の進化系をもつ十代の反対のキャラというのは意外に難しいのではないかと思う今日この頃。
まぁあれで十代は熱血のように見えて冷めたところがあったり、友情に熱いようでいてわりと仲間に対してドライなので、ユーリは冷めたようで熱血だったり、薄情のようでいて友情に厚い男なのかもしれません。