双六で人生を変えられた男   作:晃甫

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 お待たせしました。
 今度こそこれで過去編は終わりです。詰め込みすぎ? うん、ごめんなさい反省してます。


#BF 武器商人と出会った日 6

「これか」

「はい。二台目のトレーラーに、搬入予定だった二機のISは保管されている筈です」

 

 格納庫から軍入口付近に停車されているトレーラーのもとまでやって来たラウラとバルメ。この付近までは戦火が広がっていないのか、辺りに硝煙や血の匂いは充満していなかった。そのことにバルメは安堵しつつ、トレーラーの荷台に背を預けていたココのもとへと小走りで向かう。

 

「ココ!」

「あ、バルメ。そっちはもう済んだの?」

 

 この緊急事態を微塵も警戒していないココの口ぶりは相変わらずだ。バルメもそのことに触れたりはせず、これまでの経緯だけを簡潔に伝えた。連れてきた銀髪の少女が専用機の受取人であること、襲撃者はISに搭乗していて通常の武器弾薬は通用しなかったこと。レームは未だに格納庫に残っていること。

 それら全てを聞いて、ココは数秒沈黙する。

 

「……バルメ。格納庫にミスターは?」

「私が確認している限り、格納庫に姿はありませんでした」

「そうか。おっかしいなー?」

 

 ココにしてみれば、自身にあれだけのことを言っておいてバルメやレームの加勢に向かわない筈がないと踏んでいたのだが。それともその途中で何か別の案件に時間を取られてしまっているのだろうか。

 どちらにせよ、敵と対等にやりあえるのはあの日本人をおいて他にいないとココは理解している。

 通常の武装しか持たせていないレームやバルメがISを相手に戦えるはずがない? そんなことは彼に言われるまでもなく解っていた。解っていて尚、ココは行かせたのだ。

 そうしなければ、更識楯無という男の実力を目にすることなく終わってしまうかもしれなかったから。

 

「……フフーフ」

 

 商談を持ちかける時のような社交的な笑みではなく、なにか黒さを感じさせる笑みを浮かべる。

 これまで多少の寄り道はしてしまったが、どうやらしっかりと最後は目論見通りに事が進んでくれそうだ。バルメが居た時点で格納庫にまだ姿が無かったということは、現時点で彼は恐らく既に格納庫に到着している頃だろう。ひょっとすると襲撃者と対峙しているかもしれない。

 ISEOの目的は二機の専用機だ。それがこの場所にある以上、何人かは定かでないにせよ必ずこの場所へとやってくるだろう。そして、その敵を倒すべく更識楯無も。

 

「見せてもらいますよミスター。貴方の力を、」

 

 誰にも聞こえないようにひっそりと呟かれたココの言葉は、夜の帳へと消えていった。

 

 

 

 

 

「……ほう。これが、」

 

 トレーラーの荷台の中に乗り込んで大きな正方形の金属の箱を前に、ラウラは感嘆の声を漏らした。

 中身など確認するまでもない。これが、これこそが自身に与えられる専用機なのだと確信する。長年待ち望んでようやく手に入れることが出来た専用機だ。色々と感傷に浸りたいところだが、生憎と今はそんな悠長にしていられそうもない。予め与えられていたパスコードを正方形の金属箱へと入力しロックを解除する。

 パスコードを入力後、音もなく中身を取り囲んでいた金属箱が支えを失ったかのように周囲に散らばる。

 

 そして現れたのは、漆黒の機体。 

 軍に支給されているシュバルツェア・ワーフカーマーよりも黒く、その漆黒の輝きから重厚さを感じさせるISの名は、

 

「――――シュバルツェア・レーゲン……」

 

 どくん、と。まだ起動すらさせていない筈の機体が、その名を呼んだ途端にまるで息づいたかのように感じられた。何も言わずとも、触れずとも。ラウラにはこの専用機のことが手に取るように理解できた。

 

「そうか……」

 

 鈍い光を反射させる装甲をそっと撫でながら、ラウラはポツリと呟く。

 

「――――お前も、戦いたいか」

 

 眼帯を外し、左右で色の違う両目でシュバルツェア・レーゲンを見据える。

 

「行くぞ。私について来い」

 

 

 

 ◆

 

 

 

「くっそがぁぁああああッ!!」

 

 ロックオンアラートが鳴り響く中、四方八方にレーザーライフルによる熱戦を放つ。がむしゃらに攻撃を行う女だがしかし、楯無には全くダメージを与えることが出来ていなかった。それどころか、攻撃を当てることすらままならない。只でさえ杜撰な女の攻撃は心中に渦巻く焦燥も手伝って最早意味を為していなかった。

 そんな女を視界の中心に捉えて、黒執事たる男は脚に力を込める。

 

「ッ!!」

「遅いな、遅すぎる」

 

 瞬時加速を使ったわけではない。あれはIS操縦の高等技術であり、ISに搭乗しているわけでもない楯無はそんなものは使えない。

 これはただ能力を使っての移動だ。音速程度の、というのが前に付くが。

 

 ガンッ! という一際大きな金属音が格納庫内に反響する。対IS武装を使用していない、ただの蹴り。その筈なのに、女の視界端に表示されているシールドエネルギーの残量は大きく削られていた。既にその残りは四分の一を切っている。このまま戦闘を続ければまともな稼働は一分程度しか続けられないだろう。

