双六で人生を変えられた男   作:晃甫

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#33 三者と三様

 

 

 

 時間が止まるという感覚を知っているだろうか。目の前で発射された弾丸が止まって見える、一瞬の出来事が永遠に続いているかのように錯覚する。一種の走馬灯にも似た現象である。それが今現在、織村一華という青年の身に現在進行形で発生していた。

 目の前に居るのは自身よりも一回り小さな高校生くらいの少年。織村とは明るさの違う茶髪を肩口で切りそろえ花月荘の浴衣を着用している少年は、アメリカに居たときに楯無から送られてきた動画に映っていた少年だった。

 皿式鞘無。確かそんな名前だったと記憶していた。なんだその原作キャラをもじったような名前はと思わなくもないが、その点にだけ関して言えば人のことを言えないのでぐっとこらえて飲下す。

 だがこれは余りにも酷い仕打ちである。思わず楯無と叫んでしまった彼のことを誰も責めることは出来ないだろう。もう十年近く前になるとはいえ、己の恥ずかしい過去を掘り返されたも同然なのだから。同じ道を一度は辿ったからなのだろうか、目の前の少年から発せられる厨二オーラとでも呼ぶべきなんとも残念なソレを、織村は元同類であるが故にひしひしと感じ取ってしまっていたのだ。

 

 率直に言おう。

 今すぐ帰りたい。

 

「…………」

「…………」

 

 二人は互いに硬直したまま言葉を発しない。鞘無の方は何かを言おうとしていたようだが、ついさっきの咆哮を目の当たりにして珍しく萎縮してしまっているらしかった。そんな少年を目の前にして、織村は口元をヒクつかせながらも一先ず部屋へと入ることにした。凄まじく重い足をなんとか動かして部屋の中へと入る。それを見て、ようやく鞘無の硬直も溶けたようである。

 

「ちょ、ちょっと待て……待ってください」

 

 思わず口走ってしまった鞘無へと向けられた殺気を孕んだ視線が、彼に無意識のうちに敬語を使わせた。恐るべし織村。鞘無にしてみればいきなり現れた見ず知らずの男にずかずかと部屋に入り込まれているのだから文句のひとつでも言いたくなるのかもしれないが、残念ながらその文句に正当性は無い。簪との二人部屋だと勝手に決めつけた鞘無の落ち度だ。

 

「……何だ」

「あ、あなた誰ですか? この旅館はIS学園の貸切になってるんですけど」

 

 楯無め、さては俺たちのこと生徒たちには教えていないな。織村は脳内に不敵に笑う元生徒会長を思い浮かべた。大方サプライズにでもしようと考えていたのだろうが、こっちにしてみてもとんだサプライズである。こんな驚きは全くもって必要なかった。

 正直なところ少年の質問など無視して今すぐ楯無のところへ乗り込むかこのまま不貞寝してしまいたい気分だが、流石に質問を無視するわけにもいかない。不審者扱いされたままというのも釈然としないものがある。

 

「俺は関係者だ、更識から招待されてる。お前ら生徒たちには明日説明されるんじゃないか」

「更識先生と知り合い、なんですか」

 

 更識という名を聞いた途端に難しい表情になる少年に、織村の第六感が働いた。

 

(コイツ、もしかしなくても俺たちと同類(・・ )なんじゃねえか?)

 

 眉を顰める織村。そんな彼を前にして、鞘無は内心で舌を打った。更識楯無の知り合い、IS学園の関係者、そして男性。この三つに当て嵌る人物などそうそう居ない。幾らそういった情報に疎い鞘無であっても、流石にここまでの情報を揃えられれば嫌でも勘付く。

 即ち。

 

(コイツが、織村一華……)

 

 原作には存在しない、二人目のイレギュラー。その容姿を頭の先から爪先まで眺めて、それがとあるキャラクターに途轍もなく似ていることに気がつく。

 

(……垣根帝督?)

