宍戸丈の奇天烈遊戯王   作:ドナルド

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第101話  吹雪の闇、友情のデュエル

「僕のターン、ドロー!」

 

 ドローしたカードを恐る恐る確認する。すると、

 

「――――来たかっ!」

 

 ずっと待っていたカードを遂にドローすることが出来た。

 

「スタンバイフェイズ時、僕は墓地に眠るミンゲイドラゴンのモンスター効果を発動。僕の場にモンスターがいない時、このカードをフィールドに特殊召喚する。

 そして魔法カード、大嵐を発動! フィールドの魔法・罠を全て破壊する! これで藤原、お前のクリアー・ワールドも属性変化-アトリビュート・カメレオンも破壊される!」

 

「!」

 

 フィールドに突風が巻き起こり伏せられたクリアー・ワールドを始めとしたカードの悉くを粉砕していく。

 これでもうクリアー・ワールドのネガティブ・エフェクトは消失した。

 

(藤原のデッキはクリアー・ワールドの存在に大きく依存している面がある。デッキにクリアー・ワールドが一枚しかないとは考えにくい。必ず三枚のクリアー・ワールドを投入しているはず)

 

 つまりモタモタとしていたら二枚目のクリアー・ワールドを発動される危険性が大きいということだ。

 このターンで一気に巻き返すしかない。

 

「ミンゲイドラゴンはドラゴン族モンスターの生け贄にする場合、一体で二体分の生け贄とすることができる。僕はミンゲイドラゴンを生け贄に捧げる! 僕は真紅眼の黒竜を召喚!」

 

 吹雪のデッキに眠る二体目の真紅眼の黒竜が降り立った。

 

「飽きもせずまたレッドアイズか。だがその程度のカードで……」

 

「まだだ! 魔法カード、龍の鏡を発動! フィールドまたは墓地のモンスターをゲームから除外。ドラゴン族融合モンスターをフィールドに特殊召喚する!

 僕は墓地に眠る真紅眼の黒竜とメテオ・ドラゴンを墓地融合。頼む……僕に藤原を救い出すだけの力を、貸してくれ! 降臨せよ! 可能性が導きし真紅眼の最強なる姿! メテオ・ブラック・ドラゴン!!」

 

 

【メテオ・ブラック・ドラゴン】

炎属性 ☆8 ドラゴン族

攻撃力3500

守備力2000

「真紅眼の黒竜」+「メテオ・ドラゴン」

 

 

 かつて海馬瀬人の操るブルーアイズ三体を束ねし姿をも粉砕した伝説のドラゴン、その最強形態が紅蓮の業火を纏って姿を現した。

 赤黒い熱気を発しながら、メテオ・ブラック・ドラゴンがフィールドを圧巻する。

 

「バトルだ! メテオ・ブラック・ドラゴンでクリアー・レイジ・ゴーレムを攻撃! メテオ・ダイブ!」

 

 メテオ・ブラック・ドラゴンが両手両足を胴体に引込め、隕石のように宙からクリアー・レイジ・ゴーレムに体当たりをした。

 クリアー・レイジ・ゴーレムは腕を出して抵抗したが、その圧倒的質量に為す術もなく押し潰された。

 

 藤原LP4000→2300

 

 クリアー・レイジ・ゴーレムとメテオ・ブラック・ドラゴン。その攻撃力の差の数値が藤原のライフを削り取る。

 初めて藤原が表情を屈辱に歪めた。

 

「俺の(ライフ)に瑕を、与えたっ! 吹雪ぃ!!」

 

「攻撃は終わってない! 真紅眼の黒竜でセットモンスターを攻撃、黒炎弾!」

 

「伏せていたカードはクリアー・キューブだ」

 

 

【クリアー・キューブ】

闇属性 ☆1 機械族

攻撃力0

守備力0

このカードはフィールド上に表側表示で存在する限り、闇属性として扱わない。

このカードがフィールド上から離れた時、デッキから「クリアー・キューブ」1体を特殊召喚する事ができる。

 

 

 文字通り小さなキューブのようなモンスターはレッドアイズの黒炎に焼き尽くされてしまう。

 守備表示だったのでダメージはない。

 

「クリアー・キューブのモンスター効果。このカードがフィールド上から離れた時、デッキからクリアー・キューブを一体特殊召喚することが出来る。

 俺はデッキよりクリアー・キューブを守備表示で特殊召喚する」

 