 女にもそれは分かっていた。故に、奥歯を噛み砕かんほどに食縛る。

 

 窮地に立たされた。

 ここで女が取れる行動は二つ。

 

 玉砕覚悟で目の前の男に挑むか、目的達成を最優先にして専用機のある場所へと向かうか。

 前者を選べば、専用機奪取という目的は果たせない可能性が高い。後者を選べば、一先ずの目的は達成できる、しかし、この男は必ず追ってくるだろう。

 どちらにせよ、この男との戦闘は避けられない。一瞬でそれだけを思考し、女が出した結論は、

 

「っうらぁぁああああッ!」

 

 後者だった。

 既に原形を留めている箇所のほうが少なくなってしまった格納庫内で煙幕を張る。これで男を撒けるとは考えていないが、時間稼ぎ程度の役には立つだろう。粉塵が巻き起こる中、女は記憶していた格納庫の出口へと向かう。周囲に動いている人間の気配は感じられない。何よりドイツ軍ISの反応は煙幕を張った時点の場所から変わっていない。あの男さえ撒くことができれば、挽回など容易だと考えられた。

 しかし、更識楯無はそれを許さない。

 

「ったく、煙幕とか。いつの時代の人間の逃走手段だよ」

「っ!?」

 

 忌々しい男の声が耳に届いたのとほぼ同時に、女の乗る機体は宙を舞っていた。

 唐突に腹部に感じた衝撃に、それが男の蹴りによるものだと気付くまでしばしの時間が必要だった。図らずも格納庫から外へと出た女は、鈍痛を感じる腹部を抑えながら立ち上がる。

 彼女のその眼は、驚愕と憎悪に染められていた。

 

「なん、で……、どうして私の居場所を特定できる!? テメエにはその執事服しかないだろうが!!」

 

 黒執事というISが生み出されたのはISが発表されたのと同時期。それはつまり第一世代と呼ばれるISの雛形が完成される前に作り出されたものであることを意味している。いくら篠ノ之束が直々に製作したISだとは言え、世間では第三世代型が普及し始めている現在、到底それらのISに対抗できるスペックなど所持していない筈だ。そうでなければおかしい。

 ISというのはその歴史が浅いだけに技術レベルの進歩が並ではない。世代が一つ違えばそれだけで大きな戦力差に直結すると言われているのだ。

 今女が乗っているのは第二世代型であるが、それでも男の第一世代型よりはシステムもスペックも大きく上回っている筈である。例えば認知システム。光学迷彩などの擬似視覚システムは、やはり世代が後な程その精度は高い。第二世代のそのシステムを使えば、第一世代の視覚センサーを欺くことも可能なのだ。それを利用して、女は楯無から姿を晦まそうとしたのだが。

 

「ああ、世代差を利用して俺を出し抜こうとしたのか」

 

 女の意図を察して楯無が呟く。

 確かに世代差のあるIS同士の戦闘であればそれなりに有効な手段である。乗り手の技量がほぼ互角、という前提条件のもとで成り立つ話ではあるが。

 だがこの前提条件以前に、根本的な部分で女は勘違いをしていた。

 

「悪いな。この黒執事、スペック的には第四世代以上なんだ」

「なあッ!?」

  

 さらりと、楯無はなんでもないかのように言い放った。

 

「第四世代だぁ!? んなもんまだどこの国も完成させてねぇぞ! いや第三世代だってまだトライアル段階のものが殆どだ! だってのに、第四世代だと!?」

「信じる信じないは任せるさ。そもそも敵においそれと情報をくれてやる義理もないんだしな」

 

 

 そう言う男が、再び女の視界から掻き消える。

 瞬間的に背後へと首を回した女だったが、楯無の姿はそこにはない。

 

「残念、ハズレ」

「ッ! ガァッ!?」

 

 声の出処は、女の真下。次の瞬間顎を突き抜けるような衝撃と痛みに、思わず女の身体が仰け反る。楯無の取った行動は至極単純、能力を使用してただ距離を詰めただけだ。ISを装備していることで目線の高くなっていた女の死角を突き、姿勢を低くした状態で懐へと潜り込んでいたのだ。腰の辺りで風圧に靡くテールが地面に付くすれすれまで身を屈めた状態で、楯無は更に右の拳を握る。

 

「覚悟しろよ、」

 

 それは、女にとっての死刑宣告に等しいものだった。

 

「俺の最強は、ちっとばっか響くぞ」

 

 それキャラ違う。

 何処かで、そんなツッコミが聞こえた気がした。

 

 

 

 ◆◆

 

 

 

「一先ずはこれでいいだろう」

 

 ISが強制解除された襲撃者の一人を格納庫にあったロープで雁字搦めに縛り終えたところでふぅ、と軽く息を吐く。

 久方ぶりの実戦だったが、以前の感覚とそこまで齟齬がなかったことに一安心だ。これで鈍っていて戦えませんでしたとか話にならない。

 本当ならこれからこの縛り上げた女に色々とお話を聞くつもりだったんだが、最後の一撃が想定以上に効いたのか気を失ってしまっているために会話を行うことは出来そうもない。いや、無理矢理起こして尋問するという手段もあるにはあるが、黒ウサギ隊のエリーゼの話によれば襲撃者はまだ他にもいるらしく、こちらにばかり時間を取られるわけにもいかないようなのだ。