 

 いやいやまさかなと首を横に振る。他人の空似など上げていけばキリが無いことくらいは承知している。

 そんなことより大切なことがあると、鞘無は意を決して口を開いた。

 

「あの、」

「あん?」

 

 明らかに機嫌が悪そうな織村を前に一切の躊躇なく、彼は言い放つ。

 

「ここ俺と簪の部屋なんで、出てって下さい!」

「ぶち殺すぞ」

 

 

 

 ◆

 

 

 

「――――なんか叫び声が聞こえませんでした?」

「ん? 気のせいだろう」

「いや、なんか楯無ィって声が……」

 

 そう言って首を傾げる一夏にそれとなく返事をしつつ、その叫び声の主が誰だか分かりきっている俺は小さく口元を歪めた。今頃は自らの黒歴史を体現しているかのような少年を前に悶え苦しんでいることだろう。今会いに行くと不機嫌さが臨界点を突破している織村と鉢合わせることになるので絶対に挨拶しに行ったりはしない。織村にも俺の部屋は教えていないので向こうから来ることも不可能である。

 時刻は九時半。そろそろ風呂にでも行こうかと考えて、持ってきた荷物の中から着替えを取り出す。

 

「あ、風呂いくんですか?」

「おう。ほんとは教員は生徒たちの消灯時間が過ぎてからなんだけどな」

 

 男の教員は俺一人だけだし、まぁ少しくらい時間を早めても問題ないだろう。

 

「じゃあ俺も行きます」

「あ、私もー」

「久しぶりだな一夏と風呂入るの……は……」

 

 はて。何やらこの部屋にいるはずのない人間の声が聞こえたような気がしたんだが、これは俺の聞き間違いか何かだろうか。恐る恐る振り返ってみる。案の定そこには俺のよく知るウサ耳を装着した女が立っていた。昼間に見た水着姿のままで。

 

「何でお前水着姿のままなわけ?」

「それ言う!? かーくんが束さんをほっぽって海で遊んでたの知ってるんだからね!? 言ったじゃんオイル塗ってって!!」

「取り敢えず着替えろ。一夏の目に毒だし恥ずかしいだろ」

「ふっふーん。束さんのボディに恥じるところなどないんだよ!」

 

 俺の言葉になど耳を貸さずその豊満な胸を突き出すように張る束。非常に眼福であることは否定しないのだがこの場にいるのは俺と束だけではないのだ。青少年である一夏にこんなものを見せるわけにはいかない。ちらりと視線を向けてみれば顔を赤くして一夏は俯いてしまっていた。男の性なのか、ちらちらと視線だけは束の胸を捉えているが。

 

「そんなことより! 約束をすっぽかされた私は非常に怒っています!」

 

 腰に手を当てて顔を俺の鼻先数センチにまで近づける。その際に揺れる胸など見ていない。断じて見ていない。

 

「あー、それは悪かった。お前どうせ監視映像かなんかで見てたろうけどさ、あれは俺にはどうしようもなかったんだ」

「ちーちゃんとのビーチバレー?」

「やっぱ見てたのかよ……。見てたなら分かるだろ、あれ死にかけたからな」

「私初めて砂浜にクレーターが出来るの見たよ」

 

 日中の砂浜での事を思い出して血の気が引いていくのを自覚する。俺と千冬、それと近くにいた生徒数人を交えて行われたビーチバレー。千冬と敵になった俺はなんとなく嫌な予感を覚えつつもコートに入ったのだが、そういう時に限って嫌な予感というのは的中してしまうもので。

 いや、本当にあれはスポーツという概念を超えたナニカだったと思う。ビニール製のバレーボールをレシーブした瞬間に人間が後方に吹き飛ぶなどあってはならないと思うのだ。たまたま近くにいたという理由で駆り出された相川さんには同情をせずにはいられない。事後処理として相川さんを休ませたり出来上がってしまった深さ一メートル程の穴を埋めたりしていたらいつの間にか日が沈んでしまっていた。束には申し訳ないと思うのだが、こればかりは俺ではなく千冬に文句を言って欲しい。

 

