双六で人生を変えられた男   作:晃甫

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#19 遭遇とパートナー

 

 フランス国内でIS研究、開発の最大手であるデュノア社。この大企業を束ねる社長、シャーロック・デュノアには妻との間に授かった一人娘がいる。

 その名をシャーリー・デュノア。母の遺伝子が色濃く出たのか、髪は金というよりはオレンジに近く、背中まで伸ばしたストレートヘアが特徴の少女だ。年齢は一夏と同じ。つまりシャルロットとも同じである。

 俺が初めて彼女の存在を知ったのは里虹からデュノア社についての調査報告を受けたときだった。社長であるシャーロックには妻がいて、シャルロットが妾の子であるということは前世から所有する原作の知識で知っていたが、その娘のことまでは原作にも書かれていなかった。

 別に娘がいたとしても何ら不思議ではない。そもそも正式な相手は今の妻であるのだから。

 

 俺の半歩先を歩くシャーロックは、未だ何の返答もしてはこない。

 彼の娘ならば、シャーリーもこの企業専属のテストパイロットなどに就いているのだろうかとも思ったが、里虹の調べによればどうやらそうではないらしい。ISの適正値が基準値に達していないのか、はたまた別の理由があるのかは俺の知るところではないが、こうしてシャルロットを男性IS操縦者に仕立て上げようとしているあたりどうもその辺りも調べる必要がありそうだ。

 

「……彼は、」

 

 と、そこまで考えていた俺の耳に、社長の声が届いた。歩くペースは変えないままに、口を開く。

 

「私の親戚の子でね。今はここに住まわせているんですよ」

 

 いつの間にか廊下一面に敷かれていたカーペットは姿を消し、艶やかな白いタイルが床に敷き詰められていた。その廊下をコツコツと歩きながら、俺は顔は動かさず、窓から見えるとある建物へと視線を移す。

 そこにあったのは、宿舎のような二階建ての建造物だった。

 

「シャーロックさん。あれは?」

「ああ。あれはうちの専属パイロットたちが住んでいる寮です」

「ではシャルル君もあそこに?」

「……いや、流石にあの子をあそこに入れるわけにはいかないのでね。何せ周りは女の子ばかりで。彼にはこの会社で寝泊りしてもらっているんですよ」

 

 シャーロックの後ろを歩く俺からでは、彼がどんな表情をしているのか伺い知ることは出来ない。

 彼がどんな理由からシャルロットを男として扱おうとしているのかは今のところ不鮮明だが、表沙汰になれば只では済まないということは理解している筈だ。

 

「さ、こちらの部屋です。今御茶を出させますので掛けてお待ちください」

 

 通された部屋へと入り、革張りのソファに腰を下ろす。高級ホテルのスウィートルームのような豪華さを見せるこの部屋は、企業の重役たちを接待するために使われる部屋なのだろう。メイドのような傍付きまで控えさせている辺り、かなり強く俺とのパイプを作ることを望んでいるようだ。

 さてと。折角こうして社長自ら会話をする機会を作ってくれたのだから、この際色々と聞かせてもらおう。

 あくまで間接的に。相手にそうであると悟られぬように。こちらの知りたい情報を聞き出す。相手はそのことを喋ったなどと自覚すら持たせないように視線で、舌で、会話を誘導する。姫無に手放しで賞賛されるほどの俺の話術を、この場でお見せすることにしよう。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 少女は一人、簡素な自室でベッドに横たわり天井を見上げていた。年頃の子供の部屋とは思えない程に物の少ないこの部屋は、自身を男を偽ることになった際に宛てがわれた私室だ。デュノア社の最上階。会社の人間の中でも限られたごく少数の人間しか入ることを許されないフロアの一角に、少女の部屋は用意された。この最上階にあるのはこの私室を除けば社長室と秘書室、そして接待室だけだ。今頃はあの世界初の男性IS操縦者と社長である父が話をしていることだろう。

 

「……はぁ。なんでこんなことになっちゃったのかな」

 

