双六で人生を変えられた男   作:晃甫

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 一話に纏めようとしたら一万五千字を軽く超えたので泣く泣く分割に。
 そういえばISの二期始まりましたね。私は原作たっちゃんがエロ可愛くて大変満足です(ゲス顔


#BF 武器商人と出会った日 4

 何処の国にでも有りそうな高層ビル。

 都心ともなれば建っていても違和感のないビルがある。一見すればその高さから多少の驚きを受けるが、裏を返せばその程度だ。どこにでもありそうなビル、とはつまり他のビルとの区別が付きづらいということである。

 その事実は、表立って行動することのない人間たちにとって非常に都合が良い。

 そんなビルの最上階でつい先程まで議論を交わしていた女はその部屋から出るやいなや、面倒臭さを惜しげもなく出して溜息を吐き出した。

 見るものを魅了するような透き通る黒髪に、その髪とは不釣合いな真っ白なドレス。足元も白のレギンスとヒールで覆われている。見た目高校生くらいのその少女は、今まで行なわれていた議論を思い返して。

 

「全く、老害共が何を勝手な事を抜かしているのだか」

 

 思い返すだけでも腹立たしい、あの皺が深く刻まれた男共の顔。

 いつまでも自分たちが世界の中心だと信じて疑っていないようなあの態度が、どこまでも女を不快にさせた。

 チッ、と誰もいない廊下で女の舌打ちが響く。それを咎める人間は、このビルの内部には一人もいない。

 

「十三代目」

「矛か」

 

 いつの間にか女の背後に仕えていたのは、グレーのスーツを着込んだ長身でガタイのいい三十程の男性だった。

 何処で負ったのか、彼の右目は切り傷によって閉じられている。

 

「お疲れ様でした」

「フン。お前も聞いていただろう」

 

 何を、とは聞かなかった。そんなこと言わずとも理解しているだろうと決めつけた上での言葉である。

 そしてそんな言葉に、男は声のトーンを変えることなく答える。

 

「少しばかり頭の悪い連中のようですな」

「少しばかりではない。何だ、奴らの脳はポップコーンか何かで出来ているのか?」

 

 女、京ヶ原劔は階下へと続くエレベーターに乗り込んでそう悪態をつく。

 彼女を今日呼び寄せたのはISEOというIS排斥団体だ。なんでもドイツの特殊部隊に渡される新型のISをくすねたいらしい。

 それだけを聞かされては議論になどなりはしない。彼らは団体の具体的な最終目標とその足がかり、それを手助けすることで得られるこちらの利益を掲示してきた。のだが。

 

「奴らが口にしているのは夢物語だ。他人の力に依存して己の力以上のことをしようとしているようにしか見えん」

「過信、ですな」

「何がそこまで奴らを駆り立てるのかは知らんがな。ISをこの世から葬り去るなんてことは所詮無理な話だ」

 

 稀代の天才、篠ノ之束が生み出したインフィニット・ストラトス。

 元は宇宙空間での活動を想定して作られたマルチフォームスーツとして発表された代物だった。

 しかし、黒白事件をきっかけにして全世界にその名を轟かせたこのISは、兵器としての側面を高く評価されることとなってしまった。篠ノ之束という人間の規格外さを知らしめると同時に、ISは軍事利用される兵器として瞬く間に普及していったのである。

 それに伴って社会に浸透していったのが女尊男卑という風潮だ。

 劔からすればくだらないと一蹴するようなものだが、世間はそういうわけにもいかなかった。ISにただ一つ存在した欠陥。女性にしか扱うことが出来ないという事実が、世の女性たちの心の内にあった傲慢さを刺激したのだ。

 

「行き過ぎた女尊男卑はあの男たちの存在で食い止められたがな。それでもISが発表される前の社会に戻すなんてことは不可能だ」

「更識の十七代目のことですか」

「それと二人目の、なんと言ったか。名前は忘れたが」

 