 という訳で、この女はこのままドイツ軍に引き渡すことにするとして。

 

「あ、あの!」

 

 これから何処へ向かうかを考え始めたところで、唐突に声を掛けられた。

 縛り上げた襲撃者から声のした方へと視線を動かせば、そこにはクラリッサとエリーゼの姿があった。エリーゼの操縦していたISはダメージレベルがCに達しそうだったので展開を解除し、今は待機形態に戻っている。ふむ、こうして改めてその容姿を見てみるととてもドイツ人のようには見えない。クラリッサが黒髪だからなんとなくそういう先入観を持ってしまっていたのかもしれないが、エリーゼの金髪はそういった先入観を抜きにしてもとても綺麗なものだ。スタイルもクラリッサと同様にスラッとしていて良い。これで私服を着ていたら軍人には見えないかもしれない。

 

 などとどうでもいいことを考えていた俺に、エリーゼはどこか緊張した様子で話しかける。

 

「先程は助けて下さってありがとうございましたっ」

 

 おや、と俺は小首を傾げる。

 戦闘に割って入ったときはもっと口調が荒かったような気がするが。

 

「そ、それとすみませんでした。助太刀してくださったというのにあの、無礼な物言いをしてしまって……」

 

 両手の指を身体の前で絡め、申し訳なさそうに俯く。ああ、どうやら彼女は俺に対してああいった物言いをしたことを後悔しているらしい。別に全く気にしていないし、そもそも俺が勝手に割り込んだことなのでエリーゼに落ち度はない。そりゃIS同士の戦闘に生身の人間が加わったらああいう反応をしてしまうだろう。

 

「いや、気になくていい。何も言わずに割って入った俺の方に問題があっただろうし」

「そんな! 楯無様に問題なんてありません!」

 

 ……ん? 様?

 

 これまで以上にエリーゼの口調に違和感を覚える。

 何やら過剰な尊敬を抱かれているような気がしてならない。

 

「……クラリッサ」

「……はい。実はですね、」

 

 エリーゼの横で視線を彷徨わせていたクラリッサへと近付き、エリーゼの態度の原因が何なのかを尋ねる。というか、恐らく原因はクラリッサ(コイツ)だ。俺と視線を合わせようとせず、どう話を切り出そうか迷っている所を見れば嫌でも感づく。つまり、クラリッサが俺のあることないことを彼女に言ったのではないか、と。

 そしてどうやら、俺のその考えは当たっていたらしい。

 

 クラリッサがこの特殊部隊に配属されてまだ日が浅かった頃の話。同僚や先輩たちとどうも上手くコミュニケーションが取れていなかった彼女は、苦肉の策としてIS学園での思い出話を使って会話を行うことにしたのだとか。幸いなことにクラリッサの居た三年間はISの世界で勇名を誇ることになる人間が多く、話題作りには事欠かなかった。その時に仲良くなったうちの一人がエリーゼ・ボイスという隊員であり、中でも一際食いついたのが俺の話題だったらしいのだ。

 どんなことを言ったのかまでは聞かなかったが、彼女のあの態度からして間違いなく誇張をふんだんに含んだことを言ったに違いない。

 はぁ、と呆れたように溜息を吐く。

 ここでエリーゼの誤解を解いてもいいのだろうが、今はそれよりも先にやることがある。クラリッサに新しい専用機を渡し、残りの襲撃者を殲滅することだ。

 

「取り敢えず俺たちもココたちのトレーラーに向かおう。そこにラウラも居るはずだし、襲撃者もそこを目指しているかもしれない」

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 トレーラーを停車させてある入口付近へと向かう途中、俺はふと思っていたことをクラリッサへと告げた。

 因みに、今の俺は両脇にクラリッサとエリーゼを抱えた状態で能力を使用し移動している。

 

「なあクラリッサ。お前ココ・ヘクマティアルを知ってるか?」

「勿論です。彼女はヨーロッパでは特に有名な武器商人ですから」

 

 俺が聞きたかったのは、ココ・ヘクマティアルという女の素性だ。紙面に記載されているような情報なら俺も既に目を通している。そういった文字による情報ではなく、俺以外の人間が客観的に見た印象、情報が欲しいのだ。ココの私兵たちに同じ質問をしたところで正確な情報は得られないだろうと思っての判断だ。

 

「HCLI社、だったか」

「かなり大きな企業ですよ。世界各国に太いパイプを持っていますし、彼女の父や兄はかなりやり手だと聞いたことがあります」

「その会社ってISの出現で売り上げが落ちたりしなかったのか?」

「何も武器販売だけが全てではありませんから。それにISが出現したあとも一定の売り上げはキープしていますね。どんな手段を使っているのかは知りませんけど」

 

 二人を抱えて移動しながら考える。ココが俺をここに呼んだ本当の理由。

 IS関係者とのパイプが欲しかったのかとも考えたが、それなら俺なんかではなく政府を通して作るだろう。それだけの力がHCLI社にはあるというのだから。

 