 手の甲を額に当てて、溜息と共にそんな言葉が少女の口から漏れた。父から男として生きるように言われて約一ヶ月。今までの生活は一変し、息苦しい生活が続いていた。これまではデュノア社専属の操縦者たちが暮らす寮に住んでいたが、男として生きることを命ぜられてからはこうして誰の目にも付かないよう部屋を変えられた。当然寮に住んでいる他の操縦者たちはシャルロットが女であることを知っているが、社長が自ら口止めをしているためにその情報が外部に漏れることはない。もしも口を滑らせるようなことがあれば、その先は推して測るべしだ。

 基本的にデュノア社に勤める人間たちはシャルロットのことはシャルルだと認識している。考えてみれば当然の話で、企業の人間全員がこんなことに加担しているわけではないのだ。シャルロットが性別を偽っているということを知っているのはデュノア社上層部のほんの一部。それこそ社長とその秘書、側近くらいのものだ。残りの大多数の何も知らない社員たちは自分たちの会社に専属の男性IS操縦者がいるというくらいにしか考えていない。現在の複雑な世界情勢を知っていれば男性IS操縦者の出現を怪訝に思う人間もいるのだろうが、残念ながらフランス国内はまだしも世界各国の情勢に精通している人間はこのデュノア社内には居なかった。

 ……社長であるシャーロックと、その秘書を除いて。

 

 はぁ、と再び憂鬱な溜息がシャルロットの口から漏れる。

 自分はどうしてこんなことをしているのだろうか、と思ってしまう。分かっている、分かってはいるのだ。全てはデュノア社が世界で確固たる地位を築き上げるため、デュノア社員たちのためだと。そう自身の肩を掴んで語る父の瞳は真剣そのものだったのだから。

 母を失った自身を拾ってくれた恩義も感じているのだろう、そう言われてしまってはシャルロットに拒否するという選択はなかった。

 

 世界で三人目となる男性のIS操縦者。いずれはそういう肩書きがシャルロットについて回ることになるだろう。世界中にこのことを発表してしまえば、もうこれまでの日常に戻ることは完全にできなくなる。そうなってしまえば、自分は――――。

 

「っ、何を考えているんだ。私は、もうこうして生きていくって決めたじゃないか」

 

 自身の内心に葛藤が生まれていることを自覚して、シャルロットはきつく瞼を閉じる。

 何を今更迷っているのか。戻れる道なんて、とっくの昔に無くなってしまっているというのに。未練がましいにも程がある。母はいない、でも父がいる。世界でただ一人だけのシャルロットの家族だ。その人がぞれを望むなら、望むがままに。居場所を作ってくれた父に付いていく。そう決めたのだから。

 いつのまにか握りしめていたシーツは皺がついてくしゃくしゃになってしまっていた。

 と、そんなシャルロットに耳に、扉をノックする軽い音が聞こえてきた。父だろうか、と考えたシャルロットだったが夕食までは時間があるし、第一この部屋には彼は滅多にこない。秘書かその傍付に全てを任せているからだ。では、今扉の向こうに居るのは一体誰なのか。ゆっくりと身体を起こして、簡単に身なりを正して扉へと向かう。

 

「はい。どなたでしょうか」

 

 ガチャリと、何の警戒も抱くことなく扉を開いたシャルロットの目先に立っていたのは、この会社の人間ではなかった。十歳を迎えたばかりのシャルロットよりも遥かに高い身長に、ヨーロッパではあまり見られない癖のない黒の髪。全身を黒で染めたその人間は、先程シャルロットが初めて対面した男性だった。

 出てきたシャルロットが驚いていることを感じ取ったのか、男は柔和な笑みを浮かべて。

 

「やぁ、シャルル君。少し時間はあるかい?」

 

 世界初の男性IS操縦者、更識楯無はシャルロットを前に言ったのだった。

 

 

 

 ◆◆

 

 

 

 昼休みを終えて午後一番の授業は、どうやったって睡魔との戦いになる。そう一夏は片肘を付きながら思った。一昔前の電話帳程もある分厚さの参考書を机の上に開いてはいるものの、その内容は驚く程頭に入ってこない。現在教壇には副担任である真耶が教本を片手にISの機動力の説明を行っているところだが、如何せん睡魔という魔物と格闘中である一夏にその話は眠気を助長させるものでしかなかった。うつらうつらとし出す自身に活を入れるべく、一夏は己の太ももを力の限り全力で抓る。