 数年前までIS学園に在籍していた二人の男性IS操縦者のことを思い浮かべて、彼女は二人目の名前を思い出せずに諦めた。

 劔にとって重要なのは一人目の存在であって、二人目は然程気にかけていなかったためだ。

 

「どういう訳かアイツがISを扱えるということでうちの上層部は更識への奇襲を企てたわけだからな。まぁ、結果として更識と京ヶ原の当主は引き分け。引退して私やアイツに家督が譲られたわけだが」

 

 ハンッ、と鼻で嗤う。

 十三代目劔にとって、先代の十二代目やその上層部は仕来りに拘り過ぎていたのだ。その結果が更識などという家系に痛手を負わされ、引退にまで追い込まれた。浅はかにも程がある。

 風習や掟などといったものに全く重要性を感じない彼女には、無駄な行いとしか思えなかった。

 

「これからどうするおつもりで」

「疲れた。取り敢えずは屋敷で私の肩を揉め」

「いえ、そういうことではなく……」

 

 矛と呼ばれる男は、ISEOという団体をどう扱うのかという意味を込めて質問したのだが、彼女はそうは捉えなかったらしい。

 

「奴らのことか? 下らんと一蹴してやることは造作もないが、それではこちらがここまで出向いてやった労力に見合わん」

 

 チン、と小気味のいい音と共にこれまで感じていた浮遊感が消える。

 開いた扉の先には上流階級の人間なのかタキシードやドレスを着こなした人間がちらほらと居たが、そんな人間たちには一瞥もくれずエントランスを抜けて外へと出て行く。予め入口に待機させておいた黒塗りの高級車に乗り込み、劔は口元を吊り上げた。

 

「せいぜい利用させてもらうさ。奴らの妄執も、利用価値さえ伴えば捨石程度には役に立つ」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 突如として上がった火柱は、搬入予定である格納庫のすぐ近くからだった。 

 一体何が火種となったのかは定かではない。が、どう見ても自然に発生しうるものでないことは理解できる。

 つまり、人為的に引き起こされたということである。

 新開発された二機の専用機が搬入される予定の日時と時刻に合わせるようにして。これを偶然と呼ぶには、些か無理がある。

 

 未だに状況が飲み込めていない、という人間は幸いにしてこの場には居なかった。

 ココ・ヘクマティアルとその私兵たちを始め、ドイツ軍の連中も一様に纏う雰囲気を豹変させる。

 このままトレーラーの中にいるわけにもいかない。俺はルツを押しのけて強引にドアを開き外へと出た。その後に続いてルツやワイリなどの私兵たちがその手に銃を構えて降りてくる。

 

「ココ・ヘクマティアル」

「なんですかミスター更識」

「これも、アンタの想定内か?」

 

 飄々とした態度を崩さないココへと、疑念の視線をぶつける。

 

「まさか。完全に想定外ですよ。私たちの仕事はこの二機のISをこの場所まで届けることで軍の施設を破壊することではありません」

「……だよな」

 

 飄々とした態度の中にも若干の苛立ちが混ざっていた。どうやらこの爆発とココは無関係であるとみて良さそうだ。というか、こんなことをしても彼女には何のメリットもないだろうが。

 

「レーム、バルメ!」

「呼んだか? ココ」

「はい、装備は万全です」

 

 彼女の私兵たちの中でもトップクラスの戦闘能力を誇る二人を目の前に呼び寄せ、周囲には聞こえない大きさの声で告げる。

 ここからではココが二人に何を話しているのか聞き取る事は出来ないが、この事態の中で何か突拍子もないことを仕出かそうとしているわけではないだろう。俺の予想を裏付けるように、ココから何かを言われた二人はその後直ぐ様火柱の上がった方へと走っていった。

 ……ってちょっと待て。

 

「何してるんだ!」

「ああミスター。少し様子を見てくるように指示を出しました。大丈夫ですよ、こちらのトレーラーはトージョやアールが護衛していますから」

 

 いや、俺が言いたいのはそんなことではない。

 

「これがISEOの襲撃で、ISを引っ張り出してきてたらどうするんだ!」

 

