双六で人生を変えられた男   作:晃甫

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 多分あと一話くらいで終わって原作突入です。


#51 感傷はその時点でフラグ

 

 

 

 

 

 前回のあらすじ

 束さん発案モンド・グロッソ

 

 

 

 

 

「モンド・グロッソ?」

 

「そう! ISは兵器としてのみ使われるんじゃないってことを、全人類の脳髄にまで叩き込むんだ!!」

 

 嬉々として語る束の言葉を、俺は脳内で何度か反芻する。

 モンド・グロッソ。

 世界二十一の国が集まって行われるISでの世界大会。まさかこういう経緯で行われることになるとは考えていなかった。というか、束は態々そのためだけに世界中を回ってたってことなのか。自身が狙われているにも関わらず。相変わらず無茶をする奴だよ全く。

 ……ん? 待て。

 その世界大会を開催させるってのは束の口ぶりから考えるに確定していると見てよさそうなんだが、どうやって他国のお偉いさん方と交渉したんだ?

 

「おい、束……」

 

「なにかな、かーくん」

 

「お前、どうやって他の国に打診したんだ……?」

 

「…………(にっこぉぉおお)」

 

 俺の質問に対する回答は、ゾッとする程のあくどい笑みで返って来た。

 うん、これ以上詮索するのは止しておこう。何か知らない方がいい気がする。そもそも、束が交渉するのにまともな材料を用意する訳がない。彼女のこれまでの行動を少しでも知っている者からしてみれば直ぐに分かることだ。

 

「……まぁそれはいい。で? モンド・グロッソとやらは、いつ開催するんだ?」

 

「うーん。さっきも言ったけどまだ他の国のISってショボイのばっかりなんだよねー」

 

 それは束の技術力がずば抜けているだけであって、決して他国の技術者たちが劣っているわけではないのだが。まだ世界的には第一世代型の完成が急がれている中、束は既に第二世代型と後に呼ばれることになる機体を九割がた完成させている。このまま行けば、恐らく数年後には第三世代型をも作り上げているだろう。

 しかしこの差は、世界大会を行う上ではあまりいいものではない。勿論束自身が作り上げた機体が圧倒的な性能差を見せつけて勝つのも悪くはないが、それだと他国の機体が余りにも見劣りしてしまう。彼女が望むのは、あくまでも自身が生み出したISというモノが一般人に広く認められること。それも、兵器としての側面を評価されたものではなく。

 

 ということは、少なくともIS先進国となりつつあるイギリスやドイツ、イタリア、アメリカなどが第一世代型となる機体を完成させてからのほうが開催は望ましい。

 

「ま、開催は早くても二年、あるいは三年先ってとこかな。その頃には、ある程度の骨子は出来上がっているはずだと思うから」

 

 そう話す束は、まるで無邪気な子供のように笑っていた。

 しかし、そうなると恐らくは出場することになるだろう千冬に頑張ってもらわないとな。日本代表として出ることになる彼女とは違って俺は観覧席から見ることになるだろうが、精一杯応援させてもらおう。真耶ももしかしたら選手に選抜されるかもしれないし、ナタルやクラリッサなんかも出場することになるだろう。

 俺も出場したくないかと聞かれれば出たいのは山々だが、何せモンド・グロッソの部門別優勝者に与えられる称号は『ヴァルキリー』、つまり戦乙女だ。男の俺はそんな称号貰いたくはない。原作では千冬が第一回大会の総合優勝者として『ブリュンヒルデ』の称号を得ていたが、このまま彼女が成長し力をつけていけばまず間違いなくそうなるだろう。現時点で千冬に勝てる女性は恐らく存在しない。

 

「その時はかーくんも出てもらうからね」

 

「え゛」

 

「あったりまえだよー。なんせ黒執事でIS学園元生徒会長だよ? 出ない理由が見つからないよね」

 

「いやいやちょっと待て。俺男だぞ?」

 

「だから?」

 

 『何か問題でもあるのか?』とでも言いたげな束の表情を見て俺もどんな問題があるのか一瞬忘れそうになってしまった。いや、問題とかではなく男がそのモンド・グロッソに出ることはないと思うんだよ。大体男の操縦者なんて世界で二人しかいないわけだし、『ヴァルキリー』なんて称号は女性だけのものだろうに。

 

「いやいや、かーくん何言ってるの? だいたいヴァルキリーって何?」

 

