第115話 未来の英雄達
それは嘗てでもあるし、遠い未来でのこと。
技術の発展。欲望の増大。それにより滅んだ世界があった。
「クククッ……これで私の大いなる計画は遂行された…!」
逆刹を象徴する男は、破滅の未来を救うために。
「さらばだ……歴戦のデュエリスト達よ!」
デュエルモンスターズに対して宣戦を布告した。
丈がNDLに入って一年間が過ぎた。
学生からいきなりプロ、しかもアメリカのということで最初は戸惑うことも多かったが、住めば都というのは本当らしい。
一年も経てばアメリカでのプロ生活にも段々と慣れてきた。来たばかりはつたないものだった英語も、今となってはペラペラ喋ることができる。
そして十一月。
季節を間違えて夏がうっかり顔を覗かせてしまったような気温の中、丈はNDLのトッププロとして大観衆の前でデュエルをしていた。
「フィニッシュだ。カオス・ソルジャーでプレイヤーへ直接攻撃!」
「ぐぁああああああああああ!!」
カオス・ソルジャーの攻撃が通り、相手デュエリストのライフが0となる。
『決まったぁああああああああああ!! 宍戸丈、二か月前のスランプが嘘のような絶好調! これで二十連勝です!!』
5ターン目でライフ無傷での快勝。一時期酷い負け方をしてしまい、不調に陥った時もあったがこの成績なら順調に今年の新人王は手に入れられるだろう。
去年はどう考えても新人ではない〝新人〟のキースに新人王を盗まれてしまったため、今年こそは是が非でもとりにいかなくてはならない。
今年を逃せば宍戸丈が新人王のタイトルをとるチャンスは永遠に失われてしまうのだから。
「良いデュエルだった。また腕をあげたようだな」
パチパチと賞賛してくれたのは――――丈にとって掛け替えのない友人であり、最大の好敵手でもある丸藤亮だった。
亮は丈と違いプロでもあって学生でもあるという特殊な立ち位置ではなく、足から頭のてっぺんまで正真正銘のアカデミアの学生だ。
デュエル・アカデミアは遠い日本の領海内にある孤島にあり、11月の平日に本来ならこのアメリカにいるわけがない。
だが亮は現在アメリカ・アカデミアに短期留学しにきており、そのためこうして暇があれば丈のデュエルに顔を出しているのだ。
「腕を上げたのはお互い様だよ。留学しにきていの一番にデュエルしたけど…………なんだ、あれは? 攻撃力100000なんて馬鹿げてるにも程がある。
攻撃をどうにか防いで絶対に勝ったと思ったら、オネストまで使ってくるし。いつ手に入れたんだ?」
「最近だ。……I2カップの賞金をほぼ全て費やした甲斐があったというもの。空きパックの山脈ができてしまったよ」
満足気にふっと微笑む丸藤亮ことカイザー亮。
もしかしなくても、亮はクールキャラに見えたわりと天然入っている馬鹿だ。そしてアカデミアの〝四天王〟では誰よりもデュエルに一途な男でもある。
(しかしデュエルの神も酷いことをする)
ただでさえ通常のデュエルではまずお目に掛かれない馬鹿火力のサイバー流に、オネストが加われば鉄壁だ。
純粋な攻撃力でサイバー流に勝ることができるのはもはやオネストにオネストをぶつけるか、それに似た効果をもつカードで攻めるしかない。
もしくは、
(三邪神、か)
丈のもつ三邪神の中で最高位に位置する無敵の邪神、アバターを使えば如何な攻撃力だろうと無意味とすることができる。
だが三邪神は危険なカードだ。今は安らいで丈に身を委ねていてくれるが、だからといってデュエルで使った場合、ソリッドビジョンの度を越えたダメージを相手に与えてしまう。
使うべきとこは必勝を誓った時、闇のゲームの時と決めている。
そのため丈はNDLに入ってからも三邪神を使った事は一度もなかった。
(けれど)
相手が亮ともなれば、いずれ使う日がくるだろう。
