デュエルは終わった。
禁忌の術を用いて、禁忌の力を手にした室地戦人は、魔王と畏怖されたデュエリストにただの1ポイントのダメージを与えることすら出来ず敗北したのだ。
デュエルが終わったことで、室地戦人の肉体を一時的に増幅させていた呪いも消滅する。呪いという異常が消えたのならば、その肉体は元の自然な形に戻るが道理。
老人の体躯へと戻った室地戦人には、もう両足で自重を支えるだけの体力もなく、そのままぐらりと大地に崩れ落ちた。
「――――」
「宍戸……殿……」
そんな彼を『魔王』と呼ばれた男が駆け寄って受け止める。
「情けを……かけられますか……? 貴方の信用を…………裏切った相手に……」
「〝情け〟じゃない。これは亮風に言うならリスペクトだ。主人のため盗人という泥に塗れてまで尽くそうとした忠義に対しての。それにこれは少々恥ずかしい理由になるが。貴方が疲れた俺に用意してくれた夜食の味が、どうにも忘れられなくてな。また機会があれば作って欲しい」
それは宍戸丈という男の嘘偽りのない本心だった。
確かに他者のカードを盗むのは悪であろう。そのカードを使うのも悪いことだろう。そこに議論の余地などはなく、地獄の裁判官も同じ裁定を下すはずだ。
だが行為の価値とは善悪のみで決まる訳ではない。それが悪と呼ばれる行為だったとしても、命を懸けるほどの忠義には尊さがある。例えそれが悪と呼ばれる所業だったとしても、眩く光る宝石に見えるのだ。
己のカードを盗まれた怒りで、その輝きを踏み躙るほど宍戸丈は狭量ではない。
「ふっ。〝魔王〟などと呼ばれる御仁にしては…………随分と、甘い。だが悪すらも受け入れるからこその『魔王』なのかもしれませぬな……。ふふふふ、私の完敗、です。三邪神は御身に……返きゃ……」
デッキから三枚の邪神を抜き取ると、室地戦人は意識を失った。
呼吸は正常。心臓もしっかりと活動をしてくれている。幸いにして命に別状はなさそうだ。削られた寿命も、この程度ならば精霊が力を与えてやれば快復できるだろう。
丈は自分の意を汲んで威力を加減してくれたモンスターに、心の中で礼を言った。
「丈。久しぶりだな、本当に……」
「ああ。大体九か月ぶりか。――――すまん。冗談抜きで待たせすぎた。色々な意味で」
そう、本当に待たせすぎてしまった。予定ならばもうとっくにアカデミアに戻っている筈だったというのに、飛行機墜落から始まるアクシデントのせいで嘗てないほどの大遅刻をしてしまった。
セブンスターズという闇のデュエルを仕掛けてくるデュエリストが襲来してきたというのに、こんな様では四天王の名折れというものだろう。
「気にするな。色々ある一つは兎も角、お前に非はない。それと――――」
亮がニヤリと口端を釣り上げると、親指で後ろにいる二人を指さす。
どこか制服が馴染みきっていない雰囲気からいって二人とも一年生だろう。そして二人とも宍戸丈にとっては懐かしい顔だった。
尤も二人のうち一人、オシリスレッドの制服を着ている少年の方は、丈が一方的に知っているだけだが。
「宍戸さん。あんたのデッキの一つは、俺が取り返しておいたぜ。この万丈目サンダーがな」
「ありがとう。本校とノース校の試合はTVで見たよ。良いデュエルをするようになった。特に不人気どころか人気皆無のおジャマをああも使いこなすなんて、三年後にお前がプロ入りするのが楽しみだよ」
「当然だ。俺はアンタを超える男なんだからな。そのためにはアンタには『最強の魔王』でいて貰わなくては困る。最強を倒してこそ、最強の称号を得られるのだからな」
「期待して待っているよ」
万丈目は四年前、卒業デュエルをした時とまるで変わっていない。デュエリストなら誰しもが一度は憧れ、現実に挫折する『最強のデュエリスト』という頂きを未だ求め続けている。
挫折もあっただろう。夢を諦めかけ、涙を呑んだ事もあったやもしれない。アカデミア本校所属だった彼が、ノース校に転校するなどしたあたり、丈が知らない内に万丈目も波乱万丈な日々を送ってきたのだろう。
だが多くの苦難を乗り越えて、四年前に戦った後輩はこうして目の前に立っている。こういうのを見るとプロデュエリストではなく、人を導く教師というのも悪くないと思ってしまう。
そして丈はもう一人、オシリスレッドの少年に目を向ける。
「やっぱ本物のデュエルは一味も二味も違ったな! 丈さん、今度は俺とデュエルしてくれよ!」
「あ、兄貴。いきなり失礼じゃ……」
