前回ここで終わると言ったね、前話で終わらせるつもりで書いていたら一万五千字を超えたから泣く泣く分割にしたのに、分割しても何故か一万五千字を超えたんだ。
何を言っているのか分から(ry
ラウラが異常に気がついたのは、襲撃が行われるよりも数分前だった。
この軍内部では、定時には必ず隊長であるラウラのもとへと連絡がいくようになっている。そしてその時間も、何の問題もなく定時連絡は彼女のもとへと送られていた。
ラウラが異変を感じたのは、その連絡そのものではない。
(何だ。ノイズ? この回線にか?)
一般の回線を利用せず、ドイツ軍が持つ秘匿回線を介して送られるこの定時連絡に、これまで雑音のようなものは一切拾われなかった。
そういった無駄な音を排除する理由でも秘匿回線が使われているのだ。それなのに、混じった。通常では有り得ないノイズがたった一瞬でも、確かにラウラの耳に届いた。
この時点ではまだ確かな確証があったわけではない。
しかしラウラの疑念は、次の瞬間に確信へと変わる。
軍の外郭あたりかららしい轟音。
襲撃という言葉が真っ先に浮かび上がったラウラは直ぐ様軍服へと袖を通し廊下へと飛び出した。
鳴り響く警報が事態の深刻さを表していた。
手元にISがない状態では対処のしようがない。最優先で行うべきは、搬入予定の専用機を敵に奪われる前に手元に置くこと。クラリッサと同じ結論を出したラウラは、足早に格納庫へと向かった。
「で、私の専用機はどこにあるのだ?」
きょろきょろと格納庫を見渡してみてもそれらしきモノは見当たらない。視界に広がるのは飛び交う銃弾と光線、そしてIS。ドイツ軍のものではない紫色のISを見据えて、あれが襲撃者なのだろうとあたりを付ける。自身の部下である黒ウサギ隊が応戦しているところを見ても間違いなさそうである。
もう一度周囲を見渡して、そこでラウラは『ん?』と首を捻った。
一列に配置された戦車の影に、見慣れない顔が二つあったからだ、一人は壮年の男性、一人は筋肉質な女性だった。身のこなしから只者ではないということは理解できるが、しかし何故今この場にいるのかは理解できない。
「おい、そこの」
高いソプラノの声が響く。
その声が自分たちに掛けられたものだということを悟って、レームとバルメは視線を少女のほうへと向けた。綺麗な銀髪と眼帯が目を引く少女だった。軍服を着用していることと今の発言から、このドイツ軍の人間であるのだと予測する。
「見たところ軍人ではないようだが、何故こんなところにいるのだ」
「俺たちはドイツに依頼されてここに専用機を搬入する仕事を請け負ってたんだ。ま、余計なものまで連れてきちまったみたいだがね」
「ほう、」
値踏みするような視線がレームを射抜く。
ラウラはそう簡単に他人の言うことを信用するような人間ではないし、それをおそらくレームたちも雰囲気で理解しているだろう。
ここで適当に嘘など吐けば、問答無用で攻撃されることは目に見えていた。
「……嘘は吐いていないようだな。で、その専用機はどこにある?」
「俺が言うのもなんだけどよ。お嬢ちゃんこんな銃弾飛び交う中でよく平然としてられるなぁ」
レームの見立てではまだ十代半ばに差し掛かったくらいの少女が戦場のど真ん中でこうも堂々としていることが驚きだった。自分がこの年齢くらいの頃はここまで落ち着いていられないだろうな、などと取り留めのない事を考える。
「その専用機ですが、此処にはありません。私たちが使ったトレーラーに積んであります」
ラウラの質問に答えたのはバルメだ。
「敵の目的もどうやらその専用機のようです。私たちは奪取されるのを防ぐために来たんです」
「そんな装備でか?」
ハッ、と鼻で笑うようにラウラは二人の装備を見る。