丈としても三邪神を使わずに死蔵するのは本意ではない。稀には三邪神も存分に暴れたいはずだ。
「――――んっ!」
驚きが脳天を貫く。それは何の予兆もなくいきなり起きた。
さっきまで丈がデュエルしていた会場が大きく揺れた。
「まさか地震か?」
近くにあった手摺に掴まりながらも亮は冷静に判断した。
「……いや、そうじゃない」
丈の視線の先には連続で爆発音を放ち、火花を散らすデュエル場があった。
明らかに異常事態だ。爆発音の発生源からは途方もない、三邪神に迫るほどのエネルギーを感じる。
なにかとんでもないことが起きているのは明らかだ。
丈の脳裏に昨年のダークネス事件や一昨年のネオ・グールズ事件が過ぎった。
「行こう!」
デュエリストとしてじっとしていることは出来なかった。
丈は亮と一緒に〝原因〟がいるであろう場所へ走っていく。廊下を通り抜け、飛び出た瞬間。
「――――――!」
最初に目に入ったのは巨大な虹色のドラゴンだった。七色の光を辺りに撒き散らす姿は溜息をもらしてしまいそうなほど美しかったが、何故か神聖さよりも、背徳的な〝罪〟の臭いがした。
虹色のドラゴンは丈たちを視界に捉えると、その輝きと同じブレスを放ってきた。
「伏せろ!」
二人は同時に飛び退いた。
背後で鳴り響く轟音。恐る恐る目を開いて立ち上がると、飛び散った瓦礫の破片が頭にあたったのだろう。亮が意識を失い、倒れていた。
「お、おい亮! しっかりしろ!」
呼びかけるが亮の返事はない。だが幸い呼吸音はしっかりしていた。この分なら命に別状はないだろう。
だが次の瞬間、新たな驚きが丈に襲い掛かった。
「……これは?」
亮の腰にあるデッキケースから光の粒子が漏れ出して、それが何処かしらへ飛び去っていく。
慌てて丈はデッキケースの中を開き、中を確認すると、
「サイバー・エンド・ドラゴンのカードが、消えている?」
丸藤亮にとって魂ともいうべきカード、サイバー・エンド・ドラゴンからはイラストが完全に消滅していた。
見間違いかと疑うが、カード名の欄にはしっかりとサイバー・エンド・ドラゴンと記されている。
「まさ、か」
一抹の不安をもって光の粒子が飛んでいった方向を振り向くと、そこに青眼の白龍は真紅眼の黒竜といった伝説のドラゴン族モンスターに囲まれ、まるで舞台の主役のように一人の男が立っている。
体型からいって男だろう。金色に青紫の色が若干混ざった不思議な髪をしていた。顔は白黒の仮面に覆われているせいで分からない。
「お前が、亮のサイバー・エンドを……!」
男は不気味に笑いながら、黒い淵のカードを見せつけた。
そのカードに映し出されていたのはイラストこそ反転していたものの、間違いなくサイバー・エンド・ドラゴンだった。丈がサイバー・エンドを見間違えるはずがない。
「サイバー流の象徴、サイバー・エンド・ドラゴンは貰っていく」
「ふざけるな! それは亮のカードだ、返せ!」
「……三邪神の担い手。あらゆるものを受け入れる性質をもつ者か。その性質は得難いが私の計画においては単なる邪魔者に過ぎない。ここで排除させて貰う」
男の周囲にいるドラゴンたちが一斉に蠢いた。
直感的に不味いと悟る。ブルーアイズ、レッドアイズ、それに虹色のドラゴン。どうしてか分からないが男はデュエルモンスターズにおいて伝説と称されるほどのモンスターを従えている。
気付けば丈はブラックデュエルディスクに邪神イレイザーを叩きつけていた。
「邪神イレイザーを召喚! ダイジェスティブ・ブレス!」
「レインボードラゴンの攻撃、オーバー・ザ・レインボー!」
黒い波動と虹色の閃光が激突する。虹色のドラゴン――――レインボードラゴンもかなりのモンスターのようだ。精霊も宿っているらしく、攻撃の重みが段違いだ。