 怪訝そうに眉を寄せる束の様子を見て、俺はここでようやく合点がいった。おそらく、まだ彼女の脳内ではそこまで詳細な構想はできていない。大まかにISを使った世界大会を行うということだけは完成しているのだろうが、各部門や優勝者への褒賞などは全く蚊帳の外だったのだろう。故に今のような反応が返って来たという訳だ。なら話が早い。この称号の名前を変える、もしくは男用の称号を作ってしまえばいいのだ。

 そうすれば、俺も日本の代表に選出さえされれば臆面なくモンド・グロッソに参加することが出来る。

 

「いや、何でもない」

 

「変なのー、あ。でもそういう大会なら賞品とか用意しないといけないかなぁ」

 

 そんなことを言いながら、束は楽しそうに室内でくるくると回る。その所為で室内に散乱していた資料は更に無造作に散らばっていくが、そんなこと彼女はお構いなしだった。

 

「そうだ! 優勝者には束さん特製ISを」

「やめろ」

 

 そんなことしたら軍事バランスが大きく傾いてしまう。幸か不幸か、束はその技術力に対して純粋すぎるきらいがある。彼女が特に深い考えなく突拍子のないことを言って、それを現実にしてしまえるだけの技量があるにも関わらず、彼女の内面は幼い少女のようでさえあるのだ。例えるなら、核爆弾の起爆スイッチを持った子供。その基盤は非常に不安定で、ふとしたことでバランスを失い崩壊してしまう。如何に世間で天才科学者だのと言われようと、彼女の本質は変わらない。寂しがり屋で純粋で、少しだけ頭のいい俺の大切な人間だ。

 そんな彼女にこれ以上無意識とは言え負担をかけさせたくはないし、先程の言葉のようにそう簡単に勢力図を塗り替えられても困る。

 俺にそう言われ、考えを改めたらしい彼女は再び何か考えるような仕草を見せてウサ耳をピコピコと揺らす。

 

「うーん、じゃあ今のところはまだ保留かなぁ」

 

「そうしてくれ」

 

 一応は納得したのか、束の心血を注いで製作される新型ISが賞品として世に出ることはなくなった。

 俺は束にお茶を出し、横に座らせた。床には未だに書類やら束の背負ってきたロケットブースターなどが転がっているが、もうここまで散らかってしまったら少し荒れようが変わらない。千冬や織村たちがそろそろ戻ってくるだろうし、全員が揃ったら再び作業再開ということにしよう。

 内心で千冬たちに手伝わせることを確定させ、真耶に淹れてもらった二杯目のお茶を飲んでいると、生徒会室の扉が開いた。

 

「ん? なんだ束。帰ってきてたのか」

 

「ちーちゃん! おひさしおひさしー!!」

 

 散乱した室内し入ってきたのは学園長室に呼び出しを受けていた千冬だった。なにやら小脇に大きめの封筒を抱えている。

 千冬は室内に足を踏み入れた瞬間、どういう訳か出て行く前よりも酷い有様に眉を寄せるが、束の姿を確認した瞬間に得心したとばかりにはぁ、と溜息を溢した。

 

「ひどい!! 束さんを見て溜息なんてあんまりだ!!」

 

「とりあえず黙れ」

 

 過剰なスキンシップをしようと飛びかかってきた束の蟀谷を掴みあげて動きを封じた千冬は、その状態を維持したまま話を続ける。

 

「随分と久しぶりだな。今までどこで何してたんだ」

 

「ふっふー。今はまだちーちゃんには内緒だよー」

 

「あぁ、なんかISの世界大会を計画してるらしいぞ」

 

「ちょっとかーくん!? 何さらっとバラしてんの!?」

 

「いや別に隠すことでもないだろ」

 

「こういうのはその場の雰囲気とかが大事なんだよ!! 今はまだちーちゃんの興味を引くとこでしょうがッ!!」

 

 どうやら俺は空気を読めていなかったらしい。いや、完全に束が一人で言ってるだけなんだけれども。そもそも、千冬に隠す必要が無いだろうに。どうせすぐに彼女の耳にも届くことになるのだから、今話してしまおうが変わりはない筈だ。

 が、しかし。

 束にとってはどうやらそうでもなかったらしい。

 

「ちーちゃんにはもう少し先にプレゼントと一緒に言いたかったのに!!」

 

「は? プレゼント?」

 

 プレゼントとは一体何の事だろうか。補足すると、千冬の誕生日は別に近くない。となると、何かのお祝いごとでもあったのだろうか。

 