「あ、あの楯無様」

「ん?」

 

 おずおずと俺を見上げるエリーゼ。何か言いたいことがあるのか、と視線を彼女へと落とす。

 

「そういえば私聞いたことがあるんですけど」

 

 そこで一旦言葉を区切って、

 

「確かその企業って――――」

 

 エリーゼがそう言おうとした、正にその瞬間だった。

 正面から、突風が押し寄せてきたのは。いや、爆風というほうが表現が適切かもしれない。一体何が起これば発生するのかと思ってしまう程の強烈な砂塵が俺たちを襲った。咄嗟に二人の楯になるよう前に出て能力を行使していなければ吹き飛ばされていたかもしれない。

 

「っ、何だってんだよ」

「更識先輩! あれを!」

 

 前方で何かを捉えたらしいクラリッサが叫ぶ。

 クラリッサに合わせ、視線を前方へと向ける。吹き荒ぶ砂塵で良好な視界を未だ確保できない中で、しかし異様に映るものがあった。

 三つの黒と、一つの赤。次いで甲高い衝突音が鼓膜を刺激する。

 何が起きているのかこの時点で理解した俺はISを展開できる状態でないエリーゼとクラリッサをその場に残し、金属音が連続して響く現場へと急行する。

 

 そこには、先程までエリーゼが使用していたのと同じIS『シュバルツェア・ワーフカーマー』と見たことのない二機のISの姿があった。

 見たことがない、とは言ったがそのうちの一機は原作知識で記憶している。ドイツが開発した第三世代型、シュバルツェア・レーゲンだ。ということはつまり、アレに搭乗している少女こそがラウラ・ボーデヴィッヒなのだろう。彼女の周囲に居る二人は部下で間違いなさそうだ。

 であるならば、その三人と対峙している赤いISこそが、もう一人の襲撃者ということだ。

 

 ついさっきのエリーゼの時といい、なんだか今日はよく戦闘に割り込むなぁ。

 いや、それもこれも俺が現場に到着するのが遅れてしまっているからなんだが。

 

 一先ずは目前の戦闘に加わることにしよう。

 先程の戦闘の高揚が未だ自身の内に燻っているのか、普段は押し込めているはずの好戦的な笑みが表へと出てくる。それを意識しつつ、俺は全速力を以て黒の前に飛び込んだ。

 

 直後、爆風。

 移動に能力を使用していたこともあって、人間離れした速度で地面に着地した衝撃によりアスファルトがクッキーでも潰すかのように割れていく。

 細かな破片が周囲に飛散していくが、ISを装着した彼女たちにはダメージにはならない。そう確信した上での行動でもあったが、やはり四機のISに傷はない。

 ポケットに手を突っ込んだまま、はためくテールがその動きを止めるまでその場から動かなかった俺にラウラたちシュバルツェア・ハーゼの人間が不審な目を向けてくる。突如として見知らぬ人間が飛び込んでくれば怪しむのは当然であるし、それが生身の人間ならば尚の事。

 首をコキコキと鳴らして、俺はようやく口を開く。

 

「――――よォ」

 

 自分でもびっくりするくらいに、低い声が周囲に響いた。

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

 自身に与えられた専用機を身に纏い戦線へと躍り出たラウラだったが、しかしながら未だ一次移行を終えていなかった。本来使用者とISとの親和性が高くなることで発動する一次移行をこの短時間で行うことは難しい。こうしている今もシュバルツェア・レーゲンはラウラ専用のISへと変化を遂げつつあるが、外見上の変化は見られない。表示されるデータによればまだ暫くの時間が必要そうだった。

 

 他二人の隊員の技量も決して低いものではないが、襲撃者の女もかなりの腕前だった。

 正直なところ、三対一という数であるにも関わらず、戦局はこちら側には傾いていなかった。女の駆る赤いISは以前データベースで見た記憶がある。確か半年前に行方が消えたカナダの第二世代型だ。それが今どうしてあの女の手にあるのか理由は不明だが、あの機体を回収できればカナダに貸しを作れる。

 

 そう考えていた数分前の自分を、ラウラは甘かったと恥じる。

 出来ることならIS本体に損傷を負わせることなく回収したいところだったが、女の技量がそうはさせてくれなかった。本気で応戦しなければこちらが潰されかねない。ラウラにそう思わせるほど、襲撃者の女の技量は高かったのだ。

 こちらの攻撃が躱され、防がれ、あまつさえ反撃を食らう。

 一次移行を終えていないとは言え、第三世代型に搭載された新武装が効かないというのは問題だ。

 いよいよもってして劣勢に立たされようかという折、突如として目の前に現れた黒の男。顔つきからして東洋人だろうか。生身の人間が着地しただけでは到底有り得ない衝撃が周囲に走る。

 

「だ、誰だ――――」

 

 貴様は、とラウラが問いただすよりも早く、敵対していた襲撃者の女の表情が喜悦に歪んだ。

 その表情は歪であり、身の毛も弥立つとはこういうことを言うのだろうか。表情を歪めたまま、女は口を開く。

 

「ははぁん。これはこれは、とんでもない大物が出てきてしまったわねぇ」

 