対ISにしては随分と粗末な装備だった。人間相手ならまだしも、並の兵器がISに対して有効でないことはIS乗りであれば周知の事実である。身のこなしから視線の動きなどを見て、この二人は軍人ではあるがISとの戦闘訓練は皆無なのだろうとラウラは確信する。
ISと戦えるのはISだけであり、彼らがISに関して素人だというのならこうして出しゃばらずにドイツ軍に戦闘を任せているのは賞賛に値する行動だった。無駄に表に出て死なれては面倒だ。
ラウラは少しの間考え、そして決断する。
「そこの女、私をそのトレーラーのところまで連れていけ」
「……貴方は、一体何者なのですか?」
バルメからすれば、目の前の少女は軍人だろうということ以外不明な謎の存在だ。
専用機がどうのと言っているのでそのパイロットなのだろうかと考えてみるが、幼気な少女がその操縦者に選ばれているのか確認する術は今はない。ISの知識に乏しいバルメではあったが、そのコアの数が少なく、専用機を与えられる人間が非常に優秀だということくらいは知っている。
その一人が、この少女だというのだろうか。
バルメの疑問はしかし、少女の次の言葉で払拭される。
「何者だと? お前たち搬入先のドイツ軍のことも知らないのか。ラウラ・ボーデヴィッヒ、特殊部隊シュバルツェア・ハーゼの隊長だ」
◆
ISEO。
ISが生み出される前の世界へと回帰することを目的とする彼らではあるが、ISを一から十まで全て否定するわけではない。
例えば、その強大な兵器としての能力。
いくらISが世に生み出されたことで嘗ての立場や仕事を奪われたとは言っても、現存する兵器の中でも抜きん出た能力を誇るものを利用しない手はない。四六七しか存在しないコアを入手するのは流石に骨が折れたが、それでも不可能ではない。何せこの組織には国のトップクラスの重鎮たちまでもが顔を揃えているのである。書類上ではその国の所有となっているISを裏で流すことなど、そういった人間たちにしてみれば容易いことだった。
今回の件に限って言えば、動かしたISの数は二。たったの二機と思うかもしれないが、一機だけでもその戦闘能力は大きい。操縦者に左右されるとはいえ、基本スペックだけでも現行の兵器を大きく上回っているのだから。
紫色の機体を操縦しながら女は口元を吊り上げる。
(これだ、これなんだ。私が追い求めて焦がれていたものは!)
右手に展開させたレーザーライフルを照準も碌に定めず放つ。白い軌跡のあとに灼熱の火炎が広がる。吹き飛ぶ瓦礫や兵器を見ながら、女は歓喜に震えた。えも言えぬ快感。破壊衝動にも似たその感情を乗せて、女はただ闇雲に格納庫内を蹂躙する。
女は元々、とある国の代表候補生だった。将来を渇望され、有望とされた少女だった。
しかし、女よりも高い適性を持つ少女たちの出現によってその立場は呆気なく崩れ去ってしまった。将来を期待された少女は、どこにでもいる普通の少女へと戻った。戻されてしまった。
そこで女の負の感情は、ISへと矛先を向ける。
コレが無ければ、自分は誉めそやされることも、絶望することも無かったというのに。こんなモノがあるから。コレさえ無ければ。
この時点で、女の思考はどこか壊れ始めてしまったのだろう。そしてそれを止めてくれる人間は、彼女の側には誰ひとりとしていなかったのである。
「見ろ、見ろよ! 私は強い! あんな奴らよりも適正値が低いってだけで落とした無能な馬鹿国! 見てるか!? 私はこんなにも強いんだ!」
乾いた嗤いが格納庫内に響き渡る。
紫色のそのISは、更に周囲を破壊しようと動き出す。
そんなISの行く手を塞ぐようにして立つ、一機の黒いIS。