「流石に倒し切ることはできなかったけど、流れは取り戻した。僕はターンを終了するよ」

 

 このまま押し切ることが出来れば勝てる。吹雪がそう感じた時だった。

 藤原が鬼のように邪悪な笑みを浮かべてみせた。

 

「まさかクリアー・ワールドを破壊しつつ、いきなり最上級ドラゴンを二体並べるなんてね。吹雪、お前のことを少しだけ甘く見ていたよ」

 

「心外だね。これでも僕だって君と一緒にアカデミアの〝四天王〟に名を連ねてるんだよ。簡単にやられたら自分でプリンスを捨ててキングになった意味がない」

 

「プリンスからキング、ねぇ。ククククッ」

 

「なにが可笑しいんだい?」

 

「吹雪、お前はいつもそうやってお気楽に笑って常に幸せそうにして生きている。だが本当にそうなのかな」

 

「…………何が言いたい」

 

「人間である以上、誰しも心の闇をもっている。誰にも教えたくない、特に友人には絶対に晒したくない醜い心を。それはお前だって例外ではないのさ。その幸せそうな仮面の奥でお前はどれだけ醜い願望を抱いているんだ?」

 

 全てを見通すような藤原の眼光が吹雪を射抜いた。ダークネスの力のせいか藤原の瞳は僅かに輝いている。

 まるで自分が極小の小人となって顕微鏡に映し出されているかのような感覚がまとわりついた。

 

「醜い? ふふふふふふっ。僕はブリザード・キング、フブキングさ。アイドルはそんなこと考えないよ」

 

「それはどうかな。アイドルを自称したところでお前が『人間』であることには変わりない。そして人間なら友情や愛情以外に憎悪や嫉妬なんていう醜い心を抱いている。

 そう……人間は皆がそうなんだ。誰だって醜い心をもっているのに、世の中はその醜さを許してくれない。醜い部分を削ぎ落とし、善い部分だけを賛美しようとする。人間っていうのは綺麗なところと醜いところがあるのが自然なのに、おかしなことに人間社会は醜さの方を皮肉するんだ。

 だから俺はその醜さを肯定しよう。人間のもつ醜さも穢れも全てを受け入れよう。それこそがダークネス、真なる救済なんだよ」

 

「…………お喋りはそれまでにしておいたらどうだい。既に君のターンだ。早くしてほしいものだけどね」

 

「図星を突かれて話を終わらせようっていうことかい。いいよ、お前がそれを望むなら受け入れよう。『逃避』だってダークネスは受け入れるんだからな。

 俺のターン、ドロー。魔法カード、テラ・フォーミングを発動。デッキよりフィールド魔法カードを一枚手札に加える」

 

「くっ! ここでサーチカードを……!」

 

「俺が手札に加えるのは言うまでもなくクリアー・ワールドだ。フィールド魔法、クリアー・ワールドを発動」

 

 一度破壊したというのに、またもクリアー・ワールドが場に出現してしまう。

 吹雪の場には炎属性のメテオ・ブラック・ドラゴンと闇属性の真紅眼の黒竜。よって吹雪は攻撃もできず、エンドフェイズ時に1000ポイントのライフを失うネガティブ・エフェクトを受けることになる。

 

「そして俺は場に裏側守備表示でセットしていたモンスターを反転召喚。この瞬間、リバースしたメタモルポットの効果発動。互いのプレイヤーは手札を全て捨て五枚のカードをドローする」

 

「……メタモルポットは地属性だ。クリアーモンスターじゃない。お前も受ける事になる、クリアー・ワールドのネガティブ・エフェクトを!」

 

「俺がそんなミスをする訳がないだろう? 地属性モンスターのネガティブ・エフェクトはモンスターを一体破壊すること。だが俺のターンのエンドフェイズまでにメタモルポットが消えれば関係のないことだ」

 

 吹雪と藤原はメタモルポットの効果により手札を全て墓地へ送り、新たに五枚のカードを手札に加えた。

 五枚も増強した手札と藤原の発言。恐らく藤原はこのターン、モンスターを生け贄に最上級モンスターを召喚するつもりだ。

 吹雪の懸念は的中する。

 

「ククククッ。俺のクリアー・ワールドを一度とはいえ破壊し、ダメージまで与えてくれた褒美だ。お前には俺の切り札を拝ませてやる。

 冥土の土産……いいやダークネスへの土産に目に焼き付けるがいい! 場の二体のモンスターを生け贄に捧げる! ダークネスの世界により生誕せし無色なる竜よ! 未だダークネスを受け入れられぬ哀れなる者に真理を突きつけるがいい!