 世界に存在するコアは四六七。この数は不変であり、ISが誕生してから今までに束が製作したものだ。

 だが、表舞台でそのコアを使用しているのは実際には八割程度である。各国に割り当てられたコアを全て合計しても、その上限には達しないのだ。

 それはつまり、裏で使用されているコア、又はISがあるということだ。

 

 ISに対抗できるのはISだけ。

 どこぞの学者が言っていた言葉でもあるが、全く以てその通りだ。これまで戦場の第一線で活躍してきた重火器など、ISの前では何の意味もない。戦車や戦闘機も然りである。

 今しがた走っていったレームやバルメの武装はあくまでも対人戦闘を想定したものであり、ISを相手に出来るものではない。

 

「問題ありません。彼らは一級の戦士たちです。ISが相手でも死ぬことはないでしょう」

 

 表情を変えないココの言葉は、俺には何の気休めにもならなかった。

 ココを始め、私兵たちはISとの戦闘経験がないのだろう。だからこそ、ここまで楽観的にもなれる。

 アレは兵器だ。使う人間が間違った使い方をすれば簡単に人を殺せてしまう兵器なのだ。それを、彼女たちは完全には理解していない。ある程度の知識は所持しているのかもしれないが、本質が見えていなければ同じことだ。

 

「……分かっていない」

「え?」

「ココ・ヘクマティアル。アンタはISってものを分かってないよ」

 

 そうとだけ言って、俺はトレーラーの荷台に詰め込んであった小型のトランクを引っ張り出す。まさかこんなところでこれを持ち出すころになるとは思っていなかったが致し方ない。こんな非常時だ、コレを使わないわけにもいかないだろう。

 トランクを片手に、俺はレームたちが走っていった方向へと走り出した。

 出来ることなら、俺の予想は外れていて欲しい。ISなんていなくて、ただの事故であって欲しい。だが、そこまで楽観的になれるほど平和ボケしていない。置かれている現状くらいはイヤでも把握できる。

 これは恐らく、限りなく最悪に近い状況だろう。

 

「くそっ」

 

 一先ずは人気のない場所を探すことだ。

 トランクを持ちながら、俺は周囲を見渡す。あちこちから軍所属だと思われる人間たちが火柱の上がった方へと走っていく。肩口に掛けられたライフルなどを見るに、やはり俺の嫌な予想は当たってしまっていたらしい。彼女たちの表情を見ながら、そのまま俺は建物へと入っていった。

 

 

 

 ◆◆

 

 

 

 火柱が上がったことによる警報は、自室で待機していたクラリッサとラウラの耳にも届いていた。

 誤作動を起こす可能性などまず無いと断言できるほど、この軍施設の機器は優秀である。ということはつまりそういうことなのだろう。とクラリッサは表情を引き締めた。

 今日搬入される予定の専用機間もなく到着しようかというタイミングでのこの警報。これを偶然だと言えるほどクラリッサは短絡的ではない。脱いでいた軍服に袖を通し、自室の扉を開いて廊下へと出る。

 

「チッ、このタイミングで襲撃とは。向こうも馬鹿では無いようだな」

 

 忌々しげに舌打ちして歯噛みする。

 専用機が与えられるということでクラリッサに与えられていたコアは回収されている。今の彼女の手元には専用機は存在しないのだ。

 ISを複数配備されている此処に襲撃を仕掛けてくるということは相手も十中八九ISに搭乗していることだろう。いくら徒手格闘を一通り修めているとはいえ、IS相手に生身で戦うのは自殺行為である。

 シュバルツェア・ハーゼの隊員に専用機を持つ人間はクラリッサとラウラ以外にはいない。軍用に整備されたISが三機あるだけだ。恐らく今頃はそれらに乗り込んで隊員たちが現場へと急行している頃だろう。

 今のクラリッサに出来ることは二つ。

 敵にISを奪われる前に格納庫へと辿り着きそれを展開して戦うか、司令室へと向かって他の隊員へと指示を飛ばすか。

 

 内心で己に問いつつも、足は既にある一方向へと向かっていた。司令室とは反対方向にある、格納庫へと。

 

