宍戸丈の奇天烈遊戯王   作:ドナルド

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第150話  来襲する魔術師

 アカデミア倫理委員会によって、行方不明になった大徳寺教諭の捜索が夜通し行われたが、残念ながら成果は上がらなかった。大徳寺教諭が最後に確認されたアカデミア埠頭、そこからの痕跡が完全に途絶えてしまっている。PDLへの連絡も応答なしらしい。

 大徳寺教諭の担当していた『錬金術』の授業は、暫く別の教員が担当することになり、オシリスレッド寮の管理人は猫のファラオが代行することとなった。

 猫が管理人代行など、本当にそれでいいのかと思わなくもないが、実のところ大徳寺教諭は管理人としての仕事をまるでしていなかったので、いてもいなくても特に変わらないというのが正直なところなのだろう。それに実務的なものは購買部のトメさんが代行するとのことだ。

 時期的なことを踏まえれば、大徳寺教諭失踪事件には十中八九セブンスターズが関わっているだろう。

 だがこんなことを発表しても、生徒たちを無駄に怯えさせるだけでなんのメリットもない。そのため一般生徒たちには大徳寺教諭は『出張中』という風に知らされ、真実は隠されることとなった。

 大徳寺教諭行方不明を知るのは捜索にあたった倫理員会を除外すれば、七星門の守護者と一部の教員だけである。

 

「だからといって、まさかこんなタイミングで学園祭とはな」

 

 一般生徒や一般教員にセブンスターズの件が伝えないとなると、当然ながらセブンスターズを理由に行儀を変更することも出来ない。

 そのためセブンスターズとの戦いの最中でありながら、デュエル・アカデミアでは予定通り学園祭が執り行われていた。

 丈や亮のいるブルー寮の下では、赤・黄・青の生徒たちに外部客も交じって楽し気なムードが広がっている。

 

「やむを得まい。この学園祭は来年度の受験者のための『説明会』も兼ねている。彼等の為にも延期するわけにもいかないだろう。それにいつもいつも戦いでは精神が荒む。稀には祭りに興じて、気を紛らわすのも大切だ。特に十代は七人中三人と戦ってきたからな。休みは必要だ」

 

「…………」

 

 数年前の亮ならば、こんな祭りの日にも気を張り詰めて、一人だけ休まずデッキ調整やイメージトレーニングにも精を出していただろう。しかし亮は気を張るばかりではなく、適度に気を抜くことも覚えた。

 丈はNDLという過酷な環境に身を置くことで成長してきたが、亮は先輩として後輩達の面倒を見ることで、自分自身を見つめ直し更なる進化を遂げたのかもしれない。

 

「三日会わずんばなんとやら、か」

 

「ん? なにか言ったか?」

 

「別に。それより折角の機会だ。アカデミア最後の学園祭……俺達も楽しむとしよう。吹雪や藤原がいないのが残念だが」

 

「ならレッド寮に行かないか?」

 

「レッド寮?」

 

「翔や十代に誘われていてな。コスプレデュエル大会をするらしいぞ」

 

「コスプレ……」

 

 丈は入学時からずっと特待生寮に所属していたし、特待生寮が廃止になってからはブルー寮で生活していた。そのため校舎から離れた位置にあるレッド寮には、一度も足を運んだことがなかった。

 オシリスレッド寮の待遇が他の二つの寮と比べ悪い、というのは耳にしているが、この機会に一度見に行ってみるのも悪くないかもしれない。

 

 

 

 ブルー寮を出た丈と亮の二人は出店でたこ焼きとたい焼きなどを買いつつ、コスプレデュエル大会なるものが開かれているというレッド寮に足を運んだ。

 待遇は最悪という評判に嘘偽りはなく、丈が初めて目にするレッド寮は昭和のドラマにでも出てきそうなボロアパートそのもの。中世ヨーロッパの城そのもののブルー寮、綺麗で洒落たペンション風のイエロー寮と比べれば、その差は余りにも歴然としている。

 レッド寮に所属になった生徒が、一週間で挫折して転校したという噂が囁かれるのも無理はない。ただ寮そのものはオンボロでも、そこに所属する生徒たちの顔には笑顔があった。

 コスプレデュエル大会というだけあって、生徒たちはモンスターのコスプレ衣装に身を包み、その衣装に合ったデッキを使い観客を沸かせている。学園祭ということもあって普段のブルー寮とレッド寮の垣根もなく、観客席には学年・所属寮を問わない生徒たちがいた。

 勝利すれば仲間たちと馬鹿みたいに大笑いして、負けても勝者と一緒になって笑う。

 丈は目を細め、どこか寂しくそれを見詰める。敢えて横を見はしないが、亮も同じような目をしているだろう。

 三天才、四天王、特待生。

 アカデミア屈指の優等生として期せずしてエリート街道を進んできた丈たちには、ああいう風に大勢の生徒と馬鹿みたいに笑い合うなんて経験はなかった。

 自分達の歩んできた道程を後悔してはいないし、特待生として厳しい教育を受けたことは自身の血肉となっている。その経験は決して、目の前に広がるアレに劣りはしないだろう。