「随分とまぁ、好き放題やってくれちゃって。いい加減、こっちも限界なのよね」
相対する紫色のISのようにシャープではなく、寧ろゴツイと印象を抱かせるような黒いIS。
ドイツが単独で開発した第二世代型、『シュバルツェア・ワーフカーマー』。その名の表すとおり、数多くの武器弾薬を搭載した重装備のISである。その一機を操縦している女性、ドイツ軍特殊部隊シュバルツェア・ハーゼ隊員エリーゼ・ボイスは敵を前にして獰猛に笑う。
「とりあえずはそうね。アンタたちの所属から何から吐いてもらおうかしら。再起不能になるまで痛めつけた後でね」
その言葉にピキッと蟀谷をひくつかせて、襲撃者の一人は反応した。
「ああん? てめぇ如きがこの私を倒せるとか思ってんのかぁ?」
「寧ろアンタが私たちを抑えられると思ってるの?」
「ハッ、たかが三機集まっただけの有象無象じゃねぇか」
「そう。そうとしか見えないなら、アンタの眼は節穴だ」
エリーゼを中心に、三機のワーフカーマーが二機のISの行く手を遮る。格納庫内でこれ以上の戦闘は避けたいエリーゼたちは、出来るだけ相手を引きつけながら外へと出るための算段を練る。
敵の目的が新型の専用機だと判明している以上、トレーラーのある方向へと向かうのは無しだ。となればそれとは逆方向、しかしこちらの思惑が向こうにバレないようあくまで自然に、成り行き上そうなってしまったかのように見せかけなくてはいけない。
これまでの操縦技術を見るに、敵も決して素人ではないことはエリーゼたちも理解していた。
それ故に決して油断はせず、緊張の糸は張り巡らせたまま行動へと移す。先ずは二機を分断することからだ。エリーゼと残りの二機で二手に分かれ、逆方向へと動き始める。敵と遠すぎず近すぎずの距離を保ちながら、威嚇射撃程度の攻撃を間断なく撃ち込んでいく。
エリーゼたちの目論見は功を奏し、二機のうち一機を格納庫から離れさせることに成功した。残るは一機。エリーゼと相対する高圧的な女の乗るISだ。じりじりと格納庫の出口付近へと移動し、あと僅かでこちらも思惑通りに事が進む。そう思った瞬間である。
エリーゼの耳に、聞き慣れた少女の声が届いた。
(この声、隊長!?)
自室待機を言い渡されていたはずの隊長の声がしたことで、一瞬だけエリーゼの思考に隙が生まれる。
そしてその隙を見逃すほど、襲撃者は甘くなかった。
「余所見してんじゃねぇぞオラぁぁああああッ!」
「っくぅ!」
銃弾の嵐が一瞬止んだことで、瞬時加速を用いて彼我の差を零にする。そして左手に構えていた近接型のブレードを容赦無く振り下ろした。
鈍い衝突音が格納庫内に轟く。
瞬時の判断で防御に徹したエリーゼだったが、やはりそのダメージを完全に受けきることは不可能だったようだ。視界に表示されているエネルギーの残量が中程まで削られていた。
だがそんなことよりも、エリーゼはラウラのことで思考が一杯だった。何故、どうして。彼女は今日搬入される専用機が到着するまでクラリッサと同様自室での待機を命じられていた筈である。確かにこの緊急事態である。が、それにしたって現時点ではISを持たないラウラがこの戦場で出来ることなど無いに等しい。此処に配置されていた三機のISもエリーゼを含めシュバルツェア・ハーゼの隊員が全て使用しているので、ISを操縦しての戦闘にも参加はできない。
(一体何を考えて――――!?)
彼女の疑問は、次のラウラの行動で解消した。
格納庫内に置かれていた戦車の影に隠れていた運送屋らしい男女の一人、眼帯をした女とラウラが、格納庫を出てトレーラーのほうへと走り出したからである。
その光景を目の当たりにして、そして気付く。
今の光景を一部始終見ていたのは、自分だけではない。
(ま……っず……!)
