銀河英雄伝説 ヤン艦隊日誌追補編 未来へのリンク 作:白詰草
「ありゃな、もてないんじゃない。
本人が気付いてないのと、周りが鉄壁のガードをしいていたんだと、おれは思うね」
断言したのは、ユリアンの空戦技術の師で同盟きっての撃墜王である。ベッドの戦果でも同じ称号を授けられることは、万人が認めるところだ。
「エル・ファシルに、アスターテにイゼルローンの英雄だぞ。
首から下が男ならな、乗ってる顔がブルドッグだって女は寄ってくるんだよ。
本人がその気ならな。おれには遠く及ばんが、顔はまあまあだし、背も普通だ」
「でも、提督はそういう方じゃありませんよ」
「そうだとも少年。そいつが最大の問題さ。
あの人がその気だったら、曜日ごと、午前午後夕方深夜、
それぞれに女を抱えられるんだがなぁ。だがありゃいかん。鈍すぎる」
じゃあ、一週間でのべ28人の計算になる。無理だ、と首を振りかけて、ヤン宛に届くファンレターが脳裏に浮かぶ。人口の半分が女性、その四分の一が恋愛対象年齢、さらに容姿で選抜というポプラン式計算法を適用しても、軽くその数を上回る。
ユリアンは
「……その前提条件も相当無理がありますけど、どのへんが鈍いんですか」
空戦の師は、緑の瞳にいっそ憐みを込めて、亜麻色の髪の弟子を見つめた。素質は極めて高いくせに、色恋の道では自分の後継者ではなく、黒髪の師父の後を追いそうな発言である。
「いかん、いかんぞユリアン・ミンツ。
ヤン提督に憧れるのは結構だが、おまえまで鈍感道に進んではいかん」
それは、ある意味修羅の道だ! 少年の肩に両手を置いて、そう力説する。
「考えても見ろ。あの、ミス・グリーンヒルが14歳だった時のことを!
まさしく煌めくような美少女だったに決まってるだろ。
それこそ、芸能界入りしてもおかしくない、学校一どころか避難民一の美少女に、
差し入れまでしてもらって、覚えていないとは何事だよ!」
ダークブラウンの目がまんまるになって、次いで白い頬が紅潮した。
「ああ、本当にそうですね。思いつかなかった……。でも」
21歳の青年が、14歳の少女をそういう対象として捉えるほうが問題があるんじゃないだろうか。ユリアンの疑問に、『女しか相手にしない』男はこう答えた。
「おまえな、相手はいつまでも14歳じゃないんだぞ。
4年経ったら18歳、6年経ったら20歳になるんだからな。
前途有望な相手は覚えておくもんさ。ひとつ、美人の顔は忘れるな。
ポプラン先生の教えを心に刻め。わかったか?」
偉そうに胸を張る伊達男に、美少年は懐疑的であった。
「イエッサー! と言うべきなんでしょうか」
「言うべきだ。鈍感も過ぎると罪なもんさ」
「はい?」
またしても首を捻るユリアンに、ポプランはしたり顔で自説を述べた。
「あの鈍感ぶりじゃ、周りのガードにも気がついちゃいないだろうな。
同盟軍の英雄に、変な女が近付いちゃまずいってことさ。
セックススキャンダルやハニートラップに、ころっといっちゃいそうに見えるからな。
滅多な連中が寄ってこれないような場所にばっかり異動してるだろ、ヤン提督」
「だから、出会いがないってぼやいてましたよ」
「ふうん、そうかねぇ」
その言葉の割に、ご本人は飄々としているが。
「なんだかんだ言って、本人にその気がないんだろうがな。こんな状況じゃ、無理もないけどな。
ひょっとして、退役するまで結婚はしない気なのかね」
だが、とポプランは胸中で呟いた。その滅多な女が近付かない所で、万全の相手としてミス・グリーンヒルを出してきたんだろうさ。ヤン提督も年貢の納め時かな。弟子の淡い初恋が、散華するのは確定だな、と。
結果として、ポプランの脳内予言はすべて的中する。親友に皮肉られた過去のためか、口に出すことはなかったが。
ポプラン先生の教え
一つ、美人の顔は忘れるな。
二つ、美人の名前も忘れるな。
三つ、男のマナーを忘れるな。(色んな意味で)
四つ 以下、青少年の健全な育成に不適切な発言のため削除されました。
「……まったく、困ったものだ」