「ていうか、束さんもしかして昼間からいたんですか?」

「そうだよー。ずっとたっくんが来るのを待ってたのに。束さんてばなんて健気……!」

「自分に酔ってんじゃねえよ」

 

 頬に手を当ててうっとりしている束の頭を小突く。

 

「いったーい。たっくん女の子に暴力はダメだぞぅ。ていうか早くお風呂入りたい」

「残念ながら女子の入浴時間は九時までなんだ。千冬に言えばシャワーくらいは手配してくれるんじゃないか」

「あー。ちーちゃんなら多分無理かなー」

 

 言いつつ思案げな表情を浮かべる束に俺は首を傾げる。

 そこはかとなく束が何か仕掛けているんじゃないかという俺の考えは是非とも杞憂であって欲しいものである。

 

「ちーちゃんの部屋にね、束さん特性冷蔵庫を置いておいたんだよ。内容量二十倍増し、大きさそのままの超高性能冷蔵庫」

「お前は一体何をしているんだ」

 

 意味の分からない箇所に技術の無駄遣いをしないでもらいたい。束の技術力を身近で目の当たりにしてきた俺からすれば、コイツが作るものは片手間であっても世界中の科学者たちが作れやしないものであるということをよくよく理解している。以前束が鼻歌を歌いながら授業の合間に作ったパワードスーツの設計図が流出して全世界が獲得に乗り出したこともあったくらいだ。流石に以後気をつけるようになったのかそういった世界規模での事件は発生していないが。

 とにかく、束が作るものが普通の範疇に留まるわけがないのである。

 

「……中身は?」

「束さん特性ビール。アルコール四倍増し」

 

 思わず頭を抱えた。いくら酒豪の千冬と言えども度数二十を超えるアルコールを大量に摂取すれば酔う。部屋を同じくしている真耶もそこそこイケる口だが、そこまでのアルコールを大量に摂取することへの耐性などないだろう。もしかすると潰れてしまっているかもしれない。勘弁してくれまだ一日目なんだぞ。

 

「気になるなら様子見に行く?」

「……いや、いい」

 

 どうしてだろうか。今千冬の部屋には行かない方がいいと俺の第六感が告げたような気がした。

 

「……あの、」

 

 俺と束だけで展開される会話の中におずおずと一夏が入ってきた。しまった、なんだかんだで一夏を放置して会話してしまっていた。

 そんな俺の心情を知ってか知らずか、一夏は苦笑気味にお風呂セットを抱えて。

 

「二人で積もる話もあるでしょうし、俺先に風呂行ってますね」

 

 一夏なりに気を使ったつもりなのだろう。小脇に着替えとタオルを抱えてそそくさと部屋を後にした。一夏よ、その気遣いは逆に俺を追い詰めているということに気がついていないのだろうか。この場で俺と束の二人きりになってしまわないように一夏を俺と同部屋にしたというのに。束がこの臨海学校にもしもやってきた場合、こうして乗り込んでくることは容易に想像出来た。だからこその二人部屋なのだ。別に教員は一人部屋にすることも出来たのである。そこをわざわざ二人部屋にした理由、その原因は俺にある。

 つまるところだ。

 

「あはは。いっくんはジェントルマンだねぇ、気が利く男の子って良いよね」

 

 唐突に腕を絡めてきた束を一先ず座らせる。腕は絡めたまま。どうやら離すつもりは毛頭ないらしい。それだけならまだしも、束は身体を密着させてくる。ようは彼女の豊満すぎる双丘が当たっているわけである。しかも水着だからなのか、その感触はより一層柔らかい。

 

「ねえ、かーくん(・・・・ )

 

 たっくんではなく、かーくんと呼んだ。それの意味するところは簡単で、天才科学者篠ノ之束と更識家十七代目当主更識楯無としてではなく只の篠ノ之束と更識形無としての関係を望んでいるということだ。二人きりになった途端にこうして甘えてくるところは昔から全く変わっていないようだ。学園時代はそのことでよく俺が千冬に説教されていた。束を甘やかすなと頭を叩かれたのは今でもそこはかとなく理不尽だと思っている。

