宍戸丈の奇天烈遊戯王   作:ドナルド

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第134話  太平洋にて

 太陽からさんさんと降り注ぐ暖かな光は、ゆらゆらと揺れる青い海面に反射されきらきらと光る。空ではウミネコらしき鳥が鳴いていた。

 こんな時でもなければ丈はぼんやりと景色を堪能しながら船旅を楽しんていただろう。だがそういう訳にもいかない。なにせ丈はつい数時間前に爆発した飛行機からパラシュートで脱出して、偶然通りかかった漁船に助けられたばかりなのだから。

 飛行機が爆破された理由が理由だ。飛行機の爆破で丈は海の藻屑となったと思っているだろうし、セブンスターズの刺客とやらが太平洋のど真ん中を航行する漁船に襲い掛かってくる可能性は低いが、だからといって無警戒で良いというわけではない。

 

「ブラックデュエルディスクにパラシュートがセットされていて助かったな」

 

 備えあれば憂いなしというやつだ。

 ブラックデュエルディスクにセットされていたパラシュートがなければ、明弩瑠璃を助けつつ飛行機から脱出するのは難しかっただろう。

 やたら多機能なブラックデュエルディスクに丈は初めて感謝した。

 

「俺だ。……入って良いか?」

 

 コンコンと漁船の一室のドアをノックする。

 

「――――――――――」

 

 しかしノックしても室内からはなんの返事もない。

 彼女に限ってまだ眠っているなんてことはないだろう。仮に眠っていたとしても丈がノックしたその瞬間に目を覚ましたはずだ。

 だから沈黙は消極的了承だと受け取る。

 

「失礼する」

 

 丈は一言断ってから室内に入る。

 すると銀髪の女性が簡易ベッドに寝かされていた。海水でメイド服は濡れてしまったため仕方なく丈の変えのワイシャツを着せて、バスタオルを羽織わせている。

 ちなみに丈の着ている服はプロ用にI2社が仕立てた特別性なので海水程度では駄目にならない。

 

「敗北者にどのような御用でしょうか、宍戸様」

 

 やはり起きていたらしい。室内に入るなり横になったまま瑠璃が言った。

 

「聞きたいことがある」

 

「私にはもうお話することはありません。デュエルに負けたデュエリストとして話すべき事は飛行機で話しました」

 

「俺から盗んだデッキは主の下へ送ったっていうあれか」

 

 コクリと寝たまま瑠璃は頷いた。

 

「だが主の下へ送ったというだけじゃ俺のデッキの場所は分からない。主がどこの誰なのか、送った主のいる場所が具体的にどこなのか。それを聞きたい」

 

「申し上げることはできません」

 

 頑なに瑠璃は発言を拒む。なにがなんでも話さないという強い意志が語彙から感じることができた。

 本来であれば丈も彼女の意志を尊重してこのまま引き下がりたい。しかしこれには自分の命と同じくらい大切なデッキが関わっている。こればかりは丈も引くわけにはいかない。

 

「どうしてそこまで主を庇う? 俺を貴女諸共殺そうとしたというのに。単純な雇い雇われの関係じゃここまで義理立てはしないだろう。なにか理由があるのか?」

 

「………………………」

 

「それも喋れないのか?」

 

「――――――いえ。貴方は私にデュエルに勝ち、死ぬはずだった私の命を救いました。主のことを話す訳にはいきませんが、主の迷惑にならないこと。私のことに関してならお話します」

 

 瑠璃はぽつぽつと話し始めた。自分が主に忠誠を捧げる理由について。

 

「私の生まれた国は……酷い所でした。豊かな日本が天国に思えるくらい、酷い国」

 

 国家の経済状況を無視した子沢山政策。それによって生まれたのは多くの子供達であり、多くの捨て子たちだった。

 当然だろう。貧しければ貧しいだけ養育できる子供の数も限られている。農村であれば子供は労働力になるかもしれないが、国民全てが農村民なはずはない。そして子沢山政策は国民全体に対して施行されたものだ。

 だから子供を育てられなくなった家庭が子供を捨てるのが横行した。それこそ警察が取り締まりできる許容範囲を超えるほどに。いや或いは警察組織などまともに機能していなかったのかもしれない。

 

「私はそんな国で、そんな国のごく普通の家庭に生まれて、そして極普通に他の家庭と同じように親に捨てられた……と、思います。物心ついた時には捨て子でしたので、親については分かりません」

 

「……………」

 

 丈は黙って話を聞く。

 先進国である日本に生まれ、NDLに所属してからは億という金を稼いでいる丈だが、裕福な人間がいる一方でどうしようもなく貧しい国というのは確実に存在して、そこでは豊かな人々がまるで実感できない悲劇が山のようにある。