「ここで内へ引っ込むなど有り得ないな。国家代表の名折れだ」

 

 カツカツと軍靴を鳴らしながらクラリッサは向かう。

 自身の愛機を奪わせなどしないと、その瞳に強い光を宿しながら。

 

「……んん?」

 

 格納庫への道のりを進んでいると、前方に不審な人影を捉えた。この緊急事態である。軍の人間はデスクワーク以外現場へと向かった筈であるし、デスクワーク担当のものであれば所定の部屋へと避難している筈だ。故に、こんなところに人間がいるのはおかしい。

 敵である人間でもなければ。

 

「…………」

 

 とある部屋に入っていったその人影をしっかりと目で追いながら、クラリッサは腰から短剣を抜いた。

 あの部屋に用がある人間などこの軍内部には存在しない。それにこんな状況だ。逼迫した中で態々あそこに足を踏み入れる理由など存在しない。

 侵入者、とあたりを付け、クラリッサは足音を殺してその部屋の入口付近まで忍び寄る。こういった状況を想定しての訓練も行われていることもあって、彼女の動きはとてもスムーズで無駄がなかった。持っていた短剣を握り直し、内部に居る侵入者の気配を感じ取る。

 

(衣擦れの音……、着替えている? まさか部隊の軍服を奪って成り済まそうとしているのか!)

 

 扉越しに聞こえてくる音を拾いながら、侵入者の目的を予想する。

 

(目的はISだけではないのか? この軍に保管されているデータも奪うつもりか……!)

 

 その絶対数が決まっているISの稼働データはとても貴重なモノだ。

 それに搭乗しているのが国家代表やそれに準ずるクラスの人間ともなれば尚の事。そういったデータの取引は国家間で巨額の金銭が動く。もしもそういったデータが奪われ闇のルートに流されれば、ドイツが受ける損害は計り知れないものになるだろう。

 

 そんなことはさせない、とクラリッサは静まり返った廊下で一度息を吐き、瞳を閉じる。

 一瞬の間。そして、彼女は勢いよく扉を開いた。

 

「動くな! 両手を挙げて床に這い蹲れ!」

 

 短剣の切先が向けられたその方向。

 そこに居たのは――――。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「……へ?」

「え?」

 

 ちょっと待ってくれ。うん、一旦落ち着こうか。状況を整理しよう。

 トランク片手に建物内部に入ってうろうろしていたら丁度よく男子更衣室なんてものがあったので入って着替えを済ませて出ようとしたら、いきなり学園時代の後輩に短剣を突きつけられた。

 というか、クラリッサが俺の目の前で短剣片手に殺気立っていた。

 

「さ、ささ更識先輩!?」

「おうクラリッサ。久しぶりだな、髪伸びたか?」

「そうですね。最近切りに行く時間も無くて……じゃなくて!」

 

 数年ぶりの再会だというのに、どうにも当初予定していたものとはかけ離れてしまった。

 襲撃の真っ只中なのだから仕方ないのだが、クラリッサとはもう少し時間に余裕を持たせて会いたかったものである。現時点に限って言えば、呑気にお喋りしている時間などない。

 

「どうして先輩がこんな所にいるんですか!」

「こんな所って、男子更衣室に俺が居ても別におかしくはないだろ」

「こんな時にどうして此処にいるんですか!」

 

 クラリッサにすれば、俺が此処へと足を運ぶのはもう少し先だと思っていたのだろう。事実正確な時間などは伝えていなかったし、少しだけ驚かせてやろうという思惑もあった。

 だが彼女が言いたいのはそういうことではない。俺が何でこんな事態の時にこんな場所に居るのか、その理由が分からないのだろう。

 そういえば、と俺はクラリッサが黒執事の事実を知らかったことを思い出す。今ここで言ってしまっても良かったが生憎とその時間さえも無さそうである。聞こえてくる銃声が一際大きくなったことで、俺は一旦クラリッサとの会話を打ち切ることにする。

 

「話したいことは色々とあるが、今はそんなことをしている時間はない」

 