嫌な予感、というものは総じて的中してしまうものである。
エリーゼの感じた予感も、その例には漏れることなく的中してしまっていた。
「ははぁん」
粘り気を纏わせた、女の声が響く。
「成程なるほど。……専用機はそっちにあるってことかぁぁああああッ!」
バレた。完璧に、敵に専用機の在り処が。
だがここで動揺を見せるわけにはいかない。今ここでISでの戦闘が行えるのはエリーゼただ一人。自身が揺らいでしまっては、後々取り返しのつかない事態になりかねない。
ラウラとクラリッサに両名がこの場に居ない現状、エリーゼが戦わなくては誰もこの襲撃者を止められない。
努めて冷静に、動揺など微塵も表に出さず、エリーゼ・ボイスは歯を食いしばる。
「おっと。アンタの相手は私、そう簡単にここから離れられると思ってる?」
「あぁ? 邪魔だなぁテメエ。そんなに殺されたいのか?」
ラウラたちが向かった方向へと行かせないように立ちはだかるエリーゼを前に、苛立たしげにレーザーライフルを構える。
「言うじゃない。このエリーゼ・ボイス少尉を前にそんな大口叩けるなんて」
「そんな肩書きに興味はねえ。とりあえず、その面ぁボコッてお仲間の前に晒してやるよ」
それ以上、互いに言葉は不要だった。
襲撃者の女にしてみれば目的である専用機の場所はほぼ割れた。後は必要な手順を踏んで達成するだけだ。
対してエリーゼは、襲撃者をラウラたちの元へと行かせぬようなんとしてもこの場で食い止めなくてはならない。
目論見が違えている以上、激突は避けられない。一瞬の静寂、黒と紫のISは、全力を以てして相手へと向かった。
◆◆
格納庫へと到着した俺とクラリッサの眼前に飛び込んできたのは、あちこちが破壊され黒煙を上げる戦場そのものだった。
襲撃者たちが破壊したのだろう入口の隔壁や無残に転がる兵器の数々。ひっくり返った戦車などがここで行われた戦闘の激しさを物語っている。
「ひどいな……」
「あ、あの。更識先輩」
「なんだ?」
「そろそろ下ろしてもらえると嬉しいんですけど……」
「あ、悪い」
クラリッサに言われ、これまで抱きかかえていた彼女を優しく地面に下ろす。何やらクラリッサは俯いて顔を赤くしているようだが、何を今更純情ぶっているのだと思わなくもない。そんな乙女な反応をされても彼女の趣味を知っている俺からすれば狙ってやっているようにしか見えないのである。
つい先程までここで戦闘が行われていたのか、薬莢や使い捨てられた兵器が無造作に放置されている。今この格納庫に居るのはドイツ軍の兵士たち数人と戦車の陰に身を潜めていたらしいレームだけのようだ。
俺は煙草を咥えているレームのところまで歩いていくと、そのまま口を開いた。
「……よお、ミスター」
「レーム。他の人間たちはどうしたんだ?」
「バルメはラウラとかいうちびっことトレーラーのほうに向かったよ」
「っ! 隊長がここに!?」
レームの言葉に食いついたクラリッサが詰め寄る。
ラウラ・ボーデヴィッヒ。俺が知る原作の主要キャラの一人か。お目にかかったことはまだないが、クラリッサから聞かされる話によればかなり優秀な軍人であるらしい。そんな彼女が、既に格納庫に来ていたとなれば目的は一つしかないだろう。トレーラーへと向かったのは確実に専用機を取りにだ。ラウラとクラリッサの両名に与えられる予定の専用機に乗り込んで、襲撃者と戦うつもりなのだろう。
「ところで、その襲撃者ってのは何処にいるんだ?」
そういえばその襲撃者とやらの姿が見えないことを思い出して、咥えていた煙草の火を消していたところのレームへと問いかける。
格納庫内の損壊具合から見ても、この場所に襲撃者が現れたのは間違いないだろう。であるならば、その襲撃者は一体何処へと向かったのか。実のところ、レームに聞いたのは自身の推測の答え合わせの意味合いが強い。この襲撃の目的が専用機であることなど今更言うまでもないのだから、目当ての品があるであろう場所へと向かうのは当然のことだ。
