双六で人生を変えられた男   作:晃甫

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 シャル、ラウラ回だと思った?
 
 こんな感じで楯無の空白の過去が少しずつ埋まっていきます。
 他作品が混ざりましたが、広い心で(ry


#BF 武器商人と出会った日

 IS学園を卒業して四度目の春を迎える頃。

 俺は今、ヨーロッパ某国の地に立っていた。日本では暖かな日差しと舞い散る桜なんかが相まってとても気持ちの良い過ごしやすい気候なんだろうが、四月のヨーロッパは正直まだまだ寒い。

 さて、どうして俺がヨーロッパ、更に言えば空港のロビーに立っているのかというとだ。

 

「お、いたいた。ミスター更識!」

 

 先程到着した旅客機から出てきたであろう女性が、後ろに複数の部下を引き連れて俺の元へとやって来る。

 腰まで伸ばしたプラチナブロンドの艶のある髪の毛に薄い碧眼を持つその女性はレディーススーツを纏い、その上から暖かそうなコートを羽織っている。

 

 俺がこんな所に居る理由、それは彼女に起因する。

 

 彼女は俺の前に来るなり、強引に握手を求めてきた。

 

「お初にお目にかかりますミスター。この度は態々申し訳ありません」

「いや、気にしないで下さい。必要なことです」

 

 にこやかに微笑む眼前の女性に、俺も社交辞令的にそう返す。正直に内心を吐露してしまえば巻き込まれたと叫びたいところだが、今そうした所で何も状況は変わらない。結局、俺にはもうどうすることも出来ないのだ。

 握手を済ませたところで、彼女は徐に懐に手を伸ばして一枚の紙を俺に差し出してきた。

 それが名刺だということに気がついて、俺は差し出されたそれを受け取る。

 

「改めて初めまして、ミスター更識」

 

 彼女はそこで一旦言葉を切って。

 

「私がココ・ヘクマティアルです」

 

 その年の春。

 俺は、武器商人と数日間の旅をした。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 空港からの移動にはタクシーではなく、彼女の私物だという外国産の高級車が使われた。それも見た目は一般車を装っているが、至るところに防弾仕様が施されている特注品の。

 三台が縦一列で移動している最中、同じ車に同乗しているココ・ヘクマティアルが口を開いた。

 

「いやぁ助かりました。貴方が居てくれれば百人力だ」

「……そろそろ詳しい話を聞かせて貰いたいんですけど」

 

 助手席に座る彼女を、後部座席右側に座る俺は一度ジッと見つめる。その視線を感じてか話を切り出すためか、彼女は俺の方へと首を回して。

 

「それもそうだ。ミスターにも今の私たちの事情を話しておかなければならない、トージョ」

 

 スッ、と俺の横から数枚の書類が渡される。

 隣に座るアジア系の男性が、ニッと笑った。

 

「初めましてミスター更識。アンタの名前はヨーロッパにまで轟いてるぜ」

 

 出てきた言葉が日本語であったことに少々驚きつつ、彼の手にあった書類を受け取る。そこに書かれていたのは今彼女たちが請け負っているという依頼の詳細と、その依頼の障害となる可能性の高い武力団体のデータだった。

 

「……搬入先は、ドイツ?」

「ええ、コレ(・・)はドイツが単独開発したモノらしいんですが、その移送に我々を使うあたり色々と面倒が付いて回っているようで」

「面倒、ねぇ……」

 

 ホチキスで留められていた書類を一枚捲る。これから搬送することになるであろうモノとそのルートが記載されているそれから目を離し、俺は助手席に座るココへと声を掛けた。

 

「……これと俺が呼ばれる理由がイマイチ分からないんですが」

「ミスター更識。貴方にはドイツとのパイプがあると伺っておりますが」

 

 ああ、成程。そういうことか。

 ココ・ヘクマティアルの返答を聞いて、俺はようやく喉の閊えが取れた気がした。要するに、俺を呼んだ理由はそのドイツとのパイプ役をやらせようとしているわけか。当然護衛も兼ねているのだろうが、先程見たココの私兵だという人間たちを見るに皆一様に死線を何度もくぐり抜けて来ているだろう。護衛なんてそもそも必要ないように見える。

 が、これから運ぶモノがモノだけにそっちの事情に詳しい俺やドイツへの要請も必要と判断したのだろう。ドイツが単独開発した機体にも関わらず、国外で製作し態々国内に運び込むところを見るに、まだ他国に漏洩させたくはない技術が使用されていると見て間違いはなさそうだ。