 それはそれとして。俺が二人部屋にしたのは単純にこうなった場合自身の抑制に自信が無かったからなのだ。考えてもみて欲しい。目の前に女性として大変魅力的な肢体を持つ女性がこうして甘えてくるのだ。思春期男子高校生ほどでないにしろ俺とて男の端くれ、多少の性的欲求はある。教師という立場上そんなことはあってはならないのだが、保険の意味も兼ねて一夏と同室にしたのだ。生徒が目の前にいれば変な気を起こすこともないだろうと考えての判断である。

 が、そんな安全装置的役割を担う一夏は本館にある浴場へと行ってしまった。しかも一夏はかなりの長風呂である。恐らく消灯時間ギリギリまで帰ってくることはないだろう。ということは最低でも三十分はこの状態が続くことになる。生殺しとは正にこのことか。

 

「取り敢えず服着ろよ」

「もぉ、かーくんのえっちぃ。そんなに束さんの生着替えが見たいの?」

「誰もこの場で着替えろなんて言ってねーだろ」

「え、見たくないの!?」

「何でそこで絶望してんだよ……」

 

 背後にピシャアンッ!! と雷でも落ちたかのように硬直する束に口元をヒクつかせつつもなんとか平常を装う。頼むから腕を絡めたままぶんぶん振り回さないでほしい。自覚がないのか狙っているのかは定かでないが感触がかなりやばいことになってきている。

 

「束、胸。胸が当たってるから」

「んふふ、当ててんのよー」

 

 先程よりも強い力で腕を絡めてくる束。ふんわりと香るこの匂いは彼女の髪の毛から漂うシャンプーのものだろうか。いかん、何だか自制心が音を立てて崩壊しているような気がする。幾ら何でも生徒たちと同じ屋根の下で事を行うのはマズイ。教師としての人生の危機である。頼む一夏、一刻も早く帰ってきてくれ。擦り寄る束を横目に、俺はそう願わずにはいられなかった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 三人よれば姦しいとは言うが、酒の入った教師とその後輩、生徒四人が集まれば最早姦しいなんてレベルではなかった。騒音レベルにまで達している。この部屋が別館ではなく本館であったならさぞ生徒たちから苦情の声が上がっていたことだろう。

 部屋の中心で盛り上がるのはいつの間にか部屋着に着替えたナターシャとセシリアに鈴、シャルロットだ。千冬とラウラは奥のテーブルで何やら雑談に花を咲かせている。

 

「そ、それで!? 織村さんはその後どうしたんですか!?」

「詳しく聞かせて欲しいです!!」

 

 ずずいっとナタルに顔を近づけて詰め寄るのは鈴とセシリア。大人の恋というものに非常に関心を持つ乙女たちはナタルの話を食い入るように聞いている。そんな彼女たちを内心で可愛いと思いつつ、自分にもこんな時期があったのだと感傷に浸る。

 

「彼ね、実はとても奥手なのよ。だから最初は私が全部リードしたわ」

「ぜ、全部!?」

「そ、それはつまりその……」

「まあ、明言は避けるけれどね」

 

 織村一華。彼の過去話はこうして流出していくのだった。本人の預かり知らぬ所でこうして黒歴史は製造されているのである。

 

「ナターシャさんはどうして織村さんと交際するようになってんですか?」

 

 単純に疑問に思ったのだろうシャルロットが口を開いた。その質問を受けてナタルは少し考えてから答える。

 

「ほんと言うとね。私最初は更識先輩を狙ってたの」

「はい?」

「なんだと?」

 

 シャルロットと千冬が眉根を寄せたのは全くの同時。いきなり目の前で表情を一変させた千冬にラウラは驚いて肩を跳ね上げていた。ナタルはそれを面白そうに眺めつつ続きを口にする。

 

「でもほら、あの人の横には織斑先輩とか篠ノ之博士がいて私の入り込む余地なんて全くないじゃない? そんな時に同じ生徒会で色々面倒見てくれたのが彼だったのよね」

 