 

「…………」

 

 力を入れすぎて涙目になってしまったが、これで当面睡魔に苛まれることは無さそうだ。只でさえ周りは成績優秀者ばかりだというのに、これ以上おいてけぼりにされるわけにはいかない。

 ふと周囲を視線だけ動かして見てみれば、皆真面目に真耶の話を聞いている。あ、いや、教室後方に座るクラスのマスコット担当布仏本音だけは綺麗な鼻ちょうちんを膨らませていた。参考書を立てて教師から見えないようにする辺り完全に睡眠モードに入っているらしい。

 くそう、と内心で一夏は思う。それは本音の成績を思い返してのものだった。今のように寝ていることが多い彼女だが、成績が悪いわけではない。どころか、学年でもトップクラスの成績を叩きだしているのである。特にISの整備面では学園の教師をも上回る知識量である。本音曰く『授業でやることはかたりんと会長、お姉ちゃんにもう教えてもらった』らしい。確かに周りにいるのがあの面子では、そう言われても納得できてしまう。

 授業内容はページを一枚進み、機動性向上に必要な装備の内容へと入っていく。一夏も参考書を捲り真耶の話に耳を傾けていたが、そこで唐突に教室前方の扉が開いた。そこから入ってきたのは、授業開始前から用事で外していたという千冬。脇には何やら印刷したらしい紙を抱えている。

 

「済まない山田先生。少し遅くなった」

「いえ、全然大丈夫ですよ。皆さんきちんと授業を受けてくれていましたし」

 

 抱えていた書類を教卓に置き、真耶へと労いの声を掛ける。その言葉ににこやかに返して、真耶は教壇を降りていった。まだ授業中であるというのにこれから何が始まるのか。自然に教壇に立つ千冬へと生徒たちの視線が集まる。そんな視線を受けて、千冬は咳払いをしてから切り出した。

 

「諸君。遅れて済まなかった、ここで一旦授業を中断して連絡事項を伝える。今から配布するプリントに目を通せ」

 

 てきぱきとプリントを後ろの席の生徒へと回して、一夏は受け取ったプリントに視線を落とした。上段には今月末に行われる学年別個人トーナメントの文字。

 

「今配布したプリントを見れば分かると思うが、今月末のトーナメントについての詳細だ。ここにも記載してあるように、今年度はより実践的な模擬戦闘を行うために二人組での参加を必須とする。ただし、当日までにペアが組めなかった者は抽選でペアを選考することとなる。ペア申請の受付はトーナメントの三日前までだ」

 

 記載されている情報をすらすらと読み上げていく千冬の声を聞きながら、一夏はふむと顎に指を添えた。

 

「なお本来ならば専用機を所有する者は他の生徒たちとは別でトーナメントを作成する予定だったが、実践的な模擬戦闘を一般生徒たちにも経験させるという目的から同一のトーナメントに組み込むこととなった。だが専用機持ち同士のペアは禁止だ」

 

 言われて、セシリアが傍目にもわかるようにがっくりと肩を落とした。

 代表候補生では無いが専用機を持つ一夏。この時点で簪やラウラと組むということは出来なくなってしまった。この二人であればそれなりに付き合いもあるのでコンビネーションに問題はないと思ったのだが。となればあとは箒や本音などが候補に上がるが、本音の場合はそれこそ簪とペアを組むことになるだろう。主従の関係にあるのだし、付き合いも一夏より長い。学年別でなければ虚と組むことも考えられたが、無いものを強請っても仕方がない。

 

(となると、箒と組むのが一番無難かなぁ)

 

 彼女の剣道の実力は一夏もよく知っているし、互のこともある程度把握できている。急造のパートナーだが、なんとか形にはなるだろう。

 そうと決まればこの授業が終わったあとにでも箒に声を掛けることにしよう。そう考えて、一夏は再度プリントに視線を落とした。

 

 

 

 

 

「私とか?」

「おう、組もうぜ」

 

 授業後、決めていた通りに一夏は箒へと声を掛けた。ニッと笑う一夏にしかし、箒の表情はすぐれない。

 