「ふっふーん。ちーちゃん、その小脇に抱えた書類はなんなのかなー?」

 

「うん? ああこれか。ついさっき学園長から渡されてな」

 

 そう言ってようやく束を開放した千冬は、その大きめの封筒の中身を取り出す。中から出てきたのは、数枚の紙切れ。紙面に細かく文字がびっしりと書き連ねられているそれを、千冬は俺たちにも見えるようにこちらに差し出した。

 

 一枚目の書類の一番最初。つまりはこの書類の詳細を記した場所には、こう書かれていた。

『国家代表着任』。

 この文字を見れば、直ぐにでも理解することができる。というか、それ以外の理解のしようがない。

 

「おめでとうございます織斑先輩」

 

「ああ、ありがとう真耶」

 

 目を輝かせた真耶が千冬にそう言う。昨年代表候補性に選出された千冬だが、いよいよ持って日本の一角を担う存在になるのだ。まぁ、実力からしてそうなるのは分かりきっていたことだけど。

 

「そっか、ついに国家代表入りか」

 

「まあ正式な任命は学園を卒業してからだがな」

 

 千冬の国家代表入りを、俺は素直に嬉しく思う。ISが束によって開発された当初から、彼女はその機体を纏って戦ってきたのだ。両親が蒸発したせいで一夏と二人きりでこれまで頑張ってきた努力がようやく報われた。代表となれば公務員よりも多大な給金が出るし、今後生活に困ることもなくなるだろう。

 

「それはそうと楯無。お前にも代表の話が来ていたんじゃないのか?」

 

「あー……、」

 

 やばい、と俺は内心で狼狽しつつ後頭部を掻く。千冬の言う通り、俺にも国家代表任命の話が来ていたのは事実だ。つい一週間ほど前のことである。

 今の千冬のように学園長室に呼ばれ、日本政府の人間と学園長と俺の三人で話し合ったのはまだ記憶に新しい。向こう側としては当然俺がこの話を受けるものと考えていたらしいのだが、俺はこの話を断った。正直どうするかかなり迷ったのだが。

 これまでならば世界に二人しか存在しないという男性のIS操縦者をどの国の所属にするか大いに多国間で揉めていたが、ここ最近ではそういった話は全くと言っていいほどに聞かなくなっていた。と言うのも、俺や千冬がIS学園に於いて少なくない功績を残したから、らしい。人伝に聞いた話なので、どういった経緯で他国大人しくなったのかは定かでないが、摩擦が生まれないというならそれに越したことはない。

 そんな訳で俺は日本の国家代表に任命されようと思えば割と気軽に代表入りすることが出来る、というところまでは来ていた。

 

 しかし、今言ったように残念ながら俺は代表入りの話を断っていた。

 その理由というのは、実は更識の家が関係している。

 

 更識の家は代々関東を中心にした家で、基本的にその地から離れることはない。幾らか例外はあったものの、この考えは今も受け継がれている。国家代表となれば、日本全国どの地に配属されるのか分からない。今現在、国家代表が点在するのは東京、大阪、福岡、札幌の四ヶ所で、そこにはそれぞれIS研究に特化した研究機関が置かれている。

 別に配属される場所がどうこう、という訳でもないのだが、俺が更識の十七代目当主である間、関東の地から出るのは遠慮したい。ただでさえ最近京ヶ原がまた暗躍しだしたようで慌ただしいというのに、俺がこの場から離れるわけにはいかないだろう。流石にまだ姫無や簪には荷が重すぎる。

 

 少なくとも姫無たちが中学に上がるまでは、俺は更識の家を守らなくてはならない。まぁ姫無や簪に楯無を継承させる気なんて俺には更々ないから、最悪親父に家督を投げ返してやろう。あのおっさんは片腕失ってるくせに元気だけは人一倍あるからな。隠居なんて名ばかりだ。未だに毎年姫無たちの運動会や授業参観に出席してるから。あ、いや違うか。授業参観は去年から出禁になったんだった。何をしたのかは俺は知らんが、母さんのあの貼り付けたような笑顔が怖かったことだけは覚えている。

 

 とまぁ、そんな経緯で俺は代表にはなっていないんだが、この話はまだ千冬にはしていなかった。

 話すタイミングを計っていた、と言えば聞こえはいいがその実嬉しそうに二人して代表になれたらいいなと言っていた千冬に罪悪感を感じて切り出せなかっただけだ。

 近いうちに話さなくてはと思っていたが、まさかこのタイミングで打ち明けることになるとは思いもしなかった。

 