 ダークネスより舞い降りろ。クリアー・バイス・ドラゴン!!」

 

 

【クリアー・バイス・ドラゴン】

闇属性 ☆8 ドラゴン族

攻撃力0

守備力0

このカードがフィールド上に表側表示で存在する場合、このカードの属性は「闇」として扱わない。

このカードが相手モンスターを攻撃する場合、このカードの攻撃力はそのダメージ計算時のみ戦闘を行う相手モンスターの攻撃力の倍になる。

このカードは攻撃した場合、バトルフェイズ終了時に守備表示になる。

このカードの戦闘ダメージ計算時、手札を1枚捨てる事でこのカードは戦闘では破壊されない。

このカードを破壊する効果を持つカードの効果を手札を1枚捨てる事で無効にする。

 

 

 これまでのクリアーモンスターと同じく全身を薄透明のクリスタルに包んだ白い龍がフィールドに現出した。

 白い……とても白い龍だった。白いというのに、清廉や清浄というイメージから正反対に位置する白。あらゆるものを白く溶かしてしまいそうなほどの狂的な白がそこにある。

 

「バトルフェイズ。クリアー・バイス・ドラゴンでメテオ・ブラック・ドラゴンを攻撃、クリーン・マリシャス・ストリーム!!」

 

「攻撃力0のモンスターでメテオ・ブラック・ドラゴンを攻撃してくるだって……?」

 

「無論クリアー・バイス・ドラゴンは単に攻撃力が0のモンスターじゃない。その真骨頂はモンスター効果にこそある。クリアー・バイス・ドラゴンのモンスター効果、このカードが戦闘を行う場合、このカードの攻撃力はダメージ計算時のみ戦闘する相手モンスターの攻撃力を倍にした数値となる!」

 

「な、なに!?」

 

「メテオ・ブラック・ドラゴンの攻撃力は3500だ。よってクリアー・バイス・ドラゴンはその倍の数値、7000ポイントの攻撃力を得る!」

 

 クリアー・バイス・ドラゴンが吐き出したブレスが突進してきたメテオ・ブラック・ドラゴンを容赦なく溶かし尽くした。

 攻撃力超過分3500もの苦痛が吹雪の全身に駆け巡った。

 

「ぐっ、がぅぅうああああああああああ!!」

 

「ハハハハハハハハハハハハ! クリアー・バイス・ドラゴンの一撃は痛烈だろう? 俺はバトルフェイズを終了。

 クリアー・バイス・ドラゴンの効果発動。このカードが攻撃したバトルフェイズ終了後、このカードは守備表示に変更となる。俺はカードを一枚伏せターンエンドだ」

 

 藤原が切り札と豪語するだけあって恐るべきモンスターだ、クリアー・バイス・ドラゴン。

 ダメージ計算時のみ攻撃力が戦闘するモンスターの二倍となる効果。この効果がある限り攻撃力が高いモンスターを出せば出すほど吹雪の受けるダメージは大きいものとなる。

 弱点としては効果が使われない限りクリアー・バイス・ドラゴンは攻守が0の貧弱なモンスターだということだが、藤原がこのことを忘れているわけがない。必ずなにかあるはずだ。

 

(取り戻した流れをこうも簡単に奪い返されるとはね。ハハハハハ……笑い話にならないか。でもこういう時こそ笑わないとね)

 

 自分のターンとなったので吹雪はデッキトップからカードをドローする。

 いつもならこの手札内容ならモンスターを並べて総攻撃を仕掛けるところなのだが、クリアー・バイス・ドラゴンとクリアー・ワールドの存在がそれを許してくれない。

 場のレッドアイズは闇属性のため吹雪には攻撃宣言が出来ないというネガティブ・エフェクトが働いているのだ。

 

「僕は強欲な壺を発動。デッキから二枚のカードをドローする。そして速攻魔法サイクロン! クリアー・ワールドを破壊するよ!」

 