しかしそんな俺の推測を裏切るかのように、レームの口から出たのは、
「ああ。――――そこだよ」
瞬間。
格納庫の外壁の一部が大きくひしゃげた。外側からの衝撃で内に大きく凹んだその場所から、二度三度と鈍い金属音が連続して響く。その音の正体がISの武装同士が衝突しているものだと理解したのは、黒のISが投げ出されるようにして格納庫内に飛んできてからだった。受身を上手く取れなかったのか、黒のISは地面に叩きつけられたまま起き上がろうとはしない。そんなISに飛びかかる、紫色の機体。
言われるまでもなく、ソレが襲撃者であると確信する。
「エリーゼッ!!」
クラリッサの声が轟く。その声が耳に届いたのか、エリーゼと呼ばれた黒いISの操縦者は俺たちの方へと視線を向けた。
「副、隊長……」
まともな会話を挟むことも襲撃者は許してはくれないようだった。
瞬時に間合いを詰めて、近接型のブレードを一直線に振り下ろす。この時点では、向こうは俺たちの存在には気がついていないらしい。
「あっちの黒いIS、お前の部下か」
「ええ……。エリーゼ・ボイス。シュバルツェア・ハーゼ内でも随一のパイロットです」
クラリッサがここまで言うのだから、エリーゼという女性士官もかなりの実力者なのだろう。しかし、その実力者を相手に優勢を保っている相手もまたそれなりの実力者のようだ。俺の眼から見ても、操縦技術はかなり高い。そこいらの女性では到底出来ないような高等技術を素知らぬ顔で行っている。
この施設に配置されているのは専用機以外では三機だと聞いているので、一機しかいないのを見ると残りは他の襲撃者と相対しているのだろう。となれば、エリーゼの援護は期待できない。一般の兵士ではISと戦うなど出来る筈もなく、クラリッサも専用機の無い今はその一般兵士にカテゴリされる。
となればだ。
ここは俺が出るしかないだろう。
その為にココ・ヘクマティアルという武器商人に雇われているのだし(その実具体的な雇用内容は判明していないが)、戦力となるのは現時点では他にいない。
久方ぶりの実戦だ、と内心で気を引き締める。
「クラリッサ」
首元のタイを正しながら、横で不安そうに戦局を見つめるクラリッサへと告げる。
「直ぐに戻る。そこで待ってろ」
彼女の返事を聞くことなく、俺は戦闘の中心地へと飛んだ。
さあ、始めようか。
◆◆◆
視界の先に飛び込んできたのは、黒い執事服を着た若い男だった。
軍人ではない。身体つきはその服の上からでは判断できないが、少なくともあんな服装をしている人間が軍属なわけがないだろう。女は怪訝そうに眉を潜めて、戦闘に割って入ってきた男をジロリと睨み付ける。
「んだぁ? 自殺志願者か何かかテメエ。挽肉にすんぞ」
IS同士の戦闘に首を突っ込んできた愚かな男。そう決め付けて女は見下したように告げる。
自殺行為だと思っているのはこの女だけではないようで、黒のISを纏ったエリーゼもまた驚愕に顔を染めていた。
「なっ、貴方一体なにしてるの!? ここは危険よ、早く避難を!」
今のこの状況を鑑みれば、彼女の避難警告は至極当然のものだった。
何の力も持たない一般人ならば、の話ではあるが。
そして彼はその枠組みからは、大きく外れていた。
「君がエリーゼか。クラリッサから話は聞いている。此処は俺に任せて退いてろ」
「なぁっ!? IS同士の戦闘に貴方が加わるとでも言うの!? そんなこと出来る筈ないじゃない!」
飛び込んできた時と同じ、全く動じない彼に、エリーゼは再三の忠告を促す。
彼女の声はしっかりと届いている筈だ。にも関わらず、執事服を着た男は敵の前から動こうとはしない。
(……執事、服?)