「いや、構わん」
慌てふためく亮の弟、翔を制して丈は遊城十代と向かい合う。
十代が丈を見る目には先程のデュエルへの興奮、未知への期待、デュエリストとしての闘争心など様々なものが入り混じって爛々としている。
果たしてこういう時、どう挨拶すれば良いのだろうか。
十代は丈のことを恐らくTVの画面越しでしか知らないだろうが、丈の方は十代を知っている。実際に会って話したこともあるし、肩を並べて戦いもした。あの時空を超えた決闘の舞台で。
だがあれは丈にとっては『既知』のことでも、十代にとっては『未知』のことだ。
下手に未来の事を喋ればタイムパラドックスが起きて歴史が歪む危険性がある――――そう言ったのは確か幽霊となった大徳寺先生だったか。
兎も角。宍戸丈があの舞台で知り得た未来の情報については、余り口に出すことは止した方が賢明だろう。
ただ普通に挨拶するのもなんなので、丈は悪戯心を覗かせて、
「遊城十代。久しぶり、そして初めまして」
「久しぶり? 俺と丈さんってどっかで会ったことあるのか?」
「いいや。〝君〟が俺に出逢ったのは今日が初めてだよ」
嘘は言っていない。宍戸丈が一年前に邂逅したのは、この時代の遊城十代ではないからだ。
宍戸丈にとっての遊城十代とのファーストコンタクトが一年前なのだとすれば、遊城十代にとっての宍戸丈とのファーストコンタクトが現在なのだ。
「今日初めて会ったなら、どうして久しぶりなんだ? まさか初めましてには、俺が知らない意味が隠されているとか」
「そんなことはない。ま、いずれ分かるさ。いずれ……具体的には三年後に」
「?」
十代は完全に意味が分からないらしく頭にクエスチョンマークを浮かべている。だが三年経てば十代にも意味が分かるようになるだろう。
三年後に十代があのデュエルを経験するその日までは、あのデュエルは宍戸丈と武藤遊戯だけの記憶だ。
「おい十代。なにをぐだぐだやっている。それより宍戸さんに渡すものがあるだろう」
「っと、そうだった。忘れるところだった。丈さん、HEROデッキと暗黒界デッキの二つ。セブンスターズから取り返しておいたぜ」
「――――ありがとう。この恩は忘れないよ」
三枚の邪神のカードと三つのデッキ。ここに『魔王』から奪われた力は、全て所有者の下へと帰還を果たした。〝魔王〟宍戸丈の完全復活である。
久方ぶりの自身のデッキたちの感触に、丈は知らず知らずのうちに笑みを浮かべた。それも朗らかなものではなく、猛々しいデュエリストとしての笑みを。
(いかんな……)
こんな場所で、一年生たちがいるというのに戦意が昂ぶってきた。闘志が疼き、勝利に渇く。
やはり自分という人間は『デュエル』がなければ、生命の充実を得られない生き物らしい。デュエリストの性というのも中々どうして厄介なものだ。これでは魔王呼ばわりされても仕方がない。
懐かしいアカデミアの空気を吸いながら、丈はもう残り少ない学園生活に思いを馳せ。そして残る一人のセブンスターズに、複雑な心境を抱いた。
亮との再会を喜んでから、丈は挨拶のため校長室へと足を運んだ。命の恩人である梶木漁太から渡された『お土産』持参で。
丈の帰還を知り喜びを露わにして出迎えた鮫島校長だったが、丈の『お土産』を見るとピタリと硬直してしまった。
「宍戸くん……それは、なんですか?」
「アメリカ土産です。といってもアメリカで買ってきたわけではなく、飛行機から脱出した俺を助けてくれた梶木さんからプレゼントされたものですが。どうぞ、教員の皆さんで食べてください」
「食べろと言われても、ですねぇ。その……嬉しくはあるのですが、ええと……」
鮫島校長は死んだ魚のような目で、死んだ魚の目に視線を送る。体長約3m。重量約400㎏。丈がお土産と称して持ってきたお寿司でも御馴染の魚へと。
「なんで…………マグロ?」
「シャケもありますよ、キングサーモン。ジェノサイドに美味しいと評判です」
「あ、ありがとうございます。えーと、ちょっと待ってくださいね」
鮫島校長が電話を入れると、アカデミア倫理委員会に所属する人員がやって来て、丈のお土産を冷蔵庫へと運んでいった。
ちなみに丈の『お土産』は何故かマグロ解体師の資格をもっていた購買部所属のセイコさんにより解体され、それをトメさんが調理し、セブンスターズとの戦いに参加したデュエリストたちに振る舞われることになるのだが――――それは激しく余談である。