「一夏、残念ながらそれは無理だ」

「え!?」

 

 そして無情な言葉が突き刺さる。

 まさか断られると思っていなかった一夏は驚きに目を丸くした。

 

「あ、いや違うんだ。私も出来ることなら一夏と組んで出場したい」

「だったら何で、」

「……私も、専用機持ちなのだ」

 

 …………。時間が止まるというのを、このとき初めて一夏は現実に体感した。

 

「……はあ!? ま、まじか!?」

「う、うむ。一夏のところへ白式が届けられたのと同じ時期に、姉さんが送りつけてきたんだ」

 

 初耳である。まさか箒まで専用機を所持しているとは思ってもみなかった。確かによく考えてみれば篠ノ之束を姉に持つ箒が専用機を持っていたとしておかしくない。寧ろ重度のシスコンであるあの束が妹のために今まで専用機を製作していなかったことのほうが不思議に思えるくらいだ。

 箒が言うには学園側には既にそのことは伝えられており、このトーナメントで初お披露目となる予定なのだそうだ。

 しかし、そうであるならば一夏は再びパートナーを探さなくてはならない。友人たちが悉く専用機を所持していることが仇となるとは思ってもみなかった。

 

「そっかー。じゃあ仕方ないな、他をあたってみるよ」

「済まないな、今まで黙っていて」

「別にいいさ。特に気にすることでもないしな」

 

 表面はそう言いつつ、内心ではどうしようかと若干焦りの色が出始めていた。

 幸いにもこの休み時間に一夏に声をかける生徒は多勢いた。四月の一夏とセシリアの模擬戦を目の当たりにしている生徒を中心に、一夏と組もうとしているのだ。トーナメントで優勝しようと本気で考えるならば、まずパートナーの実力が高いことが必須。勿論同じ力量同士が組むことが望ましいが、単純な二人の力量の和を引き上げるならば専用機持ちと組むのが手っ取り早い。実際、先程からあちこちで専用機持ちたちに声を掛ける生徒の姿が多く見える。セシリアやシャルロット、ラウラの周囲には人だかりが出来ていた。この調子だと鈴や簪のところも似たような状況なのだろう。それは一夏も同じで、箒に断られたあと多くの生徒が一夏の周りにやってきたのだ。

 かと言ってすぐにパートナーを決める気にもなれず、周りの生徒たちには少し考えさせてくれとだけ伝えて席を立つ。

 

「はぁ。ホント、知らないことばっかりだ」

 

 教室を出て、なんとはなしに廊下を歩く。次の授業の始業まではまだ時間があるため、その足取りは比較的穏やかだ。

 パートナーのことはトーナメントの三日前までに決めればいいので、そのことは一旦頭の隅に追いやることにした。今一夏の頭を埋め尽くしているのは、食堂で聞いたシャルロットの話だった。師匠と呼んで慕う楯無が、まさかフランスでやらかしているとは全く知らなかった。それも、世界的な大企業さえも巻き込んで。そのスケールが大きすぎてイマイチ事の重大さが理解できないが、それでも一般人には到底無理だということくらいは理解出来る。

 そんな姿を目の前で見せられてしまっては、シャルロットがああなってしまうのも納得出来るような気がした。自らの好意を隠そうともせず周囲に振りまくシャルロットの性格が、少しだけ羨ましい。少なくとも一夏には、あそこまで素直にはなれなかった。

 

「……ああ、くそ。遠いなぁ」

 

 自らの目標とする背中はまだ見えてこなくて。愛した女性の隣にもまだ立てない。そもそも一夏自身がそこまで辿り着けるのかどうかでさえ定かではない。それでも、一夏は諦めない。一歩の積み重ねが大切だと教えてくれたのは、その目標とする人物なのだから。世界のあちこちでシャルロットのような少女を助けるなんてことは一夏には出来ない。だからせめて、自分の守りたい人たちだけでも。

 

 ……ふと、周りには助けなんて無くても一人でなんとかしてしまいそうな人間たちばかりのような気もしたが、一夏はそれを考えないことにした。

 

 

 

 

 




 学年別でタッグマッチトーナメントやるのに専用機同士で組んだらチートだと思う。

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