だが邪神イレイザーは三幻神と同等の力をもつ邪神。邪神イレイザーの攻撃がレインボードラゴンを押し返そうとしていた。だが、
「ククククッ。我が前にひれ伏せ、サイバー・エンド・ドラゴン!」
「なに!?」
男が新たにモンスターを召喚する。全身を鋼の皮膚に包んだ三頭の機械龍はまさしくサイバー・エンド・ドラゴン。
サイバー・エンド・ドラゴンはまるで宍戸丈こそを敵だというように咆哮し威嚇してきた。
「やれ、エターナル・エヴォリューション・バースト!」
レインボードラゴンの攻撃にサイバー・エンド・ドラゴンの力が加わる。それが勝敗の天秤を逆転させた。
押していたのが逆に押される形となる。イレイザーの黒い波動は徐々に押しこめられ、やがてサイバー・エンド・ドラゴンとレインボードラゴンのブレスがイレイザーを消し飛ばした。
「ぐぅぅ!」
「止めだ」
男が最後に召喚したのは、青い姿の細身のドラゴンだった。
きらきらと光る星屑を散らせながら、そのドラゴンが舞いあがる。
「スターダストの攻撃、シューティング・ソニック」
丈は急いで回避しようとするが、間に合わない。スターダストの攻撃はもう目の前に迫っていた。
数瞬後の死を覚悟して丈が目を瞑る。
直後だった。
「チッ! もう追ってきたか……不動遊星、そして遊城十代」
赤い竜がスターダストの攻撃から丈を守り、飛び去っていく。
男も竜の接近を知ったからだろう。追撃することはなく、不思議な造形のバイクに飛び乗るとそのまま姿を消してしまった。
丈が次に目を開けると、そこは男の襲撃があった会場から1㎞ほど離れたビルの屋上だった。
「……な、なにが起きたんだ?」
「一年ぶりくらいだっけ。久しぶり、丈さん」
「はぁ?」
いきなりクラゲみたいな髪形の青年にフランクな挨拶をされた。しかもやたらと慣れ親しんだ風に。
隣には蟹みたいな頭をした青年もいる。……どこかしらのチームにでも入っているのか、顔には黄色いタトゥーがある。
「久しぶりって、助けて貰っておいてすまないけど誰なんだ? 俺には見覚えがないんだけど」
オシリス・レッドの制服を着ているということはアカデミアの生徒なのだろう。だが丈はアカデミアでこの青年を見たことは一度もなかった。
必死に記憶の糸を弄るが、やはり該当する名前も顔もゼロ。彼とは完全に初対面だ。
『十代。この時代の彼はまだ君と出会ってすらいないんだ。久しぶり、って言われても意味が分からないよ。きっと』
『そうだにゃ。私達は遊星くんの赤き竜の力で過去にタイムスリップしてきたばかりにゃんだから』
「デュエルモンスターズの精霊に、大徳寺先生!?」
十代、というらしい青年の両隣に黒い羽をもつ精霊と、特待生寮の管理人でもあった大徳寺先生が出現した。しかも大徳寺先生の姿はまるでデュエルモンスターズの精霊のように透けていた。
「な、なんで大徳寺先生がここに……?」
『それは死んで幽霊になった私をファラオが呑み込んじゃって』
「えぇ!! 大徳寺先生死んだの!?」
『あ、いやまだ死んでないにゃ! いやこの私は死んでるんだけど、ここの私はまだ死んでないというか……』
「落ち着いて下さい。余り未来のことを詳しく話すと、タイムパラドックスが起きる可能性があります」
蟹みたいな頭の青年が割って入る。
はっきりいって怒涛の新情報ラッシュに頭が混乱していたので有り難かった。
「えーと、君は?」
「俺は不動遊星です。そして……」
「丈さんの未来の後輩の遊城十代、この時代の丈さんとは初対面ですよね」
「十代くんに、遊星くんか。それと」
チラリと大徳寺先生と、その横に佇む中性的な顔立ちをした精霊に視線を移す。
いや大徳寺先生の幽霊の足元には大徳寺先生の飼い猫であるファラオまでいた。