「俺は国家代表の話は断ったんだ」

 

「は?」

 

「いや、ちょっと訳ありでな。少なくとも一、二年は代表にはなれそうにない」

 

「……そうか、」

 

 何か言いたいことはある筈だが、千冬はそれ以上言及してくることはなかった。

 

「しかし代表になる気が無いわけではないのだろう。ならば早いか遅いかの違いだ」

 

「いや政府がその時も俺を代表に選出してくれるかは分かんないけどな?」

 

 なにやら話が逸れている気がしてならない。忘れてはいけないのは、今はまだ新生徒会への引き継ぎ作業の途中であるということだ。千冬や束が来たことで忘れてしまいそうになっていたが、この散乱した生徒会室を綺麗に片付け終らなくては今日は解散することはできない。因みに今の時刻は夜八時半。早くしなくては寮の消灯時間になってしまう。真耶が頑張ってくれていたので半分ほどは終わっているが、それでもこのままのペースでは終わるのは十時を回ってしまうだろう。

 いつまでもこうして話していても仕方ないので、俺は席を立ち、近くにあった書類を手に取り作業を再開した。

 

「千冬も手伝ってくれよ」

 

「無論だ。私も生徒会の一員だったのだからな」

 

「お前もだぞ束」

 

「え、私生徒会じゃないんだけど」

 

「ここで会ったが百年目だ」

 

 逃げようとする束の襟を引っ掴み、足元の書類を拾わせる。よくよく考えてみれば束関連の書類も多大にあったので彼女も無関係とは言えないのだった。具体的には、整備科や機体関連の書類において。

 束が担当していた整備科の学生たちは皆優秀で卒業後はいい技術者になれるだろう。それもこれも束のおかげ……という訳ではない。というかコイツは授業放り出して世界各地を回ってやがったからな。ろくすっぽ授業なんてしなかった。それでも何とか俺が言い聞かせて渋々作らせた落書き程度の解説書がIS学園が用意した教科書よりも分かりやすいと言うんだから笑えない話だ。

 そんな解説書を使って勉強してきた生徒たちは、水準以上の知識と技術を身に付けることが出来たのだ。まぁ杏子ちゃんが陰ながら頑張ってたというのもあるが。一応あれで元研究者だから、彼女にも教鞭を取ってもらいなんとか今日まで授業として成り立たせることができたのだ。

 まぁそれを束に言ったところで『ふーん』としか返ってこないのだろうが。

 

 そんなこともあって、束にはせめてこの場ではしっかりと働いてもらおう。

 決してこれまで振り回されたことに対する仕返しだとかは考えてない、考えてないぞ。大事なことだから二回言いました。

 

「よっすー。ってあれ束じゃん」

 

「うえぇ!? 篠ノ之先輩!?」

 

 束に片付けを手伝わせつつ、俺も手元の書類を整理していると再び生徒会室の扉が開いた。入ってきたのはさっきまで職員室で必要書類の確認をしに行っていた織村とナタルの二人である。どうしてこの二人が行動を共にしているのか、それは織村がナタルの指導係(半ば強制的)だからなのだが、彼女を一人にさせると近くの機械を全滅させてしまう恐れがあるからだ。ナタルの機械音痴は一向に快方に向かう気配はなく、寧ろ悪化の一途を辿っているようにさえ思える。

 しかしながら、これまで生徒会見習いとして活動してきたナタルもこれからは正式な役員となる訳で、いつまでも機械音痴だからと言ってアナログな方法ばかりを取らせるわけにもいかない。役職まではまだ決まっていないが、どの役職に就くにせよ、パソコンを使う作業というのは必ずついて回る。他のメンバーにおんぶに抱っこでは流石にまずい。

 ナタルもそこのところは重々承知していたらしく、いつもは敬遠する機械をこの頃は積極的に触るようになり、結果的にその全ての機械は廃棄処分となった。

 

 いやね、あれはもう機械音痴とかそういうレベルでは無いと思う。

 触った部分から分解なんてされないだろう普通。なんだ、ナタルはどこぞのサーカスの少年のように『分解』でも修得しているのか。

 

「お、ニセいちかおっすー」

「おいその呼び方止めろ」

 

「えー? だって名前丸かぶりじゃん」

 

