双六で人生を変えられた男   作:晃甫

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【悲報】
ストックが尽きた。


#30 臨海学校と集結

 

 

 七月も中旬に入り、真上に煌く太陽は更にその存在を主張するようになる。それに伴って上昇する気温と独特の空気に、夏がやってきたことを実感せずにはいられない。

 臨海学校初日。天気はこれでもかという程に快晴だった。雲一つ見当たらない青空が広がっている。絶好の海びよりと言っていいだろう。初日は到着してから夜まで自由時間になっているので水着を準備してきている生徒が大半、というか殆どだろうし。曇りならまだしも雨で外に出られないような状況だったなら目も当てられない。

 

「あ、見えたよ海!」

「うわぁキレー!」

 

 トンネルを抜けた所で見えた一面の海に、一年一組の生徒たちのテンションが上がる。太陽の光を浴びる海面は穏やかで、潮風にゆらゆらと揺られていた。

 

「わぁ、綺麗ですね更識先生」

「そうだな」

 

 窓に手を付いてそう言うのは、俺の隣に座っているシャルロットだった。人数の関係で一組のバスに乗車することになった俺は予め決められていたらしい座席に座ったのだが、どういう訳かその隣にはニコニコ顔のシャルロットの姿が。千冬と真耶は俺たちの前の列に座っていた。いや、別にいいんだけどさ。いいんだけれども千冬さん、ちらちらと俺の方にジト目を向けてくるのは勘弁してほしいんですが。何だ、まさか俺がシャルロット相手にどうこうだとか思っているんじゃないだろうな。ロリコンでもない俺にそんな心配は無用だというのに。

 確かにシャルロットと俺の距離感は近い。かなり近い。異様に近い。具体的には俺の腕に回されたシャルロットの腕と肩にもたれるようにして預けられている彼女の顔が。シャルロットは美少女である。基本的に可愛い子の多いこのIS学園内でも上位の容姿をしているだろう。何年も前から彼女の事を知っている俺としては美しく成長してくれたことを嬉しく思うが、決して邪な気持ちを抱くようなことはないのである。言うなれば姫無や簪に対する気持ちに近いだろうか。妹みたいなものだ。

 だから例えシャルロットが自身の胸を俺の腕に押し付けるようにしてきても、髪の毛からすごくいい匂いがしてきても、俺の心は揺れ動いたりはしない。あ、でもこの匂いすごいいい匂いだ。

 

「更識先生?」

「ん。どうしたデュノア」

「先生も今日は仕事はないんですよね?」

「旅館の方への挨拶とか明日からの日程の調整とかはあるが、まぁそうだな。込み入った仕事は今日は入れていない」

「じゃあ一緒に海に行きましょう。オイル塗って欲しいんです」

 

 ん? オイル?

 

「デュノア。教師の前で不純異性交遊とはいい度胸だな」

「織斑先生。私は肌を守るために自分の手では届かないところを更識先生に手伝ってもらおうとしているだけです」

「だったら私が塗ってやろう。余すところなく隅々までな」

「いえ、手の大きな男性の方が満遍なく塗れますから」

 

 俺とシャルロットの会話を前の席で聞いていたらしい千冬が顔をこちらに向けてそうシャルロットに言う。その言葉の至るところに刺を感じるのは俺の勘違いではないだろう。明らかに不機嫌なようである。そしてそんな千冬に一歩も引かないシャルロットの肝はかなりすわっているみたいだ。

 

「更識先生。教師として節度ある行動するように」

「はい、勿論デス」

 

 反射的にそう答える。千冬の瞳からハイライトが綺麗さっぱり消えているのを見てしまってはそう答えざるを得ない。隣でシャルロットが不服そうに頬を膨らませているがこればっかりは仕方がないと諦めてもらうしかない。誰だって命は惜しい、こんなことで落としたくはないのだ。

 千冬とシャルロットの二人が放つ空気に耐えられなくなったというわけでもないが、なんとはなしにバス後方へと視線を向ける。そこには一夏を含めたいつもの面子の姿があった。

 

「フフ、ドロー2ですわ!」

「残念私も持っているぞ、ほら」

「甘いな。ドロー4だ! 色は赤」

「ナイスだ一夏。それなら私も持っている、そら」

「きゃあぁぁああああッ!?」

 

