夜中、丈は一人で新しいデッキの構築に勤しんでいた。
つい少し前までは亮や吹雪もいてアイディアを出しあっていたりしたのだが、時間も遅くなったので吹雪は自分の部屋に、亮も就寝している。それに自分のデッキというのは自分の力で組み立てるべきだろう。他人のアイディアを聞くのもいい。ネット上で晒されているデッキレシピを参考にするのも良いだろう。だが最後の仕上げは自分でする。そうしなければ自分のデッキを完全に把握することはできないし、デッキとの信頼関係のようなものも生まれはしない。
この世界にきて丈が学んだことだった。
(超融合やアナザー・ネオスがないのが痛いよな。アレないとE・HEROデッキの安定感とか除去性能がガクンと落ちるんだよな。でもスカイスクレイパーとかはOCGじゃなくてアニメ効果だったから、キャプテン・ゴールドでアナザー・ネオスが無い分は補うしかないな)
一時間が経過し、どうにかメインデッキ40枚とサイドデッキ15枚が出来上がる。サイドデッキというのはデッキ調整用の予備カードのことだ。マッチ戦などはデュエルの合間にサイドデッキのカードとメインデッキのカードを交換することが出来る。
この世界だとマッチ戦が主流ではないので、余りサイドデッキの出番はないのだが、それでも何かの役に立つかもしれないので一応は作っておいた。
(しししっ、では最後の総仕上げといきましょうか)
E・HEROデッキにとってエースとなるモンスターはメインデッキにはいない。ネオスビートだとそうでもないが、やはりE・HEROの強力な上級モンスターの殆どは融合モンスターだ。
前世だとシンクロ召喚の登場によるマスタールールの移行により、エキストラデッキ(融合デッキ)の枚数は15枚以下と設定されてしまった為、どのカードを入れてどのカードを入れないか一々決めなくてはならなかったが、この世界ではそうではない。
シンクロ召喚なんていうものは影も形もなく、ルールも未だにエキスパートルール。融合デッキの枚数に上限はない。よって百枚だろうと一万枚だろうと好き勝手に入れ放題なのだ。といっても融合モンスターの総数を三倍にしても一万枚もないので、融合デッキが一万枚だと別の問題が発生するのだがそれはおいておこう。
丈は兎に角HEROと名のついた融合モンスターを入れられるだけデッキに投入していく。枚数制限が無いのを良い事にメインデッキを超える勢いで融合デッキの枚数が増えていく。
持ってる全てのE・HEROを投入し尽くした後はノリでアクア・ドラゴンなど適当な融合モンスターを投入する。
遂に融合デッキの枚数が40枚を超えた。
しかしこれでは収まらない。見る見るうちに融合デッキの厚みがサイドデッキ、メインデッキを超えていきやがて巨大な山が出来上がった。
「…………ちょっとやり過ぎたかも」
試に文字通りの"山"札をデュエルディスクに装填しようとするが、余りにも数が多すぎて入りきらない。さしもの海馬コーポレーションもこれほど大量の融合モンスターが投入されることは想定外だったようだ。
仕方ないので余分なカードを抜き、HERO関連の融合モンスターだけをデュエルディスクにセットする。今度はしっかりと装填できた。
「これで完成かな」
所要時間三時間。
合間合間の相談タイムなどを含めれば更に二時間プラス。漸く新デッキの一つが完成した。もう一つのデッキはまだまだ未完成だが、このデッキは亮や吹雪ともそこそこ戦えるだけには仕上がったと思う。
「ふぁ~あ。……やべ、ねむい。俺も……眠りの世界へIN THE WORLD!」
デッキを金庫にしまってから、そのまま自分のベッドにルパンダイブする。夜が遅くなった分、ふわふわのベッドは何時もよりふかふかに感じられた。
そのまま底なし沼におちていくように意識が消えていく。
五分もすれば、丈は完全に眠りの世界へと落ちていた。
強く吐きだされる息。地面を駆け抜ける疾走感。バクバクという心臓の鼓動を聞きながら、丈は目の前にいる男をギラリと睨みつける。
丸藤亮。成績においても実技においてもアカデミア中等部最高の男。それが丈の敵対者だった。二人を分け合う境界線を挟み、二人はひたすら必殺技の応酬を繰り返す。