 言葉とは裏腹に、女は舌なめずりしながら現れた男を興味深そうに見つめた。極上の獲物でも前にしているかのように。

 そんな女に対して、男はとくに警戒した様子も見せず、横柄に言い放った。

 

「よォ。いきなりで悪いが、俺の為にここで潰れてもらうぜ」

 

 何を馬鹿なことを、とラウラは内心で思った。

 生身でISを纏った人間に太刀打ちできる筈がない。ISという存在がこの世の中において最強の兵器だというのは『黒白事件』の際に判明していることだ。ISを超える兵器は現時点では存在しない。それは揺るぎない事実であり、子供でも知っている常識だ。最も、ISが兵器であると理解している人間はごく一部だが。軍属でない人間や普通に生きている人間たちは、ISをスポーツか何かだと思い込んでいる節がある。

 この男も、そういった思い違いを起こしている人間なのだろうか。

 そう考えたラウラだが、襲撃者の女の反応がこれまでと違うことに違和感を覚えた。

 今まで戦闘中であろうと表情を崩すことのなかった女が、明らかに顔を強ばらせたのだ。

 

「なぁんで貴方みたいなのがここに居るのかしらぁ?」

「よせよ。理由なんて分かりきってるだろう」

 

 その気になれば人間など粉々になるであろう武装を所持しているISを前にしても、男の態度は全く変わらない。寧ろ煽っているようなきらいすらある。挑発するように口元を吊り上げる男は、ポケットに突っ込んでいた両手を抜いて言い放つ。

 

「覚悟しろ」

 

 そして。

 

 男の姿が、視界から掻き消えた。

 

「なっ!?」

 

 展開しているISの視覚補正を以てしても捉えられなかった男の姿は、気がついたときには襲撃者のISの目の前にあった。

 一体どうやって移動したのかラウラには検討がつかない。人間の動きを捉えきれないなど、これまで無かったことだ。一瞬にして敵との距離を詰めた男は、スピードそのままに脚を地面へと叩きつける。

 

 それだけ。

 たったそれだけのことで、襲撃者のISが空中へと跳ね飛ばされた。

 

 今度こそ、ラウラは絶句した。

 目の前の光景に唖然としているのはラウラの後ろにいた隊員二人も同様で、その場から動けずに呆然としている。無理もない。隊長であるラウラですら目の前の事実が上手く飲み込めていないというのに、まだ入隊して日の浅い彼女たちが対応出来る筈がなかった。

 まるで当然のようにISを弾き飛ばした男は、くるりとラウラたちのほうへと振り返る。

 ここでようやく、ラウラは男の顔を見た。端正な顔立ちだ。年の頃は正確には分からないが、二十代前半あたりだろうか。男性にしては高い身長とその服装から嫌でも目立つその男は、ラウラへと視線を向けて言った。

 

「初めましてラウラ・ボーデヴィッヒ」

「……何故私の名を知っている?」

「ん? クラリッサから話を聞いていると思っていたけど、違うのか」

 

 ラウラが自身のことを知らなかったというのが意外だったのか、男はこれまでの雰囲気を霧散させて答えた。

 ラウラには目の前で首を傾げる男に思い当たりはない。クラリッサ、という副官の名前が出たということは彼女と知り合いの可能性が高いが、クラリッサと知り合いの男性など記憶に――――。

 

「あ、」

 

 そこまで考えていたラウラの脳裏に、一筋の電流が走った。

 知っている。この男のことを、己は知っている。

 クラリッサがこれまで何度も口にしてきた男の名前が、ある。そう言われてみれば、どうして今まで気がつかなかったのだと自身の間抜け具合に嫌気がさした。あの服装も、理解できない戦闘能力も、男があの人(・・・ )であるというのなら全て納得できる。

 ラウラの表情の変化から悟ったのか、件の男は少しだけ口元を吊り上げて。

 

「――――更識楯無だ。よろしくな」

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 

 さてと。これで一先ず舞台は整った。

 俺のことを不審人物を見るような目で見ていたラウラも思い出してくれたようだし、あとは今しがた吹き飛ばした襲撃者を片付けるだけだ。

 先程の一撃でそれなりにシールドエネルギーは削ったつもりだが、それでも稼働停止に至るほどではない。

 どうやら相手もそれなりの実力者らしく、機体を捻って直撃を避けていた。初めに対戦した女よりも恐らくは数段格上だろう。これまでラウラたちが手こずっていたのも頷ける。

 

「ボーデヴィッヒ。一次移行を終えるまであとどのくらいかかる?」

「は、はいっ。後五分ほどで!」

 

 五分か。それくらいなら問題ないだろう。

 俺は数秒考え、ラウラの後ろにいた隊員二人に指示を出す。

 

「そこの二人。悪いけどアレをクラリッサのところまで持って行ってくれないか」

 

 アレ、とは言わずもがな専用機のことだ。ラウラが今搭乗しているシュバルツェア・レーゲンの姉妹機であるシュバルツェア・ツヴァイク。それが保管されているトレーラーを指差して彼女たちへ言う。幾らか言葉足らずだったかもしれないと思ったが彼女たちの理解は早く、直ぐにトレーラー元へと向かってくれた。