「俺がそんな程度のカードを読んでいないとでも? カウンター罠、封魔の呪印!」

 

 

【封魔の呪印】

カウンター罠カード

手札から魔法カードを1枚捨てる。

魔法カードの発動と効果を無効にし、それを破壊する。

相手はこのデュエル中、この効果で破壊された魔法カード及び

同名カードを発動する事ができない。

 

 

「手札より魔法カードを一枚捨てて発動。魔法カードの発動と効果を無効にして破壊する。そして相手はこのデュエル中、この効果で破壊された同名カードの使用を封じられる。

 これでお前のデッキにある〝サイクロン〟は全て役立たずだ」

 

 汎用性の高い魔法・罠除去カードであるサイクロンが使えなくなってしまった。

 吹雪のデッキにはあと二枚サイクロンがあるが、それを引き当てるのを待つという選択肢もこの瞬間泡と消えた。

 

「僕は真紅眼の黒竜を守備表示に変更。モンスターをセット、カードをセット。ターンエンドだ……」

 

「遂に追い詰められたな。最後だ……お前の抱く心の闇を俺に見せてみろ」

 

 藤原の二つの瞳が見開かれると、そこから真紅の眩い光が発せられた。

 

「……っ! 人の心を覗くのは感心しないね」

 

「―――――脅えることはないさ。俺にはもう見えている。お前の心の闇が。吹雪……お前はこれまで中等部でも亮や丈と同じ特待生の……天才デュエリストとして並び称されてきた。

 だが本当はそうじゃないんだろう? お前は自分を〝アイドル〟だなんて自称してニコニコと誤魔化しているようだが、お前の心の奥底には本心が眠っている」

 

「僕の、本心だって?」

 

「そうさ。アカデミアの三天才。同等の実力と同等の才能を有していながらお前は常に丈や亮の後塵を拝しているように周囲から思われていた。

 決定的だったのはI2カップかな。丈や亮が戦った決勝戦、お前は何処にいた? お前は二人のデュエルを観客席から指をくわえて見ていて思ったはずだ。自分こそがあの場所に立ちたかった、と。例え他の誰かを犠牲にしてでも……」

 

 否定することは出来なかった。藤原の言葉は全て吹雪の心に眠る本心。本心を拒絶することはできない。

 

「そしてI2カップがお前達に順列をつけた。丈が一位、亮が二位、そしてお前は三位だ。どれだけアイドルを気取ってキングを名乗ろうと、魔王や帝王には勝てず主役になりきれない三番目の役者。永遠の三番手。それがお前だよ、吹雪」

 

「僕が、二人に勝てないだって……?」

 

「その通り。だからお前は二人と共に笑う影でずっと思ってきたはずだ。二人が妬ましい、二人に勝ちたい、二人を倒して自分こそが第一位になりたいっていう暗い嫉妬心を。ずっと秘め続けてきた。

 俺はお前のその感情を否定しない。寧ろ肯定しようじゃないか。俺はチャンスをあげよう。俺と同じようにお前もダークネスの力を受け入れるんだ。そしてその力で宍戸丈と丸藤亮を倒せ。それが――――――」

 

「ふふふふっ」

 

「ん?」

 

「ふっ、あーはははははははははははははははははははははははははっ!!」

 

「な、何故そこで笑う!?」

 

「いや、だって、ねぇ。君があまりにも可笑しいことを言うからつい」

 

 確かに藤原の言っている言葉は真実だった。ダークネスの力で天上院吹雪という人間の内側を見通したというならそれが嘘であるはずがない。

 そんなことはこの世界の誰よりも吹雪が分かっている。

 

「ああそうさ。藤原、君の言う事は全て正しい。僕はあの二人の横で笑いながら、常にあの二人を倒したいと思ってきた。だけどそれのなにがいけないんだ?」

 

「な、なにがいけないかだと!?」

 

「デュエリストなら自分より強い相手を倒したいって思うのは当然のことだ! 決勝戦の舞台に立てなくて悔しがるのは当たり前のことだ! それが例え友人であっても、友人だからこそ余計に悔しいんじゃないか!