『ご覧の通りデュエルモンスターズの精霊の〝ユベル〟だよ。〝魔王〟宍戸丈。十代と同じくこの時代では初めましてになるね』
『今は十代くんの付き人ならぬ付き幽霊をやってる大徳寺だにゃ。…………どうして死んでるかは、遊星くんの言った通りタイムパラドックスが発生するかもしれないから、聞かないで欲しいにゃ』
「…………タイムパラドックスに、タイムスリップって」
もしかしなくてもこの二人と一幽霊と一精と一匹は未来からタイムスリップしてきた、と主張するらしい。
大概にして出鱈目なことだが、そのことを素直に信じかけている自分にも嘆息ものだった。
どうも思った以上に宍戸丈という人間はこういった出来事に慣れてしまっているらしい。
「兎も角、事情を説明してくれないか?」
「あ、はい」
一度に全員が話すのもなんなので、代表して遊星と名乗った青年が説明する。
丈を襲った男は先ず遊星の時代に現れ、遊星のカードでありシグナーの竜でもあるらしいスターダスト・ドラゴンを強奪していったこと。そして次に十代の時代に現れ、数多くのモンスターたちを奪っていったこと。
そして遊星の「竜の痣」の力が実体化したような存在である赤き竜によって、男を追って過去にタイムスリップしてきたらしい。
「なるほど。じゃあ正真正銘、遊星くんも十代くんも未来人なわけだ。俺と十代くんはあんまり時代的に離れてないみたいだけど、遊星くんの時代とはかなり離れてそうだ。あ、これが未来のデュエルディスク?」
「はい。Dホイールと言います」
遊星の乗って来たらしい赤いバイクにはこれまた未来的なデュエルディスクが装着されている。
どうやらバイクに乗ってデュエルをするらしい。ふといつだったかモヒカンを追う途上、盗んだバイクで走りだして(亮が)デュエルしたことを思いだした。
「………………宍戸丈。まさかライディング・デュエルが生まれる切欠となった人に会うとは」
「なにか言ったか遊星くん?」
「い、いえ。なんでもありません」
「おい、そんなことより二人とも。急がないとやばいんじゃないか!」
「……! そうだった」
十代の指摘に遊星が動揺する。
「なにやら込み入った事情があるようだけど、どうかしたのか?」
「丈さん。詳しい事情は後で説明するけど兎に角大変なんだ。アイツの本当の目的は時代の最強カードを集めることなんかじゃない。デュエルモンスターズを歴史から抹消するつもりなんだ!」
「な、なんだって!?」
歴史の抹消。つまりは歴史の改変。あまりにもスケールの大きいことに瞠目する。
「俺はスターダストを取り戻さなければならない。それだけじゃない。あの男を放っておけば歴史は狂い、世界は滅びてしまう。お願いです丈さん。俺達と一緒に来てください」
「………………」
十代と遊星、二人の目は真剣そのものだ。愚直すぎる両目は嘘を知らないかのように澄んでいる。
三年連続で世界滅亡の危機に巻き込まれるなど自分の運の無さを嘆きたくなるが、ある意味で丈は運が良い。世界が危ない事を知らないまま安穏と過ごすよりも、世界の危機に立ち向かえる方がよっぽど幸運だ。
それに丈にもあの男を追わなければならない理由がある。
「分かってる。俺もアイツからは返して貰わなければならないものがある」
「ありがとうございます!」
サイバー・エンド・ドラゴンは亮のものだ。亮が気絶している間にしっかりと取り返さなければならない。
そう話している時だった。
地面が揺れ、ビルがどんどんと倒壊していく。揺れは徐々に大きくなり、世界はみるみると崩壊していった。
「なるほど。世界が滅ぶっていうのは本当らしい」
「急ぎましょう!」
赤き竜が再び三人とその他三名を呑み込む。過去へ逃走した男を追って、赤き竜は時代の波を逆走していく。
そこで待つのは〝史上最強〟の名を欲しいままにしたキング・オブ・デュエリストだった。