双六で人生を変えられた男   作:晃甫

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#6 神様の能力で悩むのはその時点でフラグ

 

 

 

 

 

 前回のあらすじ

 もう二度と束を俺の部屋にあげないと誓った。

 

 

 

 

 

 突然ですが、小学生になりました。何故こんなにも時間をすっ飛ばしたのか、理由を言えば、特にこれといったこともなかったからだ。

 

 あれから千冬や束とは完全に親友のような関係になり、今も手に付けている赤いミサンガが何よりの証だ。

 このミサンガでの出来事と言えば、千冬のミサンガが切れた時のことを思い出す。ミサンガとは本来願い事をし、それが切れると願いが叶うという一種のおまじないみたいなものだ。だからミサンガが切れたなら願いが叶うと喜ぶ場面なんだが。

 

 千冬の場合、何故かこれまでにないくらい大泣きしてしまった。

 

 理由を聞けば、自分のミサンガだけ切れて友達ではなくなってしまうと勘違いしていたらしい。確かに普通なら不吉だとか思うかもしれないが、これミサンガだぞ?

 未来の『ブリュンヒルデ』もやはり今は幼稚園児だってことか。

 ちなみにミサンガはすぐに母さんが新しいのを用意してくれたので千冬の泣き顔はすぐに晴れやかなものに変わった。

 

 

 

 あ、これといった出来事あった。

 

 

 

「あーぅ」

 

 母さんの腕に抱かれてこちらにジッと視線を向けてくる赤ん坊。

 

 我が妹、更識姫無。

 ヤクザみたいな更識家の部下も黙る一歳児である。

 

 最近言葉のようなものが聞こえ始めた。

 彼女の名前は親父の部下による多数決の結果、『姫無(ひめなし)』に決定した。親バカであるあの親父はどうしても女の子っぽい姫という字を入れたかったみたいだ。

 それに対してまたバカな部下が今度は『棟無(むねなし)』なんて名前を候補に上げたもんだからその時の親父のキレッぷりはそれはもう凄かったらしい。

 

 

 ……俺のとき『玉無』とかふざけた名前出した奴の仲間だろそいつ。

 

 

「まーぅ」

 

 いつの間にか母さんの腕から脱出を果たした姫無がハイハイで俺の目の前までやってきていた。流石にまだ立って歩くことはできないが、ハイハイが出来るようになってからは姫無の行動範囲が一気に広がり、忽然と姿を消すこともしばしば。

 

 そんな時役に立つのが。

 ……本当に忌々しいことに役に立つのがあの束が制作したGPSだ。

 

 これを姫無の服につけておくことでどこにいても常に把握することができる。

 流石にこんなものを使うのはこの時期だけだが、やはりあまり気は進まない。

 

 うん、やっぱプライバシーって大事だよ。

 歩けるようになったらGPS付けるのは止めてあげよう。……あれ。そしたら居なくなったら見つけようがないな。その時はその時だな。

 

「よっと」

 

 俺は近付いてきた姫無の身体を抱き抱えてやる。小学生の身体で赤ん坊を抱っこするのは楽じゃないが。

 

「きゃはははっ」

 

 こんな満面の笑みを向けられたらそんな小さなことはどうでもよくなってくる。

 

 うん、妹万歳。

 

 こんな可愛い妹は存在しているだけで正義に違いない。そうなのだ、異論を唱える奴には『玉無』の案を出した部下と同じ運命を辿ってもらう。

 

 ああ可愛いなぁ。

 こんな可愛い子が成長して『人たらし』になるなんて全く想像が出来ない。いや、想像したくないがどんな妹であれ俺は妹を(家族として)愛します。

 

 姫無に近付く奴がもしも現れたら更識の全勢力を持って排除するつもりだ。

 

 

 

 

 

 ……いやまず親父が黙ってないだろうな。あの親バカの代名詞のような人間だ。下手したら街が消し飛ぶかもしれん。いや冗談抜きで。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「…………」

 

 姫無を再び母さんに預けた俺は自室に戻り座禅のようなスタイルで目を閉じている。

 

 何をしているのか。

 

 超能力者を使うための特訓に決まってるじゃないか。

 

 幼稚園時代に初めて演算をしようと思っても全く出来なかったのはまだ記憶に新しい。あれから一年以上経ったのだから、多少なりとも進歩があっていいはず。

 

 

 

 ……なんだが。

 

 

 

「……何か起きる気配はなし、か……」

 

 あれから一ミリも前進していなかったりする。いや、頑張ってはいるんだよ。小学校に上がってからは殆ど毎日こうして集中して取り組んでいる。

 だがまるで俺のやる気と反比例しているかのように一向に兆しは見えてこない。

 

 ……俺、才能無いんじゃないかな……。

 

 なんてことまで最近思うようになってきてしまっていたんだが、ここで俺はふと気付いた。

 

 

 

 ――――俺がまだちっちゃいからダメなんじゃね?