 

「パイプなんてそんな大層なものじゃないですよ。高校時代の後輩が居るってだけの話です」

「おや、ハイスクールの後輩なんて十分なパイプではないですか」

「ココ・ヘクマティアル」

 

 冗談交じりに笑うココへ、俺は声のトーンを落とした。

 

「分かりました、この依頼は受けましょう。この書類に書いてあるとおり護衛と交渉役。ですが、」

 

 スッ、と目を細めて。

 

「俺の前で、その仮面みたいな笑顔を張り付けるのは止めろ」

「……!」

 

 途端、ココを含めた車内全員の表情が変わる。驚きを多分に含んだその表情の中には、少なからずの賞賛も含まれているように見える。

 

「……仰る意味がよく分かりませんねミスター。私のこの顔は生まれつきでして」

 

 どうやら彼女の常に浮かべる笑顔には触れられたくない過去でもあるらしい。今のココの反応からしてここはそのまま掘り返すことなく仕事の話を進めるのが筋なんだろうが、生憎と俺は腹を割って話さないビジネスパートナーとは折り合いを付けられない。というか付けたくない。

 変えた口調も戻すことなく、俺は口を開く。

 

「よく言うなミス・ヘクマティアル。その顔が生まれつきだって? だったらアンタは泣くときも怒るときも、そうしてヘラヘラ笑ってんのか? 部下が目の前で死んだとしても?」

「ミスター更識。あんまり人のプライベートな所に踏み込むのは男としてどうかと思うぜ」

 

 見兼ねたのか、俺の隣に座っていたトージョと呼ばれていた男性が静止の声を掛けた。

 が、ここで止まるつもりなど毛頭ない。何よりも俺とココたちとでは初めから交渉の立ち位置が違う。彼女たちは俺やその周囲を入念に調べ上げた上でこの話を持ちかけてきているが、俺にしてみれば勝手に国外に送られ気付けばこんな高級車の中に缶詰にされているのだ。依頼を受けるとは言ってもこのままでは良いように使われるのが目に見えている。暗部で長年交渉事を経験してきたからこそ言える事だが、交渉の第一段階として相手との立場を対等以上にすることが不可欠だ。このことはココも知っていたのだろう。だからこそ今の現状がある。

 そして二つ目に状況把握。三つ目に状況掌握だ。

 この二つは今正に行わんとしていることだが、手始めに彼女の能面のような顔から問いかけることにした。正直ああやって自分を完璧に誤魔化している人間ほど信用ならない。自分の心を黙せる、欺けるというのはそれだけでも才能だ。故に彼女はこれまで武器商人として成功してきているのだろうし、部下にも恵まれる。

 

 だが、それは交渉に関して俺にとっての不都合でしかない。

 

「男として? 違うな。俺は今彼女と交渉相手として話をしているんだ。交渉に必要なのは第一に信頼関係、違うか?」

「…………」

「大体俺はこっちに呼び出された時から疑問に思ってたんだ。ドイツに移送するだけの仕事で態々日本に居る俺を使う。その必要性はなんだ? ドイツとのパイプ役なんて銘打ってるが、そんなことしなくたってアンタの会社なら簡単にこなせるはずだ。なぁ、HCLI社のココ・ヘクマティアル」

 

 最後の言葉で、ココは俺の言わんとすることを察したようだった。

 

「……成程。こちらのことも、調べはついていたということですか」

「調べってほど大層なものじゃない。何せ俺にはそんな時間はなかったんだからな。ちょっとだけ優秀な部下にちゃちゃっと教えてもらっただけだ」

 

 飛行機の中で携帯端末越しにでも分かるくらいにテンションが高かった自身の従者を思い出し、少しばかり苦笑する。彼女は仕事面では非常に優秀なのでいつも便りにしているが、どうも今回は些か仕事が早すぎる気がする。あれか、どういう訳か俺よりも先に俺がヨーロッパへ行くことを知っていて何故かチケットを二人分取ったりしていたから、下調べでもしていたんだろうか。いや、あくまで一緒に行くつもりだったという回答は除外してあるのだが。

 

「アンタがどんな意図で俺を呼んだのか気にはなるが、これ以上の詮索はしない。が、俺にもそれなりの対応ってものを取らせてもらうぞ」

 

