デュエルアカデミア中等部の実技試験は高等部と同じように海馬ランドのドームで執り行われる。しかし当たり前といえば当たり前だが、高等部とは時期がずれていた。高等部の入試は中等部の入学試験と結果発表が終わってからである。
なので会場に来るのは中学入学前の小学生だけであり、自然と何処か微笑ましい雰囲気が漂う。もしも受験とは関係のない人がこの光景を見れば「頑張れ」と心の中でエールを送るかもしれない。
しかし受験する当人たちにとっては周りにいる同い年は、未来のデュエルエリートへのロードを歩む為の切符を求めて競い合うライバルである。学校の運動会と違い、受験という名の戦争に敢闘賞はない。どれだけ長い間、寝る間を惜しんで勉強をしていたとしても不合格の三文字は容易に敗北者の心を砕く。
勝者は栄光を勝ち取り敗者は絶望の煉獄へと堕落する。やや大げさだが受験とはそういうものだ。ただ合格の頭に一文字付け足されるかされないかで今後の人生が大きく変わる要因を含んでいる。
そんな中、アカデミア中等部を受験するために海馬ドームまで電車を乗り継いでやってきた丈は、他の受験生に比べ気分は楽だった。その理由は丈の手にある受験票にある。
受験票に記された数字は2。これは単純な受験番号というだけではなく、実技試験の前に行われる筆記試験で二番目の成績をとったということを示している。
筆記試験と実技試験の両方の結果で一括に判断されるのではなく、最初に筆記試験の結果が教えられ次に実技試験が行われるというのはアカデミア独特のやり方だった。
(まぁ二番だし……たぶん受かるよな)
アカデミアが筆記よりも実技が優先されるとはいえ、まさか筆記で二番の成績の受験者を実技が悪かったということで問答無用で不合格にはしないだろう。たぶん。アカデミアの入学案内によると試験は筆記と実技の平均を見る、ということだったので丈が仮に実技でブービー賞をとっても丁度中間の成績に収まるという訳だ。
流石に中等部受験者用の試験デッキ相手にブービー賞はとらないだろうし、合格は現時点で固いといえた。
だが幾ら頭ではそう納得していても、どこかそわそわとしてしまうのを抑え付けることは出来なかった。内臓が噛み付かれるような緊張。人生の岐路に立たされているというプレッシャー。こればかりは何度受験しようと完全に慣れるというものではない。
『次、受験番号3番!』
三番が呼ばれる。
順番からして次が自分の番だろう。家を出る前に確認したが、念のためもう一度デッキを確認する。デッキの枚数は40枚以上だろうか、誤って制限カードを二枚以上入れてないだろうか、同じカードを四枚入れてないだろうか。そういう初歩的なことから戦術の確認までをデッキを一枚一枚めくりながら再認識していく。
「緊張しているのか?」
丈の隣の座席に亮が腰を下ろす。亮の受験番号は堂々の1番なので自分の番はまだの筈だが、丈とは違い緊張感やピリピリとした雰囲気はなかった。
「そういうお前は平静そうだな」
「いや、そうでもない。俺もデュエリスト、もしこの大一番でミスをしたらどうしようか、くらいは考えるさ。だがデュエリストなら、やる事はいつもと同じ。対戦相手に敬意を払い、全力を出して戦うだけだ。そうだろう?」
「俺もそうクールな台詞を吐けたらいいんだけどな。ただ……やる事は同じか」
全力を出して戦う。
簡単なようだがそれが一番の作戦だ。試験に手を抜いて不合格になりましたじゃ洒落にもならない。本気を出して戦って負けるなら諦めもつくというものだ。
「それよりも見ろ、あの受験番号3番」
亮が指さしたデュエル場では受験番号3番――――――黒髪のロングヘアの少年とサングラスをかけた試験官がデュエルしていた。試験官はサングラスといいアメリカンマフィアのような怪しさがあるが、黒髪ロングヘアの少年の方は亮に負けず劣らずの美少年である。
それよりも注目すべきは黒髪ロングヘアの少年のフィールドにいるモンスターである。全身を包む漆黒の肌、血の様に真っ赤な両眼。青眼の白龍、ブラック・マジシャンに並びデュエルモンスターズ初期の三本柱として君臨したモンスター、
ただでさえレアだというのに伝説のデュエリストが相棒としたカード、ということで超のつくほどのプレミアものであり、ブラック・マジシャンには及ばないものの、その値段は軽くバルバロスを超える。