 

 

 

 よくよく考えてみれば、俺はまだ学園都市第一位の超能力を使うための演算を行う脳の大きさに至っていないから能力が使えないんじゃないだろうか。

 

 一方通行ってどう考えても小学生じゃないし。もしこれが正しいとしたら俺は中学生、最悪高校生くらいになれば神から貰ったこの能力を使えるようになるかもしれない。

 ……でもこれが正しいなら俺はそれまで超能力が使えないんだよなあ。

 

『ベクトル操作』はあの時咄嗟に出たものだったが、いざとなって考えてみるとこれなんてチート状態だと気付いた。やがて束が開発するだろう『IS』。女性しか動かせないと言うのだから俺にそんなものを動かせる才能はないだろう。動かせるのは主人公である一夏くらいだ。

 

 だとするなら、もしも。極力避けたいが万が一ISと戦わなくてはいけないような場面になった時、この能力が使えなければバッドエンドまっしぐらだ。

 

 つまり今現在俺には死亡フラグが立っていることになる。まるでどっかの未来のことが分かる日記にバッドエンド表示が出た時みたいな。神様がくれたんだから使えない、なんてことはない(と信じたい)だろうが、使えなかったら……よそう、なんかほんとに現実になりそうで想像したくもない。

 

「はあ……」

 

 まあでも、と俺は思考を切り替える。

 

「そこまで焦る必要もないのか……? 束がISを開発するのってもっと先の話だし」

 

 それにこちらにばかり気を取られるわけにもいかないのだ。

 何故なら。

 

「形無。いるか?」

 

「いるよ」

 

「直に時間だ。準備しておけよ」

 

「はーい」

 

 襖の向こうから親父の声が聞こえてきたが、気を取られるわけにはいかないといった理由がこれだ。

 

 小学校に上がった年から、更識家としての対暗部用の教育が始められたのだ。

 

 対暗部というくらいなのだから、俺はてっきり情報戦みたいなのを勝手に想像してたんだが、実際はそんな生易しいもんじゃなかった。

 先ずは体力があってこそ、ということでひたすら体力づくり。小学校低学年の子供がいきなりフルマラソンは無理だよ親父……。

 

 それが終わってからは更識家が発祥だという柔術、『更識流』の特訓だ。

 柔術とは日本古来の徒手、あるいは短い武器による攻防の技法を中心とした武術だが、『更識流』はどちらかと言えばその中でも合気道に近い。相手を殺傷せずに捕らえたり、身を守ったりすることを第一とする柔術に加え、関節技や投げを取り入れているのだ。

 その理由としては女でも体得するためには相手の力を利用することが必須、という考えと対暗部ということもあり如何に迅速に任務を遂行するかを突き詰めた結果、相手に情報を吐かせることが最速かつ的確という結論にたどり着いたかららしい。

 

 まあ、そんな風に相手の戦意を喪失させて口を割らせるには高レベルの話術が必要になるんだけどな。

 

 あ、やべ。時間過ぎてた。

 

 俺は急いで部屋を出て屋敷の隣に用意されている道場に向かった。

 

「遅いぞ形無。二分三八秒の遅刻だ」

 

「いや父さん時計もってないじゃん」

 

 道場内にも時計はない。

 

「腹時計だ」

 

「なんてアナログな」

 

「いいから。ほら昨日の続きからやるぞ」

 

「二の型からだっけ?」

 

「復習のために一の型からだ」

 

 言われて俺は軽く呼吸を整えて、ゆっくりと瞼を下ろす。

 小学生の俺にはまだまだ腕力なんてついちゃいないが、この一の型は相手の力を利用するものだ。多分瞼を開いたら親父の右ストレートが飛んできてるんだろうなあ……。

 

 覚悟を決めて、俺は目を見開いた。

 

 

 

「更識流一の型――――!!」

 

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

 

 

 ふんふふんふふーん。

 私は上機嫌でノートパソコンのキーを叩いていた。

 

 何故私、篠ノ之束がここまで上機嫌なのか。それは今年、かーくんと同じクラスになれたからだ。去年のクラス発表で私だけが違うクラスになったときは本気で学校中の精密機器に凶悪なウイルスをぶち込んでやろうと考えたが(それは形無によって阻止されました)、今年は一緒のクラスになれたんだから過去のことはまあ水に流してやろうではないか。

 

 へっへー。今度はちーちゃんがひとりぼっちだあ。

 あ、でもちーちゃん寂しがってないかなあ。来年は三人一緒になれるようにしておこっと。

 

「さてと」

 

 私はいつの間にか止まっていた自分の指を再び動かし、ウィンドウに表示された設計図に目を向ける。

 

「ふむふむ。これじゃまだ完成には程遠いなあ」

 

 かーくんにも意見もらわなくちゃ。そう思うと自然と口元が緩む。かーくんは他の人間と違って頭が良い。それは私に付いてこられる時点で明らかだ。同じレベルで話ができるのがこんなに楽しいなんて、私は知らなかった。

 

 できることなら、二人でこれを完成させてちーちゃんに使ってもらいたいなあ。

 

「よーし、束さん頑張っちゃうぞー!!」

 

 


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