 ああ、それと。と俺は付け加えて。

 

「アンタらが手を伸ばしてる銃、まさか車内(ココ )で弾いたりするなよ?」

 

 ピタッ、とトージョと運転手の動きが止まる。違和感がないように振舞っていたが、暗部で動いてきた俺からしてみればバレバレの動作だ。気づかない筈がない。

 何を思って銃に手を伸ばしていたのか理由は分からないが、大方ココへの敵意でも俺の言葉の端々から汲み取ったのだろう。

 

「トージョ、ウゴ」

 

 ココが二人へと声を掛ける。それを合図に、指を掛けていた銃から手が離れた。

 

「お見逸れしましたミスター。まさかここまでデキる方だったとは、正直思っていませでした」

 

 笑顔の仮面を貼り付けたまま、彼女は後部座席へと顔を向ける。

 

「ですがこの表情についてはご容赦頂きたい。何分、これは必要なことでして」

「構わない。俺も少し言い過ぎたし、それでだ。この資料に書いてある武装組織は――――」

 

 手渡された資料に記載されていた文字へと視線を落とし、ココへと言葉を投げる。

 

「――――ISEO。今ヨーロッパで活発になりつつある、ISの排斥団体です」

 

 

 

 ◆◆

 

 

 

 ISEO。

 Infinite Stratos Exclusion Organization の略称であり、世界からISという存在を排除するために生み出されたIS排斥団体だ。基本的に構成メンバーは男性で、ISの出現によってその社会的地位を直接的に奪われた人間や間接的にその影響を受けた人間で殆どが構成されている。当然非公式の団体なのでその正確な人数までは把握されていないが、少なくとも世界中で数千人規模のメンバーがいるだろうと予測されている。

 彼らの目的はISが生み出される前の世界へと戻ること。ISによって失墜した地位などを取り戻すため、世界中で暗躍している。

 

 構成員は基本的に表立って活動することはない。ISを否定して以前の社会を取り戻すと言ってもそう簡単にいかないのは当然理解しているし、そもそもそんなことが可能なのかも分からない状態である。その構成員の大多数はそうした組織に身を置くことで自身が少しでも貢献していると納得がしたいのだ。ただ世間の波に飲まれているわけでなく、抗っているのだという目に見える証拠が欲しいのだ。そうした構成員というのは大体がIS出現に伴う女尊男卑の風潮による被害を受けた人間で、日本で言えばサラリーマンや社会的地位の比較的低い男性が当て嵌る。

 

 だが、そういった人間ばかりでこのISEOは組織されているわけではない。

 この組織の中には、ISという世界最強といっても過言ではない兵器の登場で居場所を失った人間もいるのだ。軍人、兵器開発者、兵器売買者などがそれだ。これまでは世界的な兵器として核ミサイルに始まり戦車や装甲車といったものまで多く製造され、それは戦地で数多く消費されてきた。銃やナイフなどの小型なものまで含めれば、その量は数え切れない程に。

 しかし、ISが全てを変えたのだ。

 これまでの銃弾が一切通用しない。刃が通らない。ミサイルですら、ISの前では無力となる。

 

 たった一機のISに、特殊部隊と呼ばれていた軍人たちが手も足も出ない。

 

 それは、彼らにとって衝撃以上にショックだった。

 行き場を追われるに等しい。自身がこれまで磨いてきた技術は、積み重ねてきた実験は、何の意味も無かったのだと理解させられてしまった。

 理解して、憤った。そして、彼らは集まったのだ――――。

 

 ココは窓の外に顔を向けつつ、視線だけを後部座席に座る日本人へと向けた。

 更識楯無。日本国内では有名な家系の当主を務めており、世界で始めてISを動かした男性。正直、初めに見た第一印象は普通の人、であった。ココ・ヘクマティアルの周りにある日常は、一般の人間からしてみれば非日常そのものである。弾丸の飛び交う戦場に赴き、武器を売る。人が死ぬ光景なんてこれまで何度も目の当たりにしてきたし、人を殺したことも一度や二度ではない。部下の人間にしても元デルタフォースや元対テロ部隊、FBIのブラックリストに載っている者までいる。人殺しの経験なんてのは言わずもがなだ。

 そういう『殺し』を知っている人間、闇に関わったことのある人間にだけ判る匂いというものがある。

 それが、更識楯無からはしなかったのだ。

 