 それは決してデュエリストとして恥ずべきものじゃない! それを心の闇と断じるのなら、藤原それはその心が醜いからじゃない。誰よりもお前がその誰かに勝ちたい、一番になりたいっていう思いから逃げ出したがっているだけだ!!」

 

「ぐっ、お、俺が逃げただと……ッ! ふ、ふざけるなァ!!」

 

「この際だから君には教えてあげるよ。君はどうも僕のことを天才だと思っているようだし、皆もそうだと思ってるけど……それは誤りさ。僕は天才なんかじゃない。僕の才能は……特待生じゃ誰よりも下だ。君は勿論、丈や亮にも劣る。妹の明日香にだって才能だけなら勝てないよ。

 悪く言ってしまえば僕は凡人だ。よくて秀才止まりかな」

 

「よ、世迷言を言うな!」

 

「事実だ! 信じられなければ僕の心でも脳味噌でも見ればいい!」

 

 そもそもそうなのだ。天上院吹雪は決して天才ではない。特待生で誰よりも輝かしい才能の煌めきをもっている藤原と比べれば、自分など単なる土くれがいいところだ。

 だが土くれにも土くれなりの意地がある。才能なんてなくても、天才たちと並ぶことができるはずだ。この同じ地球という大地に立っているなら、同じ頂きに立つこともできるはずだ。

 故にだからこそ天上院吹雪は『伝説の三人』の中で城之内克也に最も憧れたのだ。才能なんてなくても、諦めない心で遂に伝説という頂上に上り詰めた男の背中に憧憬の念を抱いた。

 

「ふ、吹雪は嘘を言ってない……だ、だがこれまで一度もそんな素振りは!」

 

「僕ってさ。努力自慢とか不幸自慢って好きじゃないんだよね。だってあれさ、結局のところ他人に『これだけ努力したんだから』『これだけ不幸になったんだから』って女々しく物乞いするみたいじゃないか。

 常に格好よく女の子たちの理想を演出して、努力なんて泥臭さはみせずに常に優雅であり続ける。それが偶像(アイドル)ってものだろう? ま、丈と亮は長い付き合いだし薄々感づかれちゃってるかもしれないんだけどね」

 

 天上院吹雪という人間を例えるなら白鳥だ。周りからは優雅に水を滑るように見えて、水面下ではじたばたと必死にもがいている。自分を〝天才〟のように見せるために。

 

「ま、そんなわけで僕にも人に晒したくない秘密や心の闇なんていうのは幾らでもある。だけど誰かに全てを話して受け入れて貰おうなんて思わない。そんなのは僕の趣味じゃないしね。

 藤原、才能のない僕に誰よりも才能に溢れた君の苦悩は分からないかもしれない。君がこんなことをした理由は君自身の才能が齎した悲劇だったのかもしれない。

 だが……僕に例え才能がなくとも、君や丈と亮の親友で、ライバルという事実に変わりはない! お前が暗い闇の底にいるというのなら僕も行こう。そして君を闇から連れ戻す!」

 

 吹雪の全身に纏わりついたダークネスの力。吹雪はその恐るべき力を精神力でねじ伏せ制御した。

 暗い闇にいる人間を光へと連れ戻すには手を伸ばす必要がある。手を伸ばすということは自分もまた闇に行かねばならないということ。

 ダークネスが吹雪の中からその精神を操ろうとするが、既に闇を受け入れる覚悟はしている。

 

「ご、ゴミがァ!! 幾ら口先で友情って綺麗事を叫ぼうと……人間なんてどうせいつかは死ぬんだよ! 人間だけじゃない! この国も! 地球も! 宇宙も! どうせ最後は消えてなくなる! 誰からも忘れられて虚無(ゼロ)になる!

 どうせ最終的になにもかも無くなって虚無(ゼロ)になる……どうせ最期に死ぬなら、生まれてこなければいいじゃないか!! そうすれば生きる苦しみも味わわずに済む! 生まれることなんて無価値でしかない」

 

「藤原、僕は偉そうなことは言えない。だけど例え死んで消えたとしても、生きてから死ぬまでの間には必ず意味がある。無価値でも無意味でもない! そして言おう。僕の命がある限り決してお前のことを忘れたりはしない、と」

 

「黙れぇぇえええええ!! クリアー・バイス・ドラゴン、奴の口を塞げぇ!!」

 

 クリアー・バイス・ドラゴンの口から発せられた破壊の極光に真紅眼の黒竜が消し炭にされる。

 だがレッドアイズは守備表示だったためダメージはない。

 