 ボランティアの一貫として丈もそういう国に赴いたこともあった。

 

「そんな捨て子たちの未来なんて、語るまでもありません。とても運の良い子は国営の孤児院にいれられたでしょう。お世辞にも良い環境とはいえなかったそうですが、それでも孤児院に入れるのと入れないのとでは雲泥の差です。けれど入れなかった子は――――」

 

 碌に食べることもできず餓死する。どこぞのマフィアに使い捨てのヒットマンにされる。ゴミ箱を漁る生活をする。腐敗どころか機能していない警察官の八つ当たりに殺される。食うに困った誰かに殺され、その誰かの腹に収まるなんてこともあるだろう。

 そして下手に外見の良い、それも女性ならば。

 

「少し自画自賛になりますが、私の容姿は他の人から見て整っていたそうなので――――ある程度の年齢までどうにか生きていた私は何処かに売られました。いえ売られるはずでした」

 

「はず……?」

 

「ええ。どこかに売られる前に、私を買い取った人がいたのです」

 

「それがその主か」

 

 もう一度瑠璃は頷いた。

 

「私が生まれながら持っていた『精霊を見る力』。主はそれを見出したのです。もっとも私は精霊が見れるだけ。貴方や他の四天王の方々のように精霊と心を通わすこともできなければ、サイコデュエリストのような力もありません。本当にうっすらと精霊を感じ取れるだけです。

 ただそれでも主は自分の役に立つとお考えになったのでしょう。決して少なくない額で私を購入し、私を日本へ連れて戻りました。瑠璃という名前もその時に」

 

 瑠璃の話を聞く限り彼女の主は決して善意で彼女を助けたのではない。ただ単に彼女の力を自分のために利用する為だけに彼女を買い取ったのだ。だが、

 

「例え主が私の力を利用するために私をあの地獄から連れ出したのだとしても、私は間違いなく主に救われたのです」

 

 生まれた国では考えられないような教養を得る事ができた。

 いずれ三幻魔復活の力となるためデュエルモンスターズを教えられ、その楽しみを知ることも出来た。

 そして名前のなかった少女は〝瑠璃〟という人間としての名前を貰った。

 

「主に救われなければ、私はどこかの誰かに売られて顔も知らない誰か達の慰み者にされ、光を浴びることなくとっくに死んでいたでしょう。

 私の主は私を救った。私の命を、名前を、人間としての暮らしを、幸福を。主は全て私に与えてくれた。だから私はその御恩に応える為、命を懸けて主に尽します。主が死ねと言えば死にましょう。それが私の恩返しです」

 

「……分かった」

 

 彼女の意志は変えられない。これ以上は無駄だし、無理に心変えを頼むのは彼女の忠義に対して侮辱となる。

 丈の両親は馬鹿親に分類される親だが、それでも生んでもらった事には感謝がある。とすれば地獄から救いだし、文字通り全てを与えてくれた主への感謝はどれほどのものか。丈には想像もつかない。

 

「一つ教えて下さい」

 

 足を止める。

 

「どうして飛行機で私を助けたりしたのですか? 私から話を聞く為なのですか?」

 

「……いや」

 

 そんな打算的なことは考えていなかった。そもそも爆発する飛行機内でそんなこと考えられるはずがない。

 

「前に言った通り貴女が好きなようにしろと言うから好きなように行動しただけ。アメリカで世話になった貴女を見殺しにすると寝覚めが悪くなる。貴女が自分を助けず逃げろと言えば俺はその意志を尊重したよ」

 

「やっぱり思った通り。誰よりも優しいのに誰よりも冷酷なんですね、貴方は」

 

 室内から出る。

 瑠璃との話で肝心なことは聞き出せなかったが、これまでのことから分かった事もある。

 日本へ連れ帰った、と瑠璃は言っていた。ということは瑠璃の主は日本人、または日本に住んでいたということだ。

 そしてもう一つ。

 丈があの日あの便で飛行機で日本へ帰国するということは、チームを組んでいたキースとレベッカ、I2社のペガサス会長、それと鮫島校長しか知らないことだ。

 だというのにセブンスターズは瑠璃を飛行機に潜り込ませ、デッキまで盗んでみせた。事前に丈があの飛行機に乗ると分かっていなければそんなことは不可能だ。

 ということはセブンスターズの主はI2社やデュエル・アカデミアに関係のある人物である可能性が高い。或いはセブンスターズのメンバーにアカデミアかI2社の関係者がいる。

 

「おう。話は終わったみてぇじゃな! なんかあの子から話は聞けたか?」

 

「まぁそれなりには。それより本当にありがとうございます。助けて貰ったばかりじゃなくアカデミアに送って貰うなんて……」

 