 なんともまぁ楽しそうである。大型バスには珍しく座席の前後を回転して変えられるタイプのものをフルに活用し向き合うようにしてUNOを行っている一夏たち。目の前に集められた十枚のカードを絶望の表情で見つめるセシリアがなんとも言えない雰囲気を醸し出している。席位置はそのセシリアの隣に箒、箒の前に一夏。一夏の隣にラウラである。どうでもいい補足をしておくと、通路を挟んだ隣ではお菓子の袋を抱いて本音が健やかな寝息を立てていたりする。

 

「どうして、どうしてですの!? 私の策は完璧だった筈ですのに!」

「いや、セシリアすぐ顔に出るからなー」

「やってやるぜ的な表情がなんとも言えんな」

「そのくせカウンターには弱いしな」

 

 上から一夏、ラウラ、箒の言葉である。三人からの言葉を受けてがっくりと肩を落とすセシリア。見てみれば他の三人の手札が残り三、四枚くらいだというのにセシリアだけは十五枚程あるようだ。どんだけUNO弱いんだセシリア。

 視線を戻し、前方を見る。道路上方の標識を見れば目的地まで残り三キロを切っていた。千冬もそれに気がついたのだろう。立ち上がって車内全体を見渡すようにして。

 

「直に目的地に到着する。いつでも降車できる準備をしておくように」

 

 生徒たちがそれぞれ返事を返す。一夏たちも座席を元に戻してそそくさとUNOをしまっていた。唯一セシリアだけが敗北のショックを引きずっているのか俯き気味だったが、まぁ海に出ればそんな鬱屈した気分も吹き飛んでしまうだろう。

 海岸線沿いに走るバスは、やがて近くの旅館の側で静かに停車した。生徒たちは持ち込んだ荷物を収納部分から取り出し、ぞろぞろと千冬と真耶の立つ旅館入口付近へと集まっていく。俺はつい先日も真耶とこの場所を訪れているが、やはりこの旅館は何度来ても良いものだと感じる。築間もない訳ではないが外観にまで清掃が行き届いており、日本の和を象徴するような古風な雰囲気が好ましい。

 最後の生徒が荷物を持って集まったのを確認して、千冬が口を開いた。

 

「全員集まったな。それでは、ここが今日から三日間お世話になる花月荘だ。全員従業員の方の仕事を増やさないように」

 

 よろしくお願いします。と生徒たちからの言葉にいつの間にか千冬の横に立っていた女性が柔らかい笑みを浮かべたまま頭を下げる。いつの間に外に出てきていたのか、真耶も目を丸くしていた。

 

「こちらこそ。今年の一年生も元気があってよろしいですね、織斑先生」

「元気がありすぎるのも困りものなんですがね」

「まぁまぁ。貴方たちが一年生の頃に比べれば可愛いものじゃないですか。ねぇ更識先生」

「そこで俺に振りますか景子さん」

 

 清洲景子。梗子さんの娘で今の花月荘を切り盛りする若女将だ。俺や千冬がIS学園に在籍していた時からの付き合いで、当時から女将の修行として従業員たちと同じように働いていたのを覚えている。年齢で言えば俺よりも五、六上な筈だが、どういうわけか二十代前半のような外見をしている。結婚していないということも関係しているのだろうか。これだけ綺麗な人なら婿の貰い手なんて多くいるだろうに。

 

「更識先生たちが学生だった頃は旅館に穴が開いたり砂浜が爆発したり大変だったんですよ」

「やめてください生徒たちの前ですから……」

 

 その原因は束にあるのであって俺はどちらかといえば被害者側な筈である。というかこの場で昔の話を持ち出すのは勘弁してもらいたい。近くに居て話が聞こえていたらしい生徒たちがポカンとしているから。

 千冬に目配せして生徒たちを旅館の中へと誘導する。彼女たちの部屋割りなどは事前に配布した資料に記載してあるため余計な説明はしない。ぞろぞろと歩く一組の生徒たちに混ざって歩いていく一夏の姿を見つけて呼び止めた。

 

「織斑、ちょっとこっちこい」

「あ、はい」

 

 言われて俺と千冬、そして景子さんの前に出てきた一夏。どうして呼ばれてたのか理解できていない顔をしている。

 

「まぁ、こちらが?」

「ええ、世間で三人目と言われている織斑です」

「あ、初めまして。織斑一夏です」

 