思考の隅で、なにかが引っかかった。
男、執事服。そこまで考えてようやく、エリーゼは気がついた。気がついて、眼を見開いた。先程までとは違う別の驚愕を感じて。
「まさか……、貴方は……」
エリーゼの雰囲気の変化を感じ取ったのか、男は少しだけ口角を緩めて。
「更識楯無。――――黒執事、と言ったほうが分かり易いか」
世界初の男性IS操縦者にして、黒白事件に関わった世界トップクラスの人間。
何故そんな大物がこんなドイツの辺境の地にいるのか、という疑問が浮かぶがクラリッサとの関係を思い出してエリーゼは自身を無理やりにでも納得させる。どういった経緯でこの場に彼がやってきたのかは分からないが、これで形勢は一気にこちら側へと傾いた。世界最強との呼び声も高い彼がこの戦列に加われば襲撃者の撃退など容易い。そう思えた。
真正面に立つ楯無をしかし、襲撃者である女は理解していなかった。
女尊男卑に染まりきった女の弊害とも言うべきか、世間の男のことなど全く興味がなかったのである。黒白事件や世界初の男性操縦者を知っているかと問われればイエスとは答えるが、顔まで詳細に記憶しているわけではなかった。その結果、現在目の前で首を鳴らす男がどんな人間なのか把握できていない。
「おいおい、まさか素手でISと戦おうってのか? 頭沸いてんじゃねえかぁ?」
「心配してくれるなんて親切だな。なら俺も一つ言っておこう、降伏することをおすすめする」
「……あぁ?」
「お前がそこそこの操縦者ってのは見ればわかる。でもな、その程度じゃあ俺には勝てねえよ」
ビキッ、と。女の額に青筋が走る。
「言ってくれるじゃねぇか……。そこまで言うんだったら、死んでも文句は言わねぇよなぁぁああああっ!?」
紫色の機体を駆って、女は楯無へと突っ込んでいく。片手にはレーザーライフルを、もう片方には近接型ブレードを持って。瞬時加速程のスピードではないにせよ、常人では到底反応できない速度で振るわれるブレード。迷いのない剣戟が楯無へと迫る。
だが喰らえばただでは済まないその攻撃に、楯無はあろうことか向かっていった。何の武器も持たないまま、彼は振るわれるブレードに向かって拳を突き出す。裏拳を振るうように突き出された楯無の拳は、そのままブレードと接触する。
人間の拳でISの装備に太刀打ちできる筈もなく、楯無の拳は無残に跳ね飛ばされる。
――――そう思っていた女は直後、吹き飛ばされる自身のブレードを前にして我が目を疑った。
「……は?」
宙を舞ったブレードはやがて重力に負け、地面へと甲高い音を立てて落下した。
呆然と立つ女を前に、楯無の表情は先程から全く変化しない。彼の拳は全くの無傷だった。
「な……、どうなってんだ一体!? 人間がISにパワーで勝つなんて聞いたことねぇぞ!?」
「どうもこうも、目の前にあるものだけが事実であり真実だ」
コキコキと首を鳴らし、まるで自身の体調でも確認するかのように拳を握る楯無。そんな彼の異常性に、女はここにきてようやく気がついた。
気がついたところで、もう女に為すすべは残されていない。更識楯無という男は悪人をおいそれと見逃すほど甘くはない。
「さてと、襲撃者さん」
ここに至ってようやく楯無の雰囲気が変わる。いや、豹変する。今までの大人しく飄々としたものから、好戦的な笑みを隠そうともしない獰猛なものへと。
「洗いざらい話してもらうぜ。覚悟しろ」
一方的な蹂躙が幕を開けた。
次で、次で……