 キュッ、と手袋を嵌めて、全身を黒で覆う。

 こうして『黒執事』を纏ったことで、ようやく大手を振って戦うことができる。全く使い勝手が悪いったらありゃしない。これは本格的に束に某バッタ戦士の変身ベルト的なものを作ってもらったほうがいいのではないだろうか。

 

「クラリッサ。お前が使うはずの専用機が今狙われてる」

「! はい。大体の事情は分かっています」

「なら話は早い。このまま格納庫まで連れてってやるから、」

 

 ほら、と俺は両手を前に突き出す。

 この動作の意味がよく理解出来ていないのか、クラリッサは目を点にするだけだった。なんだもう、察しが悪いな。

 

「連れっててやるって言ってるだろ。ほら、乗れ」

「はぁっ!?」

 

 ずずい、と更に腕を突き出す。

 所謂お姫様抱っこというやつだ。おんぶでもいいんだが、それだと移動の際のGに耐えられずクラリッサが吹き飛ばされる危険がある。俺の前で抱えてしまえば止める事ができるので、この形が理想なのだ。

 しかしどうやらクラリッサは抵抗があるらしく、

 

「な、なな何言っているんですか更識先輩! 先輩には織斑先輩や篠ノ之先輩がいるでしょう!」

「は?」

 

 なぜこの場面で千冬や束のことが出てくるのか。

 なにやら果てしない勘違い臭が漂っているんだが。

 

「お姫様抱っこをされた女性は、その男性と婚約しなくてはならない!!」

「おい待てどこ情報だそれは」

 

 どばーん! と背景に効果音が聞こえてきそうな声でクラリッサは拳を握った。

 お姫様抱っこしただけで婚約しなくてはいけないなどという法律は初耳だ。というか、またどこぞの本から仕入れた情報なのだろう。どうしてこうクラリッサの日本に関する知識は偏ってしまっているのか。

 ああ、いや、そうか。

 このクラリッサの偏った日本の情報は、IS学園時代にナターシャが植え付けたものだった。何故日本人でもないナターシャが日本の情報をクラリッサに教授していたのかは分からないが、ともかくクラリッサの少女趣味というかオタク魂というか、そういったものは全てナターシャによって育まれたものだったのである。

 

 目の前で両手をぶんぶん振りながら身体をくねらせる俺の後輩。

 なにやらトリップしてしまっているらしいが、こうなったクラリッサは中々現実世界に帰還しないことを知っている俺としてはそんな悠長に待っていられない。

 

「よっと」

「更識先輩と夫婦夫婦夫婦……げへへへってうわあっ!?」

 

 強引にでもクラリッサを抱きかかえ、そのまま脚に力を込める。

 一方通行の能力の一端であるベクトル操作を発動させ、廊下を音速の速さで移動していく。耳元で何かをクラリッサが言っているが全て無視して、俺は格納庫へと急いだ。

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

「参ったなこりゃ。銃火器が何の役にも立ちゃしねぇ」

「レーム! 無駄口叩いてないで反撃してください!」

「へーへー」

 

 格納庫に収納されていた戦車の陰に身を潜めながら、レームは半分以上が灰になってしまった煙草を地面で消しつつそうぼやいた。

 ココや楯無から対IS以外の武器は一切通用しないと言われていたが、やはりというかなんというか、レームとバルメが所持していた武装は何一つ相手に通用しなかった。レームが今隠れているこの戦車の砲撃でさえも、おそらくは傷一つ付けることはできないだろう。

 不幸中の幸いというべきか、まだ敵に二機の専用機は奪われていなかった。というか、ココたちがいるトレーラーに積まれたままだ。

 向こうはまだそれに気がついていないようだった。それにこの軍の人間だと思われる女性兵士の数人がISを展開して応戦してくれていることで、なんとかレームとバルメは目立った外傷なくこの場に居られる。

 しかし、戦況は思った以上に芳しくなかった。

 