 だからこそ、彼の口調が変わったときは額を冷や汗が伝った。

 

 違う。先程までの人間とは、まるで別人のようだ。爪を隠す鷹なんてレベルではない。ウゴやトージョが思わず武器に手を掛けてしまったことも頷ける。あのプレッシャーを直に向けられれば、誰だって防衛本能が働いてしまうだろうから。

 

(更識楯無。苦労はしたけれど、彼を呼んで正解だった)

 

 彼を呼んだ理由は、本人にも言ったように移送中の護衛とドイツ本国とのパイプ役をお願いするため――――というのは、半分正解で半分不正解だ。そもそもこの依頼はドイツの開発企業から受けたものなので、本来であればパイプ役なんてものは必要ない。だが、受け渡す人物と面識がある人物が居た方が話を進めやすいという意味ではパイプ役というのも間違いではない。移送中の護衛、というのもココの私兵がいれば問題はない。但し、相手がISというのであれば、話は別である。残念ながら、ココの私兵の中にISの搭乗訓練を積んだ人間はいない。アレを相手にしては、流石の私兵たちも勝ち目は薄い。

 

(世界初の男性IS操縦者にして、現時点で世界最強と言われる彼の実力。出来ればこの目でみたいものだけど)

 

 湧き上がる好奇心を理性で抑えつつ、ココは仕事を終わらせるべく運転手のウゴへと指示を出した。

 ここから先のルートは、市街地とは言え妨害が考えられる。なるべく人目に付く道を、ココたちを乗せた車は進んでいく。

 

 先ずは運ぶモノを引取りにいかないと。既にデータで送られてきている引渡し場所へと向かうべく、彼女たちは車を走らせた。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「そういえば隊長」

「む。クラリッサか、どうした?」

 

 ドイツ軍特殊部隊、その施設内。一人の女性隊員が、徐ろに口を開いた。黒髪のショートカットに切れ長の瞳、その片方を眼帯で隠した長身の女性クラリッサは、自身よりもかなり小柄な銀髪の少女へと丁寧な言葉で先を続ける。

 

「私と隊長に与えられる専用機、どうやら直に届くみたいですよ」

「なに!? それは本当か!?」

 

 長い銀髪を大きく揺らし、少女は手元にあった書類を放り出してクラリッサの元へと詰め寄る。その瞳は期待に満ちていて、この様子だけを切り取って見れば軍人などとはとても思えない。

 

「ええ。早ければ明日にでも此処へ届けられるのではないでしょうか」

「本当か! 遂に私の専用機が!」

「はしゃぐ気持ちも分かりますが、他の隊員の前では止してくださいね?」

 

 ぴょんぴょんと今にも飛び跳ねそうな隊長を前に、クラリッサは苦笑を浮かべる。

 こんな所、他の隊員の前では見せられない。普段の冷徹な隊長のイメージが一瞬にして砕け散ること間違いなしだ。

 

「お前は二機目だからそう落ち着いていられるのだクラリッサ! 専用機だぞ! これこそIS乗りの誉れではないか!!」

 

 拳を握り締め、声を大にして言う少女。

 彼女が軍人となって十年以上。これまで多くの困難を味わってきたが、ようやくこの少女にも専用機が与えられる。クラリッサは最初の専用機のを解体しての二機目だが、それでも嬉しさは少なからずある。まだ試作品の域を出ない武装も積んでいるとは聞いているが、ドイツとしては初めての第三世代型である。その搭乗者に選ばれたのだ。これまでの実績を鑑みれば妥当だと言われるかもしれないが、嬉しくないわけがなかった。

 

(これでまた一歩、貴方に近づけます)

 

 思い浮かべるのは、数年前にIS学園を卒業した初代生徒会長。

 彼が卒業してからは連絡もぱったりと途絶えてしまったのでその後どうしているのかは定かではないが、自身もこうして卒業後もしっかり職務を全うできている以上あの人もしっかりやっていることだろう。ひょっとしたら、どこかでばったりと顔を合わせることもあるかもしれない。

 次に会った時には、一度手合わせして貰って成長した自分を見て貰おう。そしてその後に一緒に食事を摂って、あわよくばそのまま夜は……。

 

 などと考えていたクラリッサが突然の再会に絶叫するのは、今から約二十時間後のことである。

 

 

 

 

 




 #16書いててラウラと楯無の初対面は書いたほうがいいなと、さらっと後編へ続きます。

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