そんなレアカードがあるということで必然、会場の視線は受験番号3番に集まっていた。
「僕のターン」
3番がカードをドローする。
その姿に丈は見覚えがあった。ただしここではない前世で。
アカデミア中等部をこの時期に受験する生徒でレッドアイズを使うデュエリストといえば思い当たるのは一人だ。
「レッドアイズで相手プレイヤーに直接攻撃、黒炎弾!」
「ぐっ! 見事ですよ、私の完敗だ」
レッドアイズの直接攻撃で華麗に黒髪の少年が勝利する。彼のライフは一ポイントたりとも削られていなかった。
(天上院吹雪、かぁ。そりゃ亮がいるんだからJOINもいるかそりゃ)
一応原作でヒロイン的な位置づけにいた天上院明日香の実兄にして、キングの異名をもつデュエリスト。アニメだとストーリー上負けてはいけない相手との戦いばかりだったからこそ勝ち星はゼロだったが、丈の記憶が正しければ後のカイザー亮と並び称されるほどの実力者だった筈。試験官相手に無傷の勝利も納得である。
「応援ありがとう! 僕のマイスイートハニーたち!」
と、その実力からは真逆なほど普段は軽い人間であるわけだが。
今もまだ試験に合格してすらいないというのに、周りの女生徒や女の受験生に投げキッスを飛ばしている。
小学生のころからJOINはJOINだったらしい。
『次、受験番号2番』
「おっ、俺か!」
JOINに気を取られていてすっかり失念していたが、そういえばJOINの次は自分の番だった。慌てて椅子から立ち上がりデュエル場へと向かう。自分が試験を行うであろうデュエル場の隣ではまだ受験番号4番がデュエルをしていた。
「頑張れよ」
亮のエールに振り向かず親指をググッと上げて答えると試験管の前に立った。
「初めまして受験番号2番。今日はお互い良いデュエルをしましょう」
試験官の人がデュエルディスクに装填してあったデッキを別のデッキと取り換える。後からデュエルする受験生が対策をしないようにする処置だろう。
「こちらこそ、宜しくお願いします」
礼儀としてぺこりと頭を下げる。
もしかしたらこういった礼儀作法なども密かに点数に含まれているかもしれないので、そういう所はしっかりしておいた。
「デュエル!」
宍戸丈 LP4000
試験官 LP4000
他の試験を見る限り、試験管は通常モンスターを主体とするスタンダードなデッキを使ってくる。原作だと十代はクロノス教諭の暗黒の中世デッキなんてものと戦う羽目に陥っていたが、基本試験官が使用するのは試験用のデッキだ。しかも高等部の試験用デッキと比べれは弱めに設定してある。そこまでの強敵ではない。
「先行は受験者からです、掛かって来なさい」
試験官がそう言う。
有り難い。カウンター罠を多用する丈は、亮と違って先行の方が断然有利だ。
「それでは遠慮なく、俺のターン。ドロー」
いつも通り全力で戦う。
その言葉を頭の中で反芻しつつ、丈は手札から一枚のカードを場に出す。
「俺は魔法カード、迷える仔羊を発動! 場に二体の仔羊トークンを出現させる!」
【迷える仔羊】
通常魔法カード
このカードを発動する場合、
このターン内は召喚・反転召喚・特殊召喚できない。
自分フィールド上に「仔羊トークン」(獣族・地・星1・攻/守0)を
2体守備表示で特殊召喚する。
場に二体の仔羊がメーメーと鳴きながら特殊召喚された。
レベル1で攻守共にゼロで効果なしと、モンスターとすれば最弱のステータスしかないトークンだが生贄要因としてならモンスターの強さなど関係ない。
「そして俺は永続魔法、冥界の宝札を発動!」
「生贄用のトークン二体と二体以上の生贄召喚をした際に二枚ドローする手札補強カードか。だけど迷える仔羊を使用したターン、君は召喚・反転召喚・特殊召喚を行えない。私のターンでそのトークンは破壊させて貰いますよ」
「ご心配には及びません。俺はこのターンでトークンを消費する。俺は二体の仔羊トークンを生贄に捧げモンスターを裏側守備表示でセットする」
二体のトークンが消滅すると、フィールドに裏側になったカードが横向きで出された。
「迷える仔羊を使用したターン、召喚は出来ないけどモンスターをセットするのは問題なく出来る。そして二体の生贄を必要とするセットに成功したため、冥界の宝札の永続効果でデッキより二枚ドロー。……俺はカードを三枚セットしてターンエンドです」