 現状、レームたちに出来ることは何もない。

 格納庫内には火薬なども保管されているため、軍の人間たちは大っぴらに攻撃を仕掛けることも出来ない。ISを展開している人間は無事だろうが、そうでない人間たちは万が一火薬が爆発した場合タダでは済まない。だが敵はISを展開している人間のみである。こちらの怪我や建物など気にして戦うはずもなく、敵側の一方的な攻撃が行われているのが今の現状だ。

 

「ったく。とんでもねぇなISってのは」

 

 元デルタをしてそう言わせるほど、ISという兵器の戦力は桁外れだった。たった一機いるだけで戦局が瞬く間に覆される。ISを展開していない人間たちがいくら束になってかかったところでどうしようもない。それほどまでに圧倒的な兵器。

 

「バルメ。ココに連絡だ。お前が出てくれ」

「構いませんが、何故?」

「こういう時のためにミスターを雇ってたんだろ? ならその力を借りない手はねぇだろう」

 

 新しい煙草を懐から取り出してレームはバルメに端末を放る。それを片手でキャッチしたバルメはすぐに耳に押し当てる。

 はたして、すぐに連絡は繋がった。端末越しのココは、いつもとなんら変わらない調子で口を開く。

 

『もしもーし』

「あ、ココ? 近くにミスターはいますか?」

『ミスター更識? 彼なら今しがたトランク片手に建物のほうに走っていったけど』

 

 こんな時に! と内心で毒づいたバルメだったが、直ぐに思考を切り替える。

 彼がトランクを持って建物へと向かっていったというなら、少なくとも交戦の意思はあるのだろう。

 正直、バルメはまだあの更識楯無という男のことを完全には信用してはいない。世界最強の男、黒執事などという彼に関する肩書きは幾つもあるが、バルメの見たところ躰つきはそこそこの青年という印象しか受けなかった。ISというものに対してそこまで博識なわけではないので身体能力だけでは彼の実力を測れないが、少なくともココが期待するほどのものではないのではないかと考えている。

 というか、ココがそこまで気にかけるあの男のことがどうにも受け入れられなかった。

 

(ミスターが来る前からココは彼の話ばかり……。一体何の考えがあってそこまで彼に拘るんですか)

 

 ココは更識楯無の前では感情を顕にしていないが、バルメたち私兵はそれ以前の彼がやってくる前のテンションを知っている。

 まるで子供のように、新しいおもちゃを与えられた少女のようにはしゃぐその姿に一同の開いた口が塞がらなかったくらいだ。

 ココが何を考えているのか、一体どこを見ているのか、バルメには考えが及ばない。

 そんなバルメの思考を察してか、ココは気軽に口を開いて。

 

『問題ないよバルメ。ミスターの実力は私が保証しよう。彼がそこに着くまで、何とか持ち堪えてくれ』

「っ、了解です。ココ」

 

 通信を切って、肩に掛けていたショットガンを構える。

 こうしている今も敵の攻撃は止むことなく断続的に行われている。

 ギリッと奥歯を噛み締める。彼女の専門は近接格闘であって、こういった銃器を用いた忍耐勝負はあまり得意とするところではない。レームはなんでも行えるオールラウンダーだが、その彼でさえもISでの攻撃には手を焼いているようだった。

 

 ISも当然無限に動き続けられるわけではない。

 シールドエネルギーが底をつけばその動きは停止する。

 しかしこちらも弾薬には限りがあり、しかもその半数以上が既に消費されていた。ドイツ軍の人間たちも応戦しているとは言えIS相手では戦力としての期待は持てない。

 ジリ貧、という言葉がバルメの脳裏を過ぎる。

 

 その直後だった。

 聞きなれない、この場にそぐわない。

 鈴を鳴らしたような少女の声が、この戦場に響いたのは。

 

「――――ふむ。あれが襲撃者か。成程な。ところで、私の専用機はどこにあるのだ」

 

 ドイツ軍特殊部隊、シュバルツェア・ハーゼ隊長ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 空気を読まない(というか読む気がない)彼女は、颯爽と戦場のど真ん中に降り立った。

 

 

 

 


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