 だが自分の届かぬものというのは、想像以上に眩しく見えるものだ。

 

「上手く出来ているな」

 

「前田隼人――――あのコアラみたいな顔をした一年生がデザインをしたらしいぞ」

 

「一年生が?」

 

「翔の言っていたことだがな。彼はデュエル実技は苦手なのだが、絵を描くのは上手いらしい。インダストリアル・イリュージョン社のイラストコンテストにも何度か応募しているそうだ」

 

「成程。流石はアカデミア総本山。人材は眠っているものだ」

 

 ただ単にデュエルモンスターズの絵柄をそのまま書き起こしただけでは、ああも見事なコスプレ衣装にはならない。

 モンスターの全体像を理解しつつ、それを人間が纏うように再構成する。そうして出来上がったのがあのコスプレ衣装たちだ。

 中には人型モンスターのみならず、かなりの重量級モンスターのコスプレをしている生徒もいるが、彼等に衣装を持て余している様子はない。レッド寮に女生徒がいないせいで、コスプレに華がないのが唯一の難点だろうか。

 

「将来はカードデザイナーかな。いやあれほどの才能ならファッションデザイナーもいけるかもしれん」

 

「そうだな。――――丈、そろそろ十代のデュエルのようだぞ」

 

「!」

 

 遊城十代のデュエルと聞いて、丈も目を大きく見開いた。

 セブンスターズ七人のうち三人を撃破し、将来はパラドックスに『伝説の一人』と数えられたデュエリスト。彼が現段階でどういうデュエルをするのか、丈も一人のデュエリストとして大いに気になる。

 十代は様々な衣装を無理矢理合体させたような、珍妙なコスプレを纏って入場してきた。テーマはさしずめ融合事故といったところだろうか。かなり動き辛そうだ。

 そして十代の対戦相手は、

 

「な…なん……だと……?」

 

 時間が停止する。丈の視線の先にいたのは、なんとブラック・マジシャン・ガールだった。

 

『皆さーん! ルールを守って楽しくデュエルしていきますので、今日は宜しくお願いしまーす!』

 

「うぉぉおおおおおおおおおおお!! ブラマジガールきたぁああああああああああああ!!」

 

「やべぇ。俺、アカデミアに入って良かった……」

 

『これは凄いぞ! なんとブラック・マジシャン・ガールのコスプレ衣装に身を包んだ女生徒が飛び入り参戦だ!! 会場と僕も大盛り上がりです!! お父さん、お母さん。産んでくれてありがとう』

 

『ええぃ! なんだこの盛り上がりようは! まるで意味が分からんぞ!』

 

 観客に司会進行役の翔まで混ざって凄まじいヒートアップぶりである。冷静さを保っているのは十代と万丈目の二人だけだ。

 デュエルモンスターズでも不動のナンバーワンアイドルカードに瓜二つな少女が、パーフェクトにコスプレして現れたのだ。無理もないことだろう。

 しかし三邪神との戦いを潜り抜けた丈と亮の二人には分かる。あれはコスプレなんてチャチなものではない。あれは正真正銘、ブラック・マジシャン・ガールの精霊そのものだ。

 

「な、何故ブラック・マジシャン・ガールがこんなところに……? あれは遊戯さんと一緒に世界を旅しているはずでは……」

 

「丈。ブラック・マジシャン・ガールがこちらに手を振っているぞ」

 

「軽く振り返しておいてくれ。俺は知らん」

 

 丈はこれまで二回、ブラック・マジシャン・ガールの精霊と出会っている。

 時間軸上における一度目はパラドックスとの戦いで。そして時間軸上の二度目であり、宍戸丈の人生における最初の出会いだったI2カップ。

 あの大会で丈はマナという名前でエントリーしていたブラック・マジシャン・ガールと戦い、そのせいで『魔王』という二つ名を頂戴してしまったのだ。ある意味ブラック・マジシャン・ガールは『魔王』の生みの親といっても過言ではないだろう。

 今では『魔王』という渾名にも慣れはしたが、そんなこともあって丈は某ショタコン程ではないが、少々ブラック・マジシャン・ガールが苦手だった。

 

「まぁいい。デュエルするのは十代だ。今回は高みの見物をさせて貰うさ」

 

 なにも自分がデュエルをするわけではないのだから、変に意識する必要はない。気を取り直して丈は観戦モードに入る。

 だが丈は理解していなかった。そういう言動を、業界では『フラグ』ということを。

 

『デュエル!』

 