「俺だって好きでこの名前になったわけじゃねぇんだよッ!!」

 

 束の言い分に憤慨する織村だが、この二人がここまで会話できるようになるとは正直予想外だった。この二人の付き合いはそろそろ十四年になるが、束から見た織村の第一印象は最低ラインを大きく下回るそれはもう酷いものだった。俺からしても当時の織村と積極的に話そうとは絶対に思わなかっただろうし、束の異常なまでの毛嫌いもあながち行き過ぎたものではなかった。

 考えてみれば幼、小、中、高と全て同じなわけだが、この二人が和解したのはつい昨年のことだ。俺と織村がこうして話すようになってすぐのことである。これまでは織村を見ただけで聞いたことも無いような呪詛を吐き続けていた束が、どんな心境の変化からか専用機を作ってやってもいいと言ったのだ。これによって奇しくも一年時の織村の言葉が現実となった訳だが、織村は始めこの専用機の話を断っていた。アイツにも思うところはあったのだろう。自分には専用機なんて過ぎた代物だとか言って受け取ろうとしなかったのである。

 本当に今までの態度からは考えられない変化だが、あの約束によるものだと俺は知っていたのでそこまで驚くことはしなかった。

 が、束や千冬にはその変化は天地がひっくり返るほどの驚愕であったらしい。

 

『何があった!?』

『ついにかーくんが実力行使でアイツをKAISHINさせたんだ……』

『なんだあの爽やかな笑顔は。キモイを通り越して尚キモイな』

『道端に捨てられた煙草の吸殻以下のアイツにも三葉虫並の思考能力はあったんだね』

 

 それはもう、ひでぇ言われようだった。

 

 それでも織村は自分で蒔いた種だと言い返すようなことはしなかったし、それが上辺だけのものではないと理解した千冬たちと打ち解けるのもそう長くはかからなかったので良かったんだが。

 

 さて、それでアイツの専用機を用意した束だったのだが。因みに製作理由は完全なる気まぐれらしい。

 受け取らないと言う織村に、束はなんと肉弾戦を持ちかけた。

 いや、『は? 何言ってんだコイツ』と思うかもしれないが、どんな意図からか束は織村に一対一の勝負を仕掛け、自分が勝ったら専用機を使えと言いだしたのである。普通の高校生の女の子ならそんなこと絶対に言わないのだろうが、残念なことにこの天災は思考回路が常人とはかけ離れているためになかなかブッ飛んだ提案を出すことがよくある。

 

 女子に勝負を吹っ掛けられ、男としては引き下がるわけにはいかない。

 織村はその勝負に乗った。乗って、六秒で地面に叩き伏せられた。

 

 その時の試合の音源がたまたま残っていたので、再生してみることにしよう。たまたまだぞ、決して面白いからと千冬と協力して録音した訳じゃない。

 

『始め!』

『え、はや――――』

『ッダアン!!』

『はいしゅーりょー』

『は!? はぁぁあ!? な、ちょっと待て、何だよ今の動――――』

 

 ここまで六秒である。

 織村はどうやら知らなかったらしい。天才的な頭脳を持つ束が、身体能力まで人外じみているということを。能力を使えば俺なら勝てるが、素手での戦闘なら中々にいい試合ができるほどには束は強い。それこそ千冬とはほぼ互角と言っていいくらいだ。

 

 とまぁ、そんな経緯から無理矢理専用機を進呈された織村だったが、なんだかんだ言って専用機は嬉しかったようで、定期的にメンテナンスを束に頼むくらいには思い入れもあるようだ。

 

「あ、またメンテ頼むな」

 

「だが断る」

 

 ……仲も、良好な筈だ。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 生徒会室での仕事を何とか終わらせ、俺は自室で風呂上がりの炭酸飲料を堪能していた。

 あの後どうにか引き継ぎ資料やら提出書類を纏めた元生徒会役員たちは新生徒会役員に引き継ぎを済ませ、これで明日からは正式に山田真耶新生徒会が始動することとなる。

 一気飲みして空になったペットボトルをゴミ箱に投げ入れ、俺はベッドに倒れこんだ。ボフンッ、と言う擬音が聞こえるくらいにはふかふかなベッドとも、あと半年もしないうちにお別れとなる。感傷的になるつもりはないが、生徒会長という肩書きがなくなったことで、達成感と虚無感とが渦巻いているのもまた事実だ。

 