「この程度かい?」

 

「ふ……ぶきぃぃぃぃぃぃぃいいいいいい!! ぬぅ……俺は……カードを一枚伏せる。……っ! ターン終了」

 

「藤原。お前も心のどこかで気づいてるんだろう。誰かに忘れられたくない。死にたくないっていう願いは今を楽しく生きている人間しか抱かない悩みだ」

 

「黙れぇ!! お前が俺の何を知る!」

 

「何も知らないさ! だが何も知らないからこそ、誰かに歩み寄ることが出来る! 僕のターン! ダークネス、お前が僕を支配しようというのならお生憎様だ。天上院吹雪は貴様等にくれてやるほど安い存在じゃない」

 

 一枚のカードに封印されていたダークネスの力。それが闇の渦となって吹雪のデッキに吸い込まれていく。

 闇の力はやがてデッキトップにダークネスの力を宿した新たなるカードを創造した。

 

「馬鹿、な……。何が起こっている、ダークネスの力がドローカードを創造している……だと? こんな無茶苦茶が、あって……」

 

「僕のターン!」

 

「させるかっ! そのカードを手札に加えさせはしない!」

 

「ドロォーーーーッ!」

 

「カウンター罠、強烈なはたき落とし! 相手がデッキからカードを手札に加えた瞬間、相手は手札に加えたそのカードを墓地へ送る!」

 

 

【強烈なはたき落とし】

カウンター罠カード

相手がデッキからカードを手札に加えた時に発動できる。

相手は手札に加えたそのカード1枚を墓地へ捨てる。

 

 

 例えドローカードを創造されたとしても、そのカードをドローさせなければ意味はない。

 藤原の戦術はなにも間違ってはいなかった。だが藤原は思い出すべきだった。デュエルモンスターズにとって墓地にカードを送ることはデメリットだけではないということを。

 ドローカードを墓地へ置いた吹雪は口元を釣り上げてみせた。

 

「何を……笑っている?」

 

「感謝するよ。君がドローしたカードを墓地へ送ってこれたお蔭で僕のとっておきの魔法カードを使うことが出来る」

 

「とっておきだと?」

 

「ふふふっ。魔法カード発動、思い出のブランコ」

 

 

【思い出のブランコ】

通常魔法カード

自分の墓地の通常モンスター1体を選択して発動できる。

選択したモンスターを特殊召喚する。

この効果で特殊召喚したモンスターはこのターンのエンドフェイズ時に破壊される。

 

 

 このカードとの思い出、それはずっと昔のアカデミアに入学して丈たちと知り合う前の頃。吹雪はよく妹の明日香と大きな木の下でデュエルをしていた。

 そして明日香が一番好きだったのがこの魔法カード、思い出のブランコ。

 

「思い出なんて忘れてしまえばいいと君は言った。いずれ忘れるなら思い出なんてない方がいいと。だけど少なくとも僕は例え最期に死ぬとしてもこの思い出があって良かったと思う。

 思い出は形じゃない。見えるんだけど見えないもの……城之内さんの問いかけに僕は絆だと答えた。だが思い出だって見えるんだけど見えないもの。見えないけど確かに存在する力だ。だって思い出はこんなにも僕に幸福と力を呼んでくれるのだから! 思いでのブランコ、このカード効果により僕は墓地の通常モンスターをフィールドに特殊召喚する!」

 

「通常モンスター……レッドアイズか!?」

 

「違うよ。これは君がついさっき手札から墓地へ送ったカード。暗黒の世界の暴風よ、現世に顕現し世界を消し払え! 降臨せよ、ダークストーム・ドラゴンッ!!」

 

 

【ダークストーム・ドラゴン】

闇属性 ☆8 ドラゴン族

攻撃力2700

守備力2500

このカードは墓地またはフィールド上に表側表示で存在する場合、

通常モンスターとして扱う。

フィールド上に表側表示で存在するこのカードを通常召喚扱いとして再度召喚する事で、

このカードは効果モンスター扱いとなり以下の効果を得る。

●1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示で存在する

魔法・罠カード1枚を墓地へ送って発動できる。

フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。

 

 