「そうですか。デュエリストキングダムにも参戦していた、あの梶木漁太に救出されていたとは。君はつくづく奇妙な縁に恵まれていますね、宍戸君。ところで梶木さんは今どこに?」
「俺を送り届けてくれたら、直ぐに帰りましたよ。これからウミのデュエリストと決闘の約束があるとかで」
「残念ですね。出来ればサインが欲しかったのですが……」
有名デュエリストやプロデュエリストを見ればサインを欲しがるのは、鮫島校長の習性とすら言っても過言ではないだろう。
サイバー流師範にしてアカデミア校長という、デュエルモンスターズ界の『重鎮』というべき立場にありながら、子供のような無邪気さを失っていないのは非常に稀有だ。十代が大人になれば、こんな風になるのかもしれない。
「それより宍戸君。今回のことは申し訳ありませんでした。私がセブンスターズの一件に呼び出してしまったばかりに、危険な目に合わせてしまい」
「良いんですよ、校長。寧ろ気を使って呼ばれなかった方が傷つきます。それに飛行機から墜落するなんて、そうそう経験できることじゃありません。スリリングな体験をさせて貰いました」
「そう言ってもらえると幾分か気分が楽になります。では改めて、宍戸丈君。――――お帰りなさい。君のNDLでの活躍は、我々アカデミアにとって誇らしい限りでしたよ。よく……頑張りましたね」
「まだまだこれからです。目指すはナショナルデュエルリーグの頂点、そして来年のドリームマッチ出場ですよ」
四年に一度だけ開からるドリームマッチ。別名、世界王者決定戦。そこで行われるのはNDLのランキング一位に輝いたデュエリストと、Sリーグでランキング一位に輝いたデュエリストによる一騎打ちだ。この戦いに勝利したデュエリストには、最強のプロデュエリストとして世界王者の称号が与えられる。
ここ八年はSリーグ王者のDDが連勝を重ね、NDL――――アメリカから世界王者の称号が失われて久しい。その称号を、日本出身の丈が取り戻すというのも、それはそれで中々に面白い。
「四天王といい、今年に入学してきた彼等といい。この世代は人材の宝庫ですね」
「そのようです。遊城十代、万丈目準、天上院明日香、三沢大地。セブンスターズの一件に関わっている一年生達は将来有望な金の卵ばかりでした。実際にデュエルしたわけではありませんが、オーラが違いましたよ。それに何人かまだ孵化していない卵もいましたし」
「ほう。それはそれは羽化が楽しみですね」
「ええ、まったく」
セブンスターズとの戦いには参戦していなかったが、亮の弟である丸藤翔。彼も素晴らしい才能を秘めている。惜しむべきは生来の
今のところは経験の差で丈たち四天王が勝るが、数年後はどうなっているか分からないだろう。少なくとも未来の遊城十代は、四天王を凌駕しかねないほどの勢いをもったデュエリストだった。
そうやって丈と鮫島校長が一年生達の将来について話していた時だった。唇を紫色にした――――いや、それは元々である。もとい顔を真っ青にしたクロノスが校長室に駈け込んで来た。
「た、たたたたたた大変ヘーンでスーノ! 校長、大変でスーノ! 大変でスーノ!!」
「落ち着いてください、クロノス先生。三回も言われなくても分かります」
「み、ミスクーズィ。おや、セニョール宍戸! いつ戻ったノーネ!」
「ついさっきです。相変わらずお元気そうでなによりです、クロノス教諭」
「セニョール宍戸も。ペガサス会長には是非このクロノス・デ・メディチのことを報告して欲しいノーネ。――――じゃなくて、校長! 大変なノーネ!」
「だからなにがどう大変なんです」
「だ、だだだだだだだだ大徳寺先生が、行方不明になったノーネ!」
「なんと!」
レッド寮の管理人として、嘗ては特待生寮の管理人として。理事長・校長双方の信頼厚い大徳寺教諭。その大徳寺教諭が行方不明と聞かされ、鮫島校長も目を見開いて驚愕する。
「………………」
だが宍戸丈は難しい顔つきで黙り込む。
丈の脳裏に思い起こされたのは、一年前の幽霊となった大徳寺との出会いだった。
活動報告にも書きましたが、遊戯王から暫く離れていましたが戻ってきました。兎にも角にもアニメ第一期までは終わらせます。
ちなみにマスタールール3は半分くらい導入しますが、導入しない所もあります。具体的にはペンデュラム召喚、先攻ドロー廃止、フィールド魔法共存可などは導入しません。あとペンデュラムモンスターは、ペンデュラムではないただのモンスターとして扱います。