この方法を使用する上でネックとなるのは裏側守備表示でしか出せない為、直ぐに攻撃することが出来ず即効性に欠けることだが、元々先行1ターン目は攻撃出来ないので大したデメリットはない。
試験官もそれに気づいているのか満足そうに頷いた。
「受験番号2番だけあって中々の腕前ですね。しかし私も負けませんよ。私のターン。私は魔法カード、シールドクラッシュを発動! フィールドの守備表示モンスターを一体破壊する」
【シールドクラッシュ】
通常魔法カード
フィールド上に守備表示で存在するモンスター1体を選択して破壊する。
裏側守備表示でセットされていた最上級モンスター、堕天使アスモディウスが破壊され墓地へと送られた。しかし堕天使アスモディウスの効果は破壊をトリガーにして起動する。
「この瞬間、堕天使アスモディウスの効果発動。このカードが破壊され墓地へ送られた時、フィールド上にアスモトークンとディウストークンを出現させる。俺は二体のトークンを攻撃表示で召喚!」
【アスモトークン】
闇属性 ☆5 天使族
攻撃力1800
守備力1300
アスモトークンはカードの効果では破壊されない。
【ディウストークン】
闇属性 ☆3 天使族
攻撃力1200
守備力1200
ディウストークンは戦闘では破壊されない。
「其々別々の耐性もちのトークンを呼び出したか。ですが攻撃表示で出したのは失敗でしたね。私はブラッド・ヴォルスを攻撃表示で召喚」
【ブラッド・ヴォルス】
闇属性 ☆4 獣戦士族
攻撃力1900
守備力1200
戦闘では破壊されないディウストークンはまだしも、アスモトークンには戦闘での破壊に対しては無力だ。アスモトークンは攻撃力1800と下級アタッカーだとそこそこの数値だが、ブラッド・ヴォルスには及ばない。
もしブラッド・ヴォルスが攻撃すればアスモトークンは為す術もなく破壊されるだろう。ただし攻撃できればの話であるが。
「ブラッド・ヴォルスの召喚に対してカウンター罠を発動、神の宣告!」
【神の宣告】
カウンター罠カード
ライフポイントを半分払って発動する。
魔法・罠カードの発動、モンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚のどれか1つを無効にし破壊する。
宍戸丈 LP4000→2000
ブラッド・ヴォルスの召喚は無効となり墓地へと送られる。
しかし既に試験官はワンターンに一度の通常召喚権を使ってしまったためフィールドにモンスターを呼び込むことは出来ない。仮になんらかの特殊召喚をしてきたとしても、それはそれで問題はなかった。
「ブラッド・ヴォルスが破壊されてしまいましたか。仕方ありません、私はカードを一枚セットしてターンエンド」
宍戸丈 LP2000 手札2枚
場 アスモトークン、ディウストークン
伏せカード二枚
魔法 冥界の宝札
試験官 LP4000 手札3枚
場 無し
伏せカード一枚
「俺のターン」
丈の手札は三枚。強力な全体破壊能力をもつバルバロスも手札にあるが、それを使うには生贄が一体足りない。だが試験官の場にモンスターはいない今、バルバロスを妥協召喚して総攻撃を仕掛ければその攻撃力の合計は1900+1800+1200で4900となり丈の勝利となる。しかし仮にも試験官、無防備な状態を晒しているとは思えない。
自分の勘が正しければ試験官が伏せているのは確実に罠カード。
(亮がよく言ってたな。相手の立場になって考えれば見えないものも見えてくるって)
相手の立場。試験官の立場になって考えれば、モンスターの総攻撃は防ぎたいはずだ。しかしただ防ぐだけでは芸が無い。出来るのなら一枚のトラップで形勢逆転を狙いたいだろう。
それが出来る罠といえば……。思いつくのは二つ。
考えは決まった。あとは攻めるのみ。
「俺は生贄なしで神獣王バルバロスを妥協召喚! これで攻撃力の合計は4900、モンスターで総攻撃を仕掛ければ勝利だ。俺はバルバロスでプレイヤーを直接攻撃!」
「フッ、掛かりましたね。罠カード、聖なるバリア ーミラーフォースー。モンスターの攻撃を跳ね返し、相手の攻撃表示モンスターを全滅させる!」