 言われて千冬は学園時代の織村とナタルのことを思い出す。機械の扱いが壊滅的なナタルをぎゃーぎゃー言いながらも指導していたのはそういえば織村だった。というかナタルの指導係を織村に押し付けたのは楯無と千冬なのだが、そんなことは記憶からすっぽりと抜け落ちているようだった。

 

「それでいざ彼が学園を卒業ってなったときにすごく寂しい、離れたくないって思ったのよね。いつの間にか私、彼無しじゃダメになってたの」

 

 少しばかり恥ずかしそうに笑うナタルの話に、少女たちは真剣に耳を傾ける。恋だなんだと騒ぎ立てることに関して一級の女子高生と言えどもここまでリアルな話を聞くことなどそうそう無い。特に三人には想い人がいるだけにその話の重要性は突き抜けていた。

 

「てことは、ナターシャさんの方から告白したんですか?」

「そうよ。卒業式の後彼を呼び出してね、私の気持ちを正直に伝えたの。離れたくない、ずっと一緒にいたいって」

 

 自身の想いを伝える。言葉にすれば簡単だがこの上なく難しいことは少女たちはよく知っている。故に尊敬する。目の前にいる女性は、自分たちに出来ないことを平然とやってのけてしまったのだから。

 

「織村さんは、なんて答えたんですか?」

 

 シャルロットの質問に、ナタルは苦笑した。その意味が分からない少女たちは、ナタルの次の言葉を待つ。

 

「何て言ったと思う? 彼ね、私が好きだって言ったら『何だそんなことか。とっくに知ってるよ』なんて言ったのよ?」

「うわぁ、すごい……」

 

 真面目な告白の場面で、さも当然と言わんばかりにそう言った織村を想像して若干引き気味のシャルロットは苦笑いを浮かべた。

 でもね、とナタルは付け加える。

 

「その時は知らなかったんだけど、彼進路をアメリカにしてたのよ。どうしてって聞いたらね」

 

 ――――待っててやるから、早く追いついてこい。

 

「私と二人でアメリカに住むことはもう確定してたみたい。ほんと、何から何まで自分で決めて先に行っちゃうんだから」

 

 ――――そんなところが、好きなんだけれどね。ナタルは本当に幸せそうに微笑む。今の彼女を見て、織村という男性は彼女のことを大切にしているのだと鈴たちは確信する。でなければ、こんな花満開な笑顔をさせることは出来ないだろう。

 

「あ、でも彼夜のほうは――――」

 

 いい話をしていたと思った途端に放り込まれた特大の爆弾に、少女たちの食付きが豹変した。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「あのな、だからそれは何度も言ってるが無理だ」

「何でですか!? 俺のプランに穴なんて無いはずですよ!」

「穴がでかすぎて自覚できてないだけだアホ」

 

 消灯時間まで残り十五分。にも関わらず、この部屋の二人は全く眠るような気配が無かった。どころか、鞘無に至っては段々とヒートアップしているように見える。そんな少年を正面に座らせる一華は、内心で何度目かの溜息を吐いた。

 何だこれは、新手の拷問なのか。そう思わずにはいられない。この臨海学校において最も会いたくなかった少年に到着して三分で出会しただけでも悶絶ものだというのに、何が悲しくて少年の多大な妄言を聞かなければならないのだろうか。いっそのこと力づくで黙らせてやろうかとも思うが、それをすると後々楯無に面倒事を押し付けられる可能性があるため無闇矢鱈に能力を行使することも出来ない。結局消灯時間が訪れるまで、織村は鞘無の話に付き合うしかないのだった。

 

「だってですよ!? あの試合は本当に接戦だったんです! 互いのコンディションがもしも逆だったら間違いなく勝敗は変わってました!」

「その試合の映像なら楯無から送られてきて見てる。あれは完全にお前の負けだよ、楯無の妹は実力の半分も出しちゃいない」

「そんなことありませんでした! だってミストルティンの槍を使ったんですよ!?」

 