「亮ォォォお! これが俺の全力全開! 喰らえトリプルカウンターの一つ、ツバメ返し!」
亮のコートから飛んできたボールを、丈はテニスラケットで弾き返す。ボールが風の刃となって亮のコートに飛び込む。
ツバメ返し、地面に落ちれば最後バウンドすることなくフィールドを駆け抜けていく必殺技。しかしそのことを知っていた亮はボールが落ちる前に打ち返した。
「甘いぞ丈! その手は読んでいた!」
「なんの!」
激しいラリーが続く。
体育大学などを除けば学校の体育なんてものは遊び的要素が強い。余り細かいルールは気にせず、自由奔放に愉しむためにやるものだ。
数学や英語など頭を酷使する授業から解放され、青空の下で思う存分に体を動かす。学生にとってはコレが良い気分転換にもなり、体育の日は普段は重い気分が軽くなるものだ。特に運動神経の高い男子にとっては一躍ヒーローとなれる時間でもある。
デュエルアカデミア――――デュエリスト養成校といえど体育の授業はある。
そして今日、男子の体育はテニスだった。
なのでこうして亮と丈はラケット片手に打ち合っているという訳である。ちなみに吹雪はどこかにふらりと行ってしまった。恐らく女子の所に行ったのだろうと丈は推測している。
「丈、お前の実力は見せて貰った。今度は俺の必殺技を見せる番だ。はァ!」
ラケットをもつ亮の右腕がムキムキと盛り上がる。繊細そうで細かった亮の腕はどこにもない。今の右手は獲物を抉る肉食獣のソレだ。
亮は溜まりに溜まったエネルギーを一気に解放する。
「エターナル・エヴォリューション・波動玉!!」
「にゃに!?」
余りの事に丈は噛んでしまう。
亮は120%の力を込めた右手で強烈なパワーボレーを撃ちだした。圧倒的重さをもったボールは真っ直ぐに丈へと飛来してくる。
(打ち返さないと!)
片手であのボールを打ち返すことは出来ない。直ぐにそう判断した丈はラケットを両手に持ちかえる。時速150kmオーバーで突き進んでくるボールの動きを見極め、ベストなタイミングでラケットを思いっきり振った。
「ぐぐっぐぐっ!」
しかし打ち返せない。ラケットの中心をドリルのように抉りながら突き進むボールは、今にも丈の手からラケットを吹き飛ばしてしまいそうだ。それでも丈はラケットを放そうとはしなかった。
ここでこれを通せばワンゲームを落とすだけじゃない。ゲームの流れというやつを持って行かれてしまう。デュエルでもスポーツでも、流れにのった奴は強い。丈と亮、二人の技量は互角。ならば流れに乗った方がこのゲームの勝者となる。
それが分かるからこそ丈は必死にボールを打ち返そうとした。
両手にかかる負担は並みのものではない。まるで100tのトラックを受け止めているようだ。
ここで亮の必殺技が決まれば流れは亮の方にいくだろう。しかし逆を言えば、これさえ打ち返してしまえば流れを自分に来させる事だってできる筈だ。
「うぉおおおおおぉぉおぉおおお!!」
肺活量の限界に挑むような大声を腹の底からあげる。その大声はもはや轟音といっても差支えなかった。その声が他の試合中の生徒や教師の鼓膜に直撃する。
(――――――――後少し)
テニスボールを押し返そうと力んでいた丈の体は、手ごたえというやつを明確に感じ取っていた。もう直ぐだ。もう直ぐでこのボールを亮の方へ逆送りにしてやることが出来る。
そうすれば今日のゲームは頂きだ。
しかしそれが最後だった。
他のテニスコートから飛んできたボールが丈の脳天に直撃する。足の指の先から髪の毛一本に至るまで神経を集中させていた丈は、予期せぬ奇襲によって集中力を切らした。
ドリルのように突き進んできたボールは、ラケットに弾かれそのままの勢いで丈の顔面へと吸い込まれていく。
「ぶげぇ!」
醜い叫びを一つあげて、ドサリと丈がテニスコートに倒れた。
「わ……悪い……いきなり叫び声したから、驚いて」
ミスショットを丈の脳天に叩き込んだらしい男子生徒が謝罪する。しかし当の丈は聞いていなかった。瞼はピタリと閉じ完全に気絶している。
亮は嘆息して、先生に保健室へ連れて行く旨を伝えた。