 明日からもう、試合に負けても生徒会長の座を明け渡すことはない。

 いや、負けるつもりなんてないけども。

 

 卒業後の進路も皆決まり始め、俺もそろそろハッキリ決めないとなと思う。

 いや、内心ではもうほぼ結論は出ている。

 

 千冬や束にも迷惑かけてきたし、今度礼も兼ねてどこか出かけるか。

 ――――いや、俺の財布が悲鳴を上げるだろうから何か別の方法を考えよう。

 

 見慣れた部屋の天井を見つめながら、そんなことを考える。

 IS学園二入学してからこれまでの二年半、駆け抜けるような忙しない日々を過ごしてきたが、残りの日々くらいは平穏に過ごしたいものだ。千冬や束と知り合い、親密になっていくうちに半ば諦めていたことだったが、それでも平穏を望まない人間なんてきっと束くらいのものだろう。

 

 十月もじき終わる。秋が終われば冬が来て、春が来れば俺はこの学園を卒業することになるだろう。

 

 人間としての人生という長いスパンで見れば、高校の三年間なんて極一部にしか過ぎない。

 しかし、多くの人間というのはこの高校の三年間を非常に鮮明に覚えているものなのだ。それはきっと、

 

 そこまで考えていた俺の思考は、突然のノックで中断された。

 

「かーくん」

 

 ドアの向こうから聞こえてきたのは、束の声だった。

 

「束か、どうしたんだよこんな時間に」

 

 時計の針は既に日を跨いでいる。普通の学生はこんな時間に男子の部屋の前にまでやってきたりはしない。

 

「ちょっとかーくんとお話したいなって。……入っても、いい?」

 

 そんな彼女の声を聞いて、俺はベッドから起き上がりドアを開けた。ドアの先に居た束は既に寝るだけなのかうっすいネグリジェ姿で、はっきり言うとドキッとした。

 しかしそこは男、更識楯無。自称硬派(初耳)な俺は、そんなことを億尾にも出さずに束を部屋へと招き入れた。

 

「って、おい?」

 

「なにかな」

 

「部屋に入るなり抱きつくなよ」

 

「む、私じゃ不満なの?」

 

「いや、そういう問題でなく」

 

 束の体はとても柔らかくて男としては非常に幸福なんだが、如何せん突飛すぎて反応が遅れてしまった。

 束の細い腕は俺の背中へとがっちり回され、密着している所為で彼女の母性の象徴はすごいことになっている。それを直視しないように務めていた俺だったが、束はそれを許してはくれなかった。

 

「かーくん、私の目を見て欲しいな」

 

「馬鹿言え、んなことしたらお前の胸が視界に入っちまうだろうが」

 

「それが目的なんだけど」

 

「おい――――」

 

 続きを言おうとして、俺の口は束の口によって塞がれた。早い話、キスされた。

 彼女の舌が入ってくる。艶かしい音が、二人しかいない部屋で異様に大きく聞こえた気がした。

 

「――――っぷは」

 

 十数秒間キスを続けた束は口を離し、俺を見つめる。

 いつの間にか束の背中に回してしまっていた俺の腕を見て、男の本能というのは理性で抑えきれるものではないということを悟る。

 いやさ、しょうがないじゃん。束ってすげぇスタイルいいんだ。言ったら殺されるだろうけど千冬よりも胸は大きいしウェストも細い。

 

 必然抱き合う形となってしまった俺と束。

 

「かーくん、ベッド大きいね」

 

「ん、まぁそうだな」

 

「あれなら二人くらい余裕で寝れるよね」

 

「まぁ、そうだな」

 

「なら、問題ないよね」

 

「……問題、ないな」

 

 俺は束を抱きかかえ、ベッドに優しく下ろした。薄いネグリジェは彼女の体のラインをくっきりと浮かび上がらせ、蒸気して赤みをさした頬は俺の中の何かを掻き立てる。

 

「かーくんと私がこういうことするのも、別に問題ないよね」

 

 腕を俺の方へと伸ばしてせがむ様に求めてくる束は、俺を見つめてこう言った。

 

 

 

「ちーちゃんは恋人。私は愛人なんだから」

 

 

 

 





※おまけ

楯無「自分で愛人て言うか?」
束 「この方が何か燃えるんだよねー」
楯無「うわコイツ真性の変態だわ」
束 「ところでどっちがヨカった?」
楯無「…………」
束 「あれだけのことしといて今更言えないかー」


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