 ここでようやく呼ばれた理由を察した一夏が言って頭を下げた。

 

「初めまして。この旅館の女将をしています清洲景子です」

「不出来な弟なので迷惑をかけるやもしれませんが」

「織斑先生の弟さんなら何も問題はないんじゃないかしら。しっかりしているみたいだし」

 

 そう言われて嬉しいのか一夏は表情が緩んでいた。その横で千冬がかなり厳しい視線を向けているが、それは見なかったことにしておこう。薮をつついて蛇を出す必要はない。

 

「それではお部屋のへ案内しますね」

「お願いします」

 

 景子さんに先導されて旅館内へと足を踏み入れる。基本的に生徒たちの部屋は本館の一、二階を割り当ててあり、俺たち教員は別館の一階を使用する手筈となっている。教師がすぐ近くに居たのでは生徒たちも気を休められないだろうし、過ちなんてものも女子しかしないのであれば起こることはない。

 

「あの、更識先生」

 

 景子さんを先頭に歩く俺の横に並んでいた一夏が口を開く。

 

「どうした?」

「俺と皿式だけ部屋の割り振りが資料に書かれてないんですけど、これってどういうことですか?」

「ああ。そのことか」

 

 資料片手に問いかける一夏。そういえばまだ一夏には伝えていなかった。普通に考えれば分かると思うが、たった二人しかいない男子を年頃の女子が犇めく本館に泊まらせるわけにはいかない。色々とまずいことになりそうだからだ。それは皿式にしても同様で、アイツを女子の近くに泊まらせると問題を起こしそうな気がしてならない。

 故に、一夏たち二人は俺たち教員同様別館のほうで宿泊してもらうようにしたのだ。

 

「あ、そうなんですか」

「そうだ。女子に囲まれたい気持ちは理解できるが」

「そんなこと思ってませんよ!」

 

 なんだ、一般的な思春期男子学生ならそんなハーレムを希望しているのかと思ったが一夏はどうやら違うらしい。

 

「てことは俺は皿式と同部屋になるってことですか?」

 

 少しだけ嫌そうに一夏が問う。今の表情を見れば一夏が皿式との同部屋を望んでいないことはすぐに分かる。俺だって鬼じゃない。生徒同士の諍いに本来なら教師が介入するべきではないが、今回は幸い他にも男がこの臨海学校に来ることになっている。彼には悪いが少しばかり自らの過去を思い返してもらおう。うん、仕方ないことだ。決してそれを狙って部屋を割り振ったわけではない。

 

「いや、織斑は俺と同部屋だ」

「そうなんですか? じゃあ皿式の方は……」

「皿式も二人部屋だ。夜にはこっちに到着する予定だからな」

 

 あいつはナタルと同じ部屋になると思っているかもしれないが、残念ながらナタルは千冬、真耶との三人部屋だ。

 一夏と話をしているうちに部屋の前に着いた。千冬たちは俺と一夏の部屋の隣だ。既に室内に入ったのか襖は既に開いていた。俺たちもさっさと中に入ることにしよう。襖をスライドさせて、畳の匂いが仄かに香る室内へと足を踏み入れる。間取りは広く、外側の壁が一面窓になっている。その窓から見える景色は美しく、海を遠くまで見渡すことが出来る。

 部屋の隅に肩に掛けていた荷物を下ろして、軽く伸びをする。凝り固まった筋肉が解れていく感覚が気持ちいい。

 

「さて、今日は夜まで一日自由時間だ。泳ぎに行くなり好きにしろ」

「更識先生は行かないんですか?」

「俺は旅館の方への挨拶があるからな。でもまぁ、少しくらいは海に出るさ。折角買ってきてもらった水着もあることだしな」

 

 本当なら俺は海に出る気なんてのはこれっぽっちも無かったのだが、何でも先週の日曜日に一夏と買い物に行ったらしい姫無が俺の水着まで買ってきたのだ。それも一枚や二枚ではない、両手の指では足りないほどだ。一般的なトランクスタイプのものからかなりきわどいブーメランタイプのものまで多彩な種類を買ってきたようで、その日の夜は姫無から全ての水着の試着をせがまれた。当然ブーメランやその他のヤバめの水着は除外したが。その試着の結果、姫無がこれだと太鼓判を押した水着を一着持ってきているのである。聞けば千冬も一夏から水着をプレゼントされていたらしく、仕事が早めに終われば泳ぎに行くと言っていた。