 黒い暴風がフィールドに吹き荒れる。荒々しい風がクリアー・ワールドの存在を否定する力をも跳ね返していく。

 レッドアイズとは異なる暗黒の風を纏いし黒竜が個を否定するダークネスに逆らうように天に咆哮し自らの存在を強調した。

 

「ダークストーム・ドラゴンはデュアルモンスター。フィールドと墓地にある限り通常モンスターとして扱われるけど、再度召喚することによって強力な力を得る。

 更に僕は龍の鏡を発動、墓地のドラゴン族モンスター五体をゲームより除外。FGDを特殊召喚する!」

 

 

【F・G・D】

闇属性 ☆12 ドラゴン族

攻撃力5000

守備力5000

ドラゴン族モンスター×5

このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。

このカードは闇・地・水・炎・風属性モンスターとの戦闘では破壊されない。

 

 

 五体のドラゴン族モンスターを除外することにより、二体目のFGDが場に降臨した。しかしこれだけで終わりはしない。

 

「そして僕はこのターン、通常召喚を行っていない。ダークストーム・ドラゴンを再度召喚し永続魔法、一族の結束を発動」

 

 一族の結束の効果でダークストーム・ドラゴンの攻撃力が800ポイント上昇するが、今回は攻撃力を上げるためにこのカードを発動したわけではない。

 ダークストーム・ドラゴンの力を発揮するには場で表側表示となっている魔法・罠カードが必要なのだ。

 

「ダークストーム・ドラゴンのモンスター効果発動。僕の場の魔法・罠カード一枚を墓地へ送り、フィールドの魔法・罠カードを全て破壊する! 消え去れ、ダーク・スーパー・セル!」

 

「クリアー・ワールドが、俺の、世界が……っ」

 

「こんなものに頼るのはもう止めるんだ。ダークストーム・ドラゴンの効果にチェーンして竜魂の城を発動」

 

 黒い風がクリアー・ワールドの無色なる世界を打ち払っていく。

 嵐が晴れた時、そこにあったのは呆然とする藤原とクリアー・バイス・ドラゴンだけ。

 

「竜魂の城の効果。このカードが破壊された時、ゲームから除外されているドラゴン族モンスターを特殊召喚することができる。除外されたメテオ・ブラック・ドラゴンをフィールドに帰還!

 そして場にセットしたドラゴン族モンスター、ドル・ドラを除外。レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴンを特殊召喚。レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴンのモンスター効果、墓地の真紅眼の黒竜をフィールドに復活!」

 

 

【レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン】

闇属性 ☆10 ドラゴン族

攻撃力2800

守備力2400

このカードは自分フィールド上に表側表示で存在するドラゴン族モンスター1体を

ゲームから除外し、手札から特殊召喚できる。

1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に手札または自分の墓地から

「レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン」以外の

ドラゴン族モンスター1体を特殊召喚できる。

 

 

【真紅眼の黒竜】

闇属性 ☆7 ドラゴン族

攻撃力2400

守備力2000

真紅の眼を持つ黒竜。怒りの黒き炎はその眼に映る者全てを焼き尽くす。

 

【メテオ・ブラック・ドラゴン】

炎属性 ☆8 ドラゴン族

攻撃力3500

守備力2000

「真紅眼の黒竜」+「メテオ・ドラゴン」

 

 

 遂に吹雪のフィールドが強力な五体のドラゴン族最上級モンスターで埋め尽くされた。

 たった1ターンで下級ドラゴン族モンスターが一体だけだった吹雪のフィールドが五体ものドラゴンの巣窟となったのだ。

 余りの出来事に藤原は呆然とドラゴンたちを見上げる。

 

「これが友との思い出がくれた僕の力だ。バトル! モンスターたちよ、藤原の心に憑りつく邪悪なる意志を焼き払え! 真紅眼の黒竜の攻撃、黒炎弾!」

 

「く……クリアー・バイス・ドラゴンの効果。ダメージ計算時に手札を一枚捨てることでバトルで破壊されるのを防ぐ」

 

「まだ最初を防いだだけだよ。FGDの攻撃、邪滅のゴッド・ファイブ・ストリームッ!」

 

「クリアー・バイス・ドラゴンの効果、手札を一枚捨てバトルでの破壊を防ぐ……」

 

「三度目の正直だ! やれ、メテオ・ブラック・ドラゴン! メテオ・ダイブ!」

 