 これで専用機がクラリッサの手元へと渡りさえしてしまえば早々奪われる心配はないだろう。

 ラウラの専用機もフォーマットとフィッティングは既に終了しているようだし、このまま一次移行が終えるまで時間を稼ぐとしようか。いや、倒してしまうかもしれないが。

 

「……油断してたわぁ。まさかあの黒執事サマが出てくるなんて」

 

 ゆっくりと機体を起こして、女は言う。

 俺からはバイザーで女の顔まで確認することは出来ないが、その声音は決して怨嗟を含んだものではなかった。

 

「これは少しばかり気合を入れ直さないといけないわねぇ」

「気合を入れ直したくらいで俺に勝てると思ってるのか?」

「まさかぁ。私はそこまで馬鹿じゃないわ、戦力分析は得意分野だしぃ。でもねぇ、これは私と貴方だけの戦いではないわ。こちらはその機体さえ回収できればいいわけだし、方法はいくらでもあるのよねぇ」

 

 言って、女の表情が怪しく歪む。

 その言葉通りの意味を受け取るとすれば、それは俺とは戦闘する意思がないということだろうか。いや、戦闘自体は行うが、俺に勝利する必要はないということか。向こうは機体さえ回収できればこんな場所から直ぐに離脱してしまうだろうし。

 女の仲間がまだ居るのかは不明だが、居たところでこの戦線に居ないのならば考えるだけ無駄だ。

 俺と戦闘を行いつつも専用機を奪取する方法が向こうにはある。そしてそれを実行することも不可能ではない、と。

 

 だが、甘いな。

 

「……そう簡単に、俺を出し抜けると思ってるのか?」

 

 状況だけを見て言えばラウラと俺の二人で対峙しているのだからこちらが有利だ。相手にどれだけの力量があろうとも、この人数差は覆らない。

 単純に戦力だけを比較すれば俺に分があることは向こうも承知していることだ。

 

「えぇ、えぇ。そう甘くはないでしょうねぇ」

 

 しかしそれでも、女の笑みは消えなかった。

 ねちっこい笑みを浮かべたまま、女は続けて。

 

「でも、不可能じゃあないわ」

 

 赤の機体が、地面を蹴った。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 ◆

 

 

 

 本音を言えば、女は更識楯無に勝てるなどとは微塵も思っていない。

 今や全世界の人間が知るほどのビッグネームは、当然知名度に比例した実力を有している。いくら自分がIS操縦技術に長けているとは言え、それだけで勝負になるとは思わない。

 だが、勝てはしないまでも、ある程度の時間は稼げると踏んでいた。

 楯無の横に控える専用機もまだ一次移行を済ませていない。それならばまだ奪うチャンスはある。楯無の攻撃を躱しつつ、紙一重のところで機体を回収してしまおうと考えていたのだ。最悪自分は捕縛されてもいい。二機の専用機を軍施設の外で待機している仲間に渡せさえすれば、それで任務は終了なのだから。

 

 先程の戦闘でラウラたちシュバルツェア・ハーゼ隊の大体の戦闘能力は把握している。

 後は目の前の男、黒執事さえ何とか出来ればこの任務は成功で終わる。

 

 ――――そう考えていた。

 

 しかし、黒執事は女の予想を遥かに超えていた。

 

 時間を稼ぐ。

 負けない戦いならば不可能ではない。

 

 嘘だ。

 これは、こんなのは。

 

「……っ人間じゃ、ない……!」

 

 ギリッと奥歯を噛み締める。

 こうしている今も、女の機体のシールドエネルギーは刻々と削られていた。

 黒執事の戦闘映像はこれまで何度も観てきた女であってもその動きを捉えれない。視覚補正を以てしても残像しか残らないなど、一体どんな動きをすれば可能なのか。

 

「なんだ。こんなもんか」

 

 不意に頭上から声が響く。

 直後、衝撃。

 

 それが頭を抑え込まれて地面へと叩きつけられたのだと気付いた時には、女は身動きが取れなくなっていた。

 どれだけ四肢を動かそうにも、一向に反応しない。

 

「さて、お前には幾つか聞きたいことがある」

「ふふ……、そんなに口が軽く見えるのかしらぁ?」

 

 精一杯の虚勢を張って、女は楯無へと挑発的な視線を向ける。

 尋問や拷問に対して一定の免疫を持つ女には、口を割らせることは難しい。一般の軍人であればの話であるが。

 

「安心しろよ。前線に出てくるような女がISEOの上層部に繋がりを持ってるなんて思っていない」

「っ! なら……」

「だが、誰からの指示かは知っているだろう」

 

 メキッ、と頭部を掴む力が強くなる。

 

「言え。この襲撃を企てたのは、誰だ」

「…………ッ、」

 

 女の頬を、冷や汗が伝う。

 楯無の眼は雄弁に語っていた。嘘偽りを話せば、跡形もなく頭部を握り潰すと。

 女が予め知っていた情報はたったの三つ。

 一つは今日この日にドイツ軍に新型のISが搬入されるということ。

 一つはこの任務がISEO上層部の独断で決められたということ。

 そしてもう一つは。

 

「……ああぁぁああああッ!!」

 