 時計を見てもまだ午前十一時。仕事があるとはいえ流石に夜までかかることはない。少しは泳ぐか、と考え始めた俺は取り敢えず一夏を部屋から追い出してポケットに突っ込んでいた携帯を取り出す。実はこの部屋に向かう時からずっとバイブが振動していたのである。約三分の間電話をかけ続けてくる人間など、俺の知り合いの中にはたった一人しかいない。ディスプレイに表示されている人名はやはり想像通りの人物で、通話ボタンを押す前からげんなりさせられる。いっそのことこのまま出ないってのもアリだな。

 暫く振動し続ける携帯を持って眺めていたが、そのままそっと携帯を自らのポケットに戻……、

 

「何でポケットに戻そうとするのかなッ!?」

「どこから湧いてきたのかな」

 

 ……そうとしたところで、窓の外側に張り付くようにしてウサミミが現れた。天才にして天災、皆さんご存知篠ノ之束だ。いや、何で此処にいるんだとかどうして俺の行動を把握しているのだとか言いたいことは山程あるが、取り敢えずは一つだけ言わせてもらおう。

 

「何でお前水着で窓に張り付いてんだ」

「え、気合?」

 

 普段身に付けている不思議の国のアリスが着ていたような水色のワンピースではなく、今の束は空色のビキニを着用していた。しかもかなり際どいやつ。このまま放っておいても面白そうだが、それだと何をされるかわからないので仕方なく窓の鍵を開けて束を室内へと招き入れる。

 べちゃ、となんともみっともない着地をした束はそのまま正座して。

 

「やぁやぁ久しぶりだねかーくん! あ、今はたっくんって呼んだ方がいいのかな!? 愛しのハニーが帰ってきたよ!!」

「ご苦労さまでしたお帰りはあちらです」

「扱いが雑っ!!」

 

 襖を差しながら頭を下げる俺に束がすかさずツッコミを放つ。相変わらずこのハイテンションにはついていけない。まぁ俺が突っ込ませたんだけれど。それはそうと、俺は束がこの臨海学校にやって来るなんて話は聞いていない。というか連絡自体寄越さないんだから知らないのは当然なんだが、一体今回は何の企みがあってやって来たのだろうか。

 そこまで考えて、ああと一人で納得した。そういえば箒の専用機がこの臨海学校でお披露目になるんだったと。だとすれば、それを設計開発したのは姉である束に違いない。それを直接運んできたというのだろうか。

 

「箒の専用機を持ってきたのか?」

「うーん。それも勿論あるけど、一番はたっくんに会いに来たんだよ!」

 

 バッ! と両手を広げて俺に飛び込んでこようとする束。だが先程までの正座で足が痺れていたらしく、彼女は畳と熱いヴェーゼを交わした。自業自得である。

 えへへ、と畳の痕がばっちりついた顔をさすりつつ、束は上体を起こした。

 

「そういえばちーちゃんは?」

「千冬なら隣の部屋だよ」

「ふむふむ。じゃあ夜は声聞こえちゃうかもねー」

「何を考えてるか知らんがこの部屋は一夏と相部屋だからな?」

「大丈夫だ、問題ない」

「問題しかねーよ」

 

 身体をくねらせてそんな事を宣う束に頭を抱えそうになる。束の相手をするといつもこうだ。自由奔放に生きる彼女に振り回されっぱなしな気がしてならない。そしてそれを不快に思っていない自分自身にも問題はあるんだろうが。

 

「まぁ一先ずだ。折角水着で来てるんだし海に行ってきたらどうだ。箒もいるはずだぞ」

「あ、そうだね。箒ちゃんにも暫く会えてないし、今のうちに妹分を補給しておかないと」

 

 どうやらその妹分というのが枯渇すると束の頭脳に異常が生じるらしい。定期的に摂取することでとんでもないモノを開発できるのだとか。

 

「じゃあたっくんまた後でね! あ、海に来たら束さんに日焼けどめ塗ってよ! ウサミミからつま先まで余すとこなく!」

 

 ウサミミにまで塗る必要があるのかは定かではないが、少なくとも日焼けどめを塗るのなら海に出てからでは遅いような気がする。そこらへんを理解しているのかしていないのか、束は水着のまま窓から飛び降りていった。いきなり現れて颯爽と消えていく様は宛ら台風のようだ。