「て、手札を捨てて……戦闘での破壊を……あ」

 

 三枚目の手札コスト。つまり最後の手札を藤原は捨ててしまった。

 これでもうクリアー・バイス・ドラゴンの戦闘耐性は消滅した。

 

「藤原、これが僕のラストアタック。真紅眼の黒竜とダークストーム・ドラゴンの攻撃。ダブル・ダーク・ストーム・フレアッ!」

 

「――――――――――」

 

 二体のモンスターの攻撃によりクリアー・バイス・ドラゴンが撃破され、そして藤原のライフも0となる。体から邪悪なる意志が抜け落ちた藤原は糸の切れた人形のようにその場で倒れた。

 だが切れたのは藤原を操っていた糸だけではなかったのか。天井から大きな瓦礫が藤原のもとに落下した。

  

「危ない、藤原!」

 

 慌てて藤原に駆け寄ろうとするが間に合わない。これから起きるであろう惨劇に思わず目をつぶった時。

 

『――――――良かった。間に合いましたね、マスター』

 

 ずっと藤原と共にいたデュエルモンスターズの精霊であるオネストが実体化して、その黄金の翼で藤原を守っていた。

 

「吹雪、大丈夫か!」

 

 オネストに僅かに遅れる形で亮と丈の二人が地下室に走り込んでくる。二人ともかなり急いでたようで肩で息をしていた。

 

「すまんな。ワンターン100キルをしていて少しばかり遅れた。大体の事情はオネストから聞いている」

 

 駆け寄ってきた亮が倒れていた藤原をオネストから任されると肩を貸す。

 するとオネストは再び半透明となった。デュエルモンスターズの精霊であるオネストがこの世界で実体化するのはかなりの力が要ることなのだ。

 

「オネストは、どうして? 藤原は捨てたって言ってたけど」

 

「あいつの部屋に封印、いやダークネスの影響を受けないよう大切に保管されていたよ。寮に入った時に偶然オネストの呼びかけを聞いてな」

 

「そっか。ありがとうね亮、それに丈も」

 

「……あぁ、けどどうやらこれで円満解決とはいかないみたいだ」

 

 丈が藤原や吹雪を守る様な位置に立ちながら、なにもない虚空を睨む。

 常人ならどうして何もない場所を睨むのだろうと疑問を覚えただろう。しかし数多くの闇のゲームを経験してきた吹雪にはそこにある〝なにか〟を感じることが出来た。

 恐らくはアレこそが藤原に憑りついていたこの事件の真の黒幕。

 

「亮、吹雪と藤原を連れて外へ逃げてくれ。俺は……こいつの相手をする」

 

「無茶だ! 君が戦うなら僕も……」

 

「藤原とのデュエルで消耗しているだろう。俺はここにくるまで単に変なサングラスのおっさん100人と遊んできただけで特に疲れはない。それにここはどうも危ないかもしれない。一緒にいると危険だ」

 

「けど……」

 

「亮、それにオネスト。二人のことを頼んだ」

 

「……分かった、くれぐれも勝てよ。行くぞ吹雪」

 

 正直言いたい事は山のようにあった。しかし確かに吹雪自身、藤原とのデュエルでかなりの力を消耗してしまっている。

 この上、藤原に憑りついていた真の黒幕を相手するのは体力的に無理だ。

 

「ごめん。迷惑をかけるね、僕が不甲斐ないばっかりに亮まで」

 

「気にするな。気にするなら何時か俺がへばった時にでも助けてくれ。それでチャラだ」

 

「ああ」

 

 吹雪は友に任せる覚悟を決め、亮と一緒にその場から逃げる。

 黒く蠢く闇と真っ向から相対する友人の背中が『任せろ』と告げていた。  




 吹雪さんの吹雪さんによる吹雪さんのための話でした。いつも自重しない吹雪さんが自重し過ぎた挙句に自重を限界突破クリアマインドして……まるで意味が分かりませんね。タイトル通り今回は毎度自重せずお調子者で格好良い吹雪さんの普段は絶対に見せないところをクローズアップしました。原作と違いバイツァ・ダストは発動しません。あと取り敢えず原作の戦績0勝4敗という汚名は返上しました。
 そして次回は……原作第四期のラスボスが超フライングで登場します。

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