 話すわけにはいかない。話したが最後、この任務の全てが瓦解する。

 シールドエネルギーの残量にも気にせず、女はスラスターを最大出力で噴かす。流石に腕一本でその行動を制限することは出来なかったのか、楯無は頭部から手を離して機体から飛び降りる。しめた、とばかりに女は飛翔する。このままでは機体の展開維持すらままならない。不本意ではあるが、ここは一旦退くとしよう。難易度は今日よりも上がってしまうだろうが、それでも今黒執事と戦うよりはマシだと考えたからだ。

 幸いなことに黒執事に飛行能力はない。上空にまで逃れてしまえば手は届かない。

 空へと舞い上がった赤い機体を見上げて、黒執事たる楯無は小さく溜息を吐いた。

 

「……舐められたもんだ」

 

 ポツリと、楯無は呟く。

 

「空に逃げれば、俺が手を出せないとでも?」

 

 ゴバッ!! と、彼の足元に大きな亀裂が走る。

 脚にかかるベクトルの向きを操作し、一気に空中へと飛び上がった。

 確かに、楯無の黒執事に飛行能力はない。が、それが弱点には成りえない。

 

「なっ、こんな高度まで……!」

「お前は俺を過小評価し過ぎだ。それと――――」

 

 空中で振り上げられた脚が、女の頭部へと振り下ろされる。

 機体のエネルギー残量の殆どを削り取る一撃に、女の意識が遠のく。いかに絶対防御がISには備わっているとは言え、攻撃を受けて痛みを感じないわけではない。あくまでも絶対防御は生命の危機に瀕した時に発動するのであって、基本的にはシールドバリアが攻撃を防ぐ。しかしそれも無限ではない。エネルギー残量が尽きればバリアは展開できないし、衝撃はそのまま身体へと伝わる。

 楯無の今の攻撃には更識流の『鎧通し』が応用されていた為、女の身体にはダメージが直接与えられている状態だ。

 当然、そんな状態では回避も碌に行えない。

 

 踵落としを受けて上空から地面へめがけて落下していく赤い機体。

 それをロックする、一つの砲口。

 薄れゆく意識の中、女の耳に微かに楯無の言葉が届く。

 

「――――ラウラ・ボーデヴィッヒの事もな」

 

 地上からレールカノンを上空へと構えるラウラの専用機の姿は、先程までとは明らかに異なっていた。

 搬入時とは違い、その姿はより洗練されている。一次移行を終えたシュバルツェア・レーゲンの新の姿がそこにあった。

 

「終わりだ」

 

 抑揚のないラウラの最終通告。

 砲身を熱が帯びて行き、砲口へと光が一手に集まる。二メートル以上もある砲身を構えて、ラウラはその引き金を引いた。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 ◆◆

 

 

 

「この度は、本当にありがとうございました」

 

 襲撃から一夜明け、早朝のドイツ軍。

 目の前で礼儀正しく頭を下げるラウラを前に、俺は苦笑を漏らした。

 昨日捉えた二人の襲撃者は会議の結果、一先ずドイツ軍預かりとなったらしい。ISEOという得体の知れない組織の一員ということで国際IS委員会へと尋問に向かうことは確定しているらしいが、それ以降の処遇は宙ぶらりんのままだ。

 軍としてはこの襲撃事件のことはあまり公にしたくはないそうなので、新聞などの一般情報紙にこの事件の事が載ることはないだろう。

 流石に半壊した軍の様子なども含めて隠し通せるとは思っていないので、少しばかりの漏洩は免れないだろうが。

 

 俺としては結果的に二機の専用機はきちんと所有者の元へと送り届けることが出来たので、一先ずは安心だ。

 これで襲撃者に専用機が奪われるなんて事態になっていたら日本に戻った時に千冬や姫無になんて言われるか。

 

「貴方のおかげで私たちは専用機を守ることができた。感謝しています」

 

 軍人らしく畏まった口調で話すラウラ。しかしどうにも俺は違和感を感じてしまう。同じ軍人のクラリッサが砕けた口調を使うからだろうか。なんというか、子供が背伸びしている印象を抱いてしまうのだ。

 

「…………、」

「っ!? さ、更識殿!?」

 

 あ。

 思わずラウラの頭を撫でてしまっていた。いや、決して邪な思いがあるわけではなく。どちらかというと父性のようなものだろうか。一生懸命頑張る娘を労おうという心情、理解いただけるだろうか。

 

「あ、すまん」

「い、いえ……。驚いただけで、別にそれが嫌だったとかいうことではなくて……」

 

 頬を紅くさせて俯く銀髪少女。え、なにこの小動物。

 

 わしゃわしゃ。

 

「…………」

 

 わしゃわしゃ。

 

「……あ、あの」

「ん?」

「それで、何か謝礼をと思ってるんですが……」

「お父さんって言ってごらん」

 

 ぽろりと。

 本当に意識したわけではなく、その場の流れで思わずそんな言葉が口から出てしまっていた。

 自分で言った言葉に少しばかり引きながら、頭を撫でていた手を止める。

 

「いや、今のは冗談で――――」

「お……、お父さん」

 

 恥じらいはあるはずなのに、律儀にもラウラは俺の言葉を忠実に実行した。上目遣いを足したコンボで。

 いかん。これは何か目覚めてはいけないものに目覚めてしまいそうな勢いだ。

 