【聖なるバリア ーミラーフォースー】
通常罠カード
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
相手フィールド上に存在する攻撃表示モンスターを全て破壊する。
「良いタクティクスですが最後の詰めが甘かったですね。私の伏せカードを無視して攻め入るとは」
「いえ、無視はしてませんよ。俺はそのトラップにカウンターを発動、魔宮の賄賂!」
【魔宮の賄賂】
カウンター罠カード
相手の魔法・罠カードの発動を無効にし破壊する。
相手はデッキからカードを1枚ドローする。
試験官の聖バリが破壊される。
思い通りだ。トラップでの一発逆転を狙うなら激流葬か聖バリのどちらかを仕掛けていると踏んでいたのだ。
聖バリが消えた今、本当に試験管は丸裸。ここで終わらせるのは容易いが折角の一生に一度の中学入試だ。少しは大盤振る舞いしよう。
「トラップの発動をカウンターにした事で、俺は手札からモンスターを召喚する」
「なに!? トラップをカウンターすることで召喚されるモンスターだと!?」
「冥府の道標に導かれ、現れろ冥界の王者。冥王竜ヴァンダルギオン!」
【冥王竜ヴァンダルギオン】
闇属性 ☆8 ドラゴン族
攻撃力2800
守備力2500
相手がコントロールするカードの発動をカウンター罠で無効にした場合、
このカードを手札から特殊召喚する事ができる。
この方法で特殊召喚に成功した時、
無効にしたカードの種類により以下の効果を発動する。
●魔法:相手ライフに1500ポイントダメージを与える。
●罠:相手フィールド上のカード1枚を選択して破壊する。
●効果モンスター:自分の墓地からモンスター1体を選択して
自分フィールド上に特殊召喚する。
試験官の聖なるバリアから抜け出るように、カードを破壊しながら飛び出してきたのはレッドアイズと同じ黒いドラゴン。しかしレッドアイズのソレがシャープで日本刀のような鋭さをもつのに対し、こちらは大地を揺るがすようなパワーがある。バリバリと紫電を全身に奔らせながら冥界の竜は敵対者を威嚇した。
「攻撃力2800のモンスターがこうもいきなり……」
「いきますよ。俺は神獣王バルバロスの攻撃を続行、トルネード・シェイパー!」
バルバロスの槍が試験官の心臓を貫く。
ソリッドビジョンだと分かってもその様子はどこか肝を冷やす恐ろしさがあった。
試験官 LP4000→2100
「そして冥王竜ヴァンダルギオンの直接攻撃! 冥王葬送!」
「うぅううううおおおおおおお!」
ヴァンダルギオンが吐き出す地獄の業火が試験官のライフを0になるまで焼き尽くす。
上手くいった。筆記試験で二番目かつJOINと同じく無傷(神宣でライフは半分だけど)での勝利、これなら合格はほぼ確定だろう。
会場がやや騒がしくなる。会場にいるギャラリーは口ぐちに「あれってワンターンキル?」「まさか」試験官を相手に……」などと囁いていた。
初期ライフポイントを一気に削るのはワンキルではなくワンショットキルに属すると思うのだが、この世界だとライフを一気に削りきるという事を総称してワンターンキルと呼称するようだ。
「まさか中等部の入試でワンターンキルを喰らうことになるとは。素晴らしいデュエルでした、結果は後日自宅に郵送されます」
「ありがとうございましたっ!」
デュエルが終われば挨拶。
これで試験官への印象のバッチリだ。丈はふと横に目を向けると、
「パワー・ボンドで三体のサイバー・ドラゴンを手札融合、サイバー・エンド・ドラゴンを融合召喚。更にリミッター解除、サイバー・エンド・ドラゴンの攻撃力を倍にする! サイバー・エンド・ドラゴンで相手プレイヤーを直接攻撃、エターナル・エヴォリューション・バーストッ!」
「ぬわざあああああ!」
うん。亮は安定のスーパー火力で試験官をワンキルに料理したようだ。
しかも16000のオーバーキルで。攻撃を喰らってデュエル場の外まで吹っ飛んだ試験官が頭からプスプスと煙をあげていたのは錯覚だと信じたい。
(ともあれ、これで二人とも合格かな)
これからデュエルアカデミアでの生活が始まる。
そう思うとらしくもなくドキドキしてきた。元の世界では絶対にありえなかったデュエリスト養成校。そこにどんな事が待っているのか、宍戸丈はまだ知らない。