 そうこうしている間に十代とブラック・マジシャン・ガールのデュエルが始まる。

 ブラック・マジシャン・ガールの圧倒的過ぎる人気に、レッド寮のイベントでありながら十代が完全アウェーとなるなどというアクシデントはあったが、内容的には問題なく進行していった。

 こうして離れた位置から眺めていると、やはり逆境における十代の引きの強さには驚かされるものがある。

 

「教え子の晴れ舞台に行方不明とは大徳寺先生も浮かばれないな……」

 

「丈。大徳寺先生は死んだわけじゃないぞ。行方不明になっただけだ。残る一人のセブンスターズが襲って来た時、そいつを捕えて話を聞きだせば……必ず」

 

「だといいが」

 

「やけに悲観的じゃないか。お前らしくもない。なにか懸念事項でもあるのか?」

 

「室地戦人、明弩瑠璃。あの特待生寮に所属していた職員のうち二人がセブンスターズの手先だった。三人目がそうではないとどうして言い切れる」

 

 丈の言わんとした事の意味を悟り、自然と亮の表情が強張った。

 

「大徳寺先生がセブンスターズの一人、だと?」

 

「埋伏の毒。効果的な策の一つだろう」

 

 別に丈は大徳寺教諭を疑いたいわけでもないし、嫌いたい訳でもない。しかし大徳寺教諭に疑わしいことがあるのは事実だ。

 仲間を信じることは大切であるし、信用するのは美徳である。だが仲間の中に一人くらい仲間を疑う人間がいなければ、仲間という集団は唯一人の裏切り者によって壊滅するだろう。

 そしてこういう損な役回りは一年生ではなく、自分のような三年生がやるべきだ。

 

「ともかく俺も精霊たちに頼んで大徳寺先生の捜索をして貰っている。精霊たちならば(バー)の気配を辿ることもできるし、もし彼がまだこの島にいるのならば必ず見つけ出せるはずだ」

 

「もしも大徳寺教諭が実際に裏切り者だったのならば、どうする?」

 

「俺が倒すさ。十代や万丈目たちには知らせずに。大徳寺教諭には『出張』から『転勤』になってもらう」

 

 ただでさえ自分のデッキを盗まれるという失態を演じ、七星門の守護者たちに迷惑をかけてしまったのだ。先輩としてそれくらいやらなければ恰好がつかない。

 丈が先輩として決意を新たにしていると、コスプレデュエル会場の歓声が一段と大きくなる。どうやら決着がついたらしい。

 

「十代の勝ち、か。苦戦しながら最後に勝つあたりは流石だな」

 

 完全アウェーでありながら自身のデュエルを完遂してみせたあたり、タクティクスだけではなくメンタルも中々だ。プロデュエリストになる素養も十分すぎるほどだろう。

 

『いやぁ。ブラック・マジシャン・ガールがドラゴンに乗り始めた時はちょっとヒヤヒヤしたよ。でも楽しいデュエルだったぜ!』

 

『以上。勝者の兄……遊城十代さんへのインタビューでした!』

 

 司会の翔が勝者の十代へのインタビューを終えると、今度は敗者であるブラック・マジシャン・ガールへのインタビューへ移る。

 勝者よりもインタビューへの注目度が高い気がするのは、気のせいではないだろう。

 

『それではブラマジガールさん。惜しくも残念な結果に終わってしまいましたが、今日のデュエルはどうでしたか?』

 

『十代くんと一緒の感想かな。人前でデュエルするのは久しぶりだったから本当に楽しかったです』

 

「うぉぉぉおお! ブラマジガールちゃんサイコー!」

 

「結婚しよ」

 

「メルアド交換しようぜ!」

 

「本名教えてくれぇー!」

 

「彼女は瑠璃ではない!」

 

『どうやら観客の皆さんはブラマジガールさんの本名が気になるみたいですね。かくいう僕も気になります。ブラマジガールさんはアカデミアの生徒さんですか? それとも外部の来客者さんですか?』

 

『外部です。実はアカデミアにはマス……知り合いの頼みで様子を見に来ていただけだったんだけど、皆が楽しそうにしていたのでつい飛び入り参加しちゃった。お師匠様に知られたら怒られると思うけど後悔はしてません! あ、だけど一つだけ。アカデミアでやり残したことがあります』

 

『それはずばりなんですか?』

 

『宍戸丈くんとのリベンジマッチです!!』

 

 その声が響き渡るのと同時、丈が飲んでいたコーラを噴き出したのは言うまでもないことだ。

 

 




「あ…ありのまま今起こった事を話すぜ!
『俺はネオニュー沢渡さんのファンデッキを作ろうと思ったら、いつの間にかガチデッキになっていた』。
な…何を言っているのかわからねーと思うが、俺も何をされたのかわからなかった…頭がどうにかなりそうだった…
BFだとかM・HEROだとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…」

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