 言った本人も実際に口にして羞恥が表に出てきたのか、無言で俯いてしまっている。

 なんとかしてこの場の空気を元に戻さなければ。そう思っていた俺に、思わぬ救世主が現れた。

 

「あ、更識先輩。ここにいたんですか」

 

 颯爽と登場したのはラウラの副官であるクラリッサだ。

 今まで事後処理に追われていたのか、目の下にはうっすらと隈が出来ていた。心なしか軍服も萎れているように見える。

 これ幸いとばかりに、俺は話題を強引に切り替える。

 

「おう。そっちはもう片付いたのか?」

「ようやく一段落です。これから二人の身柄をどうするか会議ですよ。EU諸国で」

「こんな時ばっかり結託しやがって」

「これまで尻尾を掴めなかった組織の人間ですから。どこの国も情報が欲しいんでしょう」

 

 はぁ、と溜息を零すクラリッサに少しばかりの同情を向ける。

 ISが絡んだ所為でドイツだけの問題ではなくなってしまった。コアナンバーから二機の所有国が判明したわけだが、どちらも行方不明になっていたのを黙っていたのだ。 

 その理由など至極単純で、ISを奪われるという失態を表沙汰にしたくなかったからだ。貴重な機体を奪われるような国に、現在の世界は酷く厳しい。

 今回の一件でそれが露呈したカナダとイギリスは各国からの非難を浴びることになるだろう。

 

「それはそうと、二人で何をしていたんです?」

「ん? ああ、ラウラに昨日のお礼をされてたんだ」

「そうでしたか。では私からも、ありがとうございます」

 

 頭を下げるクラリッサに、俺は少しばかりの懐かしさを感じる。

 IS学園時代も、こうしてクラリッサに頭を下げられたことがあった。彼女が入学したばかりの四月、俺との決闘を終えた後だ。当時のクラリッサと比べれば、なんともまぁり立派になったものだと思う。入学当初身の程を弁えていなかった少女が、今やドイツの国防の一角を担う存在なのだから。

 

「……こうして先輩に頭を下げるのは二度目ですね」

 

 どうやら向こうも俺と同じ事を考えていたらしい。

 

「だな」

「ふふ、懐かしいです」

 

 互いに微笑む。同じ時間を過ごしていたからこそ分かる話だ。

 よって、ラウラにはこの話の意味が理解出来ていない。

 だからこそ、ラウラは口を開いた。――――先程の会話を少しばかり引きずった状態で。

 

「一体何の話ですか? お父さん」

 

 瞬間。クラリッサの目付きが変わる。いや、豹変する。目の下の隈はどこへやら、やけにギラついた眼で俺を見つめてくる。

 何度か目を瞬かせていたラウラも、ようやく自身が口にしたことに気がついたのか、先程以上に顔を赤くしている。

 

「いや違うんだクラリ」

「お父さん……!!」

 

 食い気味のクラリッサの言葉に、俺は背筋に冷たいものが流れるのを感じた。

 

 

 

 

 

「あれ、楯無様は?」

「さっき便に間に合わなくなるからと帰られたぞ」

 

 襲撃者と戦闘を行った重要参考人ということで今しがたまで取り調べを受けていたエリーゼ・ボイスは、同じ特殊部隊の同僚にそう言われてガックリと肩を落とした。

 折角ストレスの溜まる取り調べを乗り越えてもう一度更識楯無に会おうと走ってきたというのに、もう軍を出たあとだったらしい。

 

「どしたのさそんなに慌てて」

「うん、昨日言えなかったことがあったから」

 

 彼女の胸中にあるのは昨日の事。

 楯無にHCLI社について聞かれていた時のことだ。あの時、突風に遮られて最後まで言えなかった事があった。

 

 ――――確かその企業って、ISの排斥団体の多くを支援してるんです。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「フフーフ」

 

 イギリスへと向かう航空機の中。ファーストクラスの座席に腰掛けるココ・ヘクマティアルは窓の外に視線を向けながら、楽しげに笑った。

 今この場に限っては、彼女の私兵もいない。私兵の殆どは壁を一枚隔てた座席の腰を下ろしており、唯一隣に座るバルメも席を外している。

 

「更識楯無。想像以上の人材だ」

 

 間近で見た黒執事の戦闘は圧巻の一言。ISの操縦技術では国家代表レベルにも引けを取らない人間を相手に無傷で勝利を収めた。この結果は、彼女の想像の斜め上を行っていた。

 

「流石は世界最強と謳われるだけのことはある。……欲しいなぁ」

 

 視界一杯に広がる雲海を見下ろしながら、ココは呟く。

 

「ISなんてものはこの世に必要ないけれど、キミは特別だ。是非とも私の創る世界に欲しい」

 

 周囲に誰もいない機内で、ココは静かに口角を吊り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 という訳で次回から時間軸は原作に戻ります。
 
 一応ヨルムンガンドの原作を知らない人への補足。
 ココ←武器商人。兵器のない世界をつくるのが目的。
 レーム←トップクラスのチートキャラ(ただし人間相手に限る
 バルメ←ラウラ最終進化系(眼帯を見ながら
 ワイリ←やばい

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