 というかその台風が浜辺に行ったら周囲の生徒たちが巻き込まれてしまうのではないだろうか。いや、それ以上考えるのは止しておこう。その時はその時だと諦めるしかない。

 

「っと、こうしちゃいられないな。早く仕事を片付けてしまおう」

 

 束に気を取られて忘れそうになってしまっていたが仕事を疎かにすることは出来ない。暑さを和らげるために上のジャケットを脱いでついでにネクタイをとっぱらう。クールビズだ。挨拶に向かうには少々ラフすぎるかもしれないが、そこはまぁ旧知の仲ということで許してもらうことにしよう。荷物を置いてある部屋を出て、そのまま階段を降りていく。

 海か。今年も何事も無く終わってくれればいいんだけどな。ふとそんなことを思いながら、俺は女将さんがいるであろう厨房へと入っていった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「ちょっと一華。いつになったらこの渋滞から抜けられるの?」

「それを俺に言われても困るんだけどな。何でもこの先で交通事故があったみたいだ。あと十数キロはこの渋滞だな」

 

 動きを完全に止めてしまったタクシーの後部座席で、茶髪の男性と金髪の女性が会話を交わしていた。金髪の女性のほうはこういった渋滞に慣れていないのか苛立たしげに窓の外を見つめている。それを横目に、隣の男性はこっそり溜息をついた。羽田空港に到着し、そこでタクシーを拾ったまでは順調だった。しかし高速道路で発生したらしい交通事故で十キロ以上の渋滞。先程から全く動きを見せる気配が見られない。

 

「このままじゃ夜までに着けないかもな」

「ええ!? そんなのイヤよ! 更識先輩や織斑先輩に早く会いたいもの!」

 

 ぼそっと呟いた男の言葉を確り聞き取っていたらしい女性は男のシャツを掴んで上下に激しく揺さぶる。その動きに合わせて男の身体がガクガクと揺れて気分悪そうにしているが、女性の方はそんなこと完全に無視である。

 

「いやぁ、すいませんねぇお客さん。まさか事故で渋滞してるなんて知らなかったもんで」

 

 そのやり取りをミラー越しに見ていた中年のタクシードライバーが申し訳なさそうに二人に言った。二人もこのドライバーに非がないことくらい理解しているので非難したりはしない。

 

「いえ、気にしないでください。別段急ぎでもないので」

「料金は割り引かせてもらうので……あれ?」

 

 申し訳なさそうにしていたドライバーだったが、そこでふと気がついたように声を漏らした。恐る恐る、ドライバーは後部座席に座る二人に尋ねる。

 

「あの、間違ってたら申し訳ないんだけど。お兄さんたち、テレビか何かに出てる人?」

 

 ドライバーも確信があったわけではない。ただ何かのテレビでこの二人の顔を見たような気がしたのだ。

 その質問に答えたのは、女性のほうだった。掛けていた丸いサングラスを外して、ミラー越しにこちらを伺うドライバーへとウィンクをする。その様子を見てドライバーも思い出した。この金髪の女性は確か、以前のISを使った世界大会に出ていた――――。

 

「ナターシャよ。日本の人にも知ってもらえてるなんて、私も有名になったものね」

「国家代表が何言ってんだか」

「あら、知名度で言えば私よりも一華や更識先輩の方が高いじゃない」

 

 ここでようやく、もう一人の男性の正体にドライバーは気付いた。背中まで伸びた茶髪を一つに結っていてキャスケット帽を被っているから分からなかったが、この男は全世界の男たちの憧れであるたった四人しかいない男性IS操縦者の一人であると。

 

「あ、アンタ……。まさか……」

 

 どうやら正体がバレたらしいと男は察した。折角変装じみたことまでしてここまで身元を隠してきたというのに、今のナタルの行動で水の泡だ。まぁ狭い車内の中であるし、タクシードライバーの男一人に知られるくらいなら問題はないかと思って、男も被っていた帽子を取った。

 

「――――どうも、織村といいます」

 

 世界で二人目の男性IS操縦者とアメリカの国家代表を乗せたタクシーは、その一時間後渋滞を抜けて目的地へと走り始めた。

 

 

 

 

 




 何十話かぶりに登場オリ村。皿との邂逅まで秒読みです。

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