 ああもう面倒くさい。これが織村の率直な思いだった。

 鞘無が言っているのはこの前のタッグマッチトーナメントの姫無との戦闘のことだ。鞘無の電磁干渉を見破った姫無が鞘無を封殺したというのが大方の見解だが、どうやら鞘無はその見解に不満を抱いているらしい。先程から同じことを何度も口にしては、織村がそんなことはないと宥めるの繰り返し。

 

「試合時間だけで見れば瞬殺だろうが」

「その数分の中に濃密な戦闘が行われてたんです」

「へぇ、」

 

 濃密な戦闘ね、織村はいっそ嘲笑したい気分だった。あの程度を濃密な戦闘だと言い切ってしまう鞘無のレベルの低さを実感する。鞘無の世代には織斑一夏を始めとした多くの実力者が犇めいているはずだが、どうもこの少年はその枠組みには入っていないらしい。本人は自覚していないだろうが。せめて代表候補生程度の実力があればこんな狂言を宣うことないだろうに。

 本当に濃密な戦闘というのは時間さえ止まるように錯覚する。全てが停止した中で己と対戦相手のみが地面を蹴り、空を翔ける。織村はこれまで楯無や千冬との戦闘でそれを経験していた。

 

「……なぁ皿式。お前、自分が本当に強いと思ってんのか?」

「どういう意味ですか?」

「そのままの意味だ。その程度(・・・・ )の実力で、本当に自分が強いと思ってんのかって聞いてんだよ」

 

 面と向かってそんな事を言われれば憤るに決まっている。鞘無は眉を吊り上げて不快感を顕にした。

 

「専用機を持ってるって時点で、俺の実力を把握できませんか?」

「出来ないね。そもそも男ってだけで専用機は用意されるんだ。世の中の女と違って専用機所持ってネームバリューは響かない」

「聞き捨てなりませんね。幾ら学園の卒業生だからって、そこまで言うからにはアナタは強いんですか」

 

 その言葉を待っていたとばかりに織村は口角を吊り上げた。その笑みは獲物がかかった事を喜ぶ肉食獣のように獰猛なもの。思わず鞘無が一歩下がる。

 

「確かめてみるか?」

「はい?」

「明日の試験稼働の合間に近くのアリーナを使って模擬戦してやる。お前の実力とやらを俺に見せてみろよ」

 

 安い挑発であることは織村も重々承知している。だが目の前の少年は必ずこの挑発に乗ってくる。間違いない。何故なら、織村自身、昔はこんな安い挑発に乗せられていたのだから。同じ道を辿っていた先駆者として、同じような人間の考えることなど手に取るように解る。

 

「……いいでしょう、見せてやりますよ。アンタに、生徒会長と互角に戦ってみせた俺のチカラを!」

 

 ――――かかった。

 

 織村はその笑みを深めた。これでストレス発散の大義名分を獲得することが出来た。実力を見てやるだのとそれっぽいことを並べ立てているが、織村の根幹にあるのはただのストレス発散である。アリーナの確保などの問題を楯無に押し付けることで少しばかりの嫌がらせも含んでいるわけだが、もう目の前の少年と話すことは無駄だと悟ったのである。彼は一度痛い目を見なければ分からない。きっとこの世界の主人公は自分だとでも思っているのだろうが、そんなものは妄想でしかない。

 現実を突き付ける。その上で鞘無が変わるのかは知らないが、少なくとも織村は学園時代にそういった事柄を経て変わることが出来た。

 今度は自分が、などと考えている訳ではない。本当にただのストレス発散である。楯無に文句を言いに行っても受け流されるに決まっているし、千冬には鼻で笑われそうだ。故に目の前の少年、昔の自分と重なる少年を相手にすることで、過去の自分を消し去ろう。そうしよう。

 眼前で意気込む少年を尻目に、織村は静かにそう決意した。

 

 

 

 消灯時間寸前になって聞こえた一夏の悲鳴は一体なんだったんだろうかと、織村は鞘無と限界まで離れた布団の中で思った。

 

 

 

 




 そんなわけで次話から二日目。メインイベントは皿対オリ村さんです。

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