「なぁに海じゃ困った時は助けあうもんじゃ。そうでなきゃこの戦場じゃ生き残れんぜよ」

 

 海に落ちた丈と瑠璃を助けた漁師は朗らかに笑った。

 

「しかもそれが同じデュエリストとあれば猶更じゃ。といっても俺はデュエリストは二年前に引退したんじゃがな」

 

「なにからなにまで痛み入ります、梶木さん」

 

 嘗てはペガサス王国やバトルシティといった伝説的大会で武藤遊戯や城之内克也といったデュエリストと凌ぎを削ったデュエリスト。

 梶木漁太は照れくさそうに鼻を掻きながら「気にするな」と丈の背中を叩いた。

 

 

 

 

 明かりのない暗闇の中。無数の黒い影が集まり、その視線を大きなモニターへと向けていた。

 パンと機械にスイッチが入る音がしてモニターに人の顔が映し出される。自分達のリーダーの顔が映った事で影たちは緊張するように息を飲む。

 

『―――――報告だ。セブンスターズ第一の刺客、死の物まね師がやられた』

 

「…………………」

 

 仲間が敗北したというのに、彼等には動揺らしい動揺はなかった。

 それも然り。彼等はセブンスターズとして三幻魔を狙う共闘者であるが、背中を預け合う同胞ではないのだ。その関係は言うなれば同盟者に近い。

 

「で、死の物まね師を倒したのは誰? 宍戸丈って坊やと同じ四天王のカイザーって坊やかしら」

 

 フードを被った者の一人がモニターの人物に尋ねる。

 

『いや違う。遊城十代――――鮫島に鍵の守護者に選ばれたオシリス・レッドの生徒だ』

 

 黒い影たちがざわつく。

 オシリス・レッドといえばアカデミアでも最低ランクの寮。待遇も最低、学歴も最低ならば実力も最低の底辺中の底辺だ。

 性格に多大な問題はあったが死の物まね師は海馬瀬人のデッキを使い武藤遊戯を苦しめたこともある実力者。それがドロップアウト生にやられたのだからセブンスターズの驚きは当然といえる。

 

「噂に聞くカイザーならまだしも、よもや我等が先陣を破ったのがレッド寮の小僧とはな。魔王より奪いし三つの力、そのうち一つを与えられながら死の物まね師も案外不甲斐ない。

 あの武藤遊戯を後一歩まで追い詰めたと聞いた時は、もう少しやると思っていたのだがねぇ」

 

「……気持ちは分かるが、同じセブンスターズの同志をそう貶すものではない。それに遊城十代はレッド生といえど、入学試験であのクロノス教諭を倒し中等部首席の万丈目や次席の天上院明日香にも勝利したことがある事実上一年生では最強の使い手。レッド生と侮るものじゃない」

 

「そうだ。なにより彼には四天王と同等クラスの精霊と心を通わす力をもっている。鍵の守護者の中でもカイザーに次ぐ難敵といっていいだろう」

 

 セブンスターズ二人の厳しい言葉を受け、最初に死の物まね師を貶した男は肩を竦ませる。

 彼も一応の仲間二人とここで事を構えるつもりはありはしない。

 

『さて。話を進めよう。次は、誰が行くかね?』

 

 セブンスターズの理想としては一人一殺だが、死の物まね師が返り討ちになったことでそれも叶わぬこととなった。

 誰かが最低でも二人倒す必要が出てきた。

 

「私が行くわ」

 

 セブンスターズの正規メンバーでは唯一の女性が言った。

 

『ほう。君が行くならば心強いなカミューラ。吸血鬼一族の末裔の力、是非とも見せて貰いたい。して奪った魔王の力は残り二つだが、どれを持っていくかね?』

 

「要らないわ。魔王だかなんだか知らないけど、下等な人間風情のデッキなど高貴なる私には不要。私は私のデッキで守護者に選ばれた坊やを骨抜きならぬ血抜きにしてあげるわ」

 

『分かった。ならば征くがいい。それと選別だ、アムナエル』

 

「――――カミューラ、これを」

 

 アムナエルと呼ばれた男はカミューラにカードを渡す。

 カードを受け取ったカミューラはカードテキストを流し読みしながら、そのカードを懐にしまう。

 

「このカードはなに?」

 

『もしお前がカイザーと戦うのであれば、そのカードが役に立つだろう。それと例のカードは使いどころを見誤るなよ』

 

「分かっているわ。私もみすみす幻魔に魂を食われたくはない」

 

 セブンスターズもまた動き出す。

 第二の刺客は吸血鬼一族の末裔たるカミューラだ。

 

 


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